オール1から始まる勇者

木嶋隆太

第三十二話 十四日目 授業

 午前二時間の授業は座学だった。
 歴史や知識を学ぶ時間であり、俺の知らないようなこともあれば、本で読んだことのあるものもあった。
 ただ、この世界について知れるという時間は俺にとっても、アーフィにとっても良い時間であった。


 二時間目の授業では、教室が変わり、自由席となったため、分からないところをアーフィに教えながら、ときにファリカと三人で頭をひねりながら授業に臨むことができた。
 ファリカも最低限の知識しかないようだ。彼女曰く、生きる上で必要なことではなかった、らしい。


 ……なんとも偏った知識を持っている俺たちであったが、いよいよ三時間目となり、制服から体操服に着替える。
 体操服……と言うよりは各自が動きやすい格好をするといった感じだ。
 カレッタに用意してもらったものに更衣室で着替えていると、クラスの男子生徒に声をかけられる。


「おまえ、戦闘はどうだ? 得意か?」
「まあ、それなりには」
「へぇっ、そりゃあ楽しみだ。なんなら、俺と――」
「平民。戦闘が得意と言ったか。なら、俺と戦え」


 俺たちの会話に割り込んできたのはアジダだ。
 その反応の速さに驚きながらも、彼はずっとこちらを窺っていたように感じる。


「いいですよ。もしかしてずっと話しかけるタイミングを見ていたんですか?」
「ち、違う! 馬鹿なことを言うな! 貴様と戦い、俺が上ということを理解したら、生意気な態度をするなよ」
「そうですか。分かりました」


 たぶん、それは叶わないだろう。
 彼の脳裏にはたくさんの嬉しい思考があるのだろうが、俺は加減なんてするつもりはない。
 本気で彼を倒し、さらにはステータスをほとんどつかっていないと思わせるようにする予定だ。


 着替えを終えた人から更衣室を出て行く。
 ……身体を本気で鍛えている人が少ない。むしろ、最近身体を動かしまくっている俺のほうが、ガタイが良い。
 こんな短期間でこれほど俺の身体が成長しているのは、たぶん異世界に来ての影響なのだろう。


「おまえ……大丈夫か?」


 先ほど声をかけてきた男子生徒が、心配そうな声を出す。
 廊下を歩き、庭へと向かいながら首を捻る。


「どうかしたんですか?」
「……アジダは口悪いし、平民を馬鹿にするような奴だが、もちろん実力がないからじゃない。俺たちのクラスじゃ一番なんだよ。だから、誰も何も言い返せない。実力が、すべてだからな」
「へぇ、それは都合が良かったです」
「どういう意味だ?」
「まあ、こっちの話ですよ」


 模擬戦のような授業があることは知っていた。
 だから、俺はそこで注目されるように振る舞う予定だった。
 というのも、この学校は人の入学退学がそれなりにある。
 途中からの入学が認められているのは、やはり実力主義な点があるからだ。


 仮に、貴族の推薦で試験なしで合格したとしても、生き残るだけの力がなければ、退学の道を選ぶしかない。
 俺たちは試験を受けていないため、教師たちからも猜疑的な目を向けられてしまう。
 だから、ここで活躍する予定だったのだが……タイミングは悪くないな。


「それでは、模擬戦を行ってもらう。今日入った三人もすぐに参加してもらうから、その覚悟をしておくように」


 俺たちのクラスを担当している先生が、厳しい目を全体へと向けてから、ペアを組むように伝えてくる。
 ペアが組み終われば、担任に話を通しすぐに模擬戦を始めることになる。


 それらをみんなで見て、感想を言い合ったり、自分の戦いの参考にしたりする。
 場合によっては集団による戦闘もある……とカレッタが用意した資料には載っていたはずだ。
 ファリカとアーフィは別々に組むことになる。


 これも、俺が出来る限りそうするようにと、ファリカに頼んでおいた。ファリカに下手に力を見せると、一緒に生活する時間が長いために疑われる可能性が高い。
 昨日、アーフィがファリカと一緒に風呂に入ったときなんか、俺に助けを求めてきて一緒に入らせられそうになったほどだ。
 ファリカは別に構わないといっていたが、あれは俺のほうが構うっての。


 なんて考えていると、アジダが俺の前に来て腕を組む。なかなか彼は口を開かなかったために、俺がしばらくじーっと見ていると吠えた。


「貴様。担任に話を通して来い」
「……一緒に行きませんか?」
「あいつは気に食わないんだ」
「……そうですか」


 アジダが舌打ちでもするような勢いで、その場で腕を組んだ。
 仕方ない。俺も勝手はわからないが、とりあえず担任に伝えれば良いんだろ?


