オール1から始まる勇者

木嶋隆太

第二十九話 十二日目 それだけで

 街は様々な姿を見せていた。
 食料品を扱っていた店はしまり、かわりに酒場などはこれから開かれる。働いていた人や、迷宮の調査を終えた冒険者たちが、これからの時間について話し、盛り上がっていた。
 貴族街へと入っていく。
 平民街よりも明るい光を頼りにカレッタの屋敷に到達すると、何やら騒がしい。
 何か問題でも起こしたのか、と勘ぐっているとメイドがやって来た。


「どうかしましたか?」
「……これはなんだ?」


 道にはいくつもの竜車があった。竜同士で楽しそうに会話している姿も見られる。
 メイドは目を瞬かせたあと、伏し目がちにいう。


「すみません、もしかして、カレッターズ様は何も話していませんでしたか?」
「あー、確か来客があるとかなんたらおまえと話していたな」
「はい。今日はその準備の指示がありまして。彼らはこの国では有名な劇団の方たちです」


 ……この屋敷に用事があったのか。


「それはまた。俺たちはさっきその劇を見て来たところなんだ」
「まだ最後の劇があるそうですが、だいぶ終わりましたので、荷物だけでもとこちらへと運んで来たんです」
「というと、今日は泊まるということか?」
「ええ。あちらの離れも掃除をして非常に大変でしたね」


 示した先にはそこらの宿顔負けの大きく整った建物がある。さすがに貴族、それも公爵なだけはある。


「それじゃあ俺たちは邪魔にならないうちに部屋に案内して……あー、カレッタに学園の話についてしたいんだけどいいか?」


 俺に残されている時間は着々と減っている。
 早いにこしたことはない。


「問題ありません。帰ってきたら一言挨拶をしてほしいという話でしたので」


 カレッタは自室にいると言い残し、彼女は竜車の方へと向かう。
 屋敷の入り口に向かいながらメイドが竜に餌をやっている姿を確認した。
 屋敷の中に入ると、いくらかの人々がいた。彼らの中には見覚えのある顔もいくつかある。
 俺たちを貴族かあるいはそれに近しい相手だと思ったのか、すれ違うたびに頭を下げられ、どうにも居心地が悪い。


 屋敷に入り、カレッタの部屋へ向かう。
 ノックをして、彼の了承の声を聞いて中へとはいる。


「やあ、街を見て来たのだろう? どうだった?」
「ああ、良い街だったよ。あとは一つ報告だ。学園に入学する予定だ」
「それは嬉しいね! それじゃあさっそくそのように伝えるよ。問題はどの学科に入るかだね。貴族としての教育を受ける貴族学科と騎士の資格を獲得するための騎士学科。短い期間でやめることになるかもしれないけど、どっちがいいかい?」
「それについて少し質問していいか?」
「どうぞ」


 楽しくて仕方ない、といった笑みを浮かべているカレッタがどんな質問をされるのだろうかと体を揺らしている。


「入学にあたって、試験とかはあるのか?」
「騎士はあるよ。受けるかどうかは別だけどね。僕の推薦があれば、問題ないっていうことだ。僕としては試験を受けるキミたちを見て見たいのだけど」
「こっちにいるアーフィはどうしても霊体が弱い。その分生身を鍛えているけど、それでも実技試験となると
難しいかもしれない」


 ……俺の言葉にカレッタはしばらく考えるように顎へと手をやる。
 さすがに、この嘘はきついか?
 と思っていたが、カレッタは笑顔を浮かべる。


「ならわかった。二人とも僕の推薦による入学にしてしまおう。学園側もそっちのほうが対応しやすいだろうしね。それじゃあ、明後日には学園に通うことになるから……準備、といっても心以外にできることはないだろうけど、ま、色々しておいてくれ」
「了解だ。それと、外が騒がしいが俺たちがいても大丈夫か?」
「ああ、気にしないでいいよ。僕の友人なんだからね」
「一言伝えておいてほしいと思ったな」


