オール1から始まる勇者

木嶋隆太

第八話 三日目 自分のおかれた状況



 街へと出ると、人々の活気に少しばかり興奮する。
 これだけの人の数を、俺は祭りくらいでしか見たことがなかった。
 行き交う人々の中には、商品でも入っているのか木箱を重ねて運んでいる人もいる。
 店員が道に出ては、人に声をかけて少しでも客を引っ張ってこようと努力している。


 格好良い男性が客引きをしたり、または女性がそのように振舞っている。
 皆が笑顔をふりまき、たまに酔っ払いのおじさんが女性に手を出そうとして、騎士が呼ばれて慌てて逃げるなど、見ていてくすりと笑えるような出来事もあった。
 石造りの道を進みながら、俺は手持ちの金と睨めっこする。
 街の普通の宿ならば、問題なく泊まれるような金額を今の俺は所持している。


 この貴重な金を無駄にしてはいけない。
 近くの宿へと入り、値段を聞いて一部屋を借りる。とりあえずは一日分。荷物も何もなかった俺は、一人部屋に入ったところで短く息を吐いた。
 一人、か。
 異世界に来てからの不安よりも、大きい。ここがせめて、ガイドブックでもある街ならばまだマシなんだけど。
 本で、この街についても多少は知っていたが、それはあくまで本だし、そもそも出版されたのだって何年も前だ。
 日々変わっていく、成長していく街をリアルに書き綴ったものなどはない。
 一人というのは不安もあったが、何より自由であった。


 俺はステータスカードを取り出し、まずはステータスにセットする職業についてを考える。


 問題はこの職業だ。
 ステータスポイントを振り分けるのなら、とにかくもらえる量が多いほうが良い。
 勇者をメインにすることは確定だ。明人がもっともステータスの伸びが良い、とクラスメートが話していたのを聞いた。
 問題はサブだ。サブにセットした場合、ステータスに多少の補正が入る。
 となると、やっぱりレベルアップでも補正があるのだろうか?
 だとしたら、俺の構成はこれが一番かな。


 メイン 勇者 サブ 格闘家、騎士、剣士


 今の俺の手札でもっともステータスがあがりやすいと思う。
 この世界にある職業は、例えば騎士の上に聖騎士がある、とかではないようだった。
 同じ騎士でも、まるでステータスの伸びが違ったり、覚える技がまるで違うというのだ。


 そこは生まれ持っての才能ということになる。
 そして次に俺が絶対にやらなければならないことは、霊体の部分展開だ。
 両腕にだけ霊体を展開することなどもできる。
 ……まあ、使い分けられるからなんだというのが話の中心だ。部分展開中にしたところで、HPが回復するわけでもない。
 だが、俺にとっては大事なことだ。


 例え、どれだけの攻撃をくらったとしても、そこに部分展開をすれば、攻撃を防ぐことができる。
 部分展開で、ガードするのを前提に、生身の体で攻撃をしかけるなどができる。
 簡単にいえば、不意打ちができるというわけだ。
 霊体を意識し、体の宿したい場所を意識して展開する。……まあ、これは練習していればそのうち身につくだろう。


 現実ならば、体全体で剣を振るのかもしれないが、霊体のステータスがあれば、仮に両手だけで剣を振っても、ステータスが乗っている分だけ威力が高くなる。これを使わない手はない。
 霊体の部分展開を行いながら、なるべく体も鍛えていかなければならない。
 ……俺の場合、今の段階では悲しいことに生身のほうが強い。これから戦闘を行うときも、生身で戦わなければならない時間が出てくる。


 とにかく、ステータスの確認と体の確認はできた。
 後は、実戦でどんどん鍛えていくしかないだろう。
 宿を出て、冒険者ギルドへと向かう。国に頼ってはいられないと、平民たちが作ったものだ。
 ここでは身近な様々な依頼を受けることが可能だ。
 中には、魔物討伐なども行われている。初めこそ非公式であったが、今では国も認め、より組織化しようとしている動きもある。
 ……まあ、そこでまた貴族と平民でぶつかっている部分もあるらしいのだが。


