オール1から始まる勇者

木嶋隆太

第四十話 十五日、十六日 誰の女

「そんなことがありえるのか?」


 呟くようにいい、呼吸を整える。ようやく落ち着いてきて、そこで今の自分がそもそもおかしな状況であることに気づいた。
 理解してからは、そこまで彼女の発言がおかしいものではないことに気づいた。


 こういった未来、過去なんてのは思考するだけ無駄だ。
 今俺がここでこうしている時間が大切なのだ。


「ありえる。……たぶん、これから先、私はあなたに助けられる。そこで、私はあなたに感謝をして、こうして……今であった」


 嬉しそうに、彼女は確信したとばかりに微笑む。僅かに赤くなった頬を見て、俺は視線を逸らすしかない。
 助ける? 俺は一体何をしたんだよ。


「もう勘弁してくれ。……これ以上、悩みたくはない」
「贅沢なことをいう。けど、悩んでほしい」
「意地悪だね」
「意地悪じゃない。好かれるように振舞うあなたが悪い」


 なら、全部見捨てろっていうのか?
 仮に、自分に助けられる力があったら、助けたいって思うだろ?


「人間なんだ。困っている人を見て……助けられるなら助ける。そのくらいの精神ないと、生きていけないだろ」


 周り全部敵。助けるなんてのは無駄な行為……だなんて考えていたら、人生上手くいかないだろう。
 だからって俺は、自分の身を削ってまで何かを助けるなんてことはしたことがない。
 あくまで、出来る範囲で手助けをしているにすぎない。


「すべてを見捨てて、すべてを切り離せば、あなたは誰にも好かれない。そして、これから先、一つの未来をあなたは選択できるときがくると思う」
「……それが、おまえを救うかどうかか?」
「選ばなければ、あなたは一つの好意を失うことができる。そこで選べば、あなたはより悩むことになるだけ。簡単」
「……簡単じゃないだろうそれは。俺の都合で、一人の人間を救わないかもしれないってことだろ?」
「選択肢はある。あなたが何を選ぶかは自由」


 ファリカは立ち上がり、部屋の入り口へと歩いていく。


「私は……これからいくことになる迷宮都市で、ある人間を殺すことが目的。あなたは、その迷宮都市から私を助け出してくれた」
「……迷宮都市の出身ってことかい。そりゃあ、カレッタの資料作りの手伝いが一番できそうじゃないか」
「さすがにこれについて話すのはあなただけ。好きなあなただけに、私の秘密は伝えさせてもらった」
「……意地悪だ」
「意地悪かも」


 詳しくは語らない。そのことを彼女も思い出したくはないのだろう。頭の後ろで手を組み、俺はベッドで横になる。
 桃、アーフィ、ファリカ。彼女らのことが頭の中で浮かんでは消えていく。


 どうするのが一番なんだ?
 俺は誰も嫌いじゃない。好き……というのも良くわからない。
 一緒にいて楽しい、としか考えたことはなかった。だから、俺の答えとしては、誰も好きではない……そう。これでいいんだ。


 ただ……きっと俺はこの答えを選択すれば、恐らく地球に戻るまでこの答えで逃げようとする。それが一番ラクで、俺は自分がラクなほうへ逃げる性格をしているのは分かっている。


 妥協点を見つけているようで、頭が痛くなってくる。こんな思考自体が、失礼極まりない。
 ……贅沢な悩みをしているな。
 確かに、ファリカの言うとおりだ。


 どうしてファリカが俺を好きになったのかは、たぶん、本人に聞いてもいまいち理解できるものではないだろう。
 未来、過去か。
 迷宮都市……そこに、何かあるのだろうか。


 迷宮都市にいけば、このもやもやとしたものすべてが解決するかもしれない。
 ひとまずは、そこまでこの考えを置いておこう。
 明日から始まる大会に、全力を注いでいかなければならない。


 誰かの気持ちに答えるのは怖い。
 みんな、大切な友人だから。
 今の関係さえも失ってしまうかもしれない。そんなのは、苦しい。
 ……けど、彼女らは今の関係を失ってでも、その先を求めて俺に思いを伝えてきた。
 しっかりと考えないと、か。




