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オール1から始まる勇者

木嶋隆太

ファリカイソウ4



 朗報だ! と叫んで帰ってきたのは、相変わらずのうるさいファイドだった。
 彼はすぐに荷物をまとめていき、そして私たちもそれに合わせて準備をしていく。
 ファイドは、偶然この迷宮都市に駆けつけてきた友人と出会い、そして探索者の協力者を得ることができた、と言っていた。


 ……彼の発言に、私たちは驚きながらもこれで脱出が簡単になったと安堵した。
 後の問題は、この迷宮都市市民地区から、旅人地区への移動だけとなった。
 だが、それについてもそこまで焦る必要はないはずだ。


 そちらはそこまで厳しい警戒態勢ではない。
 それこそ、夜の狩りに向かう人たちに紛れれば十分なのだ。
 その日のうちに、私たちの準備は終わり、夜……みなが寝静まる頃に移動を開始した。


 ここまでの移動は問題がなかった。
 ファイドはなかなかに手馴れた様子だ。外でどのような仕事をしていたのか、本当にリリカの夫として務まるのかなどと観察していた。
 ファイドの胸元には、リリカと同じネックレスがついていた。
 ……ファイドが街で買ったものらしい。おそろいの誕生日プレゼントだそうだ。
 問題の旅人地区への移動のとき……運良く入り口の見張りが消えた。


「事前にちょっとした事件を起こしていたんだ」


 確かに遠くで大きな声が聞こえる。
 ……何かまでは問わなかったけれど、見張りがいなくなるような大きなものだろう。
 彼の手際の良さに、私たちは安堵ともにその門を潜り抜ける。
 すぐに彼が案内したのは、一つの宿だ。
 宿の前では眠そうにあくびをしていた二人の青年がいた。


「……アゼル! レギット! 昼ぶりだったな!」
「ああそうだが……それで、それがおまえの助けたい四人か」


 アゼルと呼ばれた男のほうが、彼に目を向ける。
 ……彼は少しばかり老けているように見える。
 たぶんだけど、アゼルはファイドよりも年上だ。


「そうだ。で、こっちが俺の彼女の……リリカだ」
「ははっ、任務にあたっているかと思えばなんだ。女を作っていたのか、ちゃっかりしているな」


 私はその言葉に首を捻る。


「任務?」
「……ああ、俺騎士としてここの調査に来ていたんだよ。もともと、ここで調査を終えたら、外に出るつもりでな」
「き、騎士だったの。そうは見えない」
「ずばっというなぁ……」


 がくりと彼は肩を落とす。けれど、ならば少しだけ安心だ。


「私にも話してくれなかったわね」
「……お、怒るなって」
「怒っていないわ。ええ、怒っていませんとも」


 リリカはすっかりむくれてしまって、腕を組んでそっぽを向いた。
 アゼルは苦笑し、ファイドはその相手におろおろしている。


「……とにかく、時間がない。急いで離れよう。全員、手を掴んで」
「六人までだけど、彼は大丈夫なの?」


 リリカが問うが、二人はどちらも迷宮移動のスキルを持っているらしい。
 ……万が一、どちらかがやられたとしても大丈夫なように、だそうだ。
 それほどここは、危険な場所なのか?


 アゼルが隣にいた大柄の男の手を掴み、そして私たちは全員で輪になるように手を掴んだ。
 そして、気づけば迷宮の入り口にいた。
 そこから一歩踏み出せば、私は……初めての空を見た。
 迷宮都市でも昼と夜はある。けれど、その空はまるで違った。


 どこまでも広がっている闇の中では、それぞれが自己主張するように星が煌いている。
 星と星の間隔が近いのもある。あの星たちは仲良しなんだろうか。
 ……初めての空。
 共鳴するように輝くたびに、私の心が躍った気がした。


「ファリカちゃん、どうだ? これが本物の空って奴さ」
「……凄い」
「だろ? ……これからはもうあんな苦しい場所にいなくてもいいんだ。自由に生きられるんだ」


 ぐっと拳を固めたファイドに、リリカも笑顔を浮かべる。
 父と母は、そんな私たちを見て嬉しそうにしてくれた。
 それから外に用意してあった竜車に乗り込み、逃げていった。




