オール1から始まる勇者
第二十四話 十日目 感情
目を閉じたアイストを安心させるように一つ微笑んでから、部屋と廊下の境界線に立ってカレッタを見る。
「ハヤト。キミはあれに勝てるのかい? 僕はさっきので霊体がかなり傷ついてしまってね。その、たたかえないというか……」
ならさっさとその霊体をしまえっての。
「もともと、いても迷惑だと思っていたんだ。ちょうどいいよ」
「そ、そうかい? なら僕は……逃げ道を作っておこう」
「カレッタ。そいつらアイストっていうんだけど、ちゃんと守っててくれよ」
「……わかったよ。この僕がここにいる限り、この平民の子には一切手を出させないよ」
「これで、心置きなく戦えるよ。それよりも、魔器には詳しいのか?」
カレッタは笑顔を見せながらも、帽子を深くかぶる。
「当たり前さ。僕は魔器を調べることが大好きでたまらない、き――平民なんだ。魔器についての知識を語らせられたら、一年間口を動かし続けることもできるよ」
「そりゃあそうか。今度聞かせてもらおうか」
「い、いや……やっぱり一年じゃなくて一時間にしよう」
「それで、あの人間を助けることはできるのか?」
リグドは、魔斧を持ったままこちらを見据えている。
また邪魔が入った、とでも思っているのだろう。アイメルドをしとめに行かないということは、俺を倒してからじっくり料理でもしようとしているのかもしれない。
アイメルドはただ、部屋の隅で頭を抱えるようにしてがたがたと震えて、俺のほうを見て何かを喚いている。
……あの様子だと、俺と出会っていることさえ覚えていないようだ。
まあ、俺なんて眼中になさそうだったからな。あの後すぐに去ったし、アイメルドからすれば記憶の彼方へ消えていてもおかしくはないだろう。
「……魔器に乗っ取られた人を助けるには、まずその魔器に触れさせないこと。それと、魔器の破壊の二つだ」
「つまり、あの魔器をたたっきればいいってことだ。わかりやすいけど、一番面倒な手段だな」
「壊さなくても、あの手から外せば問題ないだろうさ。それに、魔器のねらいはどうみてもアイメルドだよ。理由は、よくわからないけど」
カレッタは詳しい事情を知らないのだろうか。帽子で顔を隠した彼の表情は読み取れなかった。
俺が部屋へと入っていくと、アイメルドはさもほっとした様子で笑っている。
「お、おい! 平民! さっきのくず二人と違ってこの僕様をきちんと守れよ! 倒せば報酬十万ペルナだ! なんなら、僕の護衛騎士に任命してやってもいいぞ!」
「ちょっと、静かにしててくれないか?」
「な、ん、だ、と! 貴様! 僕が下手に出たからと言って調子に乗るなよ!」
喚いている彼のほうへ、俺は転がっている剣を蹴り飛ばす。
近くに刺さったところで、アイメルドが怯えたように口を閉ざした。
苛立ちが心中を渦巻く。……なんだ、これは。
様々な怒りが生まれ、彼を殺せとばかりに感情が溢れ、力が生まれていく。
これも、ステータスカードの影響か? その怒りの部分だけを力とし、感情を暴走させないよう心を保つ。
「……この敵と戦うためには、どうしても集中しないといけないんだ。ぶつぶつうるさいこと言われていると、あんたを守ることもできないぞ?」
「……」
アイメルドが顔を真っ赤にして怒りを浮かべていたが、それでも口に両手をあててこくこくとうなずいた。
頭の中では、解決した後の俺への始末でも考えているのだろう。その目は笑っているようにも感じる。
まあ、今後についてはどうでも良い。今は、俺の仲間を傷つけたこいつを止めるほうが先だ。
「魔斧使い。これ以上不毛な戦いはやめないか? あんたの実力は十分だ。けど、その力は貴族を殺すためにあるものじゃないはずだ」
「街を守るためダ! こいつらのせいで、オレの大切な人たちガ……オサが連れて行かれタ!」
「その長なら、無事に地下にいたところを救出済みだ。……これでもう、暴れる理由もないだろ?」
「かははっ! あの長か! 毎日食事を与えないで、たまーに食事をもっていって床にこぼしてやったら喜んで食べていたな! まったく、犬のようで無様な姿だ! いい気味だ! 僕に従わなかったバツなのさ!」
「貴様……ッ!」
馬鹿貴族が!
