オール1から始まる勇者
第四十七話 十七日 悩み
彼らはすぐに剣を持ちながら、周囲を見やる。
俺も警戒しながら、彼らに問う。
「どういうことだ?」
「私たちはこの国の貴族が狙われているということを聞き、こちらまで来ました。……ですが、敵もどうやら私たちに気づいているようでして……仲間の一人がやられてしまいました。これから、私たちの都市へと来る方々ですから、守ろうと思ったのですが」
……なるほどな。
彼らの言い分におかしな点はないだろう。
嘘か本当かはわからないが、現状で言い合っている場合でもない。
俺はすぐに走り出し、リルナたちの方へと向かった魔器の男へと剣を振り下ろした。
男の魔器を破壊して剣を戻すと、リルナたちが顔を向けてくる。
「大丈夫なんですか、ハヤトは?」
「俺は問題ねぇよ。それよりも……桃はやっぱり無理か?」
「……はい。すでに私の霊体は使い切ってしまって……どうにかここまで無事なのはアーフィさんのおかげです」
「そうか、アーフィ、偉いぞ」
「任せてっ。こんな奴ら相手なら、霊体なんていらないわ!」
……あまり戦いすぎると、アーフィの力の理由もばれてしまいそうであったが、アーフィはそんなことを気にしている様子はなかった。
周囲の人々が逃げていく中で、どんどんこちらへと集まっていく。
その中で、白髪の男がこちらへと迫ってきた。
「……」
男は無言のままに、こちらを見てきた。
彼の喉は傷がついていて、さらにその両目にはも切られたような跡が残っていた。
……目は見えないのだろう、ずっと閉じたままだ。さらに喉も……下手をすれば声さえも出ないのだろう。
男は両手の拳を合わせる。そこには、他の魔器とは別格の闇がまとわりついていく。
……魔器に体を食わせている、という表現が出来そうなほどに、彼の闇が濃くなっていく。
「アーフィ、他の雑魚は任せても良いか?」
「安心して。一人も近づかせるつもりはないから」
アーフィの言葉にかちんときたのか、脇からリルナへと飛び掛った者がいたが、アーフィたやすく蹴り飛ばす。
放たれた黒い矢でさえも、アーフィは掴んで握りつぶす。
……守りは、俺の心配なんて必要ないほどに余裕のようだ。
駆け抜けるように剣を振るうと、拳に止められる。
男の拳は強力だ。何より、速度が異常だ。
肉体も相当に鍛えているのか、あるいはそういった魔器の特性か。
剣を振るうが、彼の胸元を掠めるだけで、ダメージはない。
ボロボロのネックレスのようなものが見える。魔器……かと警戒したが、ただのアクセサリのようだ。
彼は肩で呼吸をするようにしながらも、拳を構えなおす。
魔器による効果か、彼は使うたびにどんどん体力を消耗しているようにも見える。
一撃――。
全身を使った彼の拳に俺の体が潰されそうになる。
黒の線が揺れる。次には俺への重みが消えた。
右へと動いた彼へと剣を振りぬいたが、高速に振りぬかれた拳が俺の身体を捉える。
そのタイミングは、ちょうど霊体が消える瞬間――。
弾かれた俺は客席へと叩きつけられる。生身の体でこれほどのダメージをくらって耐えられたのは、日頃のアーフィの訓練のおかげだな、と僅かに感謝する。
彼はこの結界を完璧に使いこなしている。
そして、俺の特徴も把握しているようだ。
……彼は魔器に体を蝕まれながらも、彼自身の思考を、冷静さを失っていない。
これでいて、彼が万全の状態だったとするならば、ぞっとした。
復活した俺へと一気に迫ってくる。霊体を再び展開し、時間稼ぎの回避を繰り返す。
そして、俺の霊体が消えた瞬間を狙って彼の拳が伸びる。
狙ってくるのがそれだけならば、対処は難しくはない。
俺はその拳を右腕でガードする。鈍い痛みが身体を襲いながらも、俺は即座に左手の剣を相手の腹に突き刺す。
怯んだ彼に今度は霊体をまとった剣で、思い切りその右腕を斬りおとした。
