オール1から始まる勇者

木嶋隆太

第七十二話



「わ、私の秘密を? ……星族を受け入れてくれるのはあなたくらいよ。……きっと、皆離れてしまうわ」


 彼女は悲しげに目を伏せた。しかし俺は首を振った。
 ……確かに、初めて会ったのならば誤解されるだろう。
 あのときの、竜車の御者のように、アーフィに怯え逃げてしまうだろう。


 ……けれど、リルナはアーフィのことを良く知っている。
 それに、桃は俺たちと同じ世界の人間だ。
 桃にこの世界の人たちほどの偏見はない。
 だから……桃は問題ない。
 そう、大事なのはリルナだ。
 これから先の人生を考えていくと、どうしてもアーフィ一人だと厳しいと思う。
 だから、社会的地位の高い友人を作っておいてもらいたいのだ。


「……アーフィは俺がいなくなってから、どう生きたい?」
「……考えたことがなかったわ」


 だろうね。
 ……アーフィは今だって生きるのに精一杯だ。
 これから先を深く考えていられる余裕はないと思う。


「夢を持つと良いよ。世界を旅するのか、誰かの元で働いて仕事をするのか。……それとも、星族を探すのか。星族の立場を改善するのか……選択肢はたくさんあると思うよ」
「……」
「もしも、星族として隠れずに生きるのなら、人間の手を借りないと難しいと思う。だから……そのためにも俺以外に信頼できる人を作っておいたほうがいいと思うんだ」


 アーフィは視線をさげて、納得するようにうなずいていく。
 ……わかっているのだろう。けど、決心はそうできないのかもしれない。
 アーフィはしばらく黙っていたが、それからきっと顔をあげる。


「……そう、ね。いつまでも逃げていてはいけない、わよね。わかったわ、リルナと、モモに話すわ。友達、だからね」


 アーフィの手は震えていたが、ぎゅっと握る。


「それじゃあ、夕食の後に、話そうか」
「……え、ええ。ご飯入るかしら」


 夕食をとりにリルナの部屋へと向かう。
 ……アーフィは心配していたのか、いつもよりは食事の量が減っていた。
 けど、普通に三人前食べているんだよなぁ。


「リルナ、桃、ちょっといいか? アーフィから話があるんだけど」
「わ、私が言うの!?」


 そりゃあそうだ。
 俺はもうそれから黙った。リルナはきょとんとした様子を見せて、桃は夕方の話だとわかったようで静かにしている。
 部屋には俺たち以外はいない。
 俺は立ち上がり扉のほうへと向かい、万が一急に開けられないようにと背中を当てる。


「何、アーフィ?」


 リルナが興味深そうにアーフィを見る。


「……その、私はみんなに黙っていたことがあるのよ」
「黙っていたこと?」
「え、ええ。……もしも、それがばれれば、みんなは私から離れてしまうかもしれない。けど、二人は……大切な友人だから、話しておきたいの」


 リルナと桃の視線を受け、アーフィは怯んだように顔をひくつかせる。
 俺のほうに情けない顔を向けてきたけど、今回ばかりは手を貸すつもりはない。
 最後まで、きちんと言い切るんだ。


「……私は、人間に嫌われている、星族、なのよ」
「……」


 桃はいまいちピンとはこなかったようだけど、リルナは合点がいったというようにぽんと手を叩いた。


「やっぱり、そうだったんだー」
「……へ?」


 アーフィが気の抜けた声をあげる。
 ……まあ、証拠は随分と残してきたからな。
 迷宮都市での戦闘もそうだし、普段の訓練でも彼女が霊体をまとっていることはない。
 それらを見ていれば、察しのよいリルナなら気づけてしまうだろう。
 アーフィのぽかんとした顔に説明するようにリルナが頬に人差し指をあてる。


「……星族。……私たちは良く分からないんだよね。星族を本当に恐れているのは、昔の人たちなんだ。私たちの時代には、もう星族なんて絶滅しているのではないかって言われてるくらいの存在だからね。怖い存在……というのは曖昧な情報しかないからだよ。……アーフィが星族なんだ……。そうなんだ、全然怖くなかったよね。確かに強いけど……。それで、私はアーフィを嫌うことないよ? 私、種族よりもその人を見るからねっ」
「よかったな、アーフィ」