吠えたリグドが駆け込んで、アイメルドへと斧を振り下ろす。
俺はその間に入り、霊体をまとった両腕で斧と打ち合う。リグドの顔がゆがんだ。まさか、俺と力で互角になるとは思っていなかったようだ。
彼の体を弾き、足を踏み込む。
一気に駆け込もうとしたが、足元に魔法陣が出る。
それをかわすと、リグドの斧が右から襲い掛かってきた。剣で受け流して左拳で顔を殴りつける。
怯んだ彼の斧へと剣を叩きつけると、今度は彼が腕を伸ばして俺の頭をつかんでくる。
そして、壁へと叩きつけられる。投げられた後に霊体で防いでダメージを抑える。
掴まれた頭は痛むが、まだ戦える。
距離をつめようとしたが、斧から衝撃波が放たれた。
剣で受け、そして左へと流すと、窓ガラスのすべてが割れた。この屋敷を直すのにいくらかかるだろうか。そんなことを考えられるほどに、俺は冷静だった。
アイメルドに直接手を出さずとも、こっちで憂さ晴らしはできる。出来る限り派手に戦おうと思った。
リグドの魔斧の乱打を、真正面から受け止め、時に流し相手の四肢を切りつける。
怯んだリグドが後方へと下がったところで、俺の剣が彼の斧を捉える。
二、三と連打を叩き込むと、彼が地面を踏みつける。周囲に魔物が出現したが、俺はそれを回るように切り伏せる。
リグドが側面へと回る。反応はしたが、剣を戻して受けるのは間に合わない。霊体を全体にまとい、横へとスライドするようにかわしたが攻撃がかすめる。足場を破壊するような一撃に、ぞっとする。
霊体の再生の感覚を身体が覚えている。
最短時間でもう一度発動して、彼の足――アイストが弱らせた右足を切りつけた。
それでも、リグドは気にしないとばかりに魔斧を振り下ろしてきた。
正面から受け止めたが、力に負けて潰される。
霊体で防ぎ、横へと転がり、再び霊体を展開して剣を魔斧へと突き出す。
渾身の突きを防いだリグドの体が弾かれる。
俺は多少痛む体を意識しながら、首を捻って歩く。
十分に戦えていることに、自分のステータスの成長を感じながらも、何よりも……彼の足を見る。
明らかにリグドは右足を庇っている動きをしている。
……アイストのおかげだな。彼が出来ることを理解し、そして真っ直ぐに意志を貫いてそれに重点を置いたからこそ、俺はこうして安全に戦闘が出来ている。
リグドはそれでも止まらない。せめて奴をしとめる――そう視線が一瞬動き、アイメルドへと駆け出す。
その間に入り、剣を振り上げる。
魔斧との打ち合いをいなし、その斧へと渾身の一撃を叩きこむ。
「魔斧……っ。いい加減諦めろ!」
剣をもう一度あげ、両腕でかちわるように振り下ろした。
甲高い金属音が響き、その斧が弾かれる。
斧から解放されたことでか、リグドの身体が縮むように元の姿へと戻っていく。
異常な黒い気配もなくなり、リグドが完全に解放されたのだと分かる。
リグドを担ぎあげ、ぽかんとしているアイメルドはとりあえず放置して、廊下へと移動する。
もう一度部屋に戻ると、力が戻ったのかレッティが身体を起こしていた。
自分の足ではまだ立ち上がるのが大変そうで、彼女に手を貸して起き上がらせる。
「……終わったの?」
「一応は、な。廊下に二人がいるから、そっちに一度戻ろうか」
レッティも連れて廊下に出て、三人が共に並ぶ。
まだリグドもアイストも意識はないけれど、二人を見て嬉しそうにはにかんだ。
「……後は、アイメルドだな」
今回の一件について、彼にはあれこれと問いただしたい。
「僕も少し話を聞きたいね。一緒に行くよ」
カレッタが帽子を改めて深くかぶり、俺の背後に隠れる。
カレッタの僅かに見えた横顔からは何かを思案しているようなものが窺えた。
……彼はたぶん貴族だ。それも、アイメルドを見ても怖気づかないような立場の人間だ。
ならば、その可能性に賭けてみるのも良いか。
先に俺が部屋に入ると、アイメルドが笑顔とともに拍手をしている。
「いやいや、お見事だったねぇ。けど、キミは僕に失礼なことをした。そのことについて何か詫びる言葉があるんじゃないかな?」
「……すんませんでしたー」
「そうじゃないだろうっ。僕は驚いたんだ! 下手をすれば寿命だって削れたかもしれない! 頭をこすり付けて謝るんだよ! おまえら平民が生きていられるのは僕たち貴族がいるからだ! 調子に乗るなよ、クズが! もっと早く助けろ馬鹿!」
