オール1から始まる勇者
第十六話 六日目 戦闘危険
アイストの背中を追っていきながら、比較的落ち着いた――それでも複雑な顔のレッティへと顔を向ける。
「レッティ、アイストはどうしたんだ? いきなりダッシュが趣味か?」
「ちがうわよ! ……さっきの悲鳴がたぶん気になってんの」
「それはみればわかるよ。そうじゃない。見ればわかることを聞いているんじゃなくて、その心境の変化を聞いているんだ」
「……それは」
夜の街に人はほとんどいない。
けれど、先ほどの悲鳴を聞いたせいか、数少ないすれ違う人々の足は早歩きだ。
悲鳴が聞こえ、夜の街を歩くという行為に恐怖を感じ始めているようだ。
自分だけは大丈夫……なぜか人はそう思うことが多いが、近くで事件が起こり、その危険に巻き込まれる可能性があることに今さら気づいたのだろう。
そんな、悲鳴から逃げる人たちとは反対に、俺たちはその声のほうへと走っている。
レッティは口を開かない。
言いにくいことであるのはわかる。おおよその見当をつけたが、ここでそのことを何度も聞いても時間の無駄だ。
変に意識させたままでいると、レッティの動きにも支障が出るかもしれない。
「わかった、言いにくいことなら今は聞かない。魔斧使いってのに、アイストじゃ勝てないんだろ? なら止めたほうがいいね。……アーフィ、先行して止めてくれ」
「任せなさい……っ」
ぐんとアーフィが闇をきりさいていき、その動きにレッティが目を見開く。
「……生身も鍛えているの?」
「そうだよ。霊体に敏捷の値はないからな。早く動きたければ、生身の体もある程度鍛えなくちゃだからな」
「確かに、そう。けど、わざわざそれを実戦しているなんて、しっかりしてんのね」
「大半の冒険者は違うのかな? 少しでも強くなりたかったら普通はするんじゃないか?」
「そう……だけど、そこまで考えないわ。ステータスが良くなると、そちらにばかり意識がいっちゃうじゃない。実際、聞くまで盲点だったし」
……確かに、ステータスがあがればその分だけ攻略できる階層が増えることになる。
それで錯覚し、肉体を鍛えることをやめる人も多いのかもしれない。
気づかない人間が大半で、気づいた人がさらに上達するのだろう。
先に、アーフィとアイストの姿を確認する。彼らの近くでは数人が倒れている。
酷い状況だ。
騎士ではないが、平民たちによる自警団のようだ。
悲鳴を聞いて駆けつけたはいいが、返り討ちにあったってことか。
俺が近づいていった瞬間、奥の道で何かがぶれた。
同時に、紫色の何かが光ったように見えた。
「アーフィ!!」
嫌な予感に任せて声をあげる。駆け出すが俺が間に合う距離ではない。
奥から伸びてきた斧に、アーフィが反応する。
アイストを突き飛ばしたアーフィは、その斧による突きを寸前で左腕で殴りつけた。
しかし、同時に彼女は左腕をぶらりと下げてしまう。
どうしたんんだアーフィ!
