オール1から始まる勇者

木嶋隆太

第二十三話 十日目 別の戦い

「俺のことは心配するなっ。無茶だけはするなよ!」


 そんな声とともに、僕たちを突きとばしたハヤトさんは、光りにのまれて消えた。
 慌てて駆け寄ろうとしたが、レッティに止められる。
 僕は拳を壁に叩きつける。


「は、ハヤトさん! そんな……死体も残らず焼けてしまうなんて……」
「馬鹿言っているんじゃないわよ。あれ、ただの転移魔法よ。ほら、転移者の職業が使う奴。迷宮内にもたまにトラップであるでしょ?」


 ……え?
 確かに……あれは、迷宮で見たトラップに似ているかもしれない。


「……そ、そうか! よくわかったね……さすがレッティ」
「あんたが馬鹿すぎなのよ……。それで、どうするの? ……はっきりいって、ハヤトさんの無茶をするなっていうのは、ここを動くなってことだと思うのよね」


 ……確かに、僕たちでは父さんに勝つのは難しいかもしれない。
 けれど……そんな情けないことを言っていられる事態でもなかった。
 このままでは、父さんが人殺しになってしまう。
 父さんを助け出さないと、母さんも……もっと多くの人たちが悲しむことになる。
 止められるのは、僕たちだけだ。
 ハヤトさんは、父さんを止めることよりもアーフィさんのことを優先してしまう。
 だから――事件をなかったことにするか、あるいは誤魔化すためには、今ここで僕が止めるしかない。


「これは……僕たちの街の問題でもあるんだ。そりゃあ、確かにあの貴族が原因かもしれないけど……けど。その後にミスをしてしまったのは僕たちにも責任がある。だから、止めに行こう」
「……そうね。けど、私は本当に何もできないと思うわ。……だから、もしも対峙した場合は私が囮になるわ。私がやられるその隙に確実に一撃でしとめて頂戴」
「……うん」


 そのくらいのことをしなければ、僕たちでは勝つことはできない。
 ハヤトさんとの剣の訓練のときも、僕はどうしても一度全力で攻撃を逸らすのがやっとだった。
 階段を上り、真っ直ぐに廊下を走る。
 騎士たちが倒れていて、まるでそれが道しるべのようになっていた。


 ……騎士たちが倒れているその先、部屋の扉が破壊されたそこへと駆けていくと、そこにはアイメルド・フィルナと魔斧を持った父さんが対峙していた。
 広い部屋だ。僕たちの街では、この部屋のサイズの建物はあまりない。
 それをアイメルドは自分の私室として使っていると思うと、どうにも苛立ちがこみ上げる。
 こんなに広い部屋にしなくても、別に生活できるだろう。調度品の数々がまた高級そうで、それが僕の神経をつついてくる。


「……アイスト、私が先に行くわ」


 思わずさっきの作戦を忘れて突っこもうとしたところで、レッティが首根っこを捕まえてくれた。


「あんた!」


 叫びながらレッティが部屋へと突入する。ある程度経ったところで、顔を少しばかり出す。
 レッティが、アイメルドとの間に庇うように入っていた。それによって、父さんの背中がこちらに向いている。


「あんた、いい加減にやめなさいっ」


 ……具体的に名前を出さないのは、オーラを纏い、筋肉量も増え、まるで魔物のようになっている父さんならば、ばれない、と思ったのだろう。
 アイメルドが、レッティの背後から苛立ったように魔斧使いに指を向ける。


「き、貴様! この僕にこんなことをして、ただで済むと思っているのか!? 侯爵だぞ侯爵! 僕に斧を向けた貴様の街など、破壊してやるからな!」


 レッティに守られている状況ではあったが、それでも強気になったようだ。
 ……気に食わない。
 誰のせいでこんなことになったと思っているんだ。


「オサ、はどうしタ!」


 と、父さんがたどたどしい言葉を吐きす。
 ……それは父さんを使い、魔斧が出しているようだった。
 アイメルドがはんと、鼻を笑い飛ばすように笑う。


「はっ、今も牢屋にいるだろうさ! 安心しろ、おまえもすぐにぶちこんでやる! さあ、女やれ! そいつの腕を吹っ飛ばして見せろ! 金はいくらでも払ってやるさ!」
「……っ」


 レッティが苛立って顔を顰める。僕だって同じだ。というか僕は振り返って剣を叩きつけていたかもしれない。
 レッティは凄い。その精神力に、僕はただただ息を潜めるしかない。
 彼女が頑張っているのだから、僕がここで飛び出すなんて愚の骨頂だ。
 父さんの体が揺れる。
 レッティへと一気に詰め寄り、彼女は剣で受ける。力の差は歴然。……もちろん勝てるはずがない。
 だが、完全に父さんの意識はレッティに向けられている。もっといえば、その後ろにいるアイメルドだ。


 僕はステータスカードから剣をいくつかとりだし、即座に霊体をまとう。
 そしてジャグリングを発動する。HPが消費されていくが、合計で五本の剣を自分の頭上へと浮かべておく。
 落ちる速度は最低だ。だからこそ、本来なら落下するような時間になっても、まだ頭上でゆっくりと動いている。
 腰に刺した二本を持って父さんへと距離をつめたところで、彼がこちらに顔を向ける。