「……一つ、聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「魔斧についてです。魔斧が必要だったのはどうしてですか? 国や民を守るためですか?」
「はぁ? そんなのわかりきっているだろう? 魔斧ギースバーヤはかなりの力を持っていると聞く。あれがあれば、次の災厄のときに僕は自分を守る手段を得られるだろう?」
「……誰かを守るための剣ではないってことか?」
「当たり前だ。さて……魔斧も手に入ったことだ。さっそく使ってみるとしようか。そっちの使えない子どもと、僕に襲い掛かっていた男を殺すためにね」
にやりと笑い、彼が近くに転がっていた魔斧を拾い上げる。
霊体を纏った彼は重たそうにではあるがそれを両手で掴んだ。
そして、俺のほうへと歩いてくる。
廊下にいる三人を殺すために。
「どけ。この斧の一番目になりたいか?」
「俺は個人的な感情でおまえが気に食わないみたいだ」
俺が剣を抜いて彼へと突きつける。
顔を真っ赤にそめたアイメルドがが、斧を持ち上げる。
「あんたは、アイストたちが住むフィーノスっていう街に、無理やり魔斧ギースバーヤを取りにいった。それで、自分の力が足りずに制御できなかったことを腹いせに、街の長を誘拐していじめて遊んでいた。……別に、この世界の悪をどうこうするとか俺はそんな大それたことを考えているつもりはないよ。単純にむかついたよ。あんたは生きていても、弱者から巻き上げるだけで何もすることはない。自分のためだけに力を使って、そして自分だけが楽しく生きられればそれで良い。そういうことだろ?」
「取りにいったのはそうだが……貴様っ。僕の力が足りないだと!? あまり、すぎたことを口にするなよ!」
魔斧を振り上げたアイメルドだったが、彼の顔が急に歪んだ。
「な、なんだこれは!?」
そして……彼の腕へと黒い渦が伸びていき、その腕の内部がぶくぶくと泡だっていく。
「ぐ、あぁぁ!? 魔斧か!? 僕に従え! おい、おまえら! 早く僕を助けろ!」
彼の腕が魔斧にとりつかれていく。霊体は解除され、その腕が変形していく。
肉が腐り、骨だけになっていく。その侵食の先は、アイメルドの頭だろうか。
……助ける必要はあるのだろうか。
カレッタが慌てたように帽子を少しあげて声を荒げる。
「……彼を助けてくれ!」
「わかったよっ」
合法的にこいつの腕を跳ね飛ばせるチャンスってことだろ?
俺は霊体を纏った両腕で剣を思い切り振った。
多少の抵抗はあったが、魔斧によって腕の肉も、骨も腐っているようだった。
そもそも、今の俺の筋力ならば、それらとは関係なく切り飛ばせるほどの力が、技術がある。
肘から先がごとりと落ちる。魔斧がそこへ落ち、落ちた腕の先を完全に潰した。
魔斧の近くに剣を突き刺す。
「……これで、いいだろ魔斧? もう、こいつはこの先の人生を片腕なくして生きていくんだ。下手に息の根を止めるよりも、よっぽど苦しい人生になるだろうぜ?」
魔斧が最後に少しだけ輝いて、光を完全に失った。
……これで、魔斧の怒りも静まっただろうか。
俺は水を彼に渡すと、カレッタは簡単に傷口を洗う。
アイメルドの腕に包帯をまき、その先から血が出ないようにしている。
アイメルドの顔色はあまり良くない。放っておけば死ぬことになるだろう。
「あ、ああ! 僕の腕が……腕が! 貴様! ふざけるなよ……っ! 未来ある僕の右腕を落とすなんて、どうなるか分かっているんだな!? 覚悟しろよ!? 生き地獄を味わわせてやる、貴様ら全員だ!」
「……そこまでにしておくんだね、アイメルド・フィルナ侯爵」
「なんだきさ――」
言いかけたところで、アイメルドの言葉が止まる。
ゆっくりとカレッタが帽子をずらして顔を向けると、アイメルドの顔色がさらに悪くなった。
「カレッターズ、公爵様……ど、どうしてここに」
「前から僕は、キミが隠した街の魔器に関する事件について調べていたんだ。父さんの指示でね。わざわざ、平民の変装までしてこうして来てよかったよ。こんなにあっさりと吐いてくれるなんてね」