 そんなことはいいか。扉を押し開けてギルド内に入るが、みな防具は軽装だ。
 この世界ではそこまで防具は大事ではない。
 それこそ、魔器と呼ばれるような精霊の力が宿ったものでなければ霊体へのボーナスがないからだ。
 そして、そんなモノを平民が持たせてもらえるわけもないのだ。
 だから、みな武器を持っているだけだ。武器を見れば、みなの職業が手に取るようにわかる。
 この中にも、俺のもっていない職業の人がいるようだ。斧と短剣を持っている人は、正直どんな職業か分からない。
 斧士、短剣士といった可能性もあるが……是非とも獲得しておきたいものだ。


 さすがに霊体を纏っているなんてことがないために、どうしようかと考えていると、彼らが外へと出て行ってしまう。
 仕方ない。これからもチャンスがあるだろう。俺はギルドにある依頼をいくつか探していく。
 ……戦闘関連のものは少ないな。ただ、こんな素材が欲しいという話はある。 
 魔物を倒すことで素材の獲得が可能というのは知っていたが、まだどのようなのかはわかっていない。


 俺が知りたいのは魔物の情報だけだ。近くの迷宮情報についてを調べる。
 全部で四つあり、それぞれ難易度について簡単に書かれている。
 初心者なら、クエール迷宮が良いらしい。ただ、今日クラスメートたちが挑むのはここだ。
 それに、基本城を中心にレベル上げを行うという話であったため、恐らく……一番遠い迷宮――アスタリナ迷宮には行かないはずだ。
 とりあえず、最終目標をアスタリア迷宮にして……今日はこの街からでもいけるなかでもっとも遠い迷宮――フィン迷宮に行くとしようか。


 どの迷宮も低階層ならば問題はない、と本でも読んだ。
 最下層が深い場所に関しては、必然的に難易度があがるというだけである。
 迷宮の位置を把握したところで、ギルドから出た。


 本で読んだがパーティを組むと経験値が分配されてしまうという問題はやはりあるようだ。
 人数に応じて、一人あたりがもらえる経験値が減るため、ただでさえ弱い俺が手っ取り早く強くなるためには、一人による危険が必要なのだ。
 北門から街の外――フィールドにでる。
 迷宮の方角へ歩いていく冒険者も多くいたため、その列に混ざるように歩いていく。


「一人ですか?」


 前を歩く冒険者が気づけば足並みをそろえていた。
 三人の冒険者を観察した。
 男子一人、女子二人のパーティだ。なんだか、仲の良いチームのようで……何より気になったのは、その装備だ。
 斧と短剣……。職業のコピーをさせてもらいたいものだ。


「ええ、まあ。そちらは三人ですか?」
「はい。よかったら、一緒に行きませんか? 私たち、前衛ばかりのチームですが……フィン迷宮が目的ですよね?」
「そう、ですね……ただ、今日はちょっとやりたいことがありまして、一人で行きたいかなと思っていて……その、途中までは一緒に行きますか」


 俺もフィールドでまで積極的にレベル上げを行うつもりはない。
 声をかけてきた男の子が、こくりと頷き、軽い自己紹介をして俺たちは歩き出した。
 軽い談笑をしながら、出来れば俺は魔物に襲われないかと願っていた。
 霊体を使う機会がくれば、それで職業をコピーできれば……。
 迷宮の入り口である黒い渦が見えてきて、さすがにこれ以上は期待できないかと思ったとき、ゴブリン二体がこちらへと駆けてきた。


「フィールドで、おまけに首都近くでゴブリンがいるなんて、珍しいですね」


 男の子が斧を構え、俺も剣を抜く。
 回りにあわせて霊体を身にまとう。
 男の子と、前衛の女の子の肩を軽くつつき、打ち合わせをする。


「カルナさんは動くのは得意ですか?」
「えと、まあそれなりには」


 短剣使いのカルナに声をかけると、そのように反応があったので頷く。


「それじゃあ、手っ取り早く、ゴブリンを俺とカルナさんで一体ずつひきつけ、隙を見て、ゴドさんとガスフィーさんが仕掛けるってのでいいですか?」
「わかりました」


 あとはこれで、職業技を見られればそれで良い。
 この体を扱うのはかなり難しい。だが、部分展開に切り替え、足だけを生身にしてみると、ゴブリン程度ならば対処は難しくはなかった。


