オール1から始まる勇者

木嶋隆太

第三十四話 十四日目 一区切り

 食堂へと移動していく俺たちへの注目は多い。公爵、王女、美人……なかなかこれだけの人を集められる人間はいないだろう。
 その中で俺は、なんともいえない顔であるいて行くことになる。両サイドをファリカと桃に挟まれている。逃げるつもりはないというのに、お互いがその場所を譲らないのだ。


 連行されている気分を味わうことになっているが……これは俺に問題があるのだろうか。


 桃の疑いの目はまるで晴れることはない。
 食堂は貴族たちが利用することもあってか、一つ一つの家具が綺麗だ。掃除は入念にされているだろうし、まるで大理石のような白いテーブルに料理が並べられているのは学園であることを忘れてしまいそうだ。


 階段を上がれば、一面が窓ガラスで外を眺めながら食事を楽しむこともできる。階段を上がった先、六人がけの椅子に座ると、メイドがやってきて注文を聞いてくる。
 メイドが普通に闊歩し、店員のように注文をとるのだから、それだけでもう俺たちの国の食堂とは比べられない。


 カレッタが六つ本日のオススメ料理を注文した。俺たちなんか、何がうまいのかわからない。カレッタに任せるのが一番だろう。一応、彼もリルナに聞いていたしね。


 服の乱れを簡単に確認しながら、席で一息つく。
 両サイドに桃とファリカが腰掛け、少しばかりしょんぼりした様子のアーフィが対面に座る。
 向かいの左にリルナ、右にカレッタが座った。


「それで……? この状況はどういうことですか、勇人くん」


 いよいよ、か。彼女は完全に俺たちの関係を誤解している。
 そこをまずは紐解いていかなければだ。
 男女の関係なんて、複雑にするのは簡単だ。


「……まあまあ、まずは落ち着こうか桃」
「ハヤト。きちんと答えてあげてください。彼女は、あなたのことをずっと心配していたのですよ。今までにあったこと、すべてを話してくださいね」


 リルナが運ばれてきた紅茶に口をつけた後、言った。
 ……この落ち着き払ったリルナに、さすがに驚きが隠せない。
 周囲の目があるからか、彼女は毅然と……それこそ仕事が出来るような人にしかみえない。
 別人といわれても驚かないぞ。


 俺は一体どこから話せば良いのやら。下手な言葉を選ぶと、さらにややこしくなる。
 慎重に言葉を選んでいると、アーフィが立ち上がる。
 全員の視線が集まり、彼女は訴えるように言う。
 いつものからかい気味のアーフィならば、ややこしい状況にしてしまうかもしれない。俺が慌てて止めようとしたが、アーフィは静かに口を開いた。


「……私たちが、ハヤトの近くにいるからあなたは怒っているの?」
「それは……その、はい」


 桃はアーフィの言葉に曖昧な返答をした。どのように答えるのか、迷っている様子だった。
 アーフィはあまり人との距離をはかるのが得意ではないと思う。
 けれど、アーフィは素直に本心をぶつける。真剣な顔をしている彼女だからこそ、


「私は、ハヤトに困っているところを助けてもらったの。それから……ずっと彼の優しさに甘えてしまったわ。その……ごめんなさい。そういう相手がいたのだったら、もっと距離をあけるべきだったわ」


 桃も予想していた様子だった。アーフィがニコリと微笑み、嘘がないということも分かったようだ。
 確認するように桃が見てきて、俺が詳しく伝える。


「……私も別に、勇人くんのそういう相手ではありません。その、さっきの怒りは……私個人のわがままみたいなものです。だから、その……こちらこそすみませんでした」


 とりあえず、誤解の一部はとけたようだ。


「アーフィは、少し分けわりで、困っていた様子だったのと、それなりに腕が立つから一緒に行動していたんだ。やっぱり、一人だと厳しい部分もあるからね。これが、俺とアーフィの関係だ」
「そう、ですか」


 今までの自分の行動について考えているのか、顎に手をやり、それから頷く。


「すみません。私、少しばかり取り乱してしまっていました。てっきり、勇人くんが彼女を作っていたのかと思いました」
「彼女……ああ、そうね。そう思われても仕方ないわね」


 アーフィは呟きながらも、それから首を僅かに捻る。
 そして何かを考えるようにして、視線を下げた。
 何かを思い出したのか、アーフィはまずそうな顔を作る。
 その顔に、桃とファリカが何かを思ったようで、ずいっと顔を寄せる。


「何か……あったのですか?」
「アーフィ、黙るのは良くない。今すぐ吐いて」
「な、なななななんでもないわっ。あまり顔を近づけてこないで! 恥ずかしいわ!」


 そんな反応をすると、ますます二人は疑いの目を強くしていく。


「例えば、一緒に遊びに行ったり、一緒の部屋で寝たり……」


 ポツリポツリと桃が言葉を吐き出していき、みるみるアーフィの顔が赤くなっていく。


「その二つはしたみたい」


 ファリカがその様子をチェックし、桃がじろっと俺のほうに目を向けてくる。


「一緒に行動するのは、仲間として当然だ。それと、一緒の部屋で寝たっていっても、別のベッドだ。アーフィは金を持っていなくて、俺が金を貸したんだよ。その時に、アーフィは出来る限り金のかからない宿の泊まり方を提案してきて、一緒の部屋になったんだ。何もやましいことはない」
「まくしたてるように言ってきましたね。とりあえずは、信じましょうか」


