オール1から始まる勇者

木嶋隆太

第五話 二日目 霊体の訓練

 知らない天井だ……なんていうのは、修学旅行とか、臨海学校のとき以来だ。
 朝食の席に呼ばれ、食べ終わったところで宰相が部屋へと入ってくる。
 相変わらずの厳しい目つきを周囲へと向けた彼は、声をあげた。


「午前中に各自の職業、ステータスを確認する。……それぞれが使える武器を用意し、午後には国の支配下にある迷宮に入ってもらう予定だ」
「武器、ですか? それに迷宮って……」


 明人が問いをなげ、宰相が頷く。


「職業にあった武器でなければ、職業技が使えなかったり、職業による霊体のステータスへの補正が入らなくなる。だから、その確認をする。詳しくは騎士団長に話をさせる予定だ」


 宰相はそれ以上の質問は受け付けないと、去っていく。
 張りつめた空気が解け、食事を終えた俺たちのもとへ騎士団長がやってきた。


「みんな。これから庭で戦いに向けて、色々と確認するべきことがあるんだ。だから、これから来てくれ」
「わかりました」


 一番近くにいた明人がそう返事をし、食事を終えたものから外へと出て行く。
 クラスメートたちが全員外に出たところで、俺たちは全員ステータスカードを取り出した。
 庭にはギャラリーも多い。貴族たちがこそこそと話しあっているようだ。
 そんなに俺たちの霊体をみたいのか? ……俺はみんなの前で無様な姿をさらすのか。


 地球で人気があった明人はもちろんのこと、普段はあまり目立たないような人たちでさえ、貴族の声に反応して顔を向けると、嬉しそうな歓声が返ってくる。


 ……精霊の使いと仲良くなれれば、どれだけ家の発展に貢献できるのだろうか。過去の記録でも見てみたいものだと思った。
 俺の噂は随分と広まったらしく、こそこそと馬鹿にしたような視線がある。
 ……うぜぇなぁ。


 やがて、俺たちのステータスをまとめるために、紙とペンを持った騎士がやってきて、一人ずつ見せていく。
 俺の番になり、ステータスカードを差し出す。
 騎士の手がとまり、ぷっと吹き出した。
 俺がにらみつけているのに気づくと、慌てたように頭を下げてきた。
 騎士団長が注意するように頭を小突き、申し訳なさそうに目を伏せた。


「すまないな。こいつは後できちんと叱っておくからな」
「……別に、気にしないでください。俺もたぶん、突然これ見せられたら笑いますから」
「なら、いいのだが」


 俺がこの世界の人間で、常識があるなら、精霊の使いとして召喚されたのに、カスステータスと意味不明な職業を持っていたら失笑するだろう。
 だから、別に良い。それに、ものまねはまだ雑魚と決まったわけではない。
 一通り終わったところで、騎士が騎士団長と相談していた。
 それから、どこかへと駆けて行った。


「それじゃあ、霊体を纏ってもらう。みな、こうやるんだぞ?」


 やり方をもう一度騎士団長が見せ、それぞれがステータスカードを取り出し、霊体となっていく。
 それらを見ながら、俺は色々と霊体の纏い方を考えていく。


「みな霊体を纏えたか?」


 気づいたが……別に、声を出さなくとも、心で念じれば体へまとうことはできるようだ。
 おまけに、ステータスカードは体内に入ったままでも可能だった。
 恐らくは、騎士団長がわかりやすくしてくれたのだろう。それか、格好つけたかったか。


 自分の体を見て、体の調子を確かめる。
 霊体といっても、特別外見が変わるわけではない。
 僅かに発光というか、オーラのようなものをまとうだけだ。
 騎士が木の箱を持ってきて、どさっと地面におく。
 覗き込むと、たくさんの武器が入れられているのがわかった。


「職業にあった武器を用意した。今ここには、騎士、剣士、各属性の魔法使い、狩人、勇者、格闘家、料理人、鍛冶師、調合士、魔物使い……などがいるはずだ。おおよそ、こちらで得意武器については把握しているが、各自手に持ってみるのが一番だろうさ。ここに用意した武器は、職業、鍛冶師の者が作った特別なもので、魔器と呼ばれるものだ。魔器にはランクがあるが、まあここにあるようなモノは最低ランクのものばかりだ。それでも、魔器は刃こぼれしないから、自由に使えていいものだ。これ大事だから覚えておくようにな」


