オール1から始まる勇者

木嶋隆太

第四話 一日目 自分たちの人気

 夜にパーティが行われるということで、メイドが用意してくれた衣装から一つを選んで身を通した。


 廊下に出ると、似たような格好をしている人が多くいた。
 窓から見えた外には、遠くに森のようなものがある。
 不気味さもあったが、自然の多さにどこか見ていて心が癒えていく気もした。
 友人三人は、俺のほうを見て片手をあげてきた。俺もそれに微笑を浮かべながら近づいていく。


「勇人、体は大丈夫かい?」


 気遣ってきた明人に、俺はああ、と軽く微笑むしかない。


「霊体じゃないなら、ステータスは影響ないみたいだしな」


 羨ましいものだ、とは思っても口には出さなかった。
 三人の心配げな顔を見て、やっぱりあれは精霊の罠だったんだろうと……思うことにした。
 それが一番、気がラクになる。この中に裏切りものがいるだなんてのは、考えたくはない。


 しばらく城を歩くと、クラスメートたちが入っていく広間が見えた。
 中は思っていたよりも格式ばったものではない。


「……まったく、――になってからはこのようなものばかりだ」
「本当――。これ――の未来が思い――ばかりだ」


 そんな苛立ち交じりの貴族の声がかすかに聞こえた。
 良く聞こえなかったが、現国王への不満か、またはそれに近い何かがあるように感じた。
 彼らの声はそれこそ耳を澄ませていなければ聞こえないようなものだったのだろう。
 周りにいた人たちもそれらは気にしていない様子だ。


「あなたたち、精霊の使い、ですわよね?」


 道を塞いだ女性貴族は、派手な衣装に身を包んでいる。
 それこそ胸元の奥までも見えそうな刺激的な服だ。
 純也と光一郎がいやらしく見ているのに気づき、女性はさらに扇情的な前かがみになった。
 明人もそれをちらちらと見ている中で、俺は遠くに第三王女を発見する。彼女も俺に気づいたのか、目を見開き、それこそ犬が尻尾を振るような感じで駆け寄ってきた。
 前にいた女性貴族の相手は、彼らに任せれば良いか。
 俺は逃げるように第三王女とともに離れた。


「パーティーって平民はするの?」
「これほど豪華なのは初めてだけど、小さいものたまには」
「そうなんだ。とりあえず、自由に食事とかも出来るから好きにしていいよ。昔はもっときちっとしていたみたいだけど、パパになってからは凄いラフな感じになったんだよね」
「へぇ、俺はマナーなんてわからないし、このくらいのほうがいいや」
「なんでも、昔パパが小さい頃に会った精霊の使いさんが、今のあんたみたいなこと言っていたみたいなんだよね。そういえば、あんた名前は?」
「勇人だ。よろしく、第三王女」
「私はリルナだよ。何か困ったことがあったら何でも相談してね」
「そりゃあ、頼もしいね」


 リルナは用事があるといって去っていった。
 俺も空腹であったために、食事のあるほうへと向かい、周りの貴族を真似する。
 料理が盛りあわされた皿をもらい、自由に食べられるようだ。
 また、食べ終わった食器を置くテーブルもある。確かに、このようなほうが気がラクで良い。


 貴族たちの談笑が耳に入ってくる。
 家同士で、自分の子どもを勧めていたり、最近の自分の領地について自慢したり、または嘆いていたり。


「まったく、愚民ばかりで困るものだ。我々のやり方の一割も理解しないで、税を下げろなどと文句をたれてくる」
「はははっ、面白いことを言うじゃありませんかバイエル卿。あなた、この間その税で高級奴隷を買ったそうではないか!」
「はははっ、それが、我々のやり方だよっ。そういうリール卿も最近屋敷を改築したそうではありませんか」
「ええ。色々と、お金に余裕がでてきましてね。まあ、最近少々平民たちの文句も聞こえていますが……そんなもの、騎士に押さえつけさせれば問題ありませんからね」
「まったくですな。見せしめを行えば、もっと効果がありますよ」


 そんな気分の悪くなる会話を他の貴族も聞いていたのか、笑顔とともに近づく。
 そこから始まったのは注意でもなんでもなければ、うちにいた無様な平民がどうたら、女を無理やり屋敷に連れてきたときの親の顔ったらなかった……とかなんとか。
 あそこで楽しそうに話をしているのとは俺は合わないようだ。