「ち、違う……僕は街のことなんて知らない! 公爵様! あんな平民を信じるのですか。無意味だぞっ」
「彼は僕の友人だ。それに、キミだって認めたじゃないか」
カレッタがここぞとばかりに強気になっている。
さっきまでの恐れていた彼とは別人だ。カレッタはくいっと帽子を指で軽くあげ、にやりと笑ってきた。
「誰が友人だ?」
「き、キミだよ! 今茶々を入れないでほしいね……というか、僕が貴族だと気づいていたのかい?」
「公爵かどうかは知らなかったけど、アイメルド家だってわかって、怖気づかない相手って早々いないんじゃないか? まず、平民なら多少は顔に出るもんだしね。それに、おまえの所作のすべてが平民らしくない。それに、平民の変装とはいっているけど、平民の服をもして作っただけの最高級の素材使った服じゃないか。それじゃあ、平民からしたら一発で見抜かれるよ」
「な、なんだって!? それじゃあ、僕が馬鹿みたいじゃないか!」
自覚あるならまだましか。
「まあまあ。後は、あんたに任せれば良いのか?」
「そうだね。……宿とか教えてくれないか? 今後も少し聞きたいことがあるしね、友人よ」
「わかったよ。宿は『クラーメス』っていう宿だ。俺も、あっちのアイストたちも泊まっている。とりあえず俺は、あいつらをつれて宿に戻ってもいいか?」
「わかった。今日はゆっくり休んでくれ」
カレッタに頷いて、宿の場所を教える。
今も必死に弁明の言葉を並べるアイメルドであったが、カレッタがどうにかするだろう。
それより俺は、アーフィが復活したかどうかが気がかりだ。
宿へと向かいながら、俺はあのとき感じた心を支配するような怒りのエネルギーも考える。
あれも、ステータスカードの影響なら……感情に任せるのは危険だな。
確かに力とはなったが、あまりに諸刃の剣だな。
「ハヤト。キミはあれに勝てるのかい? 僕はさっきので霊体がかなり傷ついてしまってね。その、たたかえないというか……」
ならさっさとその霊体をしまえっての。
「もともと、いても迷惑だと思っていたんだ。ちょうどいいよ」
「そ、そうかい? なら僕は……逃げ道を作っておこう」
「カレッタ。そいつらアイストっていうんだけど、ちゃんと守っててくれよ」
「……わかったよ。この僕がここにいる限り、この平民の子には一切手を出させないよ」
「これで、心置きなく戦えるよ。それよりも、魔器には詳しいのか?」
カレッタは笑顔を見せながらも、帽子を深くかぶる。
「当たり前さ。僕は魔器を調べることが大好きでたまらない、き――平民なんだ。魔器についての知識を語らせられたら、一年間口を動かし続けることもできるよ」
「そりゃあそうか。今度聞かせてもらおうか」
「い、いや……やっぱり一年じゃなくて一時間にしよう」
「それで、あの人間を助けることはできるのか?」
リグドは、魔斧を持ったままこちらを見据えている。
また邪魔が入った、とでも思っているのだろう。アイメルドをしとめに行かないということは、俺を倒してからじっくり料理でもしようとしているのかもしれない。
アイメルドはただ、部屋の隅で頭を抱えるようにしてがたがたと震えて、俺のほうを見て何かを喚いている。
……あの様子だと、俺と出会っていることさえ覚えていないようだ。
まあ、俺なんて眼中になさそうだったからな。あの後すぐに去ったし、アイメルドからすれば記憶の彼方へ消えていてもおかしくはないだろう。
「……魔器に乗っ取られた人を助けるには、まずその魔器に触れさせないこと。それと、魔器の破壊の二つだ」
「つまり、あの魔器をたたっきればいいってことだ。わかりやすいけど、一番面倒な手段だな」
「壊さなくても、あの手から外せば問題ないだろうさ。それに、魔器のねらいはどうみてもアイメルドだよ。理由は、よくわからないけど」
カレッタは詳しい事情を知らないのだろうか。帽子で顔を隠した彼の表情は読み取れなかった。
俺が部屋へと入っていくと、アイメルドはさもほっとした様子で笑っている。
「お、おい! 平民! さっきのくず二人と違ってこの僕様をきちんと守れよ! 倒せば報酬十万ペルナだ! なんなら、僕の護衛騎士に任命してやってもいいぞ!」
「ちょっと、静かにしててくれないか?」