 箱を放り投げるように騎士たちが置き、恐る恐るといった感じでクラスメートが群がっていく。
 騎士団長がランクについて話しているが、皆はあまり聞いていない。
 簡単にS、A、B、C、D、Eというランクがあるとだけは覚えておいた。


「おっ、剣持つと何だか、体が軽いね」


 明人がそういう。
 騎士団長が期待するような目を向けた。


「勇者のおまえなら、ほとんど不自由なく武器を使えるだろうな」


 明人は勇者か。他の人たちの会話に耳を傾ける。
 先ほどの騎士団長の言葉から、職業がいくつもあることはわかった。
 俺は積極的に男子に声をかけ、その肩に手をかけるなどして、まずは第一条件を達成していく。
 女子しか持っていない職業もあったので、桃に協力してもらい、さり気なく触れてとりあえず、この場にいる職業すべての第一条件は達成した。
 ……それと、俺はどうやら武器だけは何を持っても問題ないようだ。
 後は、職業獲得のために、職業技を見たいのだが……。


「少し、体を動かしてみろ。それと、職業技の確認もしてみてくれ! すでに、あるはずだ」


 騎士団長の言葉に従い、それぞれが楽しそうに動いていく。
 みんな機敏だ。俺なんて、霊装をまとう以前のほうが体が動くものだから、苦しくって仕方ない。
 明人がやってきて、俺の体に不安げな目を向けてくる。


「……大丈夫かい?」
「まあ、どうにか」


 彼に曖昧な笑顔を浮かべてから、俺は全体を見る。
 ……みんな職業技を使用しているな。
 俺はものまねの、職業技自体がない。いや、パッシブ効果みたいなものであるのだが、こう人前で見せびらかすような類ではない。
 職業技を見るたび、頭の中に職業獲得のアナウンスが響く。
 五分が経過し、その音もなくなった。
 騎士団長が言っていたすべての職業の獲得に成功したようだ。


 ステータスカードを取り出すと、操作画面のようなものが出現する。
 VRとかが開発されると、こんな感じなのだろうか。
 周囲にいる人たちには見えていないようだ。ここまでが、俺のものまねの能力なのだろうか。


 メイン、サブという画面があり、メインに一つ職業を、サブに三つ職業をセットできる。
 メイン職業を色々と変えてみると、体が軽くなったり、重たくなったり、魔力を感じやすくなったりする。
 サブに職業をセットすると、その職業の職業技が追加される。


 なるほどな。メイン職業にセットすれば、本職のように使える。サブは、多少のステータスへの補正と、職業技の使用のみだ。
 メインは、明人が持っていた勇者をセットし、光一郎が持っていた格闘家、クラスで四名ほどが持っていた騎士、剣士をサブにセットすると、筋力、体力、技術あたりのステータスが十五程度増加した。
 ただ、光一郎たちはみんな攻撃系の職業技を持っているんだよな。
 俺が獲得したものは、ステータスへの補正の職業技だ。
 どうせ、HP1じゃあ使えねぇしこっちのほうがいいけどね。


 メインを火魔法使い、サブを水、風、土魔法使いにしてみると、魔力、精神、技術が十程度増加した。
 メインだけを勇者に変えると、魔法系の部分も同じように上昇した。
 ……現時点で、もっとも強いのは勇者の職業みたいだな。


 とりあえず俺は、近接系で固めておく。そうすると、今までもよりも体がマシになった。
 そういえば、火魔法使いは、職業技でファイアショットを持っていた。これは、魔法、という扱いなのだろうか? それとも、職業技、なのか?
 区分によって、魔力、技術のどちらのステータスがかかわってくるのかが変わるんだよな。


「魔力について、少し疑問を持った者はいないか?」


 ちょうど良いタイミングで騎士団長が言う。
 魔法使い系の職業を持っていた人たちの声を、騎士団長が拾ったようだ。


「一般的には魔力というのがかかわってくるのは、この魔道具だ」


 騎士団長が指輪を取りだす。金色のアーム部分を飾るように、緑の魔石と思われるものががついていた。


「緑魔石がついているこれは、風の魔法が封印されている。魔道具と呼ばれるこれらは、職業技を込めたものだが……魔石に込められた時点で。これは魔法となる。俺たちのように魔法が覚えられない職業の人間は、こういうものを使って、魔法を使うんだ」


