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オール1から始まる勇者

木嶋隆太

第六十五話







 ファリカを迷宮の外まで連れて行ったところで、俺の体は引きずられるような感覚に襲われる。
 ああ、ここまでか。せめて、もう少し彼女を導きたいと思ったが、それは叶わない。
 俺は仕方なくファリカにある言葉を残し、そして現代へと戻ってきた。
 ……同時に、異常なほどの疲労が体を襲う。


「なんだこりゃ……」
「……時間を遡れば人間には大きな負担がかかる。だからこそ、三十分が限界だ」
「先にいえよな……」


 苦笑したのだろうか、精霊レドンの黒い影が揺れる。
 まったく、勝手な奴だ。精霊ってのはどいつもこんな感じなのだろうか。


「これからこの迷宮都市の態勢を変えていかなければならない。しばらくファリカよ、付き合ってもらうぞ」
「……わかっている。もう、私の家族のような人を生み出してはいけないから」


 こくりとファリカが頷き、それから俺のほうを見てきた。


「やっぱり、助けてくれた」
「……それが一番の選択だと思ったからな」


 ファリカは俺をしばらく眺めていたが、やがて逸れた。
 ――これですべてが終わり?
 ああ、そうだろうな。
 それはこの迷宮都市内での出来事は、だ。


 俺はその言葉をぐっと抑え、これからについてを聞いていた。
 ……とりあえずは、一日ここに滞在し、明日の朝には出発すること。
 グラッセに従っていた相手には、奴隷に与えるような強制的な魔法を施し言うことを聞かせる。


 ……まあ、命が狙われることも考え、しばらくはそのような態勢となるだろうが……精霊レドンの登場により、この迷宮都市は大きく顔を変えることになるだろう。
 夜。


 俺たちは第二十階層のホテルへと戻ってきていた。
 騎士学科、貴族学科の人間たちも全員戻ってきていて、アジダの無事な姿も確認している。
 彼の戦いについては、ベルナリアのべったりとした姿からもおおよそはわかる。
 ベルナリアの姿にアジダはタジタジのようだが、それは微笑ましいだけなので俺は彼の助けの手を無視した。
 そうして得た自由の時間に、俺は部屋にやってきた桃を出迎える。


「それで、話とはなんですか?」
「……ああ。改めてその、桃の気持ちに答えておかないといけないと思って、さ」
「そうでしたね。それで、どうなんですか?」


 桃の落ち着いた表情のおかげで、俺はすぐに言葉を出せた。


「……俺はおまえの気持ちには答えられない。けど……友達としてこれからも付き合ってくれたら、と思っている」
「……そんな簡単なことじゃありませんよ? 私、たぶんアーフィさんに嫉妬してしまいます。あなたの考える、優しい桃のままではいられないと思います」
「それでもいい。……俺には幼馴染のおまえは大切な人間なんだ」
「そういうのなら、私の気持ちに答えてくれてもいいじゃないですか」


 ぶーと口をすぼめた彼女に、頬をかく。
 そうして桃は、部屋に備え付けられた席へと座った。


「たぶんですが、私はあのとき旅についていってあなたの心に取り入ればよかったんだと思います」
「……かも、しれないな」


 自分では平気と思っていたが、それでもあの一人での時間にまるで不安がないわけではなかった。
 能力は低く、これからどうすれば良いのか先が見えない。
 そんな中で、俺はアーフィと出会った。


 最初から桃がいて、桃が俺に何でもしてきたら――彼女に甘えていたかもしれない。
 ……仮にそんな俺になっていたら、色々と恐ろしいことになっていただろう。
 俺はロクに戦う力も持っていなかったかもしれない。


「アーフィさんへの気持ちは、勘違いではないのですよね?」
「ああ」
「それなら、いいんです。……地球にはどうするんですか?」


 ……戻るか、戻らないか。


「戻るよ。アーフィもそれを望んでいる」
「……そうですか。わかりました……その、私はこれで失礼しますね」


 彼女の笑顔はどこか作ったようなものだった。
 ぺこりと軽く頭をさげたあと、桃が去った部屋で俺は息をはいた。
 ……辛いな。
 これから、ファリカにも同じように伝えなければならない。


