オール1から始まる勇者

木嶋隆太

第七十六話



 彼らの戦闘では、苦戦が多かった。
 六人でうまくお互いの隙をつぶしながら立ち回れば、死ぬことはないのだが……決定打がない。
 そこだけは、今後の課題だろう。


 とりあえず、第三十五階層におりて、次にここまで来れるようにしておく。
 時計をしまうと、体を休めるように座っていた竹林が首を傾ける。


「今から戻れるか? さすがにもう走る余裕ねえぞ!」


 肩で息をするように上下させている彼らに、俺はこくりと頷く。


「大丈夫だ。とりあえずは、階段に戻ろうか」


 三十四、三十五階層の間の階段まで移動する。
 ここは迷宮の階層とは違って薄暗い。おまけに冷たい風が体を通るため、不気味な空気がある。
 俺がステータスカードを取りだすと、彼らは不思議そうに顔を見合わせる。
 俺は探索者の職業に変更し、それから五人に手を掴んでもらう。


「念のため、アーフィは残っている人たちを守るように待機だ」


 こくりと彼女が頷き、俺は一つずつ階層を戻っていく。
 途端に彼らは俺へと驚愕の目を向けてくる。
 ……もうずっとこんな感じだな。
 時間はかかったが、これで第三十階層へと戻ってこれた。
 ちょうど六時となり、レベッカが到着する。


「ま、まさか! やられてしまったのですか!?」
「違うよ。とりあえず、こいつらを入り口まで運んでくれ」
「わ、わかりました」


 彼女は顔面蒼白で口をぱくぱくとしながらも、とりあえず俺がつれてきた五人を運んだ。
 彼女が戻るまで魔物でも狩っていると、ちょうど首を跳ね飛ばしたところでレベッカが戻ってきた。
 さっきから気が動転しているのか、それを見ただけで涙をこぼす彼女。


「わ、私も首をはねられるのですか?」
「ちげぇよ。ほら、手を掴め」


 まだ色々といっていたが、無理やりに掴んで彼女とともに一階層ずつあがっていく。
 次に運んでもらうときは第三十五階層からのほうが良い。
 第三十五階層まで行き、それから階段をあがる。


「こ、ここはどこなんですか? というかどうして一つずつなんですか?」
「まあ、細かいことはいいだろ。ここは第三十五階層だ」


 第三十五階層という話だけで彼女の意識を持っていくには十分だったらしい。
 俺の顔に近づいてきた彼女は、目を見開いている。瞳の奥は震えている。


「う、嘘ですよね!? 歴代の精霊の使いや、私たちの過去の英雄でも三十階層までしか攻略できてないんですよ!?」
「なら、俺はもうちょっと強いんだろ」
「ちょ、ちょっとじゃないです。そういう人たちは、みんな六人の最大パーティでしっかりとチームを組んでから挑んでいるんです! あなた、二人でしょ!? おまけに、足手まとい……っあっと! その、レベルの低い方たちを守りながら!」
「いいから、さっさと戻らないか?」


 今、ちょろっと本音もらしたな。
 レベッカの俺に対しての評価は、そこそこによくなったようだ。
 と、こほんとした咳払いが聞こえた。


「……ハヤト、どうしてその女とそんなに顔が近いのかしらね?」


 口元に手をやっていたアーフィがじっと睨みながら俺を見てくる。
 後ろには、残っていた竹林もいる。
 俺は慌ててレベッカを突き飛ばす。
 彼女も理解したようで離れてくれた。これがファリカならば、さらに挑発するようにくっついてきたことであろう。


「どうにも、第三十五階層まできたことが信じられないらしい」
「そうなの? 私たちは何かおかしなことでもしてしまったのかしら?」
「みたいだな」


 レベッカが黙っていたが、さすがに堪えきれなかったようだ。


「おかしいですよ! あなたち、自分の力をもっと自覚してください! 下手したら、この迷宮を攻略できちゃうんじゃないですか!?」
「出来るかもしれないが、そう焦って進むつもりもないよ。油断していたら、あっという間にやられる可能性もあるからね」
「私はハヤトについていくだけだわ」
「いや……あの、ですね」


 じっとアーフィを見ていたレベッカが嘆息しがちにいった。
 ……まあ、彼女はこれでも自分の力はきちんと把握している。
 昔に比べれば、だいぶ常識も理解できているしね。


「戻ろうか。お腹もすいてきた」


 俺が腹をさすっていると、グーッという音がレベッカから聞こえた。


「騎士様もぺこぺこなようだしね」
「う、うるさいですっ。……ああ、もう!」
「きちんと、騎士の人や王様にでも報告しておいてね」
「わ、わかってますよ!」


 レベッカにそれらの細かいことは任せ、俺たちは迷宮から脱出し、城へと戻る。
 帰りの竜車でそれぞれがステータスを確認して、色々と考えているようだ。
 ……調子に乗る奴もいたが、俺に気づくとすぐに頭をかく。


 この力が自分達で得たものではない、という考えがあるのだろう。
 だが、あまりにも悲観的でいられても困る。調子に乗らず、しかし自分の力を信じて戦えるようにはなってほしい。
 もともと、俺の力だって自分一人で獲得したものではないし。


「全員ステータスが一気にあがったが、無理はするなよ? それと、力を見せびらかすようなこともダメだ」


 俺の言葉の意味を一番理解している彼らは、こくりと頷く。
 ……まあ、俺が防波堤になれればそれでいいんだ。
 威圧でも何でも、俺が彼らを止めていられるように力を見せつける。さすがに、俺がいるのに無謀なことを考える奴もいないだろう。