 ――だが、その時間は三日と持たなかった。
 私たちはファイドたちが仕えているという城下町を目指して日々旅をしていた。
 しかし、ある村に泊まったときのことだ。




 夜……私はなんだか変な音が聞こえて体を起こした。窓の外は……真っ赤に染まっていた。
 立ち上がり、部屋を出たところで、人が飛び込んでくる。武器を持っていた彼らに、私は硬直してしまう。


「ファリカちゃん!」


 ファイドが拳で謎のローブ姿の人間たちの剣を受け止めていた。
 アゼルやレギットも共に彼と戦い、それぞれの武器を持って戦っている。


「全員、さっさと逃げるんだ!」


 ローブ姿の人間たちの服には、ある模様が入っていた。
 ……あれは、まさか。
 私の考えに気づいたように、父と母、リリカも顔を青ざめていた。
 ……私たちの手の甲にある精霊の模様。あれとそっくりなのだ。


「どうしたんだ! 後で追いつくから!」


 ファイドが叫び、苦戦しながらも相手の兵士を殴り飛ばした。
 それでも、敵の数は多い。
 謎の襲撃者たちに、村人達は困惑しながら逃げていく。逃げる相手にはさすがに手を出さないようであった。
 私たちもそこに混ざるように逃げたが、じっと視線がこちらに向く。


「逃げろ!」


 父も霊体をまとい、迫ってきた敵を受ける。


「ファリカ! 行くわよ!」


 リリカに手を引っ張ってもらい、私はその地獄のような世界から逃げるように走る。
 呼吸が荒い、それでもリリカの手をしっかりと握って私は前へ、前へ足を伸ばしていく。
 先を警戒しながら進む母の背中をみながら、リリカがぽつりと呟いた。


「……精霊特殊部隊の恐らく、暗殺部隊よ。……きっとそうだわ」
「何、それ?」
「……この前、私が調べたものの一つよ。正しい、名称かどうかはわからないけど……そういう部隊があって、精霊様に反逆する人たちを消す……っていうね。私たちよりも強い契約を結んでいる人たちよ。……ファリカ、もう大丈夫?」


 ある程度走ったところで、リリカが私のほうを向いた。
 どういう……意味?


「リリカ、何を馬鹿なことを言っているの?」
「……お母さん! ファリカのことをお願い! 私もあそこで、みんなと戦うわ!」
「馬鹿なことを言わないでっ。リリカ、あなた――」
「あそこで、好きな人が戦っているのっ。それを見捨てて……もしも死んだら私はもうどうしても生きられないわ!」
「……リリカ」


 母はリリカの目をしばらく見て、唇をかんだ。
 それから私の体をぎゅっと抱きしめ、走り出す。


「……リリカ! お母さん! 止まって!」
「みんな大事よ。けど……私にみんなを守ることはできないわ。迷っていたら、一人も助けられないっ。ファリカ、あなただけでも遠くまで逃げてっ」
「嫌だよ!」


 叫んだが、母が私の手を止めてくれることはない。
 どこまでも逃げていく。
 ……右に左に……母は意図がないように不規則に逃げていく。


 昼と夜の入れ替わりが三回ほどあったと思う。木の陰で、母に抱かれるようにして私は眠っていたのだけど、途端に叩き起こされる。


「……何かが、近づいてくるわっ」


 どうして、敵は私たちを追ってこれるの?
 逃げても逃げても……追われているような嫌な感覚は拭えない。
 何かが確実にこちらへと迫ってきている。母は寝ずにずっと私を抱えて移動してくれている。……これではいつかきっと、私たちが捕まってしまう。


 どこまで逃げても、その見られているような感覚は終わらない。
 ……やがて、母は諦めるようにその場で膝をついた。


「……つけられて、いるわね」
「……母さん、どうしよう」
「ファリカ。これからあなただけが生き残れる一つの手を……伝えるわ」
「……私だけ? そんなの嫌」
「……わがままをいってはダメよ。これしか、あなたが助かる方法はないの。いい? 簡単なことよ」