……加減なんてしていられない。
その一撃によって、男の体が崩れ落ち、控えていた精霊特殊部隊の人間たちが一斉にとりかかる。
結界によって弱体化こそしていたが、精霊魔法によって彼の体を拘束してみせた。
「り、リーダーがやられた!」
途端に、俺たちを囲っていた仲間の人間たちが悲鳴をあげ、散り散りに逃げていく。
もともと、国に苛立っている烏合の衆でしかないのだろう。
立派な信念や、何かしらの結束があるわけでもない。リーダーが倒れればその統制は途端に崩れ、全員がだらしなく逃げ回るだけの存在に成り下がるだけだ。
……空を覆っていた嫌な雰囲気も消滅していく。
結界がなくなったようだ。
霊体を再度展開し、周囲を威圧すると静かになった。
反乱……というよりも、この攻撃には大会を停止させるという目的があったのかもしれない。
捉えられていた彼はたぶん、俺を見ただろう。
そして、口を動かす。
声はない。だが、彼の顔には強い決意のようなものが窺えた。
『迷宮都市には、気をつけろ』
……そう言っているように思えた。
技術によって、こんなことも出来るようになったのかもしれない。
「……迷宮都市について何か知っているのか?」
『迷宮都市、最下層……精霊――』
……断片的にそれだけを見ることができた。
そこで、彼は気を失った。精霊特殊部隊の一人が、強く頭を殴ったからだ。
「……まだ、動きましたか。彼の魔器は危険です。……今、取り外すことはできますか?」
「……ああ」
精霊特殊部隊の人間たちは、意図的に彼を気絶させたようにも見えた。
彼の左手に残っている魔器を破壊し、これで彼は本当に力をなくした。
「……勇人くん! 腕は大丈夫ですか!?」
慌てたように駆けつけてきた桃が俺の腕を見やってくる。
殴られた部分に痛みはあったが、まあ放っておけば治るんじゃないか。
「安心してください。私が秘薬を用意しておきます。たぶん、一日もあれば治りますよ。……それよりも、助けにきてくれてありがとうございました」
嬉しそうにリルナが微笑み、俺は肩を竦める。
「桃が霊体を纏えないんじゃ、誰も守る奴がいないだろ?」
「モモを心配してですか。妬けてしまいますね」
からかうようにリルナが言うと、アーフィが顎に手をやる。
それから、うっと声をあげて腕を押さえる。
「わ、私も少し腕が痛いかもしれないわね……っ」
「……どうしたんだ急に」
「い、いやだってなんだか……その……。私心配されていないような気がして」
寂しげにアーフィが肩を落としたので、俺は苦笑して首を振る。
「そんなことないよ。アーフィも心配だったよ。けど……それ以上にアーフィの強さは信頼しているからな」
「そ、そう……それならいいわ。うんうん」
そう答えると、今度は別の鋭い視線もあったが、もう気にしていられないだろう。
「ああ、よかったハヤト! やっと見つけたよ!」
息を切らしてかけてきたのは、カレッタとファリカだ。
駆け込んできたファリカが俺へと飛びついてくる。
それから周囲を警戒するように見やる。
「怖かった。もう離れられない」
「いやいや、ファリカ。キミが道中の敵をばっさばっさと切り倒してくれたんだろ?」
「余計なことをいわないで」
「ひっ」
公爵様なのに、ファリカは怯えもせずに睨みつけた。
俺は片手で彼女を押し返しながら、ぼそりと伝える。
「……精霊特殊部隊の人間らしい。大丈夫か?」
「……平気」
ファリカがちらとそちらを見て顔を伏せる。
……ならいいんだけどね。
どうにも信頼できない彼らだったが、やがて騎士が来ると色々と事情を伝えているようすだ。
……とりあえずはこれで、問題も片付いてきたか。
と、ファリカはじっと捕まっている主犯格と思われる男を見た。
「どうしたんだ、ファリカ?」