彼女はカウンターに右腕を突き出したが、そこに敵は斧をあわせる。
寸前で腕をひねり、アーフィの拳が相手にめりこむ。
だが……アーフィは追撃を放つことはできなかった。
「くっ、なに、これ……」
駆けつけるとアーフィが苦しげに両腕をぶらんと下ろした。
殴られた斧をもつ男は、よろよろと立ち上がる。
がたいの良い男は、どことなく誰かに似ているようにも思えた。
……アイストに、似ているかもしれない。
俺たちが駆けつけたのを見るやいやな、敵は大きく跳んだ。
こちらへ仕掛けてこないのを確認し、急いでアーフィへと近づく。
「アーフィ無事か!」
「す、すみません! けど……止めないと……っ!」
アイストがアーフィに謝罪の言葉をあげながら、立ち上がる。
……こいつもアーフィの吹き飛ばしをくらって、結構ダメージがあるようだ。
剣を抜いた彼は、斧男が逃げたほうへとかけていく。
彼の意思は立派だが、まるで実力が伴っているようには感じない。
アーフィがその場で膝をつく。
「アイスト、待ちなさいよ! この状況で、あんた勝てるわけないでしょう!? ああもう――!」
頭をかきむしったレッティが、慌てて駆け出そうとする。
「冷静な子だと思っていたけど、どうやらかなりの無鉄砲のようだね。それとも、何か本気にならないといけない理由があるのか?」
「……それは」
「とにかく行かないとだ。このままだと被害者が増えるだけだしね」
「……そう、ね」
俺の言葉に、レッティは何も言い返さなかった。
彼女は自分達の力を理解しているようだ。
「けど、レッティ。悪いけど、この場を任せるよ」
「え? あ、あなたが戦うの?」
「さすがに女の子に任せるのはちょっとな。レッティはここで人が来るまで待機。助けを呼んでくれ」
「……そう、ね。私は……たぶん歯が立たないし、いても足手まといになるだけだと思う。だから、お願い。アイストを止めて……っ」
さて、行こうか。俺は立ち上がろうとして、嫌な感覚が背中を撫でる。
何かが頭上にあるのはわかった。だが、上を見る暇はない。
左にいたレッティを押し倒すように跳ぶ。
同時に、俺たちが先ほどいた場所へ何かが落ちる。
「こっち、かよ!」
顔をあげると、斧男がそこにはいた。相変わらず不気味なオーラをまとい、体ほどの斧を片手で振り回していた。
アイストはまんまと敵に騙されてしまったようだ。
今も、いるはずもない幻影を追いかけているのかもしれない。
じりじりと下がっていくと、男はすでに負傷しているアーフィたちへは近づかず、確実に俺たちへの距離をつめてきた。
俺もレッティも剣を抜く。隙だらけの敵であったが、先ほどのアーフィと対峙したときの力を見るに、只者ではないのは明らかだ。
「……リグドさん! 私よ……レッティよ! お願いだから……目を覚まして!」
レッティが叫んだ。リグドさん?
知り合いなのだろうか? そして、アイストのあの執念からして恐らく彼もリグドさんとやらを知っているのだろう。
友人、と思ったが違う。明らかに三十台半ばか、四十台程度の見た目だ。
つまり、リグドさんはアイストの父親か、あるいは親戚といったところか。
「……ァァ!」
レッティの訴えに、返ってきたのは咆哮と敵意だ。
彼の体が突っこんできたが、レッティはまるで戦闘ができる状態ではない。
剣は震えているし、心が定まっていない。
俺が前に出て両腕に霊体を宿し、その斧を受け止める。地面に足が埋まるような力で振るわれ、身体が軋む。
どうにか逸らしたが、動きが早い。すぐに横薙ぎの一撃に襲われ、慌てて全身に霊体をまとう。
刃は防いだが、体は弾かれる。
残った衝撃によって、近くの建物へと叩きつけられた。
壁に叩きつけられる寸前に、再度霊体をまとい、生身へのダメージはなかったが……実力ははっきりとした。
埃を払うようにしながら、アーフィをちらと見る。彼女も、アイストをかばったときに負傷してしまった両腕が動かない様子であった。体が無事なだけでも十分すぎるか。