 母は顔を悲痛に歪めたあと、懸命に笑顔を作った。


「……母さんを、殺して。その後、頑張って首を持っていくの。霊体なら、たぶん出来るわよね?」
「……何を言っているの。馬鹿なことを言わないで」


 母が狂ったのでは、と私は顔を見る。
 けれど、母はどこまでも真剣で、決意のこもった瞳を持っていた。


「馬鹿なことじゃないわ。……あなたは、それで迷宮都市の人にこういうの。私は騙されてついていかされただけ、精霊レドン様に永遠を捧げるってね。……そうすれば、きっとあなたは迷宮都市だけど生きることはできるわ」
「嫌、嫌! それ以上いわないで!」
「……ファリカ。たぶん、敵は何かしらの手段を持って私たちを尾行する手段があると思うの。……もしかしたら、この精霊様の加護の証が、それなのかもしれないわ。だから、きっと逃げることはできないの。だったら……生き残ることを考えないとならないの」


 ……言っていることは理解できる。
 けれど、そのために母を殺すなんて……したくはない。


「……あそこに戻っても、何か意味あるの? 私は……嫌だ」
「けど、母さんはファリカがここで一緒に死ぬのも嫌だわ」


 ……けど、けど。
 頭の中で思考がグルグルと揺れる。


「父さんも、リリカも……私も……みんなあなたが生きてくれることを願っているわ」
「誰もいないこの世界に……私は未練なんて」
「きっといつか……あなたを助けてくれる人がいるわ。……それに、母さんももう、走れないの。今くらいしか、ファリカの役に立てないわ」


 苦笑する母はそれから、すぐに倒れた。
 ……母の呼吸はどんどん弱くなっていく。
 ……それもそうだ。必要最低限の食事のすべてを私にくれて、それでいて移動の間も眠りはしない。
 私は母に抱えられながら何度か睡眠をとったけど……限界なんてとっくに来ているんだ。
 足音が近づいてくる。
 私は――憎んだ。


 こんな酷いことをしたあいつらを……殺してやる。
 だから……母さんごめん。
 きっと……みんなの仇ををとってみせる。
 私は母の胸元に剣を刺した。
 同時に、精霊特殊部隊の人間と思われる人が現れた。


「……これは、どうなっている?」
「……私は、みんなに騙されて……こうしてついてこさせられた。私はずっと迷宮都市で生きていくつもりだった。だから、迷宮都市に戻して」


 真っ直ぐに、先ほどの母のように必死の瞳で訴えかける。
 男はしばらく私を見てから、死体を回収するように指示を出す。


「……それを決めるのは俺たちではない。だが、母を殺めてまでの判断だ。精霊レドン様もきっとお許しになるだろう」


 男達は死体を持ち、そして私も連行されるように迷宮都市へと戻っていった。




 ○




 迷宮都市――シェバリア邸につれてこられた私は、どさっと父、母、リリカの死体を隣に置かれる。
 だいぶ崩れてこそいたが、それでもどうにかまだ誰なのか判断することはできた。
 事情を聞いたバイドは厳かに言い放つ。


「ここで、家族をもう一度殺して見せろ。首を落とし、その頭を私の元までもってこい」
「……はい。わかり、ました」 


 一生懸命に私は表情を固めた。
 笑顔なんてものは必要ない。これから私は……この男を殺してみせる。
 そのために、今だけは家族を殺す――。
 私は一心不乱に短剣を振り回す。


 それをバイドは愉快そうに見ていた。
 終わったところで、ぐちゃぐちゃになった頭を彼の足元に並べた。
 ……それから膝をついて祈りを捧げるように頭を下ろす。


「これできっと精霊レドン様もお許しになっただろう。今日からおまえは私の家族だ。私の家にこい。精霊レドン様は、おまえが私の息子の恋人にふさわしいと言っておられるようだ。十五歳になるまで、私の家でしっかりと教育をしてやろう」


 にやりとバイド様は私の頭を軽く撫でてきた。
 ごつごつとしたその手に、気分は悪かった。



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