 おかげで何かと思ったよ。屋敷を間違えてしまったのではという不安感さえもあった。
 あーと彼は頬をかき苦笑で飾った。


「確かにキミたちには伝えておいたほうがよかったね。今日とあと数日は共に生活する人がいるんだ。また、劇団のリーダーがきたら紹介するよ」
「それは別にいいよ。何か手伝えることがあったら言ってくれ」
「さっそくで悪いけど、これをうちのメイドに届けてくれないか?」
「頑張れ」
「君がやるんだ! ほら、持って行ってくれ!」


 手に握らせてきたものは、一つの魔石だ。


「明かりが灯らない部屋があるといっていたから、少し見てみたんだ。単に魔石の中にある魔力が不足していただけのようだったよ」
「そうか。メイドって誰でもいいのか?」
「もちろんだよ。離れにいるメイドにでも渡してくくればいい。頼んだよ」


 ポケットにしまって、彼の部屋を出る。
 廊下をあるいていると、アーフィが胸を張った。


「私も何か手伝えることがあればやるわよ。何かない?」
「ありがとな」


 とりあえずは特にないが、彼女は何かしたそうにうずうずしている。
 庭に出ると先ほどであったメイドは竜の体を磨いている。
 気持ち良さそうな地竜の唸りに目を細めている。
 近づくとメイドは目をこちらへと向け、一礼してきた。


「カレッタが魔石の……修理でいいのか? 終わったらしいから届けに来たぞ」
「それはありがとうございます」


 受け取った彼女は魔石をしまい地竜から離れようとする。しかし、まだ地竜は磨いてほしいのか、メイドへ甘えるような声を上げる。


「懐かれたみたいだな」
「困りましたね」
「私がかわりに構ってあげるわよ」


 アーフィが声をあげ、メイドへと近づいて行く。


「いいんですか?」
「私は竜が好きなのよ」
「それでは、お願いしたいのですが服が汚れてしまうかもしれませんし、着替えてからの方がよろしいかもしれませんが」
「服はないわね……。メイド服とかであまりはないかしら?」


 ……一応、着替えくらいならいくつかあるが、まあメイド服を貸してもらえるならそれを見てみたい気持ちもある。


「あると思います。それじゃあ、他のメイドに聞いて見てください。それまで私はここで待っていますので」


 メイドが再び地竜を撫で始める。
 彼女の近くにいた他の地竜たちもだんだんと興味を持って来たようで、そのあたりが騒がしくなる。これは早くしなければ延々と撫でつづけることになるのかもしれない。
 室内に入り、メイドに話をすると目を輝かせた。


「そちらの方が着るのですか!? 任せてください! すぐに用意しますね!」


 アーフィが彼女の視線の先にいる。
 確かに、容姿は整っているため、着せ替え人形にするのなら楽しいかもしれない。
 アーフィはメイドに連れ去られるようにして、更衣室へと入っていく。
 心配もあったが、たぶん……大丈夫か。


 中に押しいるわけにもいかず、というかもう俺は必要がないように思ったが、アーフィのメイド姿を確認してから部屋にでも案内してもらおう。
 壁によりかかること十分。
 扉が開き、慣れないスカートを引っ張るようにして、アーフィが出てきた。メイドはそれではと自分の作業へと戻ってしまい、二人きりにされた俺は返答に困ってしまった。


 フリフリがあしらわれた可愛らしいメイド服に身を包んだ彼女は顔を真っ赤にし、伏し目がちであった。
 何も言わずにいれば、おそらく彼女は羞恥で更衣室へと戻ってしまう。


「よくにあっているよ。それなら汚れてもいいそうだし、早速地竜のところに行こうか」
「……そ、そうね。そんなに食い入るように見ないでちょうだい……恥ずかしいわ」


 ……そんなに視線注いでいたか? 慌てて視線を壁へと向ける。
 俺が歩き出すと、アーフィもようやく起動した。
 メイドのもとに行き、彼女と交代してアーフィが地竜を撫でる。俺はそれを近くで見ながら、時々彼女と話をして時間を潰す。


 敷地の入り口付近に人が集まっていた。どうやら劇を終えた役者たちが戻ってきたようだ。
 その一団に視線を送っていると、やはりファリカの姿を認めることができた。
 俺は何も言わずにアーフィの後ろ姿を眺めていたのだが、次第にこちらへと近づいてきて、ファリカも俺に気づいたようだった。