「……あの人何か話していた?」
「喉も、目も見えていないようだったね。……けど、そうとは思えないほどに異常な強さだったよ。はっきりいって、健康な状態だったら俺は勝てなかったかもしれない」
「……そう」
「どうしたんだ?」
「見覚えがあったようにも感じたから。けど……たぶん気のせいだと思う」
「見覚えはあるかもしれないよ……彼らが言うには、もともとは迷宮都市で暮らしていたらしいしね」
「……そう、ならたぶん絶対違う」
ファリカの視線はそれからすぐにそらされた。
俺たちもその場で騎士と話しをして、今回の件について感謝の言葉をもらいながら……闘技場から離れた。
揃って俺たちは学園へと移動し、しばらく教師や騎士たちによって学園の警備に当たってもらう。
……だが、夜にはパーティーが普通に開かれた。
人々の恐怖をやわらげるという意味もあるのだろう。
俺たちもそれに参加しながら、俺はリルナにもらった秘薬でもうだいぶ痛みのなくなった右腕で食事を食べていく。
……大会については、明日の午後には再開するらしい。
精霊特殊部隊の人とも合流して、より警備を強化するし、さらに国が管理している魔器のいくつかも導入して、対策は万全にしていくようだ。
明日の午後の間にリーグ戦を終え、明後日にはトーナメント。
すべての予定は順調に進むらしい。上の決定なのだから、俺たち学園生は従うしかない。
まあ……どれだけ警戒しようが敵が襲ってくるのならば大会の間にまた来るだろう。
むしろ、警戒して延期としている間に割かれる人員のことを考えれば、さっさと終わらせてしまったほうがラクなのかもしれない。
幸いにも今日の死人はかなり少ないらしい。何より、死んだ中に貴族はいなかった。
だからこそ、このような決断を上はとったのだろう。
俺は運ばれてきたジュースを口に運びながら、あのとき犯人の男が動かした口を忘れてはいなかった。
……彼は一体何者で、誰なのだろうか。
けれど、何かしらの強い意志を持ち、この大会を止めようとした。
それはもしかしたら、迷宮都市には危険があることを知らせようという感情からの行動だったかもしれない。
あのとき俺が投げた問いの先を答えられないように、精霊特殊部隊がわざと気絶させたのだとしたら?
確かに、あのままあの男の意識があれば危険だ。いつまた暴れだすかは分からない。
止めるのは正解だ。何一つ間違った行動ではない。むしろ、褒めてこそすれ、疑うようなことは本来はない。
だが……だが……。
俺はファリカの話から、どこか迷宮都市には闇が存在し、危険な場所なのではないかという考えを持っていた。
そういった無知から、俺が勝手に疑い、より敵を強大にしているだけなのかもしれない。
思考はめぐっていく。
と、ファリカが俺の元へとやってきて、軽く手をあげる。
「……どうしたんだ?」
「少し、話を聞いてもらいたい」
「疲れない話ならいいんだけど」
「疲れるかもしれない。けど、聞いてほしい。……自分でも整理したい」
「わかったよ」
ファリカが語った内容は、彼女の過去だ。
彼女は精霊使いという職業のせいで、迷宮都市では随分と酷い扱いを受けていたらしい。
迷宮都市では、結婚さえも強制的に決められてしまう、らしい。
精霊様によって選ばれた相手同士が、結婚するというアホみたいな決まりがあったが、ファリカの姉がそれを拒み、外へと脱走しようとした。
けれど、それは失敗に終わってしまい、唯一生き残ったファリカだけが、シェバリア家という当主の家へと連れ戻されてしまったらしい。
……そこから助け出したのが俺らしいが、俺はそんな過去は知らない。やっぱり、たぶん人違いだ。
「……ありがとう。落ち着いてきた」
彼女がコクリと頷いて、それならよかったと俺は頷いた。
「少し踊らない?」
「悪いが踊れないんだ」
「教えるよ?」