 そうしながらも、全体を見ることを忘れない。そうして俺は、新たに斧使いと、盗賊の職業を獲得した。
 斧使いはステータス的に期待が持てるが、盗賊はどうだろうか。
 パーティーを組んでいなかったため、経験値のすべてがゴドたちにいってしまう。
 それについて、ゴドが頭を下げてきたが、俺からすればこの職業獲得だけで十分に価値があるため、むしろ笑顔なくらいだ。


 そうして、迷宮の入り口へとついて、俺たちは別れた。先に彼らが入って行くのをみてから、俺は職業を確認する。
 職業技にはHP消費のいらない、常時発動しているものもある。今俺が持っている騎士の体力アップ、剣士の技術アップなどだ。


 今までであったのはこれだけだったが、今回手に入った盗賊と斧使いにもあった。
 盗賊は罠探知だ。迷宮には罠がたまにあるということで、あると便利だ。だが、低階層では意識しなくても問題ないとも言われてる。
 ためしに発動すると、十秒の間罠を見ることができる。……これは消費HPの問題だな。もっとあれば、効果時間も長くなるだろうけど……使い勝手はあまりよくない。
 斧使いは筋力アップだ。体力は防御力に関係しているが、俺にはまったく必要がない。騎士と斧使いを入れ替えて、俺は迷宮の入り口である黒の渦へと手を伸ばした。


 迷宮は次元の狭間に位置すると言われている。そのために内部構造はおかしいことが良くある。
 その一番は……中に入ってすぐわかった。
 明るい空だな、おい。俺を照らす日差しが憎たらしいほどの熱を持っていた。


 灌木が点在しており、それらが道のように連なっている。背の低い小さな森がそこには広がっている。
 不気味さだけが侵食する世界……何の音もしなければ、入ることさえも躊躇われていただろう。
 遠くまで見渡すことはできないが、生き物たちの雄叫び、それに対抗するような人間の声が重なり、そこはまさに戦場、といったものが伝わってくる。
 頬を伝う汗を拭い、ぐっと剣を握る。


 無機質な冷たさが返ってきて、それが俺の体を弾くように動かす。一歩二歩と慎重に歩き出し、そこからはスムーズに移動して行く。体を強張らせてばかりではいられない。
 魔物だ。狼のような魔物は、ウルフという名前のようだ。なんとなく、わかるのだ。これもステータスを得たことでの一つの力なのだろう。


 剣を抜いて、ゆっくりと近づく。体は生身であったが、いつでも部分展開が可能なように意識する。
 残り五メートルほどのところで、狼が首をもたげた。見据える先はもちろん、俺だ。にげることはしない。奴は好戦的に俺をみて、駆け出す。


 集中だ。怖がるな。ウルフが飛びかかってきたのを、腕で受ける。同時に霊体を発動する。噛みつかれ、霊体が一瞬で消滅する。だが、攻撃は防いだ。右の剣を強く握り、真っ直ぐにその腹へと切り抜いた。一撃では倒れないが、やり方は変わらない。


 飛びついてきたが、霊体でまたしても受け流す。
 もちろん、ダメージはあるが所詮は1だ。それ以上の攻撃だろうと、俺は1でやり過ごせる。
 ウルフからすればまるでゾンビと戦っているようなものだろう。
 攻撃して霊体をはがしても、追撃をいれる間には再生されるのだ。


 俺は三秒のインターバルをきちんと把握しながら、焦らないように体を動かす。
 もちろん、緊張や焦りは確実にあった。けど、出来る限り落ち着いて剣を振っていく。


「頼むから、早く死んでくれ!」


 ……五分くらい戦っていたような気もする。
 ようやく、ウルフの体が崩れ落ちた。
 血は出ても一瞬だ。魔物の体は迷宮に飲まれ、素材だけが残る。
 まるでゲームみたいだな。
 ……両手には魔物を屠る感触が残っていて、嫌な気分もあった。
 だが、そんな気分をはらうようにレベルアップでもしたような音が頭の中に響いた。
 確認してみると、レベルが2になっていた。
 ……やっぱり、霊体を盾がわりにすれば、結構戦えるな。



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