 そう思うと気が滅入って仕方ない。
 しばらく休憩してから、俺はファリカを呼びに向かう。
 ファリカの部屋へと向かい、扉をノックする。


「あっ、は、ハヤトさん!」


 扉を開けて出てきたのはファリカの同室の子だろうか。
 俺を見ると頬を赤らめ、照れた様子で声をあげた。


「迷宮都市の悪人をやっつけたんですよね!? 凄いです!」
「……あ、あーっとそれは俺じゃなくて」


 一応隠しておいたはずなのだが、どこから漏れているんだろうか。
 と、ファリカがてくてくとやってきて俺に片手をあげる。


「それじゃあ、ちょっと行ってくる」
「はい! ……いいなぁ」


 なんてぼそりと呟き、俺を見てくる女性。
 ……ファリカを連れて廊下を歩いていき、俺の部屋までやってくる。
 よかったまだアジダはいないか。


 というかアジダはしばらくベルナリアの相手に忙しいだろう。
 結果的に彼は過去の自分の精算をつけることができた。
 それによって、ベルナリアも再び彼を信用できるようになったはずだ。


「話ってなに?」


 俺がベッドに腰かけると、彼女も横に並ぶ。
 やたらと距離が近い。体を寄せてくる彼女を押し返しながら、俺はじっと彼女を見る。


「俺は、おまえの気持ちには答えられない」
「……私はあなたのことを嫌いと思うことにした。つまり、それに答えらないということは」
「違う。好きって言ってくれただろ? 嬉しかったよ。けど、俺はそれ以上にアーフィのことが好きなんだ」
「そう。……仕方ない。一番は諦めるか」


 ぼそりと彼女が物騒なことを言ってきた。
 そして、ファリカはグッと体を寄せてきた。


「おまえ……俺はいっておくが、そんな複数の女を愛せるような肝っ玉の据わった人間じゃない。やめてくれ」
「そう? 別に同じように愛してくれなくても良いから」
「そういう問題じゃないだろっ。おまえは自分を大切にしろって言っているんだ。これからおまえは自由だ。その自由な時間で、きっともっと大切なものを見つけられるはずだ」
「……その自由な時間で、私は自分が異常な環境に身を置いていたことを知れた。そして、復讐のチャンスも得ることができた。だから、私はそれらをくれたあなたに憧れた。もう一度会って、気持ちを伝えたいと思った。あなたからすれば、出会って数日の人間かもしれない。けど、私は……もう何年もあなたのことを探し、想いつづけていた。そのあなたと一緒にいられるのなら、私は例え道具だとしても、あなたの近くにいたい。それに……あなたはこれ以上、たぶん女を増やせることもない」


 ファリカが最後にそう呟いたのは、俺への評価、ではないようだった。
 目が鋭くなり、俺の体にぐっと力を入れる。押し倒さんばかりの彼女は俺の胸元を掴み、それから服を引っ張った。
 ……まさか。
 俺の胸にある紋章を確認したのか、それからファリカは短く息をはく。


「星族の彼氏に、わざわざ押しかける女もいないだろうし、あなたもアーフィを思ってそんなことはしないはず」
「……おまえ、いつから気づいていたんだ?」
「私との戦いで、あなたは明らかに異常な力を放っていた。それに、私を助けにきたアーフィも見ている。肉体であそこまで戦える相手を、私は知らない」


 そして彼女は俺へとのしかかってくる。
 俺は突き飛ばそうとしたが、不意な力と相手が女ということもあってあっさりと倒される。


「アーフィの秘密をばらされたくなかったら、私の言うことを聞いて欲しい」
「……おまえ、本気で言っているのか?」
「うん」


 じっと睨みつけてきた彼女に、俺は言葉の先をいえなかった。
 ……どうすればいい?
 ファリカは俺たちの秘密を知っている。彼女が誰かに一言でもいって噂になれば、それでアーフィが一気に危険となってしまう。