良く見れば、負傷している人間たちも、痛みに体を寝転がしているが、そのどこかは動いていない。
魔器には、特殊な力を持つものがあるとも聞いたことがある。さしずめ、あれは神経を封印するとかそんなところだろう。
レッティが剣を握りなおして、決意を固めて突っこむが……斧によって剣が弾かれる。
追撃の斧は振るわれない。
俺はすぐに駆け出し、霊体を展開してきりつける。
渾身の一撃だ。これがダメなら、もう勝ち目はない。
思い切り振りぬいた一撃を、リグドは斧で受ける。だが……俺は思い切り力をこめて振り切った。
追撃に駆け出すが、周囲の地面に魔法陣が生まれる。
……魔法っ。今まで一度も出会ったことのない攻撃方法に、対策が思いつかない。
全身を霊体で守ったが、一撃で体力がなくなる。
おまけに、魔法は時間差で襲い掛かってくる。
左腕が爆風にのまれたせいで、それなりに気にいっていた服が汚れる。
……今はその心配じゃないな。
斧の先にトゲのようについた刃をつかっての突きを剣で受ける。
態勢が最悪だ。
浮いた体へ斧をもったリグドが覆いかぶさるように跳んでくる。
振り下ろされた斧を食らうのはまずい。防御のために霊体を発動するが、叩きつけられる。
衝撃で霊体が壊れる。
着地したリグドの斧が体の横をすぎる。反射的にかわせたのは運がよかった。
霊体をまとい、横薙ぎに剣をぬくがあっさりと止められる。
両足で踏ん張っている状態のリグドが、ニヤリと口角をつりあげた。
彼が片手で斧を支えながら左手を伸ばしてきた。間に合うはずもなく、頭を掴まれる。割れそうな痛みに剣をおとしてしまう。
だが、腹はがらあきだ! やられる前にやれ!
足に霊体を展開し、筋力600越えの蹴りを放つ。空中で振りぬいただけだが、威力は凄まじかったのかリグドの身体がよろめいた。
「ハヤトさん!」
同時に、背後からリグドを斬りつけながらアイストが駆け寄ってくる。
やっとこっちに気づいたのか。
蹴りと斬撃によってか、リグドの体力も尽きたようで斧を持ったまま跳んでいく。
……そして、後に静寂だけが残った。
「キミたち、大丈夫か!?」
遅れてやってきた自警団と騎士に保護される。
もっと……早く来いっての。
とりあえず、命があってよかった。肩をまわしながら、俺はそれだけを思った。
彼らにここであったことの事情を伝えると、そこからは早い。
まずは倒れている怪我人たちの救助だ。騎士と自警団が協力して、彼らの体を担いでいく。
「また、この魔斧か……まったく、どうにかして止めないといけないのだが……さて、どうするか」
この部隊の指揮を任されているという男が、顎に手をやってなにやら思案していた。
「あの、皆さんはとりあえず、詳しい事情を聞きたいので……一緒に駐屯地まできてもらえませんか?」
騎士が俺たちのほうに来て、下手に聞いてくる。
言っては失礼かもが、彼の顔には平民らしさがにじみ出ていた。たぶん、平民出身なんだろうな、と思う。
「はい。あまり、参考にはならないかもしれませんが……捜査の協力になるのなら」
俺の言葉に、アイストとレッティは難しい顔をしている。
やはり……彼らの親しい人物があの魔斧の所有者なのだろう。
俺たちは、騎士の駐屯地へと連れて行かれることになる。
横に長い大きな建物には、訓練場としてか立派な庭があった。
その建物の一室にて、俺たちはあったことを伝えていった。
けれど、アイストとレッティもあそこであったことしか伝えていない。
騎士団に連れて行かれた先で、温かい飲み物と傷の手当をしてもらった。
「……ここの騎士が平民出の人が多くて助かったわ」
「優しいほうってことか?」
一室にて、俺たちは今休憩している。夜がすぎるまでは、騎士の駐屯地にいることを許されている。
ここに来てからの対応は、とても丁寧だった。それこそ、騎士たちはまるで俺たちを貴族と勘違いしているのではと思えるほどだった。
