なぜかウザカワ後輩美少女に惚れられました

木嶋隆太

第二十七話 藤村夏樹は分からない



 誰もいない部屋で咳き込んだ私は、先輩が置いていったペットボトル飲料を手に取る。
 スポーツドリンクだ。看病のかの字も知らない先輩に、お願いして買ってきてもらったものだ。


 それを飲むと、体が少し冷えて、苦しみも和らいだ気がした。
 彼氏、か。


 恭介先輩は、本当に訳が分からない。
 彼はぼっちだったから、私にとって都合の良い相手だった。


 私のかつての友人たちは、誰とも付き合わない私を妬む人たちばかりだった。
 かといって、彼女らは人気のある男子と付き合っても許さない、みたいな発言も何度かしていた。


 実際どうなるかはわからないが、あまりいい結果になるとも思えない。
 とにかく私は、周りの女子が妬むことのないような相手と付き合っていることにしておきたかったのだ。


 その条件に、恭介先輩は完璧だった。こちらの事情を理解し、それでも付き合ってくれる。
 偽の彼氏を作るというので一番心配だったのは、相手の男子が自分と付き合っていることを自慢するような相手だった場合だ。
 それも、恭介先輩には一切なかった。むしろ秘匿しようと努力して、思っていたとおりの効果がでなかったことは腹立たしかったが。


 しばらく彼と一緒にいて分かったのは……彼が適当な人間ということだ。何を考えているのか分からないことが、分かった。いやこれ何もわかってないのと同じだ。


 とにかく、恭介先輩と付き合うことにしてからは平和だ。
 周りの女子たちも『あんなよくわからない男子が好みなんだ』と納得してくれ、私の学校生活が順調に進んでいった。


 恭介先輩を彼氏にする際に、私は『優秀生』について話題に出したが、実はそれはあまり関係ない。


 『優秀生』に関してはどちらでも良い。私は、ただ、平穏無事に学校生活を送れたらそれでいい。そのためなら、どんな手でも使うつもりだ。
 『優秀生』だって、狙えるのなら狙いたいが、それは最優先事項ではない。私が本当に欲しいのは、平和な学校生活だ。


 正直いって、私が先輩に関わりだした初めの理由はもうこれで達成できていた。
 あとは定期的に二人きりで会い、まだ付き合っているアピールだけすればそれで良い。


 それで、それだけで良かったはずなのに……。
 それでも私は、毎日恭介先輩の元に訪れていた。
 授業が早く終わらないかな、と何度も何度も時計を見ちゃうし。


 部屋に戻って一人になってからは、ついついメッセージを送ってしまう。返事は基本遅く、その待っている時間が少し不安だ。返事を返すのが面倒なのかな、と考えるとちょっと胸が痛んだ。本当に、ちょっとだけだ。


 そんな日々はなんでか分からないけど……楽しかった。
 先輩と一緒にいるのは居心地がよかった。


 最近は、特にそれが強い。先輩と適当に話しているだけで、あっという間に時間が過ぎる。先輩が笑っているのを見ているだけで楽しいし、ゲームで負けたとき、悔しそうにしているのが子どもっぽくて可愛い。


 たぶんきっと、私しか知らない先輩だ。そう思うと、胸が温かくなってくる。


 この感覚は……正直いってよくわからない。
 先輩もそうだけど、自分のことも。なんだかもやもやとしたものが心にあるのだけは確かだった。


 時々、先輩が今の関係に関して否定的な意見を出すときがある。
 そのとき、張り裂けるくらい胸がいたい。ぎゅーっと圧迫されているような感覚。
 浅沼先輩と楽しそうに話しているのを見ると、なんだか嫌な気持ちが浮かんでしまう。


 自分から話しかけるように言ったのに……今ではそれを後悔しているほどだった。
 本当、最近は自分のことがよく分からない。


 そんなことを考えながらもう一度目を閉じ――それからまた少しして目が覚めた。
 ……何か、玄関の開け閉めがあったような気がした。


 少し怖くなったが、それは一瞬。
 ベッドに寄せられるように動かされたテーブルに、おかゆが乗っていた。


 そこには置き手紙も書かれていた。汚い字で、『腹減ったら食べるといい』と書かれていた。
 たぶん、ついさっきなんだろう。おかゆは湯気をあげていた。


「……いや、私が気づかなかったら冷めてるじゃないですか先輩」


 案外抜けてるところもあるんだよね、先輩は。
 休日に部屋に行くとパンツ一丁で出てきたり、寝癖なんて気にもしないし、靴下だって左右で別のはいて、この前なんか靴だって。


