オール1から始まる勇者
第十四話 四、五日目 戦闘能力
二人で部屋をわけた方が良いのだが……金額が普通よりも高くなってしまう。
迷っていたのだが、アーフィは気にしなくていいと言った。
だから……俺たちは二人で同じ部屋を借りた。金額が抑えられたのはよかったが、俺はどうしたって意識してしまう。
しばらく一緒の部屋にいたが、俺は意識しないよう深呼吸をする。
彼女は男友達のようなものだ。それこそ、アーフィの洗脳能力を使っているような気分で、自分へ何度も言い聞かせた。
部屋のベッドに腰かけているアーフィは、先ほど風呂に入ってきたところだ。俺は毎日は入らず、一日置きだ。だから今日は入るつもりはない。
「それで、聞きたいことがあるって言っていたけど、なにかしら?」
ベッドに腰かけた俺の横に座り、彼女が顔を覗きこんでくる。
……近いんだよな、こいつ。もう少し女という自覚を持ってほしい。
「ああ……そうだな」
夕食を終えたせいで、眠くなってきていた。
アーフィはローブを外した姿であぐらをかく。
ローブの下は下着同然の格好なので、直視は目には良いが、心には毒である。
「今は、おまえがどのくらい戦えるかだけ聞かせてくれないか?」
「……うーん。私は格闘なら、そこそこいけると思うわ。この建物の壁を殴って破壊する程度の力しかないけど、星族の中では比較的弱いほうだが――」
「了解だアーフィ。頼むからおまえはこの宿の家具に触れるな。扉をあけるのも禁止だ」
「か、加減くらいはできるわよっ。……身体能力はそのくらいよ。武器は基本的には剣だけど、別のを使ってほしいのなら言ってちょうだい。なんでもいけるわよ」
「いや、剣でいいよ。慣れている武器のほうがいいしね。じゃあ、あの魔法みたいな力は?」
「あれは、色風よ。私の緑の風は、嵐属性というものよ」
「嵐、か。たぶん、人間でいう風のようなものか?」
「……風属性、か。たぶん、そんな感じだと思うわ」
「援護はどのくらいできるんだ?」
「そんなには無理よ。瞬間的に放つのは得意だけど、持続させるのはちょっと……って感じね」
「わかった。やっぱり、基本は剣で戦おう。そっちのほうが色々と都合が良いだろうしね」
俺はそれからステータスカードをとりだして、獲得しておいた風属性魔法使いの職業をサブにセットする。
果たしてHP1でどの程度ができるか。
ふわっと一瞬緑の風が吹き、アーフィがきょとんとする。
「なんか、ハヤトの手に一瞬変なのが見えたわね。それも風の力?」
……こ、この程度か。
アーフィだから気づけたのだろうけど、本当に少し撫でる程度の風だ。
「なんでもないよ。とりあえず、明日は街を見て回って、ある程度街の構造を理解して、何か便利な情報がないかを調べてから、迷宮に行こうと思っている。迷宮内では、基本的に俺が魔物をしとめるってことでいいか?」
「問題ないわ。経験値、とやらを稼ぎたい、だったわよね?」
「そうだ。俺たち人間は霊体というレベルを持った体をまとって戦うんだ。その霊体はね――」
彼女に真実を打ち明けたときは、簡単にしか説明していなかった。
部屋の明かりを消してからも、俺は知っている限りの知識を話していった。
途中で熱が入ってしまったのは自覚している。
ただ、早々に寝息が聞こえていたのは、気のせいだよな?