それが、レッティには意外だったようだ。アイストも驚いているのをみるに、よっぽどなのだろう。
「アーフィ、腕は?」
「……ダメね。まるで動いてくれないわ」
……問題は、アーフィだ。彼女の両腕は今もぶらんぶらんと意志がないかのように動かない。
騎士もいなくなったところで、俺はふうと息を吐いた。
とりあえず、アーフィの今後をどうするかが問題だが、それよりも――。
「騎士もいなくなったんだ。事情を聞かせてくれ」
「えっ」
アイストの戸惑いの声があがる。まさか、気づかれていないと思っていたのだろうか。
「さっきレッティが言っていたんだよ。リグドさん、だったか? それに、あの人とアイストは顔が似ていた……関係者なんだろ?」
「……」
アイストの顔が強張る。
俺はそれから、考えた情報を彼らに伝えていく。
「黙っているだけ損だと思うが? ……あんたたちは、たぶん、前に事件が起きた街からきたんだろ? そして、魔斧を持っているあの男……アイストの関係者を助けにきた。違うか?」
驚いたように彼ら、彼女らが顔を見合わせた。
これだけの情報があれば、少し考えればわかるっての。
俺は立ち上がると同時霊体をまとって、剣を握る。真っ直ぐにアイストの首元へと傾け、睨みつける。
「いい加減話せよ。助けたいものも助けられずに、ここで終わるぞ?」
……そこまでしなくとも、聞き出すことはできたかもしれない。
アーフィはこの状況でも笑顔を見せていた。
だからこそ、余計に目の前の二人に苛立ちが生まれる。
自分たちだけは情報を持っていたのに、何も話さないのだ。
彼らが、魔斧について聞かせてくれれば、アーフィは傷つかずにすんだかもしれないのだ。
「……ごめん。話すと……もう助からないと思ったから」
「騎士に話すと、確かに捕まるだろうな。けど、あの状態は魔器に取り付かれたって言う感じだっただろ? 事情が理解されれば、そう悪いようにはされないだろうさ」
「……かもしれないけど……あの人は……僕のお父さんなんだ」
なるほどな……確かに言われれば似ている。
「……悪いのは、私たちじゃないわよ! 貴族が、勝手にやってきて、魔斧『ギースバーヤ』を怒らせたのよ!」
立ち上がりレッティが叫ぶ。俺は剣をしまい、席に座りなおした。
「それじゃあ、事情を聞こうか」
二人は顔を見合わせたあと、ゆっくりと口を開いた。
「レッティ、アイストはどうしたんだ? いきなりダッシュが趣味か?」
「ちがうわよ! ……さっきの悲鳴がたぶん気になってんの」
「それはみればわかるよ。そうじゃない。見ればわかることを聞いているんじゃなくて、その心境の変化を聞いているんだ」
「……それは」
夜の街に人はほとんどいない。
けれど、先ほどの悲鳴を聞いたせいか、数少ないすれ違う人々の足は早歩きだ。
悲鳴が聞こえ、夜の街を歩くという行為に恐怖を感じ始めているようだ。
自分だけは大丈夫……なぜか人はそう思うことが多いが、近くで事件が起こり、その危険に巻き込まれる可能性があることに今さら気づいたのだろう。
そんな、悲鳴から逃げる人たちとは反対に、俺たちはその声のほうへと走っている。
レッティは口を開かない。
言いにくいことであるのはわかる。おおよその見当をつけたが、ここでそのことを何度も聞いても時間の無駄だ。
変に意識させたままでいると、レッティの動きにも支障が出るかもしれない。
「わかった、言いにくいことなら今は聞かない。魔斧使いってのに、アイストじゃ勝てないんだろ? なら止めたほうがいいね。……アーフィ、先行して止めてくれ」
「任せなさい……っ」
ぐんとアーフィが闇をきりさいていき、その動きにレッティが目を見開く。
「……生身も鍛えているの?」
「そうだよ。霊体に敏捷の値はないからな。早く動きたければ、生身の体もある程度鍛えなくちゃだからな」
「確かに、そう。けど、わざわざそれを実戦しているなんて、しっかりしてんのね」
「大半の冒険者は違うのかな? 少しでも強くなりたかったら普通はするんじゃないか?」