「あの、先生。俺とアジダで模擬戦を行っても良いですか?」
「一番最初だな」


 そういえば、まだ誰もしていないな。


「……大丈夫か? あいつがわざわざおまえに声をかけるなんて、何か企んでいるんじゃないか?」
「先生がそれを言いますか」


 担任としてそれはどうなんだろうか。


「だってな。あいつは前にも同じようなことをして注意をしたんだ」
「そうだったんですか。まあ、安心してください。俺も強い相手と戦ってみたいので」
「そうか? それならいいが……というか、あいつはまだ私に話しかけてこないんだな」


 担任が苦笑してアジダを見ると、アジダはふんと腕を組んだ。


「悪い奴じゃないんだ。そこだけは誤解しないでくれ。ただ、ちょっと、あいつの家がまさに貴族至上主義って考え方をしているから、その影響を受けすぎているだけなんだ」


 子どもには罪がないってことか。
 子どもの成長は環境に左右される部分が多いと思う。
 貴族として生まれれば貴族のような考え方になるだろう。
 けれど、例えば小さい子どもが貴族の家に拾われて、それで貴族として教育を受ければその子も少なからず、貴族と同じ思考回路になるだろう。


 俺も別にこのくらいで嫌うつもりもない。もっと嫌な貴族をこの前見たばかりだし、可愛いものだ。
 担任が手をならし、クラスメートたちが集まってくる。


 やがて、戦闘として必要な空間が出来上がり、俺たちをクラスメートたちが見守るように座る。
 いくつもの視線の中で俺は軽く屈伸をしたり、身体を伸ばしたりして解していく。


「あくまで、今は近接の戦闘訓練だ。お互いに職業技や魔法の使用は禁止だ。いいな?」
「わかっていますよ」


 俺は返事をしたが、アジダの視線はそちらを向かない。
 剣を抜いたところで、アジダが訝しむように眉間を寄せた。


「霊体を纏わないのか?」


 アジダはすでに霊体で、剣を構えている。
 いつでも始められるようにと、腰も深く落としている。
 彼の何かしらの剣技があるのだろう。あいにくだけど俺に型なんてないし、知識もなかった。


「俺もアーフィも、ずっとこの肉体を鍛えて生きてきたんです。だから、霊体を無駄にまとうことはしないんだ」


 それはアジダに伝えるというよりは、この場にいるクラスメートたちへのアピールであった。
 ステータスを使わずとも、俺たちは勝てる。
 そういった発言は相手を馬鹿にする可能性もあり、まさにアジダは顔を憤怒に染めた。


「無駄、だと?」


 ……怒られるのはわかっていたが、アーフィが霊体を纏わなくても大丈夫なように、俺は馬鹿にするように笑いながら剣を肩に乗せる。


「必要ないでしょう。あなたのステータスはもう見ていますしね」
「舐めるなよ!」


 叫んだアジダが開始の合図も待たずに、駆け出す。教師が止めようとしたが、俺は右手の平にだけ霊体をまとって剣を振りぬく。
 真正面から受けたアジダがそのまま派手に吹っ飛んだ。


「な、ぬ……!」


 剣で受けたために、霊体は消えていないはずだ。庭に生えていた木に直撃し、その木が崩れると同時、アジダの霊体も消滅した。
 俺の力任せの一撃に、その場の空気を完全に支配する。


「は、ハヤトの勝ちだ」


 教師も驚きに目を見開いていた。俺は肩に剣を乗せながら、アーフィのもとへと向かう。
 試合は終わり、次の試合へと移っていく。その中でアーフィと小声で話をする。


「アーフィ、昨日散々練習したよな?」
「ええ……。加減して、苦戦しているように見せかけてから隙をついて、技術を利用したかのように敵を倒す……だったわね」
「そうだ」


 俺がここまで派手にやったことで、注目は俺に集まった。
 これで、アーフィが苦戦しながらも勝利……という風に演出できれば良い。
 そうすれば、仮に疑問の目があったとしても俺にしか集まらない。
 俺はステータスカードを持っている。仮に疑われたたとしても、ステータスカードがあるのだからいくらでも誤魔化せる。
 アーフィが目立ってしまうと、その瞬間に終了してしまう可能性もある。


 アーフィは余裕なようであったが、相手の剣を受けて態勢をわざと崩す。
 そこを見て相手が突っこんでくるが、回るようにかわす。
 霊体をまとってこそいないが、それでも危険があれば霊体をまとうと考えているようで、相手の攻撃は全力だ。
 アーフィはそこから何度か苦戦したあと、相手の一瞬の隙に回し蹴りを放つ。
 回転するように相手が崩れたところで、その霊体を何度か斬って消滅させる。


 それに対しても再び拍手はある。アーフィは汗などかいていないが、疲れたような仕草と嘆息をして、わざと乱すように何度も深呼吸をする。
 視線を確認する。確かにアーフィに対しても多いが、やはり俺への注目のほうがあるようだった。迫力重視のおかげで、うまくいったようだ。


 ……まあ普通にしていればそこまで疑われることはない。なんていったって、一応俺たちは公爵様の推薦での入学だしな。











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