「いいよ。付け焼刃なんて、目立って仕方ない」
肩をすくめると、ファリカは頬を膨らませたがそれ以上は言わなかった。
そんな中で、俺の背中をとんと一人の女性がつついてきた。
「どうしたの? なんだか、背中が小さく見えるわよ?」
「アーフィ……なんか派手なドレス着ているな」
見れば彼女は赤を貴重としたデザインのドレスに身を包んでいた。両手で僅かに服を掴んであげる動作が、妙に様になっている。
右目を隠すようについている眼帯がまた、彼女の魅力を引き出しているようにも感じた。
そんなアーフィは軽くその場で回ったあと、恥ずかしがるように頬をかいた。
「に、似合う?」
「ああ、似合っているよ。そこら辺の貴族なんて目じゃないほどだ。世界も狙えるかもしれない」
「世界? はは、そんなに褒めてくれるのはハヤトくらいよ……ねえ、ハヤト。私はずっと悩んでいたけど……もうわかったわ」
「……なにがだ?」
「あなたのことが好きよ、ハヤト」
にこりと彼女は満面の笑顔ではっきりといった。
……俺は彼女をじっと見て、それからゆっくりと頷く。
「……ごめん」
「わかってはいたけど……少しつらいわね。けど……私は知っているのよ」
にやりと彼女は笑って、それからぎゅっと俺の片腕に抱きついてくる。
「これから好きになってもらえれば、それで良いのよね! とモモとファリカもそんなことを言っていたわ。ね、ファリカ?」
「そのとーり」
ファリカがにやりと笑みを作り、腕に巻きついてこようとする。
……俺は、どうすればいいのだろうか。
けど、俺は……この世界の人間じゃない。何より、地球に戻りたいという気持ちもある。
だから俺は――。
俺も警戒しながら、彼らに問う。
「どういうことだ?」
「私たちはこの国の貴族が狙われているということを聞き、こちらまで来ました。……ですが、敵もどうやら私たちに気づいているようでして……仲間の一人がやられてしまいました。これから、私たちの都市へと来る方々ですから、守ろうと思ったのですが」
……なるほどな。
彼らの言い分におかしな点はないだろう。
嘘か本当かはわからないが、現状で言い合っている場合でもない。
俺はすぐに走り出し、リルナたちの方へと向かった魔器の男へと剣を振り下ろした。
男の魔器を破壊して剣を戻すと、リルナたちが顔を向けてくる。
「大丈夫なんですか、ハヤトは?」
「俺は問題ねぇよ。それよりも……桃はやっぱり無理か?」
「……はい。すでに私の霊体は使い切ってしまって……どうにかここまで無事なのはアーフィさんのおかげです」
「そうか、アーフィ、偉いぞ」
「任せてっ。こんな奴ら相手なら、霊体なんていらないわ!」
……あまり戦いすぎると、アーフィの力の理由もばれてしまいそうであったが、アーフィはそんなことを気にしている様子はなかった。
周囲の人々が逃げていく中で、どんどんこちらへと集まっていく。
その中で、白髪の男がこちらへと迫ってきた。
「……」
男は無言のままに、こちらを見てきた。
彼の喉は傷がついていて、さらにその両目にはも切られたような跡が残っていた。
……目は見えないのだろう、ずっと閉じたままだ。さらに喉も……下手をすれば声さえも出ないのだろう。
男は両手の拳を合わせる。そこには、他の魔器とは別格の闇がまとわりついていく。
……魔器に体を食わせている、という表現が出来そうなほどに、彼の闇が濃くなっていく。
「アーフィ、他の雑魚は任せても良いか?」
「安心して。一人も近づかせるつもりはないから」
アーフィの言葉にかちんときたのか、脇からリルナへと飛び掛った者がいたが、アーフィたやすく蹴り飛ばす。
放たれた黒い矢でさえも、アーフィは掴んで握りつぶす。
……守りは、俺の心配なんて必要ないほどに余裕のようだ。
駆け抜けるように剣を振るうと、拳に止められる。