「そう……だけど、そこまで考えないわ。ステータスが良くなると、そちらにばかり意識がいっちゃうじゃない。実際、聞くまで盲点だったし」
……確かに、ステータスがあがればその分だけ攻略できる階層が増えることになる。
それで錯覚し、肉体を鍛えることをやめる人も多いのかもしれない。
気づかない人間が大半で、気づいた人がさらに上達するのだろう。
先に、アーフィとアイストの姿を確認する。彼らの近くでは数人が倒れている。
酷い状況だ。
騎士ではないが、平民たちによる自警団のようだ。
悲鳴を聞いて駆けつけたはいいが、返り討ちにあったってことか。
俺が近づいていった瞬間、奥の道で何かがぶれた。
同時に、紫色の何かが光ったように見えた。
「アーフィ!!」
嫌な予感に任せて声をあげる。駆け出すが俺が間に合う距離ではない。
奥から伸びてきた斧に、アーフィが反応する。
アイストを突き飛ばしたアーフィは、その斧による突きを寸前で左腕で殴りつけた。
しかし、同時に彼女は左腕をぶらりと下げてしまう。
どうしたんんだアーフィ!
彼女はカウンターに右腕を突き出したが、そこに敵は斧をあわせる。
寸前で腕をひねり、アーフィの拳が相手にめりこむ。
だが……アーフィは追撃を放つことはできなかった。
「くっ、なに、これ……」
駆けつけるとアーフィが苦しげに両腕をぶらんと下ろした。
殴られた斧をもつ男は、よろよろと立ち上がる。
がたいの良い男は、どことなく誰かに似ているようにも思えた。
……アイストに、似ているかもしれない。
俺たちが駆けつけたのを見るやいやな、敵は大きく跳んだ。
こちらへ仕掛けてこないのを確認し、急いでアーフィへと近づく。
「アーフィ無事か!」
「す、すみません! けど……止めないと……っ!」
アイストがアーフィに謝罪の言葉をあげながら、立ち上がる。
……こいつもアーフィの吹き飛ばしをくらって、結構ダメージがあるようだ。
剣を抜いた彼は、斧男が逃げたほうへとかけていく。
彼の意思は立派だが、まるで実力が伴っているようには感じない。
アーフィがその場で膝をつく。
「アイスト、待ちなさいよ! この状況で、あんた勝てるわけないでしょう!? ああもう――!」
頭をかきむしったレッティが、慌てて駆け出そうとする。
「冷静な子だと思っていたけど、どうやらかなりの無鉄砲のようだね。それとも、何か本気にならないといけない理由があるのか?」
「……それは」
「とにかく行かないとだ。このままだと被害者が増えるだけだしね」
「……そう、ね」
俺の言葉に、レッティは何も言い返さなかった。
彼女は自分達の力を理解しているようだ。
「けど、レッティ。悪いけど、この場を任せるよ」
「え? あ、あなたが戦うの?」
「さすがに女の子に任せるのはちょっとな。レッティはここで人が来るまで待機。助けを呼んでくれ」
「……そう、ね。私は……たぶん歯が立たないし、いても足手まといになるだけだと思う。だから、お願い。アイストを止めて……っ」
さて、行こうか。俺は立ち上がろうとして、嫌な感覚が背中を撫でる。
何かが頭上にあるのはわかった。だが、上を見る暇はない。
左にいたレッティを押し倒すように跳ぶ。
同時に、俺たちが先ほどいた場所へ何かが落ちる。
「こっち、かよ!」
顔をあげると、斧男がそこにはいた。相変わらず不気味なオーラをまとい、体ほどの斧を片手で振り回していた。
アイストはまんまと敵に騙されてしまったようだ。
今も、いるはずもない幻影を追いかけているのかもしれない。
じりじりと下がっていくと、男はすでに負傷しているアーフィたちへは近づかず、確実に俺たちへの距離をつめてきた。
俺もレッティも剣を抜く。隙だらけの敵であったが、先ほどのアーフィと対峙したときの力を見るに、只者ではないのは明らかだ。
「……リグドさん! 私よ……レッティよ! お願いだから……目を覚まして!」
レッティが叫んだ。リグドさん?
