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オール1から始まる勇者

木嶋隆太

第五十話 二十二日目 覗き

 
「おまえ、本当にやるのか? やめておいたほうがいいと思うよ。特にアジダ」


 カレッタは公爵の立場でどうとでももみ消せるかもしれない。
 カレッタがまた夜に、といって去っていったところでアジダがふうと息をはいた。
 アジダもそこはわかっているようだ、だから、頷いてから俺の耳に近づいてくる。


「……俺が本当に計画を進めると思うのか?」
「なに?」
「ふん……公爵様にそのようなことをさせるわけには行かないだろう。だから俺は、ここで彼にのった振りをして情報を引き出したのだ」
「なるほど。それでつまりどうするんだ?」
「これからその覗きが行える場所に向かう。それで……計画が失敗するようにしておくのさ」
「……なるほど。その覗きの場所をどうにかして封じているときに、誰かが風呂に入っていることを期待している……わけではないんだな?」
「ち、違う!」


 ……こいつは立派な騎士だった。
 その鼻の下が少し伸びているのは無視しておこう。


「まあ、頑張ってくれ」
「何をいうか。万が一のときのためにおまえも手伝うんだ」


 アジダが逃がさないぞと俺の腕をつかんでくる。


「なら、具体的にどうするんだ?」
「どうやらカレッタ様の話では、ホテルから少し離れた庭にある……とりあえず、外に出てそこまで行ってみようか」


 アジダが俺の背中をつつくようにして外へと出してくる。
 へいへい、わかりましたよ。
 俺としても友人たちが犯罪者になったら嫌だしな。 


 「いつかやるかもしれませんでした」なんて言いたくない。
 アジダとともに外へ出ると、既に夕陽が傾き始めている。
 街の旅人地区に住む子どもだろうか。
 彼らが家へと向かって走っていき、アジダも遠くに見つけた木へと近づいていく。


「この木だな」


 やがて目前にまで来て、そこに生えている巨木の前に立ち、その木を撫でる。
 ……これを昇るのは難しいかもしれないのだが、不自然にあちこちにへこみがついている。


 周囲に人の気配が感じる。……これは誰か、常習犯がいるのかもしれない。
 まずはそちらをどうにかしたほうが良いかもしれない、と思いながら、のぼっていくアジダの尻をボーっと見あげながら周囲へと意識を向ける。
 やがて、その気配は去っていく。


「ハヤト、早くここまで来い。恐らくだが、この木のあそこから覗きができるはずだ」


 確かに、やけに太い枝がある。大人の男が座っても平気なのではないかという異常発達した木だ。
 迷宮内ということで、成長がおかしな部分もあるのかもしれない。植物学者でもいれば、嬉々として調べるかもしれないが、あいにく俺はまったく興味がわかなかった。


 アジダが木の先まで行くと、食い入るようにそちらを見ている。
 やっぱりこいつ、覗きを止めるつもりなんて欠片もないんじゃないか……なんて思っていたが、彼は俺に登ってこいと叫んだ。


「どうしたんだよ。そんな美女が風呂にでもいたのか?」
「ここから見えるのはあくまでおぼろげに見えるだけだ! 全然覗く場所としては良いところではないが……って違う! アレを見てみろ!」
「なんで覗きを勧めてくるんだよ。俺はアジダじゃないんだ」
「俺だったらなんだというんだ! 違う! あれは魔物じゃないのか!?」


 ホテルの風呂は、すべて露天風呂だった。
 だからこそ、こんな場所から覗きをしようとする馬鹿が出てくる。
 そして俺は、アジダの血相を変えたような顔に、さすがにおかしさを覚え、仕方なく視線をそちらに向ける。


 露天風呂の作りとしては、一応ホテル側からは覗かれないように僅かに屋根のようなものもある。
 そのために、ほとんど覗ける場所はないのだが、対面するように生えているこの木からは何とか見ることができる。
 スライムのような魔物が、露天風呂にいた。


 湯気やそれなりに距離があることもあって、あまりしっかりとは見えない。
 けれど、スライムのような魔物が這うようにして動いている。青色のスライムに目などはなく、核のような赤いものが体の中央にあった。


 逃げるように人々が去っていく中で、一人の女性がその場でスライムをひきつけようとしているのか、立っている。


「……まずいな。人がいる」
「……あれはっ! 俺は助けに行く! 俺を放り投げてくれ!」
「正気か? 放っておけば、人が来るだろうぜ」


 それに、人によってはステータスカードに武器をしまっているだろうし、霊体が破壊されるまで、この世界の人間は安全だ。
 それでもアジダは焦るように口を開く。


「あそこにいる人はどうしても俺が助けなくちゃならないんだっ。さあ、早く飛ばしてくれ!」


 いつもとは様子の違うアジダに、俺は頭をかきながら、彼の体を掴むために霊体をまとう。


「いいか? 放り投げると同時に霊体を展開しろ。じゃないと、死ぬぞ!」
「わかっている!」


 木の上という不安定な場所であったが、俺はどうにか全力を持って彼を放り投げる。
 空中を舞うようにしてアジダは悲鳴をあげながらも、女風呂へと突っこんでいく。


「いやぁ……よくあいつここから飛ばせって言ったな」


 けど、このままアジダ一人に任せるのも心配だ。彼は恐らく正直にここで起こったことを話すだろう。
 俺も仕方なくその場で足に力を入れて、木を踏みつける。ばきっと枝の割れる音が背後で聞こえる。