 そこから離れると、今度は貴族たちに声をかけられる。


「精霊の使いの……方ですよね? よかったら、一緒に食事をしませんか?」
「ああ、いや……約束あるんで」
「約束ですか? どこの貴族の方ですか?」


 ……相手の爵位が低ければ、奪い取るといった感じか?
 彼女の両目にはそんな野獣のような目がある。どうやっても、俺と食事をしてやる……もっといえばそれ以上に何かの関係を得てやる。
 そんな気概さえも感じた。


「第三王女、リルナです。わかりますか?」
「……そ、そうでしたか。すみません、楽しんできてください」
「心遣い、感謝します」


 第三王女と言っていたが、あまりにも頭が残念だったから嘘なのではないか? とか思っていたがどうやら本当だったらしい。
 これからも彼女の名前を借りて誤魔化そう。後できちんとリルナにも話を通しておかないとだな。


 俺はこの世界に残るつもりなんて欠片もない。一ヶ月どんなに訓練したところでステータスなんてたかが知れているしな。


「勇人くん。ようやく見つけましたよ」


 可愛らしいドレスに身を包んだ桃が一番の笑顔とともに近づいてくる。
 彼女が通った先では、貴族たちのいやらしい目がいくつもあった。


「探していたのか?」
「はい。部屋に行ったところ、すでにもぬけのからでしたのだ。勇人くん、何かおいしいものはありましたか?」
「俺もこれから食べるところだ。一緒に食べようか」
「はい」


 ……ちょっとだけ、どのように接していいのかと困っていたけど、よかった。彼女は普通を望んでいる。
 別々の皿をとり、お互いに一口ずつ味見をする。
 地球でいくつかケーキを買ってきたときなど、俺たちはそれぞれ一口ずつ交換しあったりしていたが……今はちょっと意識してしまう。


「なんですか?」
「ああ、いや、なんでもない」


 あの告白、なかなかに俺に大ダメージを与えているようだった。
 桃がこれほど平然としているのは、とっくの前からそれらを意識していたからだろうか。だとしたら、凄い演技だ。
 女は生まれながらに女優とか、そんな話を聞いたことがあるが、まさにその通りだ。


「精霊の使いの方々、少しあちらで話をしませんか? 色々と、良い環境で話もできますよ?」


 貴族が笑顔を浮かべて誘ってきたが、やんわりと断らせてもらう。


「ああ、第三王女のリルナとこれから会う予定ですので」


 リルナの名を出したとき、厳しい目を作った。
 厳しい目は、隣の桃からもだ。探るような目が二つもあり、居心地が悪い。


「ああ、あなたには興味はありません。そちらの美しい方です」


 そういって、男が桃の手を掴んで膝をつく。キラリと微笑んだ彼は芝居がかった動きとともに桃を見上げる。


「アイメルド・フィルナと申します。侯爵……フィルナ家当主です。私の家に来れば、毎日、豊かな生活をすることを約束しますよ」
「あの……私は興味ありません」
「はは、ご冗談を。僕にはキミが自分を偽っているのがわかる」
「……」


 桃は彼の手を払ったが、男は諦めない。
 桃が困った目を向けてきたのだから、助けないわけにはいかなかった。


「おいあんた。桃が困っているだろ。それに、これから用事があるんだ。離れてくれないか?」


 言うと、男が睨みながら立ち上がった。


「……空気が読めませんね。いいですか、精霊の使い。あなたのようなオール1には興味はありません。それは、彼女も同じです。この世は権力と美しさがすべてです。その二つを持っている僕が、今話しをしているんです。邪魔しないでくれますか?」


 にやりと、馬鹿にした笑みを向けてきて、思わず拳を振りぬきたくなるがぐっとこらえる。


「……邪魔なのはあなたです。彼は私の恋人ですから、これ以上近づかないでください」


 桃が言い切り焦りはあったが、俺はそのままにした。
 これほどしつこいとなると嘘をつくでもしない限りダメそうだ。
 聞き流すことにしていると、男は今にも泣き出しそうな顔を作った。


