オール1から始まる勇者

木嶋隆太

第七十三話

  ……次の日の朝。
 俺は現在の順位の下位六名と、さらに黒羽を食堂に誘った。
 男子が四名、女子が三名。
 朝食はさきほど終わった。俺がゆっくりと立ち上がり、全体を眺める。それだけで、彼らはびくりと肩をあげる。


 ……すっかり、怯えるようになってしまったんだな。
 彼らを守るように、黒羽と竹林は毅然とした態度を崩さない。
 いや、竹林はかなり間抜けな、必死に怯えを隠しているんだろうなという顔だ。
 俺はテーブルに手を乗せるようにして、全員に声をかける。


「……今日を含めて後四日でこっちに来てから一ヶ月なのは知っているよな? 大精霊は大よそ一ヵ月後としかいっていない。だから……一ヵ月をすぎたときから、いつでも戦いにいけるように待機している必要があるから、残り三日だ。後三日しかないんだ……。おまえたちは、少しでもレベルをあげたいはずだ」
「……だけどな。おまえは信用ならない」


 黒羽が簡単に叩っ斬ってくる。……この一ヶ月近い時間で、俺が様々な経験をしたように、彼らも同様だ。
 彼らはこの一ヶ月虐げられてきたのだろう。
 誰も信じられない、信じてはいけない。彼らの目には強い恐怖が見え隠れしている。これを解くのには時間をかける必要がある。
 だが、時間をかけてもいられない。


「そう、かもしれないな。突然戻ってきて……第一今まで、俺は明人たちと一緒に過ごしていた。地球での関係をみれば、俺があいつらの手先なのかもしれないと疑うのも無理はないだろうけどね」


 だから、肯定する。彼らの恐怖を受け止め、俺は出来る限り彼らに自分を見せる。
 信じてくれなくても良い。ただ、災厄までの間、俺を利用してくれればいい。俺は自分を馬鹿に見せる。
 彼らにとっての利点を提示し、俺を騙して甘い蜜を吸いたいと思わせる。


「けど、俺は地球に戻りたいんだ。戻って家族に会いたい。だから、みんなに力を貸してほしいんだ」
「おまえには彼女が出来たのだろう? そっちの女だ。この女がいるというのに、協力するのか?」


 黒羽が共に並んだアーフィを見る。アーフィは慌てるように両手をふる。


「アーフィがいるから、俺は協力するんだ」
「……なにがいいたい」
「……俺にとって大切な人間であるアーフィがいるこの世界に危険を残して帰るなんてことはしたくない。すべての事件を片付けて、アーフィが安心して暮らせる世界を作ってから、俺はもとの世界に帰るんだ。みんなだって、強く帰りたい気持ちがあるんだろ? だから、今も抗おうとしている。俺はそんな気持ちに共感して、協力したいと思っている」


 彼らは俺の目をみて、それぞれ視線を別のほうへと向ける。
 視線の先には黒羽がいる。やはり、彼が最終的な決定権を持っているのだろう。彼は賢い。だからこそ、俺がちらつかせた餌をみて、必ず食いついてくれる。


「……俺のレベルは11だ。だから、俺は一人でも強くなれる。……手伝うならこっちの六人にしてくれ」
「いいのか?」
「信用したわけじゃない。だが、おまえの目は嘘を言っているようには見えない。それに、時間がないのも事実だ。今のままで、過去最高と同じ規模の災厄が訪れたとしたら、俺たちは壊滅する恐れもある」


 黒羽が席を立ち、去っていく。彼もやることがあるのだろう。ひとまず、一つが片付いたことで俺はホッと息をつく。
 黒羽の去る姿を見ていた竹林が俺に近づいてくる。


「……あいつ、ちょっと言葉少ないけどさ。たぶん、信じてくれているよ」
「いや、信じてくれなくてもいいよ。俺はあくまで、手伝うことを申し出ただけだ。……よし、早速迷宮に行こう」


 移動しながら、簡単に自己紹介をしていく。
 土魔法使いの、土山つちやま竹林たけばやし
 水魔法使いの、川端かわばた海峰うみみね
 光魔法使いの、明沢あけざわ安光やすみつ


 光魔法使いの2人と海峰が女子で、それ以外は男子だ。
 3人ずつのため、バランスは悪くない。ここに追加でアーフィも加わる予定だ。桃も連れて来ることも考えたのだが、彼女は騎士と合流してレベル上げを行っている。