男の拳は強力だ。何より、速度が異常だ。
肉体も相当に鍛えているのか、あるいはそういった魔器の特性か。
剣を振るうが、彼の胸元を掠めるだけで、ダメージはない。
ボロボロのネックレスのようなものが見える。魔器……かと警戒したが、ただのアクセサリのようだ。
彼は肩で呼吸をするようにしながらも、拳を構えなおす。
魔器による効果か、彼は使うたびにどんどん体力を消耗しているようにも見える。
一撃――。
全身を使った彼の拳に俺の体が潰されそうになる。
黒の線が揺れる。次には俺への重みが消えた。
右へと動いた彼へと剣を振りぬいたが、高速に振りぬかれた拳が俺の身体を捉える。
そのタイミングは、ちょうど霊体が消える瞬間――。
弾かれた俺は客席へと叩きつけられる。生身の体でこれほどのダメージをくらって耐えられたのは、日頃のアーフィの訓練のおかげだな、と僅かに感謝する。
彼はこの結界を完璧に使いこなしている。
そして、俺の特徴も把握しているようだ。
……彼は魔器に体を蝕まれながらも、彼自身の思考を、冷静さを失っていない。
これでいて、彼が万全の状態だったとするならば、ぞっとした。
復活した俺へと一気に迫ってくる。霊体を再び展開し、時間稼ぎの回避を繰り返す。
そして、俺の霊体が消えた瞬間を狙って彼の拳が伸びる。
狙ってくるのがそれだけならば、対処は難しくはない。
俺はその拳を右腕でガードする。鈍い痛みが身体を襲いながらも、俺は即座に左手の剣を相手の腹に突き刺す。
怯んだ彼に今度は霊体をまとった剣で、思い切りその右腕を斬りおとした。
……加減なんてしていられない。
その一撃によって、男の体が崩れ落ち、控えていた精霊特殊部隊の人間たちが一斉にとりかかる。
結界によって弱体化こそしていたが、精霊魔法によって彼の体を拘束してみせた。
「り、リーダーがやられた!」
途端に、俺たちを囲っていた仲間の人間たちが悲鳴をあげ、散り散りに逃げていく。
もともと、国に苛立っている烏合の衆でしかないのだろう。
立派な信念や、何かしらの結束があるわけでもない。リーダーが倒れればその統制は途端に崩れ、全員がだらしなく逃げ回るだけの存在に成り下がるだけだ。
……空を覆っていた嫌な雰囲気も消滅していく。
結界がなくなったようだ。
霊体を再度展開し、周囲を威圧すると静かになった。
反乱……というよりも、この攻撃には大会を停止させるという目的があったのかもしれない。
捉えられていた彼はたぶん、俺を見ただろう。
そして、口を動かす。
声はない。だが、彼の顔には強い決意のようなものが窺えた。
『迷宮都市には、気をつけろ』
……そう言っているように思えた。
技術によって、こんなことも出来るようになったのかもしれない。
「……迷宮都市について何か知っているのか?」
『迷宮都市、最下層……精霊――』
……断片的にそれだけを見ることができた。
そこで、彼は気を失った。精霊特殊部隊の一人が、強く頭を殴ったからだ。
「……まだ、動きましたか。彼の魔器は危険です。……今、取り外すことはできますか?」
「……ああ」
精霊特殊部隊の人間たちは、意図的に彼を気絶させたようにも見えた。
彼の左手に残っている魔器を破壊し、これで彼は本当に力をなくした。
「……勇人くん! 腕は大丈夫ですか!?」
慌てたように駆けつけてきた桃が俺の腕を見やってくる。
殴られた部分に痛みはあったが、まあ放っておけば治るんじゃないか。
「安心してください。私が秘薬を用意しておきます。たぶん、一日もあれば治りますよ。……それよりも、助けにきてくれてありがとうございました」
嬉しそうにリルナが微笑み、俺は肩を竦める。
「桃が霊体を纏えないんじゃ、誰も守る奴がいないだろ?」
「モモを心配してですか。妬けてしまいますね」