○
「昨日の夜の話覚えているか?」
朝一番俺が聞いたのは、昨日の俺の熱弁だ。
霊体について、これでも半日ひたすらに様々な本を読んでいるため、俺の知識はそれなりにあるほうだ。
ステータスカードをもらってから物覚えも良くなった気がするし、結構その道の人と語り合えるとも思っている。
アーフィは顎に手をあて、あー、うーとしばらく唸る。
寝起きにいきなり昨日の夜について思い出して、といわれても酷なものか。朝食の後にでも話すべきだったな。
アーフィはそれから、そっぽを向いて誤魔化すように笑う。
「思い出したわ! 霊体にはレベルがあって、それをまとって戦うという話だったわね!」
「ああ、そこからが本番だ。どのくらい覚えている?」
「今日はレベルをあげに行くんだったわね」
「完璧に聞いてなかったね」
やはり早々に眠っていたようだ。
仕方ない。
アーフィはステータスないんだし、覚える必要はないよね。
ただ、なんとなくで俺の力について理解してもらい、俺が無防備のときに援護してくれれば、と思って話したにすぎない。
朝食を終えた俺が街の散歩に向かおうとしたところで、アーフィもついてきた。
宿で待っていてもよいと伝えたのだが、暇だから、常識勉強がしたいらしい。
確かに、俺も彼女の常識のなさは不安で仕方なかった。異世界人の俺よりも、よっぽど世界を知らない。
今のままでは良いように利用されるだろう。
俺だって、気を抜けば何をされるか分からない世界なのだ。
街を見てまわり、図書館を見つける。金を支払えば平民でも利用できるようで、俺はそこに入っていく。
静かな図書館にアーフィもついてきたのだが、あまりにも静かで我慢できなくなったのか、さっきから体を揺らしている。
視界の端で動く彼女に構うことはせず、ひたすらに情報を集めていく。
あっという間に午前が過ぎてしまう。
昼もすぎたところで、図書館から出て街を見ていく。
これから拠点となる街だ。色々と見ておきたい。
昼食を近くの店でとりながら、獲得した情報についてまとめる。
その相手はアーフィだ。
アーフィへの常識勉強のついでに、記憶力がどれほどあるかのチェックもしていく。
話す内容は……街で得たある情報についてだ。
「……街では今、事件が起きている、だったわね?」
「そうだな。その事件は一体どんなものだった?」
「被害者はみんな斬られている、だったわね。酷いものだわ」
「そうだね……それに、他の街でも似たような事件があった、とも言っていたな」
「……そ、そうだったかしら? けど、ならその犯人がこっちに来た……ってことね?」
「可能性はあるな。それか、その街の事件を聞いて、誰かが真似したのかっていうこともね」
「そんなことってあるの?」
「たまにあるものだよ。馬鹿っていうのは何をするか分からないんだよ」
ほんと、タイミングが悪いときに街へ来てしまったようだ。
まさに辻斬りのような自体で、斬られた人間は皆意識を失ったままだそうだ。
平民、貴族……など人を選ばないこの事件の状況に、騎士は完全にお手上げ状態だったらしい。
「……かわいそうよね。動物もやられていたみたいだし」
「同意だ。闇討ちみたいだな。……だから、出来る限り俺たちも気をつけるしかないね」
相手が何を目的にしているかわからないため、俺たちだって狙われるかもしれない。
「そうね。気をつけるって具体的にどんなことをすれば良いのかしら? 周囲を常に見ているとかかしら!?」
「そうだね、四方八方常に見ることができればいいんだけどね」
「任せなさい! 頑張るわ!」
……街中できょろきょろとずっとされたら、俺たちが怪しまれてしまう。
彼女には変なことをしないでもらうことを約束して、食事を終える。
アーフィは何かこの事件に対して思うことがあるようだったが、俺はそれについては何も言わない。
俺だって不気味な事件だとは思っている。
実力のある奴を狙っているのか、それとも単に憂さ晴らしか?