 確かに、俺たちとやるよりも効率は良い。
 騎士達の戦力アップにもなるし、何より桃が戦闘の訓練を行うことができる。
 ……ステータスがあがったからといって、そのまま強敵に勝てるわけではない。


 そのステータスを使用できるように戦闘勘を鍛えていかなければならない。
 いわゆる経験だ。ステータスはあくまで、強い相手と渡り合うための基本だ。


「それと……今日一緒にレベル上げを手伝ってくれるアーフィだ。みんな仲良くしてくれたら嬉しい」
「よ、よろしく……」


 緊張しているようで、体を硬直させるようにいった。
 ……とりあえず、みんなの反応は悪くない。
 というよりも、俺の仲間……恋人とかそんな目で見られているため、やはり警戒はされてしまっている。
 俺よりかは、もちろん少ないんだけどね。


「それじゃあ、準備をしてから城の庭に集合だ」


 伝えると、彼らは一度解散し、それぞれが食堂を離れていった。


「……これで、とりあえずは解決したのかしら?」
「まだ解決じゃないよ。ようやくスタート地点にたてたんだ。どこまであいつらのステータスをあげられるか……」


 ……ステータスは普通に比べれば十分強い。
 今日中に彼らのレベルを10……あるいはそれ以上まであげ、残りの時間で獲得したステータスを体に慣らしていく。
 それで、どこまで戦えるのか、という疑問はある。
 ただ、災厄のパターンが複数あることを考えるならば、俺が一人今よりも力をつけるよりかは、ある程度の戦力をたくさん集めた方が防衛戦では良いだろう。
 ……さて、どこの迷宮に行くか。


「アスタリア迷宮なら……確か三十階層まで攻略が進んでいるんだったか?」
「アスタリア迷宮……私が初めてあなたと一緒にいった迷宮ね!」


 そう、頬を赤らめるようにいってくるのだから、俺も反応に困ってしまう。


「……懐かしいわね、すべて」
「そうだね。……けど、懐かしんでばかりもいられないよ」
「少しくらいいいじゃない。私は懐かしみたいのよ」


 むくれた彼女に、苦笑しながら俺は騎士団長を探しにいく。
 彼に相談すると、一人の騎士を貸してもらえることが決まった。
 女騎士はひきつった笑顔で敬礼をしてきた。


「レベッカです! 一生懸命サポートをさせていただきます!」
「わかった。……竜車の御者も任せて大丈夫なのか?」
「それはもう二人の騎士もつれていきますから、安心してください! アスタリア迷宮ですよね? わっかりました!」


 ……なんというか、彼女は投げやりというか無理やりに元気を搾り出しているような感じだ。
 レベッカとアーフィをひきつれ、外へと出る。
 城の入り口付近に待機していたおかげで、すぐに彼らを発見できた。
 一人、あるいは二人組みでやってくる彼らが五人集まったのだが……なかなか最後の一人明沢が来ない。


 ……彼女、おっとりとした性格だったはずだし、一人でいることのほうが多かった。
 もしかしたらグループ活動ということで、何か気になることがあるのかもしれない。


「明沢を呼びにいったほうがいいか?」
「大丈夫じゃないか? そのうち来るだろうぜ」


 竹林がそう返事し、全員が頷く。
 確かに、すぐにきた。
 彼女はビクビクと怯えるようにして。
 問題は……一人ではなかったこと。
 にやにやと笑いながら、明人たちが近づいてくる。


 明沢を脅したのか知らんが、酷く彼女は怯えていた。
 そのままこちらへとかけてきて、俺たちのグループの最後尾につく。
 俺たちは必然、彼ら三人とぶつかりあう形となる。


「キミたち、迷宮へ行くことは禁止しただろう? 俺よりも強いやつができてしまったら困るんだ」


 やってきてすぐにその発言か。弱気というかなんというか……素直なやつだ。
 そう両手を広げ、まるで劇でもするかのように明人がやってきた。
 彼の後ろには拳を構える光一郎、鞭を構えている純也の姿もあった。


「おいおい、おまえら、オレたちの言うことが聞けないのか? 雑魚なんだから、黙って従っておけよな」
「そうだよ。僕は言うことを聞かない奴が大嫌いなんだ。全員、ぶっ壊されたいの?」