からかうようにリルナが言うと、アーフィが顎に手をやる。
それから、うっと声をあげて腕を押さえる。
「わ、私も少し腕が痛いかもしれないわね……っ」
「……どうしたんだ急に」
「い、いやだってなんだか……その……。私心配されていないような気がして」
寂しげにアーフィが肩を落としたので、俺は苦笑して首を振る。
「そんなことないよ。アーフィも心配だったよ。けど……それ以上にアーフィの強さは信頼しているからな」
「そ、そう……それならいいわ。うんうん」
そう答えると、今度は別の鋭い視線もあったが、もう気にしていられないだろう。
「ああ、よかったハヤト! やっと見つけたよ!」
息を切らしてかけてきたのは、カレッタとファリカだ。
駆け込んできたファリカが俺へと飛びついてくる。
それから周囲を警戒するように見やる。
「怖かった。もう離れられない」
「いやいや、ファリカ。キミが道中の敵をばっさばっさと切り倒してくれたんだろ?」
「余計なことをいわないで」
「ひっ」
公爵様なのに、ファリカは怯えもせずに睨みつけた。
俺は片手で彼女を押し返しながら、ぼそりと伝える。
「……精霊特殊部隊の人間らしい。大丈夫か?」
「……平気」
ファリカがちらとそちらを見て顔を伏せる。
……ならいいんだけどね。
どうにも信頼できない彼らだったが、やがて騎士が来ると色々と事情を伝えているようすだ。
……とりあえずはこれで、問題も片付いてきたか。
と、ファリカはじっと捕まっている主犯格と思われる男を見た。
「どうしたんだ、ファリカ?」
「……あの人何か話していた?」
「喉も、目も見えていないようだったね。……けど、そうとは思えないほどに異常な強さだったよ。はっきりいって、健康な状態だったら俺は勝てなかったかもしれない」
「……そう」
「どうしたんだ?」
「見覚えがあったようにも感じたから。けど……たぶん気のせいだと思う」
「見覚えはあるかもしれないよ……彼らが言うには、もともとは迷宮都市で暮らしていたらしいしね」
「……そう、ならたぶん絶対違う」
ファリカの視線はそれからすぐにそらされた。
俺たちもその場で騎士と話しをして、今回の件について感謝の言葉をもらいながら……闘技場から離れた。
揃って俺たちは学園へと移動し、しばらく教師や騎士たちによって学園の警備に当たってもらう。
……だが、夜にはパーティーが普通に開かれた。
人々の恐怖をやわらげるという意味もあるのだろう。
俺たちもそれに参加しながら、俺はリルナにもらった秘薬でもうだいぶ痛みのなくなった右腕で食事を食べていく。
……大会については、明日の午後には再開するらしい。
精霊特殊部隊の人とも合流して、より警備を強化するし、さらに国が管理している魔器のいくつかも導入して、対策は万全にしていくようだ。
明日の午後の間にリーグ戦を終え、明後日にはトーナメント。
すべての予定は順調に進むらしい。上の決定なのだから、俺たち学園生は従うしかない。
まあ……どれだけ警戒しようが敵が襲ってくるのならば大会の間にまた来るだろう。
むしろ、警戒して延期としている間に割かれる人員のことを考えれば、さっさと終わらせてしまったほうがラクなのかもしれない。
幸いにも今日の死人はかなり少ないらしい。何より、死んだ中に貴族はいなかった。
だからこそ、このような決断を上はとったのだろう。
俺は運ばれてきたジュースを口に運びながら、あのとき犯人の男が動かした口を忘れてはいなかった。
……彼は一体何者で、誰なのだろうか。
けれど、何かしらの強い意志を持ち、この大会を止めようとした。
それはもしかしたら、迷宮都市には危険があることを知らせようという感情からの行動だったかもしれない。
あのとき俺が投げた問いの先を答えられないように、精霊特殊部隊がわざと気絶させたのだとしたら?