 ていうか、ファリカと桃は随分と息があってるな。


「そういえばパパが、かなりのお金をあげたから大丈夫、といっていましたね」


 ぼそりと、リルナは冷静な顔で紅茶を置いて一言。


「そうはいっても、やっぱりもらったお金で散財するって気分にもならないからな。出来る限り無駄遣いはしたくないんだよ」
「そうですか」


 リルナはもう一度紅茶を口に運ぶ。……その両目の探るような動きに、あのアホなリルナの姿はない。
 ……こいつ。普段よりも頭の回転も良くなっているんじゃないか?
 王女様モードのリルナにまさか苦しめられるとも思っていなかった。思わぬ伏兵、俺はこの場で気を失いたくなる。
 やましいことは何もないのに、状況だけだとどうしても疑われる。


「まあ、勇人くんが感情に任せて変なことをしていないのならよかったです」


 そう呟いた桃は、なんとも言えない笑みを浮かべていた。
 どうにも、感情が深くこもったその言葉のあと、リルナも悲しそうに目を伏せていた。
 問おうとしたところで、アーフィが何かを思い出したのか、途端に今まで以上に顔を赤くする。


「どうしたのですか、アーフィさん?」


 桃がにこりと微笑み、優しい目を向ける。
 それにアーフィもほっとしているようだ、首を振る。


「なんでもないわ。その……色々と誤解を与えてごめんなさい」
「大丈夫ですよ。それより、もう何も言わなくても大丈夫ですか? 隠しているとつらいのでしたら、もう私は何も言いませんし聞きますよ」
「ほ、本当? その……私、ハヤトと一緒に風呂に入ったことがあって……それも別に他意はなくて、その――」
「勇人くん、後で詳しく聞きますね」
「……りょーかいだ」


 あれだってきちんと事情がある。ただ、国のほうにも報告が言っているだろうし、ここでおおっぴらに語れる内容でもない。
 この環境は非常に居心地が悪い。せっかくの料理を口に運ぶような余裕もない。
 桃はそれから、ファリカのほうへと視線を向ける。
 その視線は俺じゃなくてファリカに、だよな? 間に挟まれる形でいるため、俺も睨まれている気分になる。


「あなたは……ハヤトくんとどのような関係なのですか?」


 ファリカはさすがに視線に慣れているのか、それほどの強い気迫の前であっても、冷静な顔を崩さない。
 それどころか小悪魔に微笑んで、俺に寄りかかろうとさえしている。
 お互いに火花を散らせている。
 俺の身体が焼け焦げそうだ。


「昔に助けてもらったかもしれない関係」
「……どういうことですか?」
「それは、まあ今はいい。私は彼と一緒にいたいというだけ。あなたこそ、何者?」
「私は彼の幼馴染です」
「それはまた。……彼の小さい頃はどうなの?」
「可愛かったですよ。気になりますか」
「とても」
「そうですか。それについてはまた今度にします。あなたは、彼と何かありましたか?」


 何今の会話。必要か?


「何もない。けど、これから先は分からない」


 だからそう火に油を大量投入するような発言はやめてほしい。
 じっと桃の視線が俺へと向けられ、俺はそれでも堂々と腕を組む。
 ここで怯んだり、情けない姿を見せたりすると、すべての発言を認めることになる。


「俺は……普通に旅をしてきただけだ。何も、やましいことはしていない。あくまで俺は、自分のステータスを向上させるためだけに生活をしてきたんだ。そこに嘘偽りはない」
「そうですか」


 気づけば、視線は大量だ。食堂の人々が今、俺たちの会話に興味津々のようだ。
 何より、断片的に会話が聞こえ、まるで俺を取り合っているかのような内容に、人々が嫉妬の目を向けてきている。
 居心地が最悪なのは、これも原因だ。
 本当に、今日はついていない。学園になど来なければよかったと、心から思っている。


 公爵様と王女様、それに美人三人が集まっている。
 俺なんて場違いはなはだしい。そこらの席に移動して、遠くからここを眺めている側の人間にでもなりたいものだ。
 これだけの環境となれば、例え権力などがなくとも人の視線が集まるというもの。
 予想以上に、俺はこの学園で目立ってしまったようだ。
 わざわざ、あんな派手な戦闘をしなくてもよかったじゃねぇか……。


「食事をしようか。もう、この話もだいぶ終わってきたところだ。俺は、彼女らと今一緒にいるのは、友達、仲間としてだ。それで、学園に入学したのは迷宮都市を見てみたかったからだよ。それ以上、何か他意があるわけではない。これは本当だ。理解したなら、食事をしよう。せっかくの料理が、話し合いの間にどんどん冷めてしまう。それはとてももったいないことだと俺は思うんだ。どうだ?」
「……そうですね。正直いって、冷静ではありませんし、また後で話しましょう。放課後に、ハヤトくん。貴族学科のクラスにやってきてくださいね」
「……了解しました」


 桃に静かに頷いて、ひとまずの話し合いは終わった。



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