 いまだ理解できていない様子のアーフィに声をかけると、彼女はぶわっと目元に涙をためる。


「え、ええ……っ」


 ……今までずっと一人で苦しんでいたのだろう。
 俺も少しだけ安心できた。俺がいなくなってからも、リルナが面倒を見てくれるはずだ。
 カレッタ辺りにも相談しておけばよかったな。
 しばらく、彼女が落ち着くのを待つ。
 そこから、しばらくはアーフィの話題だ。星族というものと、今まで何をしていたのか……とか。
 もちろん眷属の話題にもなり、その時は俺に厳しい質問がいくつかとんできたが、やんわりとかわしていく。
 ……あっさりと話し合いは終了した。
 アーフィの笑顔が見れて、俺もすっかり落ち着けた。
 リルナの部屋を出る頃には、アーフィから感じられる雰囲気が少し変わっていた。


「ふふ、ハヤト。もう感謝が足りないわね、ありがと」


 ぎゅっと腕に抱きついてきて、少し照れくさい。
 クラスメートの数名が俺たちに気づいて、通路の先へと消えていった。
 ……見られるの、すっげぇ恥ずかしいな。
 頬の熱を感じながら、俺たちは自室へと戻ってくる。


「それじゃあ……私は風呂に入ってくるけど、あなたも一緒に入る?」


 からかうように口元へと手をやるアーフィにいってらっしゃい、とだけ返事をする。
 彼女が部屋を出て少しして、扉がノックされる。
 扉をあけると、メイドのカルラが綺麗な礼とともに入ってきた。


「あの、今日まとめた情報について話しておきたいと思いまして」


 カルラが持ち帰った情報を聞いていく。
 ……貴族たちは様々な会話をしているらしい。
 具体的な名前をあげることはないが、やはり国に対しての不満なども多くあがっている。


 カルラの話を聞きながら、俺は必要なことだけをメモしていく。
 紙とペンはリルナからもらっている。生身だとどうにも書きにくさはあったが、霊体を使うとあっさりと適応できた。
 この体の便利さに驚きながら、彼女の話を拾っていく。


「以上です。……特に目立ったことはありませんでしたね」
「まあ、そうだろうね。そう簡単に敵も動かないよ。けど、この情報がきっといつか大事になってくる。特に、貴族同士の口喧嘩は参考になるよ」


 恐らくは帰還組、残留組のどちらを支持しているかで貴族同士もいざこざが発生しているのだ。
 彼女の情報から、必要なことを抜き出していく。


「とりあえずは、帰還組と残留組と思われる貴族についてだね。特に、公爵とか……力のある貴族を優先して情報を集められればもっといいね」
「……わかりました。出来る限り情報を集めてみますね」


 そこで話は終わったのだが、カルラはまだ部屋に留まっている。
 ……どうしたのだろうか。
 カルラがしばらく周囲を見てから、こそこそとこちらに迫ってくる。


「あの、もう一人の女性は今いませんね」
「アーフィのことか?」
「アーフィ様でしたか。今はどちらへ?」
「風呂に行っているよ」
「そうなのですか。アーフィ様に対して、貴族の方たちが色々と話をしていたのですが……」
「……へぇ、それはどんなことだ?」


 何かよからぬ目でも向けているのか?
 だとしたらちょっと指導が必要だな。
 少しばかり怒りを見せていたかもしれない。
 彼女に顔を近づけると、カルラは頬をひきつらせる。


「……その、『良い女だ。オール1のものにしておくなんてもったいない』……とかなんとか」
「そうか。手を出していないならまだ許してやるか」


 ただ、何かあったらそいつらの顔が変形するかもしれない。


「お二人は付き合っているのですか?」
「まあね。似合わないだろう?」


 アーフィ美人だしな。
 貴族たちに嫉妬されるのも無理はない。許すわけではないけど。


「いえ、お二人とも仲が良くて羨ましいですね」
「羨ましいか。そう言ってもらえると嬉しいね」
「あ、羨ましいというのは……その変な意味はありませんよ?」


 変な意味?
 カルラは慌てるように両手を振って去っていく。





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