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オール1から始まる勇者

木嶋隆太

第四十一話 十六日 嫌な感じ

 外に出ると、途端にリルナは俺の手を強く引っ張りやがった。
 どうしたというのだろうか。


「おい、なんだよ」


 ぐんぐん進んでいく彼女に声をかけると、リルナのローブの下から、厳しく尖った目が向けられた。
 一瞬たじろいでしまったが、俺はそれでも強気に彼女の手を払う。
 リルナは周囲を見て、速度を落とした。


 それでも無言でついてこいとばかりに歩いていくのだから、俺はもう彼女の意図をはかりかねていた。
 しばらく進み、人の通りが少なくなったところで、リルナがくるりと振り返ってきた。ちらとローブからすこしだけ顔を見せる。


「私、今どんな顔してる?」
「晴れやかな気分ではなさそうだ」
「怒ってるの!」


 ……何をだよ。心当たりが思い浮かばないでいると、リルナが近寄ってきて張り手をくらわせてきた。
 別に痛くはなかったが、俺は困り果ててしまった。


「答えを教えてくれないか」
「アーフィとすこしあなたのことを話したんだよね」
「……俺のこと?」
「そう。昨日なんだかアーフィ悩みがあって相談したって。好きがどうたらっていう話ね」


 心当たりがあったために、俺は眉間に皺を寄せてしまった。


「別に怒るところはないだろう?」
「アーフィの気持ちが勘違いだと思うの?」
「……分からないだろ、そんなの。ステータスと違って、恋愛感情なんて明確に表示できない。俺には……可能性があることを彼女に伝えただけだ」
「逃げているんじゃなくて?」


 むっとした。……僅かに図星だったからかもしれない。
 そうは思っても、自身の中に言い訳めいた言葉がいくつも浮かんでくる。
 別に逃げたつもりはない。あの時の俺は、確かにそれが正しいと思った。


 ……けれど、仮にその気持ちが本当だとしたときのアーフィの気持ちを考える。
 アーフィはまだわからない気持ちではあっても、何か確信を持っていたのかもしれない。
 それを否定されたとなると、さすがに堪えるか。


「別にね。私あなたが誰とどうなろうとも関係ないと思うよ。けど、逃げるのだけは良くないと思う。嫌いなら嫌いでいいし、仲はいいけど、好きとは違うっていうならそれもきちんと伝えれば良いと思う」
「……リルナ」


 そこは、俺が一番悩んでいるところだった。
 簡単に彼女は言うが、俺は彼女らにそれを簡単に伝えられる気がしない。


「今まで通りで行くと思うのか? 俺は……嫌いじゃないが、好きかどうかは分からないんだ」
「けどみんな、色々変えたいから言ったんじゃないかな?」


 ……ああ、わかってるよ。
 やっぱり、逃げているのは俺だけってことなんだろうな。
 みんなの心の強さに感動に近いものを覚えた。


「わかった……絶対に答えは出すよ。今は、それで満足してくれないか?」
「それを決めるのは私じゃないけどね」


 苦笑するリルナが再びフードを深く被る。
 リルナが慌てたような動作でフードを落としたところで、一人の男が駆けてきた。


「おい、ハヤト! おまえ、これから試合だろう!?」
「アジダ。どうしたんだ? つーか、まだしばらくはあるだろ」
「確かにあるが、色々とやることもあるだろ! 精神統一とか!」


 ……それはないようなもんだろ。
 心を落ち着けるのなら、むしろ俺は散歩しているほうがいいし。


「ここがどうしてわかったんだ?」
「キミが突然出て行ったから気になってついてきたんだ。そっちの人、すまないが、彼はもうすぐ試合があるんだ」


 ……いつから俺をつけてきたというのだ。
 このストーカーめと思ったが、リルナも静かに頷いた。


「それでは行きましょうか」
「おや。もしかして試合を見に行く平民の方か? なら、俺の試合をきちんと見ておくんだな。彼とは違うブロックだが、それは素晴らしい戦いになるだろう」


 ……意外だ。


「アジダ、平民が嫌いなんじゃないのか?」
「馬鹿が。俺は平民は嫌いじゃない。ただ、平民は貴族が守るものだ。なのに、その平民が騎士になるというのが嫌いなだけだ」


 アジダが心外とばかりに腕を組んだ。


「まあ、とにかくだ。早く戻るぞ。こんなところにいつまでもいるのも面倒でしかないだろう」
「そうだな」


 大通りを進みながら、途中わき道にそれる。
 町の人通りは少ない。闘技場にそれだけ多くの人が集まっているのだろう。
 そのせいか、街は異様なほどに静かで不気味さもある。
 不気味さは……気のせいではなかった。


「ギィァァ!」


 近道とばかりにアジダが腕を引っ張ってきて、路地に踏み込んだ瞬間、悲鳴のようなものが聞こえた。


「なんだ、今のは?」


 どうやら、俺だけの幻聴ではないようだ。
 リルナが周囲を見やり、それから短く呟いて指をさした。


「あちらではありませんか?」


 リルナの指差したほうへと駆け出す。
 道の先で見慣れぬ人が数人過ぎていき、俺は立ち止まりそちらを見る。アジダとリルナが走っていく中で、俺はその人たちが気になった。


 ……普通の街の人のような格好をしていたが、どこか彼らの表情からは目的が明確といった顔であった。
 あんな悲鳴を聞いたにも関わらず、そんな余裕のあるような顔に違和感が拭えない。
 白すぎるとも思えるような肌をした彼らの特徴を大雑把に覚える。