 騎士団長が魔力を集めてそこに叩き込む。
 同時に手を前へと向けると、緑の風が放たれた。


「ここで少し問題があるが、例えば、この中にも魔法使いがいたはずだ。魔法攻撃のすべては、魔力のステータスにかかわってくる。だから、魔法使いの人は、職業技として魔法が追加されるだろうが、そこは誤解せず、魔法として考えてくれれば大丈夫だ。もちろん、魔法使いの人も技術が必要な攻撃を覚える場合もある。同じ職業であっても、まったく同じ成長をするわけじゃないんだ。育った環境や、今その人に必要な力を各霊体が判断して、新しい技を覚えていくんだ。その人の心にも強く影響していく……それが霊体なのだっ」


 騎士団長がそう締めくくり、おおよその説明が終わる。
 みんなが自分の霊体を使って楽しそうに体を動かしている。


 同じ職業でも、同じ魔法を覚えるわけではない、か。
 結構重要だな。確か、ステータスの火などは属性攻撃に関わってくるんだよな?
 どうせすべて1であるため、俺はさした補正が期待できない。
 何か、ステータスが一気にあがるようなことがない限り、俺は近接系のほうがまだマシに戦えるかもしれない。


 自由時間はまだ続いていて、あちこちで、霊体を使っての戦闘を繰り広げられている。
 剣などを使って例えば胸に刺されても、霊体のHPが一気に減少するだけで、死ぬことはない。
 それどころか、霊体が解除される瞬間に身体が弾かれるために、そのピンチから抜け出すことができる。
 だから、みんな恐れる様子をそれほど見せず、訓練に打ち込んでいる。


 俺も何人かと戦ったが、霊体に差がありすぎてすぐにやられてしまった。
 霊体のHPがなくなると、自動で解除されてしまう。
 霊体は時間経過で回復したり、HP回復ポーションや回復魔法によって回復することができる。
 一度、HPがゼロになってしまうと、霊体の体力が全快するまでは再使用ができない。
 強者になればなるほど、死んだときのペナルティが大きいのだ。
 唯一、俺がみんなよりも強いのはその部分だけだ。
 三秒程度で再使用が可能だから、強敵相手の連続戦闘だけは得意だろうな。


「勇人くん。どうでしょうか?」


 汗を拭いながら桃がやってきて俺の隣に腰かける。
 職業のコピーについて聞いているのだろう。俺はにやりと笑ってやる。


「順調にいったよ、ありがとな」
「それは良かったです。私の職業技も、見れましたか?」
「ああ、さっき少しだけ」


 倒した相手の体力を奪う、というのはなかなかに驚異的だろう。
 相手の霊体を倒すだけでもそれは可能だ。
 倒したときに一定量を回復するらしい。


「俺のステータスとは相性がいいみたいだな」


 彼女は霊体を持っている相手のHPを削りきることが条件で、俺なんてうってつけだ。 
 下手に自分のHPを消費して発動する回復魔法などよりも、はるかにラクだろう。


「ですが、私は勇人くんに剣を向けたくはありません」


 少しばかり怒ったように頬を膨らませる。


「緊急時には言っていられないだろ」
「それでも……あまりやりたくはありませんね」
「まあ、本当に死ぬかもしれないときくらいは妥協してくれよ」
「……」


 桃が眉間に皺を寄せ、それから悩むことでもあるのか顔を覗き込んでくる。


「……本当に、城を出るんですか?」


 小声の彼女は、あいかわらず心配そうな顔だ。


「まだ、すぐじゃないけどね。とりあえず……明日くらいまでは、国の力を使って本を色々と読み漁ってみたいと思っている」
「本、ですか」
「ああ。これから先の生活で必要な情報がたくさんあるかもしれないからね。知りたいことを知ったら、一人で力を身につけようと思う」
「そう、ですか。……あの、私も出来ることがあったら言ってください。協力しますから」
「もう、十分助けられている。ありがとな、桃」


 本当に、ありがとう。
 心で再度お礼の言葉を伝えながら、俺は全員の霊体による戦いぶりを観察していった。

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