確かに、あのままあの男の意識があれば危険だ。いつまた暴れだすかは分からない。
止めるのは正解だ。何一つ間違った行動ではない。むしろ、褒めてこそすれ、疑うようなことは本来はない。
だが……だが……。
俺はファリカの話から、どこか迷宮都市には闇が存在し、危険な場所なのではないかという考えを持っていた。
そういった無知から、俺が勝手に疑い、より敵を強大にしているだけなのかもしれない。
思考はめぐっていく。
と、ファリカが俺の元へとやってきて、軽く手をあげる。
「……どうしたんだ?」
「少し、話を聞いてもらいたい」
「疲れない話ならいいんだけど」
「疲れるかもしれない。けど、聞いてほしい。……自分でも整理したい」
「わかったよ」
ファリカが語った内容は、彼女の過去だ。
彼女は精霊使いという職業のせいで、迷宮都市では随分と酷い扱いを受けていたらしい。
迷宮都市では、結婚さえも強制的に決められてしまう、らしい。
精霊様によって選ばれた相手同士が、結婚するというアホみたいな決まりがあったが、ファリカの姉がそれを拒み、外へと脱走しようとした。
けれど、それは失敗に終わってしまい、唯一生き残ったファリカだけが、シェバリア家という当主の家へと連れ戻されてしまったらしい。
……そこから助け出したのが俺らしいが、俺はそんな過去は知らない。やっぱり、たぶん人違いだ。
「……ありがとう。落ち着いてきた」
彼女がコクリと頷いて、それならよかったと俺は頷いた。
「少し踊らない?」
「悪いが踊れないんだ」
「教えるよ?」
「いいよ。付け焼刃なんて、目立って仕方ない」
肩をすくめると、ファリカは頬を膨らませたがそれ以上は言わなかった。
そんな中で、俺の背中をとんと一人の女性がつついてきた。
「どうしたの? なんだか、背中が小さく見えるわよ?」
「アーフィ……なんか派手なドレス着ているな」
見れば彼女は赤を貴重としたデザインのドレスに身を包んでいた。両手で僅かに服を掴んであげる動作が、妙に様になっている。
右目を隠すようについている眼帯がまた、彼女の魅力を引き出しているようにも感じた。
そんなアーフィは軽くその場で回ったあと、恥ずかしがるように頬をかいた。
「に、似合う?」
「ああ、似合っているよ。そこら辺の貴族なんて目じゃないほどだ。世界も狙えるかもしれない」
「世界? はは、そんなに褒めてくれるのはハヤトくらいよ……ねえ、ハヤト。私はずっと悩んでいたけど……もうわかったわ」
「……なにがだ?」
「あなたのことが好きよ、ハヤト」
にこりと彼女は満面の笑顔ではっきりといった。
……俺は彼女をじっと見て、それからゆっくりと頷く。
「……ごめん」
「わかってはいたけど……少しつらいわね。けど……私は知っているのよ」
にやりと彼女は笑って、それからぎゅっと俺の片腕に抱きついてくる。
「これから好きになってもらえれば、それで良いのよね! とモモとファリカもそんなことを言っていたわ。ね、ファリカ?」
「そのとーり」
ファリカがにやりと笑みを作り、腕に巻きついてこようとする。
……俺は、どうすればいいのだろうか。
けど、俺は……この世界の人間じゃない。何より、地球に戻りたいという気持ちもある。
だから俺は――。
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