 それでも、そのおかゆを見ただけで心が跳ねるように嬉しかった。
 料理自体ほとんどしたことのない人が一生懸命……かどうかはわからないけど、とにかく作ってくれたんだから。


 おかゆは、見た目はそれっぽく出来上がっている。味は……まあ、なんでも食べようか。
 ていうか――先輩、スプーンくらい用意してよ。


 私は苦笑しながら、いつの間にか調子のよくなってきた体を動かし、キッチンへ向かう。
 ……ていうか、わざわざつくるために一度帰ってきてくれたんだ。そう思うと、自然と笑みがこぼれた。


 今日は金曜日。確か、先輩は午後に授業がないとか言っていたし、暇だからで来てくれたんだろう。
 ……わざわざその時間をつかって、私に気を遣ってくれたんだと思うと、もうたまらなく嬉しかった。


 ドキドキと胸が高鳴る。こんな感覚、初めてだった。
 もう、本当に……わけが分からない。先輩も、自分のことも。


「味は……まあ、及第点ですね」


 いつもの調子でそう言いながら、私はスプーンを使って食べていく。
 一緒に置かれたゼリーも、私が食べたがっていたからだろう。……二つあるうちの一つが、たらこゼリーとかいう完全にネタ食品なのが気になるところではあるが。これは先輩のためにとっておこう。


 ……毎日、風邪をひいていたら今みたいに優しくしてくれるんだろうか?
 そのうち、ふざけんなって尻を蹴られるかも。


 おかゆを食べ終えたところで、私は一つの隠し事を思いだしていた。
 ……昨日もらったラブレター。
 あれはラブレターなんかじゃない。私をバカにした手紙だった。


 内容は幼稚な、それこそ小学生レベルのものだ。……けれど、怖いのは行動を起こすほどに、私を嫌っている人がいるということ。
 別にこれが初めてではない。ただ、見知らぬ誰かに悪意をぶつけられるのって、何度体験しても慣れないくらいに怖かった。


 それこそ、私の友達かもしれないし。
 隣の席や隣の部屋の人かもしれない。……身近にそんな人がいると思うと、怖いのだ。


 そう考えると……一人でいたくなかった。私には、心から信頼できる友人が一人もいなかった。……これはたぶん、私自身が相手に踏み込んでいけないのが原因の一つでもあるんだろうけど。


 先輩の部屋に泊まったのはそんな理由だった。……最悪、先輩が多少何か過ちをおかしても、諦める覚悟もしていた。まあ、別に嫌ではない……かも? と思えるくらいに、先輩のことは気に入っていたし。


 その先輩はすやすやと眠っていたけど。人があれこれ悩んでいるのにまったく気に掛ける様子もなくスヤスヤだった。
 安堵はあれど、まったく私に興味がないのだと思うと少し腹立たしくもあった。


 相談、してみようかな……。
 それは……あまりしたくなかった。
 先輩とは、対等な関係でいたかった。


 一度でも甘えると、先輩にこれからも甘え続けてしまいそうだったから――。


 今の私……少し変かもしれない。
 きっと風邪が原因だ。


 私は食べ終えたおかゆをテーブルに戻し、それから横になる。
 先輩に弱みは絶対見せない。心に固く、そう決めた。


 第一、相談したからといって解決できるわけじゃない。
 決定的な証拠がないとこういうのは中々処罰ができない。


 仮に教師たちに相談しても、親身になってはくれるかもしれないが、彼らだって何か出来るとも思えない。


 それに……今の私は、解決してほしいわけじゃないんだ。
 ただ、先輩に不安を共有してほしいだけなんだと思う。


 そんな姿、先輩に見せたら、幻滅されてしまうかもしれない。確実に、面倒くさい奴って今以上に思われるだろう。


 誰が私に悪意を持っているかわからないのは、確かに怖い。けど、今までだって似たようなことはたくさんあった。
 まあ、きっと、なんとかなるはず。


 とりあえず今は風邪を治さないと。土日はまた先輩を連れ出して、どこかに行きたいし。

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