「な、ん、だ、と! 貴様! 僕が下手に出たからと言って調子に乗るなよ!」
喚いている彼のほうへ、俺は転がっている剣を蹴り飛ばす。
近くに刺さったところで、アイメルドが怯えたように口を閉ざした。
苛立ちが心中を渦巻く。……なんだ、これは。
様々な怒りが生まれ、彼を殺せとばかりに感情が溢れ、力が生まれていく。
これも、ステータスカードの影響か? その怒りの部分だけを力とし、感情を暴走させないよう心を保つ。
「……この敵と戦うためには、どうしても集中しないといけないんだ。ぶつぶつうるさいこと言われていると、あんたを守ることもできないぞ?」
「……」
アイメルドが顔を真っ赤にして怒りを浮かべていたが、それでも口に両手をあててこくこくとうなずいた。
頭の中では、解決した後の俺への始末でも考えているのだろう。その目は笑っているようにも感じる。
まあ、今後についてはどうでも良い。今は、俺の仲間を傷つけたこいつを止めるほうが先だ。
「魔斧使い。これ以上不毛な戦いはやめないか? あんたの実力は十分だ。けど、その力は貴族を殺すためにあるものじゃないはずだ」
「街を守るためダ! こいつらのせいで、オレの大切な人たちガ……オサが連れて行かれタ!」
「その長なら、無事に地下にいたところを救出済みだ。……これでもう、暴れる理由もないだろ?」
「かははっ! あの長か! 毎日食事を与えないで、たまーに食事をもっていって床にこぼしてやったら喜んで食べていたな! まったく、犬のようで無様な姿だ! いい気味だ! 僕に従わなかったバツなのさ!」
「貴様……ッ!」
馬鹿貴族が!
吠えたリグドが駆け込んで、アイメルドへと斧を振り下ろす。
俺はその間に入り、霊体をまとった両腕で斧と打ち合う。リグドの顔がゆがんだ。まさか、俺と力で互角になるとは思っていなかったようだ。
彼の体を弾き、足を踏み込む。
一気に駆け込もうとしたが、足元に魔法陣が出る。
それをかわすと、リグドの斧が右から襲い掛かってきた。剣で受け流して左拳で顔を殴りつける。
怯んだ彼の斧へと剣を叩きつけると、今度は彼が腕を伸ばして俺の頭をつかんでくる。
そして、壁へと叩きつけられる。投げられた後に霊体で防いでダメージを抑える。
掴まれた頭は痛むが、まだ戦える。
距離をつめようとしたが、斧から衝撃波が放たれた。
剣で受け、そして左へと流すと、窓ガラスのすべてが割れた。この屋敷を直すのにいくらかかるだろうか。そんなことを考えられるほどに、俺は冷静だった。
アイメルドに直接手を出さずとも、こっちで憂さ晴らしはできる。出来る限り派手に戦おうと思った。
リグドの魔斧の乱打を、真正面から受け止め、時に流し相手の四肢を切りつける。
怯んだリグドが後方へと下がったところで、俺の剣が彼の斧を捉える。
二、三と連打を叩き込むと、彼が地面を踏みつける。周囲に魔物が出現したが、俺はそれを回るように切り伏せる。
リグドが側面へと回る。反応はしたが、剣を戻して受けるのは間に合わない。霊体を全体にまとい、横へとスライドするようにかわしたが攻撃がかすめる。足場を破壊するような一撃に、ぞっとする。
霊体の再生の感覚を身体が覚えている。
最短時間でもう一度発動して、彼の足――アイストが弱らせた右足を切りつけた。
それでも、リグドは気にしないとばかりに魔斧を振り下ろしてきた。
正面から受け止めたが、力に負けて潰される。
霊体で防ぎ、横へと転がり、再び霊体を展開して剣を魔斧へと突き出す。
渾身の突きを防いだリグドの体が弾かれる。
俺は多少痛む体を意識しながら、首を捻って歩く。
十分に戦えていることに、自分のステータスの成長を感じながらも、何よりも……彼の足を見る。
明らかにリグドは右足を庇っている動きをしている。
……アイストのおかげだな。彼が出来ることを理解し、そして真っ直ぐに意志を貫いてそれに重点を置いたからこそ、俺はこうして安全に戦闘が出来ている。
リグドはそれでも止まらない。せめて奴をしとめる――そう視線が一瞬動き、アイメルドへと駆け出す。
その間に入り、剣を振り上げる。
魔斧との打ち合いをいなし、その斧へと渾身の一撃を叩きこむ。
「魔斧……っ。いい加減諦めろ!」