 だが、だからといって彼女を受け入れるなんて、アーフィに失礼だ。俺はきっと彼女を睨む。
 と、ファリカは俺から離れ、にこりと微笑んだ。
 ……屈託のない笑みに俺の体から緊張がぬける。


「下心が少しでも見えれば、私はこのままあなたを押し倒そうと思ったけど、私なんて、欠片も考えてくれていないみたい」
「こういうのはやめてくれよ。心臓に悪い」
「ごめんごめん。アーフィには、感謝もしている。私を本気で助けにきてくれたとき、嬉しかった。そんな彼女を傷つけてまで、一番をとりたいとも思っていない。そんな彼女が傷つくようなことを、するつもりもない」
「……おまえ。今ちょっと嫌いになりかけたぞ」
「けど、私の気持ちの本気は伝わったでしょう?」


 ……ああ、痛いほどにな。


「いつから、眷属になったの?」
「グラッセと二回目に戦う前だ。そのときに、アーフィに告白したんだよ」
「……私のためにそこまでしてくれて」


 それは否定しなければならない。
 熱のこもった彼女の視線に俺は首を振った。


「おまえのためだけじゃないよ。あのまま、あいつによって迷宮都市がこの国を支配するようなことがあると、非常にまずいんだ」
「……確かに住みにくくなる」
「ああ。だろうな」


 けど、それだけじゃない。
 国が騒ぎになったときに、災厄が襲い掛かってきたとすれば、俺たちまでも地球に戻る機会を失いかねないのだ。
 だからこそ、俺はこの戦いに全力をあげた。
 それだけのことだ。


 ……そうだった。彼女とはそれについても話しておかなければならない。


「今、精霊レドンはいるのか?」
「なんだ?」


 にゅるっとファリカの影から姿を見せた精霊レドン。
 いきなり登場するな、びっくりするだろ。
 心臓がいつもよりも早く脈打つ。


「大精霊ってのは知っているか?」
「ああ、知っているとも」
「そいつの性格について、教えてはくれないか?」
「どうしてそんなことを知りたがる?」


 精霊レドンのどこか怪訝な声に、俺はどうこたえるか迷った。
 正直にいってしまっても良いだろう。隠す必要もないことだ。


「……俺が……俺や桃、あとは国に残っている何十名かが精霊の使いだからだ」


 言うとファリカたちは顔を見合わせる。
 ファリカも珍しく冷淡な顔を崩している。
 精霊レドンは比較的早く立ちなおり、それからこほんと咳払いした。


「……なるほどな。どうりで、あれだけの力を持っていると思ったら」
「あの力に関してはあのクソ精霊は関係ない」


 そこだけははっきりといわせてもらう。
 いや、まあステータスとかくれたのだから一応は関係あるのだろうが、少なくとも始まりの俺は最弱だった。
 とにかく、あの精霊のおかげ、とか言われるのは頭にくる。


「性格、か。私もそれほど知っているわけではない。ただ、世界を思っていることは確かだ」
「……その大精霊が、精霊の使いにボーナス! とかほざいて俺のステータスをオール1にしやがったんだぞ? 何を思っているんだか」


 意味がわからなかったようで、あのときについて詳しく伝える。
 すると精霊レドンはあっさりと答えた。


「大精霊様は恐れたのだろう。精霊の使いというのは力をたくさん持っている。仲間割れが起きれば、それだけで大きな被害となる。すぐに、友好関係を見抜き、彼らが約一ヶ月の間、仲良く過ごしていけるかどうか、それを判断するための作業なのだろう。……それによってはぶれた人間を切り捨てることも考えてな」
「確かに、この世界についてはきちんと理解しているんだろうな」
「……その犯人は見つけたか?」
「……見つけてないね。大精霊の罠かもしれないだろ?」
「……それはない。さっきもいったが、わざわざ不利益になるようなことはしない。その選定をするということはあっても、同士討ちをさせるためにそんなことをしてわざわざ災厄に向けての戦力を減らすようなことはしない。信じられないかもしれないが、この世界についてはきちんと考えておられるはずだ」


