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オール1から始まる勇者

木嶋隆太

ファリカイソウ3

 外の人は珍しくはない。ただ、私たちが住む区画に入れてはいけない決まりになっている。
 ただ、例外もある。
 例えば、外に出ていた信仰心の強い人、精霊会議に参加できる資格を持った、三大霊家と呼ばれる人たちは、外と中を自由に行き来できる。
 その三大の中でももっとも力があるのが、グラッセ・シェバリア様の父だ。


「……彼は、私たちを助けてくれたのよ。精霊レドン様ならば、きっと彼に感謝の言葉こそあれど、剣を向けることはしないはずよ」


 私がリリカに肩をかしながら、立ち上がる。
 リリカの言葉に、警備隊は一度目尻を動かしたあと、剣を置いた。


「それならばいいんだけどな。そこの男。ひとまずは一緒に来てもらう。こんなところで何をしていたのか、気になるからな」
「へいへい。わかりましたよーっと」


 彼はとぼけるような調子で頭の後ろで手を組む。
 警備隊の男が舌打ちまじりに私たちの手と、彼の手を掴むと、一瞬で第二十階層へと戻ってきた。
 彼は連行されていってしまう。
 リリカが心配そうに彼の去っていくほうを見ている。
 ……私はどこかリリカの表情がいつもと違うことに気づいていたけど、指摘はしなかった。




 ○




 それから三日後。
 私たちの家に、彼はやってきた。
 名前はファイドというらしい。それ以上の名前はない、とも彼は語っていた。
 ファイドは精霊レドン様によって認められ、そして私たちは彼に命を救われたため、しばらくの面倒を見るということになったらしい。
 ファイドの手には精霊レドン様の証こそなかったが、毎日しっかりとお祈りを捧げていた。


 それからしばらく生活をするのだが……私はあまり彼が好きではなくなっていった。
 リリカが……普段は見せないような笑顔を見せ、そしてファイドと一緒に行動するようになっていってしまったから。
 ……ああ、わかる。


 まだ私は大人ではないけれど、彼女がファイドに恋をしているのは見ていて十分に分かった。
 ファイドが来てから一ヶ月のこと。


 ……とうとう、リリカのもとに結婚相手が決まったことの報告が来た。
 それは、十五歳の彼女の誕生日に合わせてとばかりであった。
 リリカは不満そうな顔である。


 精霊レドン様は、より繁栄していくために人と人の結婚相手を選び、それを伝えることになっている。
 だから、私のお父さんはリリカの母を失った後にも、もう一度結婚させられることになったのだ。


 リリカはこれに猛反発だった。
 夜――。ばんと机を殴ったリリカは、顔を真っ赤にして隣の家までも響きそうな大声をあげる。


「……私は、間違っていると思うわ! こんな……人の心もわからないような結婚って意味あるの? 出会ってから、父さんと……義母さんは……本当に、本当の意味で愛し合っているの? 仕方なく、受け入れているんじゃないの!?」


 父は……その言葉にさっと顔を伏せた。
 私にとっての母も、どこか苦しそうな顔をしている。
 ファイドはこの場にはいない。


 迷宮の……夜にしか出現しない魔物を狩りに行っているところだ。
 彼のおかげで、私の父の仕事も多少は減って、家にいる時間が多くなった。
 それだけは、彼に感謝している。


「リリカ。だったらどうするというんだ?」
「私はこの迷宮都市から……」


 出て行く。言葉にされる前に、父が声を荒げた。
 珍しい父の怒りに、私もリリカもきょとんと見てしまう。


「馬鹿なことは、言わないでくれ! おまえのわがままで、一体どれだけの迷惑がかかると思っているんだ!」
「迷惑っていっても、気持ちに嘘はつけないわ。私はファイドのことが――」
「それ以上は言ってはいけない! 言えば、おまえはそのファイドを見ることさえもできなくなるかもしれないんだぞ!?」
「けど……私は知らない誰かの子どもなんて生みたくはないわ! 結婚って私知っているのよ? 好きな人同士が、愛し合って……その結果が子どもなんでしょう? なら、私たちはなんなの!? 父さんも母さんも……選ばれた相手と結婚したにすぎないじゃないっ」
「……確かにそうかもしれない。けど、結婚にだって形は色々あるんだ。出会ってから、相手のことを知り――」
「それは、結婚するしかないから、好きになろうと自分を騙しているだけでしょう!?」


 ……リリカの言葉に、部屋はしんと静まりきってしまう。
 私は何も言えない。
 ただ、一つだけ思うのは……結婚を拒否したら酷いことになるということだった。
 結婚を拒否した人の末路を誰も知らない。その人は突然に姿を消した。


 死んだのか、それとも……殺されたのか。死体さえないのだから、結果は判明しないのだ。
 精霊様の裁き、とシェバリア家の人間は言っていたけど、きっと違う。


 目には見えない恐怖が迫ってくるような……とにかく噂話ばかりがいくつもあがっては、迷宮都市に暮らす人の心を怯えさせる。
 それに、両親も恐怖している。
 ……私だって同じだ。