そこに何か関係性はあるのか? などと無意識に思考してしまうが、それは正義感とかではなく単純な興味だ。
常識的な知識は少ないが、アーフィだって馬鹿ではない。
この事件に関わらないようにするのが一番だと、理解しているようだ。
「午後はまだ回っていない場所でも見て回るか。それと、どこか寄りたい場所があったら遠慮せずに言ってくれよ」
「わかったわ。特に必要なものはないし、一緒に回っているだけではダメかしら?」
「いーや、そういう女の方がいいんじゃないか? あれこれほしがる相手じゃ、将来相手の男の人も困ると思うよ」
「ふふっ、そんな男なんて出来るとも思えないわね」
「おまえ、見た目かなり綺麗だし、星族の男たちの中じゃ人気があったんじゃないか?」
「私は星族の男を……父親くらいしか見たことないのよね。……というか、人もほとんど見たことないくらいだったのよ」
「そうなんだ」
星族はかなり数が減っている、というのは間違いではないようだ。
それこそ、絶滅危惧種で本来ならば保護されるような立場の種族なのだろう。
こういったものは失ってから何年も経って気づくものだ。
取り返しのつかないことに限って、いつだってあっさりと過ぎていく。この世界の人間も、ああ、あのとき星族を殺してしまったばかりに……といつか後悔するに違いない。
レベル上げを手伝ってもらうことだけでも、十分価値あると思うんだけどな。
水を飲んで喉を潤したところで、店を出た。
街を見て歩き、アーフィが気になったものへと近づいていく。
俺が知っているものならば解説するが、わからないものは一緒になって考える。
そうして見聞きし、知識を蓄えていく。アーフィに金の単位などを教えるなども、俺の活動の一つとなっている。
文字の読みについても最低限はできるようにしている。とはいえ、俺は自動で変換されてしまうため、俺は彼女が疑問に思った文字について、読みをそのまま伝えるしかない。
アーフィは熱心だ。生まれつき真面目だったのだろう。
俺の言葉をしっかりと聞き、文字の読みについてそれこそ脳が焼ききれるように集中している。
たまに煙が見えそうになっているが、そんな熱心な姿を見せるのだから協力したいという気持ちにもなってくる。
この街で生活するために、古着屋で安い着替えをいくつか購入する。
アーフィはまだ買い物をするほどの自信はないようだが、明日からは挑戦させてみようか。
結局一日の中で、戦闘をすることはなかった。
「時間が、ないのではなかったかしら? ごめんなさい……私にあわせてしまったばかりに」
「今日はもともと休憩のつもりだったんだよ。最近体を動かしすぎて、筋肉が疲労していてね。たまに休みを与えないと怒るんだよ」
「……そうなのかしら?」
「そっ、適度に休息をとらないとあっという間に体がボロボロになるし、筋肉もつかない。だから、今日は休憩だ。もちろん、後でちょっとだけ体を動かしたいんだ。剣の相手を務めてくれるか?」
「わかったわ。付き合ってもらったし、全力で相手をするわ」
ふふ、とからかうように笑う。肩を竦めるしかない。
「頼むから、俺の体がもつくらいにしてくれよ」
俺だって相手するのは生身の体でだ。
剣の振り方を、誰かに師事してもらえるのならばそれが一番だ。しかし、そんな知り合いはいない。
だからこそ、実戦の中で剣を学び、生きるための剣術を学ぶ。
言っていることは適当だ。実際、そんなので習得できるのならば苦労はしないだろう。
夕食の後、アーフィとともに近くの空き地へと移動する。
暗い夜の街をすぎ、ようやく到着する。
訓練場として使用可能という立て札があるため、ここで訓練をしても注意を受けることはないだろう。
人の通りこそなかったが、派手にやりすぎて迷惑をかけるわけにもいかない。
お互いに一定の距離をあけたところで、アーフィが余裕綽々といった立ち姿でこちらを見据えてきた。
じりじりと距離をつめ、飛び掛れば届くという間合いになり、剣を振り上げる。
そして俺は、地面に顔をこすりつけていた。
……あ、圧倒的すぎる。
生身の体では満足に相手にもならない。
「ご、ごめんなさい! 結構加減したのだけど……」
これで加減か。大人が赤ん坊をなぐるような……まさにそんな力の差を感じていた。
種族の差という奴か。俺は満身創痍ながらも、それでも彼女に挑む。
何度も叩きのめされていくが、これはこれで良いかもしれない。
アーフィは美少女だしね。
力の差がこれほどある相手と戦えるのは、素晴らしい環境だ。
目指すべきものがあるからだ。
多くの人間は、何かしらの明確な目標をたて、そこを目指すようになる。
高校球児なら甲子園……みたいなものだ。
今の俺はその目標をアーフィに設定する。アーフィに勝てるようになるまで、俺は彼女に挑み続けよう。
「師匠、これからも定期的に相手お願いします」
「急にどうしたのよ。それにしても、こういうのは初めてだわ」
「剣の模擬戦か?」
「違うわ。普通、これだけ差があったらもうやりたくはなくなるものではないかしら?」
「俺の場合は違うんだよ。むしろ、アーフィに勝ちたいと思えるようになってきた。何より、このくらいの痛みなら全然大丈夫なのよ」
「ふふ、ならもっとやってあげるわ」
アーフィはぺろりと舌を出して、腕をあげる。
「なんていうか、あなたといると楽しいわね」
「そりゃあよかったよ」
「ふふっ、そうかもね。そろそろ、宿に戻る?」
「そうしようか」
体を起こし、アーフィとともに宿へと戻った。
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