剣をもう一度あげ、両腕でかちわるように振り下ろした。
甲高い金属音が響き、その斧が弾かれる。
斧から解放されたことでか、リグドの身体が縮むように元の姿へと戻っていく。
異常な黒い気配もなくなり、リグドが完全に解放されたのだと分かる。
リグドを担ぎあげ、ぽかんとしているアイメルドはとりあえず放置して、廊下へと移動する。
もう一度部屋に戻ると、力が戻ったのかレッティが身体を起こしていた。
自分の足ではまだ立ち上がるのが大変そうで、彼女に手を貸して起き上がらせる。
「……終わったの?」
「一応は、な。廊下に二人がいるから、そっちに一度戻ろうか」
レッティも連れて廊下に出て、三人が共に並ぶ。
まだリグドもアイストも意識はないけれど、二人を見て嬉しそうにはにかんだ。
「……後は、アイメルドだな」
今回の一件について、彼にはあれこれと問いただしたい。
「僕も少し話を聞きたいね。一緒に行くよ」
カレッタが帽子を改めて深くかぶり、俺の背後に隠れる。
カレッタの僅かに見えた横顔からは何かを思案しているようなものが窺えた。
……彼はたぶん貴族だ。それも、アイメルドを見ても怖気づかないような立場の人間だ。
ならば、その可能性に賭けてみるのも良いか。
先に俺が部屋に入ると、アイメルドが笑顔とともに拍手をしている。
「いやいや、お見事だったねぇ。けど、キミは僕に失礼なことをした。そのことについて何か詫びる言葉があるんじゃないかな?」
「……すんませんでしたー」
「そうじゃないだろうっ。僕は驚いたんだ! 下手をすれば寿命だって削れたかもしれない! 頭をこすり付けて謝るんだよ! おまえら平民が生きていられるのは僕たち貴族がいるからだ! 調子に乗るなよ、クズが! もっと早く助けろ馬鹿!」
「……一つ、聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「魔斧についてです。魔斧が必要だったのはどうしてですか? 国や民を守るためですか?」
「はぁ? そんなのわかりきっているだろう? 魔斧ギースバーヤはかなりの力を持っていると聞く。あれがあれば、次の災厄のときに僕は自分を守る手段を得られるだろう?」
「……誰かを守るための剣ではないってことか?」
「当たり前だ。さて……魔斧も手に入ったことだ。さっそく使ってみるとしようか。そっちの使えない子どもと、僕に襲い掛かっていた男を殺すためにね」
にやりと笑い、彼が近くに転がっていた魔斧を拾い上げる。
霊体を纏った彼は重たそうにではあるがそれを両手で掴んだ。
そして、俺のほうへと歩いてくる。
廊下にいる三人を殺すために。
「どけ。この斧の一番目になりたいか?」
「俺は個人的な感情でおまえが気に食わないみたいだ」
俺が剣を抜いて彼へと突きつける。
顔を真っ赤にそめたアイメルドがが、斧を持ち上げる。
「あんたは、アイストたちが住むフィーノスっていう街に、無理やり魔斧ギースバーヤを取りにいった。それで、自分の力が足りずに制御できなかったことを腹いせに、街の長を誘拐していじめて遊んでいた。……別に、この世界の悪をどうこうするとか俺はそんな大それたことを考えているつもりはないよ。単純にむかついたよ。あんたは生きていても、弱者から巻き上げるだけで何もすることはない。自分のためだけに力を使って、そして自分だけが楽しく生きられればそれで良い。そういうことだろ?」
「取りにいったのはそうだが……貴様っ。僕の力が足りないだと!? あまり、すぎたことを口にするなよ!」
魔斧を振り上げたアイメルドだったが、彼の顔が急に歪んだ。
「な、なんだこれは!?」
そして……彼の腕へと黒い渦が伸びていき、その腕の内部がぶくぶくと泡だっていく。
「ぐ、あぁぁ!? 魔斧か!? 僕に従え! おい、おまえら! 早く僕を助けろ!」
彼の腕が魔斧にとりつかれていく。霊体は解除され、その腕が変形していく。
肉が腐り、骨だけになっていく。その侵食の先は、アイメルドの頭だろうか。
……助ける必要はあるのだろうか。
カレッタが慌てたように帽子を少しあげて声を荒げる。
「……彼を助けてくれ!」
「わかったよっ」
合法的にこいつの腕を跳ね飛ばせるチャンスってことだろ?