 けど、それ以上に私は……リリカに幸せになってもらいたいと思った。
 このまま、誰かわからない相手と結婚しても、きっとリリカは笑えない。


「……リリカの気持ちも大切だと思う」


 怖かったけど、私は言葉にした。


「……ファリカ。馬鹿なことを言ってはいけない。おまえだって……これから先不幸になるのかもしれないんだぞ?」
「けど……私は。私は……ここでリリカが自分の気持ちを押し込んだら、押し込んだリリカを見ているそっちの方が不幸だ」


 父の血走った目を見ながら、私は怖かったけど言い切る。
 俺たちの言葉に、父は頭が痛くなったのか、浮かび上がっていた腰を下ろし、額に手をやる。


「……ファイドだって、リリカのことが好きかはわからないんだ。なのに、どうするつもりなんだ?」
「今日……戻ってきたら告白するわ。それで……一緒に脱出出来る手段がないか、探すのよ」
「……わかった。リリカ、ファリカ……今日のことは絶対に秘密だ。そんな素振りも見せてはいけないよ。これから、父さんも迷宮都市を出るための作戦を考えてみる。だから、一緒に……頑張ろう」


 父は諦めたようにしながらも、やはり彼もリリカの考えと同じだったようだ。
 母も、リリカと私を見て優しく微笑んだ。


「……リリカ、ファリカ。確かにお母さんとお父さんは……本当に愛し合って結婚したわけではないわ。けど、あなたたちのことは、本当に好きなの。だから……二人ともが幸せになれるなら、私も協力するわ」


 母さんの言葉に、リリカはすこしだけ耳を赤くしてそれからそっぽを向いた。
 いつもの態度に、笑顔が生まれ、同時に部屋の扉がノックされる。
 入ってきたのはファイドだ。


「ファイド、ちょっと話があるけど、二階にきてもらってもいい?」
「うん? なんだなんだ、夕食の話か? 腹へったなぁ……」


 のん気なことをいう男だ。
 リリカのどこか緊張していた顔はすぐに崩れた。ファイドはリリカと共に二階へとあがっていく。
 それからほどなくして、猿が喜んだような声が二階から聞こえた。




 ○




 迷宮都市から脱出しようとした人間は少なくはない。
 ただ、そのどれもが失敗に終わっている。
 ……と、されている。本当はどうか分からない。また、脱出しようとして連れ戻された人たちがどのようになったのかも、わかっていない。


 脱出に成功したのか、それとも……その後については誰も知らないから語ることができない。
 迷宮の構造上、逃げてからすぐに移動しなければならない。
 階段には常に数名の見張りがいるし、迷宮を自由に行き来できる探索者の職業を持っている人間は、シャバリア家に呼ばれることになるのだから、協力者となってくれる可能性は少ない。


 だから、徒歩で移動しなければならない。
 それでも、この迷宮は広大な草原エリアと呼ばれるものではあるが、真っ直ぐに突っ切れば、一つの階層あたり十分もあれば脱出が可能だ。
 夜の間に……どうにか気づかれずに二十階層を出られれば、三時間とちょっとで脱出が可能だ。


 もっといえば、迷宮都市の住民しか入れないこの地区ではなく、観光客が多くいるそちらで、どうにか探索者の仲間を獲得できれば……脱出自体は難しくはないのかもしれない。
 ただ、ここでは迷宮都市が抱える探索者以外の探索者の職業技が禁止されている。


 それを行えば、犯罪者となる。
 観光客が見ず知らずの人間を助けるために職業技を使ってくれる可能性は少ない。
 大金があれば話は別だが、私たちはそれほどのお金持ちというわけでもない。


 ファイドは何か策があるようだったけど、それだって成功してくれるかどうかは分からない。
 そんな悶々とした日々の中で、私の家の扉が開かれる。


「バ、バイド様!?」


 母が叫びをあげ、私もその名前に驚いた。
 バイド・シェバリア。今のシェバリア家の当主……グラッセ様の父だ。
 渋くどこか恐怖の残るその両目が、こちらを射抜きそれから物々しく口を開いた。


「リリカはまだ、結婚相手に挨拶をしていないようではないか」
「……その、リリカも突然のことに驚いているようでして」


 母は驚きながらも、冷静な態度を崩さないでいた。


「驚いていたとしても、精霊様が決めたことだ。すぐに納得させ、挨拶に向かわせろ。相手の方はすでに用意を整えているのだぞ」
「……わ、わかっております。リリカもそろそろおちつきましたし、はい、近いうちに必ず」


 母が低姿勢で彼に頭を下げ、私も同じように頭を下げる。
 ちらとみたバイドの両目が一瞬だけ、私を捉えているように感じた。
 ……職業のことだろうか。


 怖かったけど、バイドの目はそれからすぐに離れた。私はほっと息を吐いて、彼が去っていった背中を見やった。
 扉が閉まったことで、外界から切断される。
 それで私はようやく安心できた。家という環境が素晴らしい盾であるというのを、身にしみた瞬間だ。


 母も同じ様子で、呼吸が乱れ額に汗が浮かんでいる。


「……早くしないと、ね。ファイドさんは一体いつ頃戻ってくるのかしら」
「……わからない。使えない奴」
「はは、ファリカは相変わらず毒舌ね」


 くすくすと笑う母に、私は小首をかしげる。
 ……そんなに口悪いかな、と思った。



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