「ハヤト! 早くしろ! 置いていかれたいのか!?」
「悪かったよ。行こうか」


 その場で駆け足のように足を動かしているアジダにせかされ、仕方なく走る。
 気づけば、先ほどの男たちの姿も街の角へと消えてしまっている。
 彼らを追って、意味のない時間を割く可能性よりも、現実に起こっている方に向かうほうが先か。


 しばらく走ると、建物からへっぴり腰で現れた老人を発見する。
 老人は俺たちに気づくと、ゴキブリのようにかさかさとこちらへと近づいてきた。
 素晴らしい速度だ。


「な、中に人が倒れているんだ! き、騎士を呼ばないと!」
「わかりました。騎士のほうは、私が……あー、アジダさん。お願いしてもよいですか?」
「そうだな。しかしあなたは平民だ。さあ、この危険な場所から離れ――」
「私ですよ、アジダさん」


 フードを取った瞬間、アジダが顔面蒼白となる。
 その変わりように思わず苦笑していると、アジダに胸倉を掴まれる。


「貴様! 王女様をこんな場所につれてくるなんて何を考えている!」
「お、王女様!?」
「おまえのせいでさらに多くの人にばれたな」
「し、しまった! いーや! これは俺ではない! おまえの考えなしの行動がいけないんだ!」


 だんだんと地団駄を踏み、顔を真っ赤にしている彼だったが、


「アジダさん、騎士を呼んできてください!」
「わ、わかりました! ハヤトォ! 何かあったら貴様を殺してやる!」
「安心してくれ。おまえには負けないから」
「そうじゃないだろう!」


 アジダをからかいながら、老人と話をして、建物の中へと入っていく。
 リルナは血の臭いに顔を顰めている。俺はしばらく彼女を見ながら、共に進んで行く。


「こ、こちらです……いやぁ、王女様を間近で見られるなんて……」


 手をこすりあわせて祈っている老人に苦笑しながら、俺たちは部屋へとはいっていく。
 死んでいたの年齢四十くらいと思われる男だった。痩せた身体ではあったが、精悍とした顔つきからさぞかし女性の相手で大変だっただろう。


 白い肌などから、あまり外に出たがらない人間なのだろうかと予想する。しかし、肉体はそれなりに鍛えられている。この矛盾については、いまいち分からない。
 髪や服が乱れており、そのどちらにも血がついている。恐らくは組みあい、そして敗北したのだろう。


 殴打されたのか、彼の顔にはいくつかの拳のあとのようなものが残っていた。
 殺されたのは首を絞められてか。彼の首には五本の指のあとがついている。
 彼は口元にだらしなく唾液をたらしている。
 部屋の中は恐ろしいほどに整っている。犯人が片付けたのだろうか。それとも他の誰かか。
 死体の顔には怒りのようなものが染み付いていた。殺した相手に何かしらの関係があるのだろうか。


 ……この部屋でもっとも気になったのは、彼の死体の近くに書かれている文字、だ。
 血を使ってかいたせいか、それとも字が雑すぎるせいか俺の翻訳の力を持ってしても読み取ることができない。


 ……というよりも、犯人は一体どこから侵入したのだろうか。
 窓にその形跡は残っていない。ならば、入り口から堂々と……。となれば、同じ宿に泊まった人間が怪しいが。
 なんて思考していると、アジダが騎士をつれて戻ってきた。


 初めは面倒そうな顔をしていた騎士だったが、リルナを見ると途端に凛々しくなった。
 俺は彼らに状況の説明をし、老人からも詳しい話を聞くことになるのだが……時間が結構難厳しいところだった。


「とりあえず俺は学園のほうで試合もある。……また後で詳しい話を聞くってことでいいか?」
「そうですね」


 騎士に、リルナが話しをすると快く受け入れられた。騎士はその場で老人から話を聞き始め、情報を集める。
 俺とアジダはしばらく彼らを見やりながら、リルナを連れてその宿を離れた。


「……あの事件、祭りに目が向いている間を狙って行われたのでしょうか?」


 リルナの問いに、恐らくと頷く。
 騎士が闘技場へ注意を向けている間にあの場を狙って行われた可能性は多いはずだ。
 何より、街の人が少ない。目撃者がほとんどなく目的を達成できるのだから、これほど都合の良い日はない。


 騎士は、学園生の貴族を守るのに忙しいからな。
 鬱屈とした空気から解放された俺たちは、真っ直ぐに学園へと向かう。
 ……なんだ、これは。
 アジダも気づいたようで、鼻をひくつかせる。


「……ハヤト。何か嫌な感じがしないか?」
「……つけられている、って感じか?」


 こくりとアジダが頷く。
 ……先ほどの犯人たちだろうか。いや……そうではないにしても、リルナを狙っている人もいるだろう。
 彼女の顔を偶然見た誰かが、金目当てで仕掛けてきてもおかしくはない。


「アジダ、何もなければそれで良い。けど、仕掛けられたら俺が対応する。リルナを守ることに全力をだしてくれ」
「……ああ。だがキミは大丈夫か?」
「まあ、どうにかするよ」


 第一、俺もアジダもこの後試合が控えている。
 大きなダメージを食らってしまい、時間までに回復しなかった、となればアジダは悔しい思いを胸に抱えることになるはずだ。
 その点、俺は仮に霊体を失っても三秒あれば再使用が可能だ。


 アジダはしきりに周囲へと視線を飛ばしながら歩き、俺は肩の力を抜く。
 二人で緊張していても、いざというときに動けない。こっちにきてから、適度に力を抜く必要性も覚えた。
 迷宮内でずっと緊張していれば、それだけで精神ががりがり削られていくからな。
 道を曲がったところで、影が落ちた。



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