 ○




 街全体に響くのではという人々の歓喜の声が、明るくなった空へと響いていく。
 場所は学園のとなりにある闘技場。
 普段ここでは様々な催し物が開かれていたが、今日からしばらくの間は学園の貸切となる。
 平民、貴族と問わず人の出入りに制限はない。


 人によっては、賭け事をしたり、観察したりと、それぞれ何かしらの目的を持ってこの場にいる。
 そんな、表情豊かな客たちと比べ、学園生――騎士学科の人の顔は強張っている。
 今日の結果次第で、これからの騎士学科での自分の立場を確立することができるのだから、自然力も入るものだ。


 中には、貴族学科の人に指名されているにも関わらず、さらにアピールするために参加している人もいるほどだ。
 大会の組み合わせが発表され、有名な人と同じブロックになった人たちの嘆く声もいくつかあったほどだ。


 それは朝の出来事であり、今はもう開会式も終わり試合の準備が進められていた。
 円形の闘技場の客席で、俺はAブロックの試合が始まるまでの時間を過ごしていた。
 学園生という立場であるため、客席にいると、声をかけられることもしばしばある。
 平民の立場でありながら参加していると分かれば、彼らは途端に応援をしてくれる。
 そんな声に苦笑を返しながら、視線を会場へと向ける。


 この大会は四日にわたって行われる。
 まずは、三百人近い申し込みの中から、三十人ずつに別れ、各ブロックでの集団戦となる。
 そして各ブロックにて、残った十名が、次のトーナメントに参加することができる。


 今日の試合はこれだけで終わるため、人によっては早々に終わる。


「ハヤト、今日は女の子たちを連れていないんだな」


 片手をあげながらやってきたのはカレッタだ。
 ……ずばっと言ってくるな。
 ファリカはAブロックの戦いに参加しているし、アーフィは桃たちに誘われ、貴族学科の人たちのほうに混じって観戦しているだろう。


 アーフィはたぶん、昨日のこともあって、俺に対してある程度の苦手意識を持ってしまったのだろう。
 俺も……正直今は一人でいたかったから、むしろリルナに感謝しているほどだ。
 ……俺のFブロックの試合まで、しばらくは暇そうだな。


「どうですか! 冷えたラーナ茶ありますよー!」


 そんな売り子の声が聞こえ、近くにいた人が一つ購入した。
 カレッタが手をあげ、声を張る。


「僕も一つもらおうか」
「ありがとうございますー!」


 カレッタはちらと俺を見て、「やっぱり二つ」といって、俺の分も買ってくれた。


「ありがとな」
「いやぁ、気にしないでくれ。それよりも、どうだい? 凄い盛り上がりだろう?」
「ああ。商人が外に多いわけだ」


 闘技場の外では多くの屋台が出ていて、それを目当てにしている人もいるほどだ。
 特に貴族学科の人は、そちらに興味があるようで外には行列ができている場所もある。


 今日の試合では有名人たちの試合を見たいとしても、集団戦しか見ることはできないし、そこまでの注目はない。
 もっとも盛り上がるのは個人戦だ。
 どちらかといえば、明日からの試合のほうが注目を浴びる


 俺は水筒を取り出して、闘技場の観客席から全体を見やった。
 Aブロックの試合では貴族、平民と入り乱れて戦っている。やや、貴族、平民という立場の違いによる戦闘が多くなっているようにも見える。


「おお! さすがに、槌姫は強いな。ファリカが負けないか心配だ」


 カレッタが興奮気味に呟く。
 こういった大会では、注目されている人間というのは確実にいる。
 特に、騎士学科ではこの大会によって毎年順位が決まっている。


 話したそうにうずうずしているカレッタがこちらをちら、ちらと見てくる。
 ……無視したかったが、さすがにうざい。殴ることも考えたけど、その労力を割く気もおきず、嘆息がちに向いた。