知り合いなのだろうか? そして、アイストのあの執念からして恐らく彼もリグドさんとやらを知っているのだろう。
友人、と思ったが違う。明らかに三十台半ばか、四十台程度の見た目だ。
つまり、リグドさんはアイストの父親か、あるいは親戚といったところか。
「……ァァ!」
レッティの訴えに、返ってきたのは咆哮と敵意だ。
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剣は震えているし、心が定まっていない。
俺が前に出て両腕に霊体を宿し、その斧を受け止める。地面に足が埋まるような力で振るわれ、身体が軋む。
どうにか逸らしたが、動きが早い。すぐに横薙ぎの一撃に襲われ、慌てて全身に霊体をまとう。
刃は防いだが、体は弾かれる。
残った衝撃によって、近くの建物へと叩きつけられた。
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埃を払うようにしながら、アーフィをちらと見る。彼女も、アイストをかばったときに負傷してしまった両腕が動かない様子であった。体が無事なだけでも十分すぎるか。
良く見れば、負傷している人間たちも、痛みに体を寝転がしているが、そのどこかは動いていない。
魔器には、特殊な力を持つものがあるとも聞いたことがある。さしずめ、あれは神経を封印するとかそんなところだろう。
レッティが剣を握りなおして、決意を固めて突っこむが……斧によって剣が弾かれる。
追撃の斧は振るわれない。
俺はすぐに駆け出し、霊体を展開してきりつける。
渾身の一撃だ。これがダメなら、もう勝ち目はない。
思い切り振りぬいた一撃を、リグドは斧で受ける。だが……俺は思い切り力をこめて振り切った。
追撃に駆け出すが、周囲の地面に魔法陣が生まれる。
……魔法っ。今まで一度も出会ったことのない攻撃方法に、対策が思いつかない。
全身を霊体で守ったが、一撃で体力がなくなる。
おまけに、魔法は時間差で襲い掛かってくる。
左腕が爆風にのまれたせいで、それなりに気にいっていた服が汚れる。
……今はその心配じゃないな。
斧の先にトゲのようについた刃をつかっての突きを剣で受ける。
態勢が最悪だ。
浮いた体へ斧をもったリグドが覆いかぶさるように跳んでくる。
振り下ろされた斧を食らうのはまずい。防御のために霊体を発動するが、叩きつけられる。
衝撃で霊体が壊れる。
着地したリグドの斧が体の横をすぎる。反射的にかわせたのは運がよかった。
霊体をまとい、横薙ぎに剣をぬくがあっさりと止められる。
両足で踏ん張っている状態のリグドが、ニヤリと口角をつりあげた。
彼が片手で斧を支えながら左手を伸ばしてきた。間に合うはずもなく、頭を掴まれる。割れそうな痛みに剣をおとしてしまう。
だが、腹はがらあきだ! やられる前にやれ!