 ……確かに、そうかもしれない。
 けど……だからってずっと友達だったあいつらの中から犯人を探しだせってか?
 ……嫌な話だ。


 話はそこで終わり、俺は思い切り息をはく。
 ……ケジメだな。
 あいつらの中に犯人がいるなら、このままなあなあに終わらせるつもりもない。
 苦労を味わったのだ。殺すまではいかなくとも、一発殴るくらいはしないとわりにあわない。


 地球に戻ったときに変な目を向けられるなんて嫌だしな。
 ……城に戻ろう。
 残りの日数的にも城で待機していた方が良いし、何より、まだ問題は終わっていない。
 これから、リルナにそのことを報告しなければならないのだ。


「精霊の使い……もしかして、災厄が終わればもとの世界に、戻る?」


 控えめに聞いてきた彼女に頷いた。


「……俺にとっては、やっぱり俺の世界にいたいんだ」


 ……チートも持ち帰れるんだろ? この肉体とスキル使って適当に金も稼げるはずだ。
 家があまり裕福ではなかったから、この力を使って少しでも親孝行をしたいとも思っていた。
 行き来できれば、いいんだけどな。


「……なら、私に子どもを残してくれない?」


 ファリカがすっと身を寄せてくる。落ち着くような香りがふわっと顔を撫でる。


「おい……」
「私はこれから迷宮都市を正しいものにしていきたい。それには、新しい精霊使いも必要になるし、私……何よりあなたとの繋がりを残したい」
「そもそも、俺に恋人がいなくてもそんなことはしない」


 ファリカを押し返し、厳しく睨みつける。


「どうして?」
「子どもの問題は俺たちだけで解決できるものじゃない。子どもにとって、父親がいないなんてのは……嫌だろ?」


 ……異世界だとまた価値観は違うかもしれない。
 けど、俺は本当の両親を失ってから苦しい思いをした。


「……そう、だね。ごめん、悪い発言をした」


 ……おまえの気持ちはわかったよ。
 けど、俺はそれには答えられない。
 ファリカがベッドから立ち上がる。部屋を出るときに、ちらとこちらを向いた。


「……何か困ったらまた会いにきて。いつでも待っているから」
「迷宮都市に残るんだな」
「うん。……ありがとう」


 去り際に見せたファリカの顔には、満面の笑みが彩られていた。
 俺は頬をかいてどさっとベッドで横になる。
 恋愛話は落ち着いたが、まだ……リルナと二人きりで話をしなければならない。少しだけ休憩してから俺は、リルナの部屋へと向かう。
 リルナの部屋の扉をノックすると、リルナが顔を見せた。


「……どうしたのー?」


 誰も中にいないのは、彼女の声でわかった。


「……あまり聞かれたくない話なんだ。中に入ってもいいか?」
「いいけど、アーフィに嫉妬されちゃうよ?」


 からかうようにリルナは口元へ手をやる。
 彼女の言葉を遮るように俺は中へと入る。
 別にあがって何かをするわけではない。
 リルナが席につき、俺も彼女の対面に腰かける。
 それから周囲に人がいないのを確認してから、彼女に言う。


「……過去に、戻ったのは知っているか?」
「うん。ちょっとばかり話聞いたからね。いやぁ、精霊ってやっぱり凄いんだね!」
「……その、ときだ」


 俺が最初に転移した場所は、ある部屋だった。
 そこから外に出ると屋敷の広間のような場所に出た。
 グラッセは誰かと合う予定だったのだろう、何名かがいた。
 数名の護衛の騎士に囲まれた、ある男――。


「……おまえの国の宰相だ。そいつが、いたんだよ」
「……え? 本当?」
「……ああ」


 俺が過去で見たことで、一番の驚きはそれだった。











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