「槌姫、なんだそれは?」
「前年度の三位だよ」
「良くやる気になるね、そこまで」


 ブロック、リーグ戦を突破さえすれば、その時点で俺の目的は達成される。
 最後にあるトーナメント戦で一位を目指す必要はないのだ。
 俺の考えに、カレッタは意外そうにしながらもこくりと頷いた。


「まあ、キミは騎士になるつもりもないから分からないのだろうが、この大会はとても大事なものなんだよ。僕としては、キミに勝ち上がってほしいと思っているけど……あれだろ? 今日の集団戦くらいしか興味ないんだろ?」
「まあな。第一、俺は今日の戦いだって生き残るのは難しいんだからな?」
「はは。ステータスの話だったか。HPが低くて大変なんだろう? まあ、攻撃を食らわないように注意するしかないね。たまには、キミが苦戦しているところも見てみたいものだよ」
「……おまえは誰の味方だってんだ」
「最悪、僕の鞄にでも入ってついてきてくれればいいよ。だから、頑張って!」


 カレッタは笑っているが、たぶん俺のHPが1だとは思っていないんだろうな。
 低い、といっても他のステータスと比較してと考えているに違いない。
 Aブロックの試合も終わりへと近づいていく。


 ……さすがに、言われるだけあって槌姫とやらは強い。着々と数が減っていく中で、ファリカも無事に生き残っている。
 槌姫との直接戦闘は避けたい様子だったが、それでも最後は狙われ、お互いに剣と槌をぶつける激しい攻防――。
 それが決着となる前に、笛がなる。
 リーグ戦に参加できる十名が決まったのだ。


 ……こうやって戦いは進んでいくのか。
 生き残った十名が、それぞれインタビューを受けている。
 騎士の中には、ある貴族の名前をあげ、「自分の武器を捧げる覚悟である!」などと大胆に宣言している人もいる。
 言われた貴族の女性が、嬉しそうに声をあげている。


「あれは?」
「この場で告白……というか忠誠を誓う人もいるんだ。ただ、あの人は一応貴族の三男だからな。ある程度、話が決まっている。例えばここで突然ハヤトが誰か女性貴族に愛を語っても、あれだよ? 気味悪がられるだけさ。あと、女性三人に嫉妬されるくらいか?」
「言うわけないだろ。……さて、Fブロックの試合までまだ時間あるし、外でも歩いてくるかね」


 一つのブロックの試合は二十分程度行われていた。
 これなら、しばらく別の場所で時間を潰していても問題ないだろう。
 席を立ったところで、深いローブを被った人とぶつかる。


「ああ、すみません。怪我はないですか?」


 問いかけたところで、彼女が少しだけローブをずらした。
 ……リルナだ。


「ハヤト、少しいい?」


 小声で、それこそ誰にもばれたくないように呟いた。
 ……カレッタにも黙っていろってことか。


「おいおい、ハヤト。気をつけなよ。キミ、大丈夫か? 悪いねぇ、うちのハヤトちょっと目が老いてきていてね」
「悪いな。とりあえず、ちょっと外出てくる。まだしばらくここにいるんだろ?」
「……え、一人で行くの? 本気か? 僕は友達とこうして、闘技場で試合を観戦し、ときに自分の知識を自慢するのが夢だったんだよ!? いったい誰に伝えればいいのさ!」
「壁とか、椅子にでも話していたらどうだ?」
「おいっ!」
「……まあ、さすがに今のは冗談だ。たぶん、そのうちファリカが来るよ。彼女と仲良く見ていてくれ」
「キミの女じゃないか!」
「誰の女だ!」
「……あなたの女なんですか?」


 ……リルナがぼそりとじろっとした目を向けてきている。
 こいつはこいつで、桃のことが好きだからな。厳しい目を向けてくるのは、友達を思ってだろう。


「とにかくだ。すぐに戻ってくる、じゃーな」


 出来る限りリルナのほうは見ずに、さりげなく前を歩いていく。
 リルナが後ろを追いかけてきているのを確認してから、俺は闘技場を離れた。

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