「……ハヤト、ここで働いているの?」
「違うよ。ちょっと前にここの公爵様と会う機会があって、やけに気にいられて今日は泊めてもらったんだ。それよりいいのか? 向こうでみんながおまえのことを見ているぞ」
「別に構わない。たぶん、男と関わっているのが意外なんだと思う」
「へえ。可愛いし、人気あるんじゃないか?」
「そう思う?」
「ああ」


 軽い苦笑のあと、ファリカは頷いた。


「確かに人気はあるけど、たまに不安になる」
「どうして?」
「小さい子が好きなのかな? って」
「はは、そりゃあ確かに不安だね。事件でも起こされたら敵わないけど、ファリカのせいでそういう性癖が目覚めてしまうのも無理はないのかもしれないよ」


 冗談に対してそう答えると、ファリカは照れたように頬をかいた。


「一応、公爵様に劇団がお世話になったことがあるから挨拶に行ってくる。あなたはまだいるの?」
「もうしばらくは。まだアーフィの竜磨きが終わってないしな」
「なら、終わったらここに戻ってくる」
「疲れているんじゃないか?」
「まだお礼もしたりないと思っているし、狙われていた理由についても詳しくは話していない」
「お礼ならもうたくさんだ。あのおかげで今日みた劇もタダみたいなものだったしね。ただ、狙われていた理由は興味あるし、そっちについては考えをまとめておいてほしいな」
「わかった。それじゃあまた」


 短くいってファリカが去っていった。
 ファリカが去った後に、先ほどこちらを見ていた男の一人が駆け寄ってきた。


「キミ、もしかして……ファリカの彼氏!?」


 突然何を言ってくるんだこの人は。
 と、良く見れば彼は劇のときにファリカと結ばれる精霊の使いの役をやっていた人だ。
 間近でみると、彼がとても綺麗な容姿をしていて、男ながらに見とれてしまうほどであった。


「違いますよ。俺は……その、今日ちょっと助けたといいますか」
「……もしかして、またあの変な追手かい?」
「ああ、はいそうです」
「そうか……あの子、かなり強かったから守ってもらうって経験が少ないんだろうね。それで、キミに少し興味をもった……ってところかな?」


 にやりと探るような視線に苦笑する。


「それで、少し僕たちのほうを見て話していなかったかい? お兄さんに言ってごらん?」
「心配していましたよ、彼女」
「え、僕たちのこと? いやぁ……もしかして脈ありかな?」
「えーと……小さい子好きになって、子どもを襲わないかどうかについてなんですけど」
「……えぇ、そりゃあ大丈夫だよ。僕たちは小さい子は好きだ! けど、きちんとした年齢の子以外には興味ない!」


 ……そこまで堂々と宣言されても困るが、ファリカの考えている心配については問題なさそうだ。
 そして彼は鼻の下を伸ばすようにして、アーフィのほうをみた。


「それより、あの綺麗な竜磨きの女性はキミの彼女か? 彼女がいるのに、ファリカにもちょっかいかけているのかい? なんて奴だ!」
「違いますよ。ただの仲間です。それにファリカにはちょっかいを出していませんよ」
「まあ、それならいいんだが……ファリカは出会ったときはそれはもう悲しい目をしている子でね。金がないけど、実力に自信はあるといって、用心棒として雇うことになったんだよ。今じゃ、立派に育ったから劇の手伝いをするときもあるけど」
「へぇ……大変だったんですね」
「まあね。……とりあえず、今日でお別れ、かな」
「……それは、ファリカのことですか?」
「悲しいけどね。彼女は公爵様に誘われて学園に行くらしい。というよりも、ファリカのほうから学園に通いたいと前から話していてね、それが叶ったってわけだ」


 ……ファリカもそうだったのか。
 彼女の過去に少しばかり興味があったけど、それを聞いたところでどうにかなるわけではない。
 所詮過去は過去だ。
 つらいことを思い出させるだけだろうしな。アーフィも……何か抱えているだろうが、立派に生きている。
 そんな彼女に対して、俺は真面目で明るい良い子だと思っていて、だから協力してあげたいと思った。


 それだけで、十分なのだ。





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