 覗きをしていた人たちからすれば悲鳴があがるような気分だろう。ゆっくり座って見られる木の足場は、もうこれで破壊した。
 空中でバランスを取りながら、俺は浴場へと着地する。


 俺たちの登場に、そこに唯一残っていた女性が驚きと怒りを混ぜたような目でこちらを見据えてくる。
 その女性は胸を隠すように腕で抱えるようにしていた。
 特徴的なのは何より長く先の尖った耳だ。


 まずは誤解をどうにかしないとだな。


「勘違いするなよ? 近くを散歩していたら、悲鳴が聞こえてきたんだ」


 俺はステータスカードから取り出したタオルを彼女へと放りながら、スライムと対面するアジダを見る。
 スライムはどんどん巨大化していく。
 スライム系の魔物はなんだかんだ初めてだ。核を破壊すれば良いとは聞いていたが、これは確かにやりにくいそうだ。


 と、エルフの女性が片手に力を溜めていく。
 放たれた風の刃がスライムの体へと飲み込まれ、一気に核までの防御が薄くなる。
 そこへ、アジダが剣を突きたてるようにして突っ込み、スライムを破壊する。


「どうしたってこんな場所にスライムがいるんだ?」
「……さぁ? どうして、こんな場所に男が二人もあっさり入ってこれたのかしら?」


 疑いの目が鋭くこちらを見ている。エルフの女性にさらされ、アジダはびくっと肩をあげる。
 アジダに気づいた彼女は、さらに目をつり上げてそっぽを向いた。


「アジダ。まだ、情けなく騎士やっていたのね」
「……」


 アジダの顔が引きつっていたので、後を受けることにする。


「まあ、命は助かったんだ。今はそれを喜んでおこうじゃないか」
「どこから来たのかしらね」
「確かにアジダは変態でそういう意識が一切なかったわけではないだろう。けど、未然に守るためにこうしてあそこにいたんだ。……裸を見たのは悪かったかもしれないけどさ」


 アジダがいつもと様子が違うのでからかってみたが、彼は何も俺に言ってくることはなかった。


「……す、すみませんベルナリア様」


 アジダが頭をさげ、俺にも同じようにするように横目で見てくる。
 ……やっぱりこいつがベルナリアか。エルフ族自体が珍しいからそうなのではないだろうかと思っていたが……アジダは知り合いだったのか。


 アジダと彼女の関係を疑っていると、慌てた様子で武器を持った服を着ている女性たちが入ってくる。


「ハヤトくん?」
「ハヤトさん、何をしていますの?」


 ベルナリアの護衛だった二人が登場し、そこから女性たちの集まりが生まれる。
 その奥からアーフィや、リルナたちの姿も見えた。すっかり居心地が悪くなってしまったが、俺たちは潔癖を証明するために両手をあげた。




 ○




 それから解放されたのは一時間ほどしてからだった。
 騎士学科の教師に散々と注意を受けたが、あくまで俺たちは守るために戦ったことを告げたことでどうにか問題とはならなかった。


 解放された俺とアジダが通路を歩いていると、露骨に女性たちの視線が増える。
 どうやら覗き見しようとしていたという疑いは消えていないようだった。それも仕方ないか。


「おまえ、知り合いだったのか。ベルナリアって奴と」
「……まあな」


 つんと彼は前を向いたままだった。


 と、俺たちの通路の先から人が現れる。ベルナリアだ。
 背後にレキナたちを従えて登場した彼女は、その氷のような両目をアジダへと向ける。


「臆病なあんたがまだ騎士をやっているなんて……さっさとやめたらって何度も言っているでしょう?」
「……」


 アジダは何も言い返さなかった。しばらくしてベルナリアはどうでも良さそうに息を吐き、俺を見てくる。


「あんた、そこそこの実力があるんだったわよね? 一緒にいる相手は選ぶべきよ」


 アジダが口を黙ったままだ。いつもの生意気な元気はどこへ行ってしまったのか。
 ベルナリアの小馬鹿にした顔に、俺はさすがに黙ったままではいらない。


「臆病っていうが、あんたらの悲鳴が聞こえてすぐにアジダは行動に移したんだ。止める俺を無視してな」
「あたしは悲鳴あげてないし」
「いや……そこはどうでもいいだろ。突っかかるところはそこじゃない。アジダは真っ先に行動しようとしたんだ。例え、おまえらに変な疑いをもたれようともな。そんなアジダが臆病って……一体なんの冗談だ?」
「いや……いい、ハヤト。俺が臆病なのは間違いじゃない」


 アジダが妙に静かに言い放ち、俺は調子が狂ってしまった。


「……ふん」


 ベルナリアの両目は、呆れたとばかりにアジダを睨みつける。


「レキナ、クーナ、行くわよ」
「それじゃあね、お二人さん。おやすみ」
「おやすみなさいませ」


 ぺこりと丁寧に頭をさげ、ベルナリアの後を追っていった。
 

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