 彼らとともに食堂で夕食をとる。レベッカが王や騎士団長へ報告に行く。
 これで、後は勝手に情報が城内へとばらまかれていくだろう。
 他にも噂をいくつか流しておきたいが、それについては夕食の後にリルナと相談してからだな。


 風呂へ行き、一日の汗を流した後、部屋に戻る。
 彼女も風呂を終えたのか、笑みとともに俺を出迎えてくる。


「……その、久しぶりに一緒にくっついて眠らないかしら?」


 ……笑顔でそういわれて、少し困った。
 確かに最近は意識してしまい、俺は意図的に距離をあけていた。
 それがアーフィからすれば結構気になっていたのかもしれない。


 顔の近いアーフィは本当に可愛くて、このまま一緒に寝たい気持ちもあったが、まだやることがいくつか残っている。
 限りある時間の中で、効率よく敵をあぶりだすためにも、俺は今日中にでも噂を流したかった。


「悪い、これからリルナのところに行くんだ。その……その後じゃ、ダメか?」
「……」


 ……別の女に用事がある、といっているのだ。
 アーフィはすぐに不満そうな色が顔に出た。
 ぶすっとした彼女がそれからくくっと顔を寄せてくる。
 さらにこれから伝える予定の内容を思うと、果たしてうまくいくのかどうか、不安が残る。


「何をしにいくの?」
「……敵をあぶりだすための作戦をたてにいくんだ。それと、アーフィちょっと協力してくれないか?」
「なに!? ハヤトのためなら何でもするわ!」


 ぱっと目を輝かせる。
 犬だったら尻尾をしきりに振り回していたかもしれない。
 ……ここまで、言われると口にしづらい。


「次に流す噂は……その、少しアーフィは嫌がるかもしれない」
「……どんなもの?」
「俺とリルナが付き合っているという嘘の情報をばらまく。それによって、俺は災厄を倒したあともこの国に残るという嘘をばらまく」
「……なに?」


 むっと頬を膨らませ、俺の左手がぎゅっと握られる。
 い、痛いってっ。
 さすがに怒られるだろうな、と思っていたために俺はその痛みを甘んじて受け止める。


「もちろん、ただの嘘だ。大事なのは、俺がこの世界に残るかもしれないということを、敵のリーダーに聞かせるんだ」


 宰相の可能性は高い。
 まだ犯人だと特定できることはない。敵は行動を起こしてくれてはいないからだ。
 俺が戻ってきても、宰相はまだ俺を脅威と認識していない。
 ……まあ、今は多少は焦っているかもしれないが、それでもまだまだ安心しているはずだ。


「それで何をするのかしら?」


 声にトゲがあるのは……仕方ないか。
 俺は頬をかきながら、ゆっくりと伝えていく。


「敵は俺が消えるまでたぶん行動しないだろうね。けど、それだとダメだ。アーフィが残るこの国にある危険な芽を残したくないんだ。だから、敵に今のうちに行動させる」


 アーフィの名前を出すと、僅かに彼女の顔が緩んだ。


「……つまり、どういうこと?」
「俺がこの世界に残る、となれば敵は焦り、何かしらの対策をたてるはずだ。同じ身内同士での会議をするかもしれないし、今のうちに俺をどうにかするための計画を必ずたてる。何もしない、という行動をするか、災厄がおきている混乱中に何かを仕掛けるか……どちらにせよ、敵が複数で動いているのならば、一度集まって話し合う必要がある……その瞬間をねらい、そいつらを捕まえるってわけだ」
「なるほど……。そのための、噂ね」
「アーフィが嫌ならもちろんやめる。俺もアーフィに嫌われたくないし、アーフィを不快にさせたくはない」


 そう伝えると、アーフィが顔をあげた。
 まだ仏頂面だ。これは難しいか? 調子の良いことを言っているが、これ以外の方法は思いついていない。
 またこれから考える必要があるけど、何がいいかな。


「もちろん、私はあまり賛成はしたくないわ。けど、そのハヤトが私のためにしてくれるというのは凄い嬉しい。だから、後で私にきちんと優しくしてくれるのなら……いいわよ?」
「……うん、もちろん」


 優しくって何をすればいいの?
 今でも、結構優しくしていると思うんだけどこれ以上どうやって接すれば良いのか分からないが、穴埋めも考えてある。
 こくりと頷くと、アーフィがベッドに座る。


「それじゃあ、戻って来るまで待っているわ。ずっと待っているわよっ」
「……わかった。できる限り早めに戻るよ。それと……何があるかわからないけど、今夜は一緒に遊びにいかないか?」
「遊び……!? いいわよ!」


 アーフィが枕をぎゅっと抱きしめながら声をあげた。
 穴埋めとはこれだ。アーフィは星族で睡眠時間も少なくてすむし、俺も彼女の眷属となったことでアーフィほどではないが睡眠時間に制限はない。


 睡眠時間の貯金もできるため、一日くらい徹夜しても問題ない。
 アーフィが手を振って送り出してくれる。
 ……すっかり機嫌が元に戻ったな。


 後は、夜のデートの場所だな。店なんてロクに開いていないかもしれない。
 アーフィを連れて行くならどこが良いか。リルナにでも聞いてみるとするか。



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