俺は霊体を纏った両腕で剣を思い切り振った。
多少の抵抗はあったが、魔斧によって腕の肉も、骨も腐っているようだった。
そもそも、今の俺の筋力ならば、それらとは関係なく切り飛ばせるほどの力が、技術がある。
肘から先がごとりと落ちる。魔斧がそこへ落ち、落ちた腕の先を完全に潰した。
魔斧の近くに剣を突き刺す。
「……これで、いいだろ魔斧? もう、こいつはこの先の人生を片腕なくして生きていくんだ。下手に息の根を止めるよりも、よっぽど苦しい人生になるだろうぜ?」
魔斧が最後に少しだけ輝いて、光を完全に失った。
……これで、魔斧の怒りも静まっただろうか。
俺は水を彼に渡すと、カレッタは簡単に傷口を洗う。
アイメルドの腕に包帯をまき、その先から血が出ないようにしている。
アイメルドの顔色はあまり良くない。放っておけば死ぬことになるだろう。
「あ、ああ! 僕の腕が……腕が! 貴様! ふざけるなよ……っ! 未来ある僕の右腕を落とすなんて、どうなるか分かっているんだな!? 覚悟しろよ!? 生き地獄を味わわせてやる、貴様ら全員だ!」
「……そこまでにしておくんだね、アイメルド・フィルナ侯爵」
「なんだきさ――」
言いかけたところで、アイメルドの言葉が止まる。
ゆっくりとカレッタが帽子をずらして顔を向けると、アイメルドの顔色がさらに悪くなった。
「カレッターズ、公爵様……ど、どうしてここに」
「前から僕は、キミが隠した街の魔器に関する事件について調べていたんだ。父さんの指示でね。わざわざ、平民の変装までしてこうして来てよかったよ。こんなにあっさりと吐いてくれるなんてね」
「ち、違う……僕は街のことなんて知らない! 公爵様! あんな平民を信じるのですか。無意味だぞっ」
「彼は僕の友人だ。それに、キミだって認めたじゃないか」
カレッタがここぞとばかりに強気になっている。
さっきまでの恐れていた彼とは別人だ。カレッタはくいっと帽子を指で軽くあげ、にやりと笑ってきた。
「誰が友人だ?」
「き、キミだよ! 今茶々を入れないでほしいね……というか、僕が貴族だと気づいていたのかい?」
「公爵かどうかは知らなかったけど、アイメルド家だってわかって、怖気づかない相手って早々いないんじゃないか? まず、平民なら多少は顔に出るもんだしね。それに、おまえの所作のすべてが平民らしくない。それに、平民の変装とはいっているけど、平民の服をもして作っただけの最高級の素材使った服じゃないか。それじゃあ、平民からしたら一発で見抜かれるよ」
「な、なんだって!? それじゃあ、僕が馬鹿みたいじゃないか!」
自覚あるならまだましか。
「まあまあ。後は、あんたに任せれば良いのか?」
「そうだね。……宿とか教えてくれないか? 今後も少し聞きたいことがあるしね、友人よ」
「わかったよ。宿は『クラーメス』っていう宿だ。俺も、あっちのアイストたちも泊まっている。とりあえず俺は、あいつらをつれて宿に戻ってもいいか?」
「わかった。今日はゆっくり休んでくれ」
カレッタに頷いて、宿の場所を教える。
今も必死に弁明の言葉を並べるアイメルドであったが、カレッタがどうにかするだろう。
それより俺は、アーフィが復活したかどうかが気がかりだ。
宿へと向かいながら、俺はあのとき感じた心を支配するような怒りのエネルギーも考える。
あれも、ステータスカードの影響なら……感情に任せるのは危険だな。
確かに力とはなったが、あまりに諸刃の剣だな。
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