なぜかウザカワ後輩美少女に惚れられました

木嶋隆太

第十六話 おもちゃ



「別に……まあ、その付き合ってますしね」


 藤村が微笑むと、浅沼も口元を緩めた。


「いいわね、そういう人がいるのは」
「先輩もすぐ見つかりますよ」
「そうそう、浅沼は可愛いんだしな」
「か、かわっ!?」


 どうやら浅沼はそういうのに慣れていないようで、むせてしまった。
 藤村はじーっと俺のほうをみていた。なんだ? 俺の顔に何かついているか?


 特にそれ以上は何も言ってこなかった。
 ……そういえば、だ。


「浅沼から『優秀生』については聞けたのか?」
「はい、ちゃんと聞きましたよ」


 ぶいっと藤村はピースを作っている。
 『優秀生』ねぇ。


「すげぇよな、二人とも。俺なんて将来について何も考えてないってのに」
「……でも、そういう人のほうが多いのも事実でしょう? 焦る必要はないと思うけれど」
「だめですよ浅沼先輩! そんなこと言ったら、この人ニートになりますよ!」
「そ、そこまでのん気ではないでしょう……?」
「もちろんだとも。夏樹、人に向かってニートになるとかいうんじゃない」
「だって、なりそうじゃないですか?」
「確かに、なりそうではあるけどな」
「ほ、本人がそれを言うのね……」


 だって、何もしなくてもいいと言われたらそうしますけどね?
 家で寝ているだけで金が入ってくるならそれを選択するっての。


「まったく、先輩はダメ人間ですね。浅沼先輩のクラスって確かもう一人『優秀生』いましたよね? 五塚ちさとさん、でしたっけ?」
「えーと、まあそうね」


 明らかに浅沼が言いにくそうに答えた。そんなに仲良くないもんな。
 それだけで、藤村はすべてを察したようだ。さすがの空気を読む才能だ。


「周りにそんなに優秀な人がいるのに、先輩はなんなんです?」
「良い人もいれば、悪い人もいる。俺のおかげで俺のクラスに二人も『優秀生』がいるとは考えられないのか、夏樹」
「関係ないですねまったく」


 話題を即座にすり替えるのもうまい。そんな藤村の努力を無駄にするのが俺だ。


「そういや、五塚も『優秀生』なんだよな? 一緒になることもあるのか?」


 助け船どころか、空気の読めないやつみたいに質問してみた。
 ちょっとお互いの立場ってのを聞いてみたかったからだ。


「……そう、でもないわね。五塚さんは、土日に学校に来ているところを見たことないわ。少なくとも、私がいるときは」
「恭介先輩。他の人はいいんです。もう少し自分の将来を考えたほうがいいですよ?」


 からかうように、藤村は話題の転換を行おうとしてきた。
 まあ俺もそれ以上、無理に聞き出したいわけじゃない。
 さっきの答えで十分だった。


「本当、意地悪な後輩だな」
「えー、そんなことないと思いますけど?」
「そんなことあるだろ。毎回のようにチクチクあれこれ言ってきやがって」
「そんなことないですよ。……ないですよね、浅沼先輩」


 ふん、と藤村がそっぽを向き、浅沼が口元を隠すように笑う。


「……そうね。気兼ねなく話せているようで、いいと思うけれど」
「そういうわけですよ、恭介先輩」


 こいつ、うまく浅沼を使いやがって。
 浅沼も、思っていたよりはずっと話しができるな。どこかで受け答えのシミュレーションでも行っていたのかもしれない。
 ……というか。俺は彼女のカレー皿を見る。


「……浅沼、それ何杯目?」
「えーと……4杯目、かしら?」
「……そういえば、話している間もずっと食べてますね」


 俺たちはもうごちそうさまと切り上げてもいいのだが、彼女だけはずっと食べている。


「冷凍にできるようにと大目に炊いておいたごはん、まだ残っていますかね?」
「……え? あれ、冷凍にするためだったのかしら?」


 顔を青ざめる浅沼。……全部食ったのか。


「ご、ごめんなさい! おいしかったから、つい……」
「吐いて戻すしかないな」
「え!?」
「戻るわけないでしょ馬鹿ですか?」
「気にするな浅沼。俺は解凍するのも面倒だからな。好きなだけ食っちまえ」
「……何のための電子レンジですか」


 いや、だってわざわざ解凍されたか確認するの面倒じゃん。
 俺は浅沼をにやりと見てやる。


「それにしても、浅沼は食いしん坊なんだな」
「ち、違うわ……普通よ」
「いえ、女性であれだけ食べる人は初めて見ましたよ」


 藤村がからかうように目を細めると、浅沼が顔を赤くする。


「そ、そんなことないはずよ。家族みんな私より食べるし……」


 えぇ……? 浅沼家の食費大丈夫?