足に霊体を展開し、筋力600越えの蹴りを放つ。空中で振りぬいただけだが、威力は凄まじかったのかリグドの身体がよろめいた。
「ハヤトさん!」
同時に、背後からリグドを斬りつけながらアイストが駆け寄ってくる。
やっとこっちに気づいたのか。
蹴りと斬撃によってか、リグドの体力も尽きたようで斧を持ったまま跳んでいく。
……そして、後に静寂だけが残った。
「キミたち、大丈夫か!?」
遅れてやってきた自警団と騎士に保護される。
もっと……早く来いっての。
とりあえず、命があってよかった。肩をまわしながら、俺はそれだけを思った。
彼らにここであったことの事情を伝えると、そこからは早い。
まずは倒れている怪我人たちの救助だ。騎士と自警団が協力して、彼らの体を担いでいく。
「また、この魔斧か……まったく、どうにかして止めないといけないのだが……さて、どうするか」
この部隊の指揮を任されているという男が、顎に手をやってなにやら思案していた。
「あの、皆さんはとりあえず、詳しい事情を聞きたいので……一緒に駐屯地まできてもらえませんか?」
騎士が俺たちのほうに来て、下手に聞いてくる。
言っては失礼かもが、彼の顔には平民らしさがにじみ出ていた。たぶん、平民出身なんだろうな、と思う。
「はい。あまり、参考にはならないかもしれませんが……捜査の協力になるのなら」
俺の言葉に、アイストとレッティは難しい顔をしている。
やはり……彼らの親しい人物があの魔斧の所有者なのだろう。
俺たちは、騎士の駐屯地へと連れて行かれることになる。
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その建物の一室にて、俺たちはあったことを伝えていった。
けれど、アイストとレッティもあそこであったことしか伝えていない。
騎士団に連れて行かれた先で、温かい飲み物と傷の手当をしてもらった。
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「優しいほうってことか?」
一室にて、俺たちは今休憩している。夜がすぎるまでは、騎士の駐屯地にいることを許されている。
ここに来てからの対応は、とても丁寧だった。それこそ、騎士たちはまるで俺たちを貴族と勘違いしているのではと思えるほどだった。
それが、レッティには意外だったようだ。アイストも驚いているのをみるに、よっぽどなのだろう。
「アーフィ、腕は?」
「……ダメね。まるで動いてくれないわ」
……問題は、アーフィだ。彼女の両腕は今もぶらんぶらんと意志がないかのように動かない。
騎士もいなくなったところで、俺はふうと息を吐いた。
とりあえず、アーフィの今後をどうするかが問題だが、それよりも――。
「騎士もいなくなったんだ。事情を聞かせてくれ」
「えっ」
アイストの戸惑いの声があがる。まさか、気づかれていないと思っていたのだろうか。
「さっきレッティが言っていたんだよ。リグドさん、だったか? それに、あの人とアイストは顔が似ていた……関係者なんだろ?」
「……」
アイストの顔が強張る。
俺はそれから、考えた情報を彼らに伝えていく。
「黙っているだけ損だと思うが? ……あんたたちは、たぶん、前に事件が起きた街からきたんだろ? そして、魔斧を持っているあの男……アイストの関係者を助けにきた。違うか?」
驚いたように彼ら、彼女らが顔を見合わせた。
これだけの情報があれば、少し考えればわかるっての。
俺は立ち上がると同時霊体をまとって、剣を握る。真っ直ぐにアイストの首元へと傾け、睨みつける。
「いい加減話せよ。助けたいものも助けられずに、ここで終わるぞ?」
……そこまでしなくとも、聞き出すことはできたかもしれない。
アーフィはこの状況でも笑顔を見せていた。
だからこそ、余計に目の前の二人に苛立ちが生まれる。
自分たちだけは情報を持っていたのに、何も話さないのだ。
彼らが、魔斧について聞かせてくれれば、アーフィは傷つかずにすんだかもしれないのだ。
「……ごめん。話すと……もう助からないと思ったから」
「騎士に話すと、確かに捕まるだろうな。けど、あの状態は魔器に取り付かれたって言う感じだっただろ? 事情が理解されれば、そう悪いようにはされないだろうさ」
「……かもしれないけど……あの人は……僕のお父さんなんだ」
なるほどな……確かに言われれば似ている。
「……悪いのは、私たちじゃないわよ! 貴族が、勝手にやってきて、魔斧『ギースバーヤ』を怒らせたのよ!」
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