 彼らが俺の前まで来る。そして、俺を見て馬鹿にするように笑う。
 と、さらにぞろぞろと人が集まってくる。貴族や騎士……恐らくは明人側の人間たちだろう。
 俺たちの戦いの臭いをかぎつけたのか、彼らの嘲笑の目がいくつも集まる。
 すっかり俺の背後にいる六人は体を小さくしてしまう。
 アーフィをちらとみる。


「万が一、俺が暴走したら止めてくれないか?」
「そうね。そのときは抱きついて、キ、キスでもしてあげるわよ」


 なら、わざと暴走してみるのも悪くないかもしれない。
 ……俺は、こいつら三人になると冷静さを失う可能性がある。
 アーフィは背後の六人を守るように下がってくれる。
 まだ、オール1にしてくれやがった犯人は判明していない。だからこそ、全員へ同じだけの怒りがある。


「オール1が仲間を引き連れて何をするつもりなんだい? レベル上げでも手伝ってもらうのかな?」
「……おまえたち、本当にこのままでいいのか? 今のままで、おまえたちだけで災厄が撃退できると思っているのか? ……悪いが、俺にはそれはとても無理だと思うね」
「馬鹿にするんじゃねぇよ、オール1」


 光一郎が霊体をまとい、威圧するように地面を殴る。
 ずしんと、その場で軽い揺れがおきる。


「オレたちは、おまえと違って強いんだよ」
「そうだよ。僕だってね……カモン、エンシェントウルフ!」


 彼が叫ぶと、その場に大人よりも一回りはあるような狼が出現する。
 灰色がかったその毛皮は、立派な輝きを持っていた。
 その狼は口元に何かを溜める。
 次の瞬間、空へ向けてたまった魔力が放たれる。真っ直ぐに放たれたそれは、城でも破壊しかねん勢いで空へとあがり、花火のようにはじけた。


「これが、僕の力にふさわしい魔物さ」


 そして、明人もその場で霊体をまとう。
 ……彼の霊体は少し違った。鎧のようなものがまとわれ、より強固さを彷彿とさせるものとなっている。
 何よりも、光に愛されているかのような輝きが常に彼をまとっていた。
 自慢するように彼が剣を傾けると、周囲にいたギャラリーの声が重なる。


「……それでなんだ?」


 俺の反応が気に食わなかったのか、明人は一瞬顔を顰めた後、息をはく。


「桃も馬鹿だよな。おまえみたいな奴をずっと心配していてな。俺が何度も声をかけてやったというのに、俺の女になれば守ってやるってな。なのにあいつは無視して、どこかへと消えてしまったんだ……っ。気に食わない。どうしておまえなんかを求める? 雑魚に何ができる」


 ……しらねぇよ。俺がどうしてそこまで桃に好かれたのかなんてな。
 けど、あいつにそこまでしていたのか?
 怒りが湧き上がる。……桃じゃなくてもだ。
 嫌がっている相手にちょっかいをかけるなんて、おまえ、そんな奴だったのかよ。


「おいおい、明人。あれはオレのものなんだが? 戻ってきたし、オレがいただこうと思っていたんだが」
「……何を言っているんだよ。僕だって、桃はほしいんだ。あの足で踏んでもらいたいんだけど」
「……おまえたち、俺のものに手を出そうとするなよ? さすがに怒るよ?」


 ……我慢の限界だ。
 俺は霊体を両手にだけまとい、剣を取りだす。


「それ以上、その馬鹿みたいな口を開くのはやめてくれ。……殺すつもりはなくても、殺しちまうかもしれないだろ?」


 こんなんでも、自分の私利私欲のために動くとしても、立派な戦力だ。
 俺たちの邪魔をせず、自分の力を自慢するためだけに災厄との戦いに参加してくれるだけでも、俺たちからすればありがたいことだ。
 だから、殺すつもりはない。けれど、俺の心がはちきれそうなほどの怒りに溢れていた。


「……はっ! 面白いことをいうね。確かに、キミは成長しているのかもしれないよ? だけどね……俺たちは始まりがまるで違うんだ! オール1がオール100にでもなって、調子づいているのかい?」
「そうだぜ。友人だったオレは悲しいね。おまえは、賢い奴だったのによぉ」
「勇人、やめておいたほうがいいよ。今の僕は、キミなんて簡単にひねり潰せるんだよ?」


 三人もそれぞれ武器を構える。


「……これは粛清だ! ここにいる貴族、騎士の皆様方! 俺たちのいうことを聞けない奴の末路を城中に伝えてくれ! さあ、始めようか! 一方的な戦いを!」


 彼の宣言が、戦いの始まりを告げた。





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