「今、助ける!」


 距離はつめた。僕が両手の剣を振り下ろす。魔斧で防がれるが、すぐにしゃがんでその足へと斬りつける。
 浅くは斬れたが、動きを止めるほどではない。
 勝てる見込みは薄いが、相手の体は霊体ではない。魔斧が霊体までもまとえるわけはない。
 僕はすぐに彼の背後を取るようにして再び右足を狙う。スピードはそれほど変わらない。だったら、僕がやるのは相手の足を奪うことだ。


 その足へと剣を振りぬこうとしたが、魔斧がぐるんと振りぬかれる。
 剣で受け、全力で横へと逸らす。……ハヤトさんの剣と同じくらい重たい。剣を打ち上げながら攻撃をそらし、ジャグリングを発動して剣を落として右手で掴む。
 張り付くように横へと流れていき、僕はその足へと剣を切りつけ、父さんの体を蹴りながら後方へと跳ぶ。
 追ってきた父さんが僕の間合いに入った瞬間、ジャグリングであげていた剣を二本落とす。
 頭上からの不意打ちに、魔斧がどうにか斧を振り上げる。


 魔斧を使って防いだが、振り切ってから即座に戻すまでには時間がかかる。
 僕は残り四本だ。そのうちの二本を手元へと持ってきて、僕は魔斧が戻るまでの時間に父さんの足へと剣を二本突き刺した。
 残りは二本。HPも80を切った。
 だけど、僕は諦めない。このまま行けば、勝てるはずだ――っ!
 魔斧から距離を開けた瞬間、父さんの口元が笑った。


「ジャマを……するナ!!」


 叫ぶと同時、衝撃波が魔斧から放たれた。
 ……こんな攻撃が残っていたなんて。
 剣士が使う斬撃波に似たその攻撃を、僕は回避をしようとしたが足が動かない。
 足元を見ると、魔法陣が生まれ、黒い影がまとわりついていた。


 ……ここは、父さんが始めに立っていた場所だっ。つまり、魔斧は、僕がいることに気づいてはじめからここまでの作戦を立てていたのか。
 衝撃波に弾かれ、僕は壁へと叩きつけられる。
 霊体が完全に消滅し、衝撃をモロに背中へと受けてしまう。
 剣はどうにか一本持っていたが、それでも……ここから勝てる見込みなんてない。


「……ジャマをするナ、街の子ヨ。オレが、アイツをコロシ、街を……守ってみせル!」


 魔斧をあげながら、彼は笑う。
 間違っている。僕は拳を固め、剣を持って立ち上がる。


「……確かに、憎いよ。けど、こんなことしても僕たちの立場が悪くなるだけなんだ」


 ずっと、考えていた。
 確かに、貴族に仕返しが出来れば、それは嬉しいことだ。
 けど、ハヤトさんと話して少しだけ、僕もわかった気がする。
 平民と貴族はどちらが偉いというわけではないと思うんだ。
 平民は身体を使って国を造り、貴族は頭を使って国を造っている。
 このお互いの関係が常に保たれてきたからこそ、国はこうして大きくなり、あちこちに街が出来、人々が増えていけるんだ。


 貴族が上にいるのは、誰かしらが人の上にたち、指導をしていかなければならないからなんだ。
 どちらが偉い、偉くないとかではない……この関係を理解して、僕たちは生活をしていく。
 わかっていない平民も、貴族も多いと思う。わかったからこそ、僕は力だけで解決するような手段をとってはいけないと思った。


「これじゃあ、結局何も代わらないよ。……別の、解決の方法があると思う。だから、もうやめるんだ!」


 声を荒げて叫ぶが魔斧が振りまわされる。
 剣で受けたが、僕の体は派手に飛ばされ、そして扉の外へと弾かれる。


「ここが恐らくはアイメルドの部――ぶべ!?」


 何かにぶつかり、その人を巻き添えにしながら僕は壁へと叩きつけられる。
 ……誰だろうか。ハヤトさんの声ではない。
 力の入らなくなった左半身を支えるように右腕で身体を起こす。
 そこには、見知らぬ男の人がいた。


「アイスト、無事か!?」
「僕の心配もしてくれよやいっ。くっ……霊体が完全に消滅してしまったよ! ……これじゃあ、戦えない! 逃げるしかないじゃないよ!」
「ハヤト、さん……ですか?」
「ああ」


 顔をあげると、心配げに膝をついているハヤトさんがいた。


「……やっぱり、ダメでした。僕は」
「いや……」


 ハヤトさんは父さんのほうをみて、にやりと笑う。


「あれだけ傷つけてくれれば、俺でもたぶん勝てるだろうさ」
「……気をつけてください。あいつ、足元に魔法陣を発生させて拘束してきます。あと、魔斧の斬撃のようなものもあります」
「了解だ。おまえの決意はよく理解したよ……だから、ゆっくり安心して休んでてくれ。目を覚ませばハッピーエンドになっているだろうからね」


 剣を抜いてハヤトさんが室内へと入っていくのを確認して、僕は目を閉じた。

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