「……ああ、なんてかわいそうな人なんだ!」
「あ?」


 彼は芝居がかった動きのあと、拳を固め強くにらんできた。
 ……自分によってるなこいつ。


「おい、貴様! いつか僕がモモ様を貴様の魔の手から救い出してやる! 覚悟しろよ! それではモモ様、今日のところはここで」


 男は完全に俺を敵視し、歩いていく。そして、何かを思い出したように立ち止まってこちらを見る。


「それと、あれと仲良くしたところでそれほど良い立場にはなれませんよ?」


 男はからかうように去りながらいった。
 あれ、というのは恐らく、リルナのことか?
 そのまま去っていくのだから無視してもよかったが、ぶしつけな言い方に思わず声をかける。


「……あれ?」
「ええ。王位継承権も末席のようなものですからね」


 なにより、俺が権力を求めていることが前提で話されているようで、たまらなかった。


「俺は平民ですから。そういうもので誰と仲良くするとかは決めてねぇよ。気が合うから、仲良くする。別に俺は、それ以上を求めちゃいない」


 リルナとそれほど仲が良いわけではないが、彼女を価値のない存在として切り捨てている考えに苛立った。
 つい言い放つと、貴族は一瞬だけ頬をひくつかせた後、笑顔で頭を下げた。
 ……ただただ、ムカつく奴だった。立場とか何も考えないのなら、たぶん一発殴っていただろう。
 桃が気に食わなさそうにそちらを見て、それから俺の手を引いてくる。


「……なんだか、この国、かなり危険な臭いがしますね」
「そうみたいだな。どうにも、王に不信感を抱いて、色々と画策しているようにも感じるね。まあ、けど……たぶん大事になるのはもっと先だと思うね」
「どういうことですか?」
「今は国全体で、一ヵ月後にねらいを定めているようなんだ。だから、問題が起きるとしたらその先の平和なときだろうさ」


 国としても、それなりに危険を感じているのはわかる。ただ、今は精霊の使いが現れたことで気が緩んでいる部分もあるようだ。
 やがて、演奏が始まり、パーティが本格的に始まっていく。
 別室ではダンスなども行われている。


 もちろん、踊るのは貴族や精霊の使いである俺たちだ。
 このダンスがまた、貴族の令嬢や令息に人気があるようだ。踊れない、といっているのに貴族からの誘いが後を絶たないのだ。
 俺も桃もしまいには困ってしまい、パーティ会場から逃げ出すようにして部屋へと戻ってしまったほどだ。


「なんていうか、ああいうのは一生慣れないと思います」


 部屋に戻ったところで桃がほっとしたように息をはいた。


「同意見だ。慣れるだけいたくもない場所だしな」
「私は結構楽しいですよ? 旅行の延長……みたいな気分ですね」
「確かにただで、それにいくつも技能を獲得して帰れる旅行だし、楽しいことこの上ないだろうな」


 普通は。
 実際、クラスメートたちは皆この環境を楽しんでいた。
 文句をたれているのは俺くらいなものだ。


「勇人くんもいますしね」
「ごほごほ!」


 そういうのをいきなり言ってくるなっての……。
 思わずむせてしまい、それが楽しかったのか桃が首を少し傾けるようにして笑った。


「可愛いですね、勇人くんは」
「からかうのもやめてくれよ……。それじゃあ、俺は風呂とか入ってきたらもう寝るよ」
「また明日ですね。おやすみなさい。しっかり布団をかけて寝てくださいね。それなりに冷えるようですから」
「へいへい」


 桃が部屋から去っていき、やることをやってから、再び部屋に戻る。
 大きな風呂だったな。メイドが体を洗ってこようとするものだから焦ったものだ。
 静かになった部屋で明かりを消す。
 明かりは、地球の電気のようなつくりをしており、ボタンを押すと天井につけられている魔石が光る仕組みだ。


 扉をしめ、鍵をかける。
 窓の戸締りも確認していると、パーティ会場のほうはまだ明るい。
 星が輝く夜空と、視界の左側に入ってくる城。
 あまりにも現実感のない現実に目眩がしそうだ。ここまで、冷静に、冷静でいようとしたが、それでもダメだった。


「マジで異世界かよ……ふざけんなってのっ」


 叫び気味にいうと、少しだけ心の奥にあったもやもやも消えた。


 明日からどうすれば良いんだか……当たり前だった日常が遠ざかっていくのを感じる。
 肌寒さに、俺は布団を被るようにして眠った。



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