「けど、浅沼先輩、友達とごはん食べに行ったりしたことありますよね? みんなそんなに食べてないですよね?」
「え、ええ……そうね」


 あっ……浅沼さん。友達と一緒に食事に行ったことなさそうなお顔……。
 藤村は浅沼がまさかぼっちだとは思っていないようで、頭からその考えが抜けているようだ。


「まあ、これでごちそうさま、でいいのか?」


 さすがに可哀そうなので、俺が助け舟を出してやった。
 浅沼が、ほっとしたように息をついた。


「ええ……今日は誘ってもらって凄い楽しかったわ。ありがとう」
「いえいえ。私も楽しかったです! 今度は恭介先輩がいないときにでもまた一緒に料理しましょうね」
「俺がいないときって……場所はどこを使うつもりだ?」
「汚れてもいい部屋ですかね」
「勝手に入んじゃねぇ」


 浅沼が笑いながら、すっと立ち上がる。


「それじゃあ……いくつか洗い物もあるし、やってくるわね」
「何言っているんですか! それは恭介先輩の仕事でいいんですよ!」


 まあ最初に役割分担したしな。


「……だ、大丈夫かしら?」
「ま、そんくらいは別にな」
「洗剤のつけかた……わかる?」
「馬鹿にしてんのか!?」
「し、していないわ! し、心配して、聞いたのよっ」
「……そ、そうか。大丈夫、だ」


 つい藤村相手のノリで叫んでしまった。


「……わ、わかったわ。それじゃあ……私はそろそろ戻るわね」


 玄関に向かった彼女を追いかける。


「それじゃあ浅沼先輩。また明日学校でっ!」
「ええ……二人も、そのごゆっくり!」


 浅沼はそういってから、部屋を出た。
 ごゆっくり、で思ったが。


「おまえは帰らないのか?」
「色々話すことがありますからね」
「誰とだ?」
「この部屋に他に誰がいます?」
「俺霊感なくてわかんね」
「先輩ですよ」


 玄関のカギをしめた彼女は腕を組んでこちらを睨んできていた。
 なんだ、俺が何かしたか? 心当たりはないので、食器洗いに向かう。


「先輩、随分と仲良いんですね」
「あれ、それで怒ってるの? もしかして嫉妬か? 可愛いところもあるもんだな」
「そんなんじゃないです」


 心底不服そうな顔である。


「単純な話です。……私たちの関係は偽りでもカップルなんです。あんまり仲良くしすぎても困るんですよ。変な噂がたったら問題なんですからね」
「けど前に言ってたろ」
「……何がですか?」
「前に、俺に好きな人ができたらカップル解消してくれるみたいなことちらっと言ってたろ」
「……」


 驚いたような反応だ。
 いやいや、言ってたじゃねぇか。


「な、なんですか。浅沼先輩のこと好きなんですか?」


 いやマジで心配そうな顔すんじゃねーよ。浅沼に対してはそういう関係になりたいとは思っていない、今のところは。


「せ、先輩どうなんですか?」


 おっと、忘れてた。藤村が不安そうにこちらを見ていた。


「別に今は何もないが」


 こいつ、独占欲強いな。将来彼氏になる奴は苦労するかもな。スマホとかめっちゃ見てきそう。
 それにしても、仮のカップルにもここまでの反応を示すとはな。
 それから藤村は、はっとしたような顔になり、いつものからかうような顔になる。


「ま、私も別に演技ですけどね。だって、先輩周りに興味ないですもんね?」
「その言い方は語弊があるな。関わるのに興味はないが、見ているのは好きだ」
「同じような意味じゃないですか。まあ、あれですよ? 今は私の彼氏なんですから、周りにもそう誤解されるようにふるまってくださいね? もちろん、浅沼先輩にもですからね」
「わかってるっての」


 ったく。人に仲良くなれと言っていたわりに、あまりにも仲良くなりすぎたら微妙に嫉妬されるんだからな。
 難しい奴だな、こいつ。


 あんまり怒らせすぎると後で何されるか分かったもんじゃない。


「浅沼は見ている分に楽しいからな。俺の趣味、人間観察、覚えてるだろ?」
「本当好きですよね。昔からそうなんですか?」
「まあな、人を見る機会がなかったからな」
「見る機会ですか? 関わる機会の間違いじゃないですか?」


 からかうように目を細めて顔を覗き込んでくる。いつもの表情だ。


「ああ、そうだな」


 相槌を返していると、食器も洗い終わった。


「話したかったことってさっきのか?」
「はい。というわけで、そろそろ帰りますね」


 藤村が背筋を伸ばしながら玄関に向かう。
 扉をあけながら、彼女は少し頬を染めて、こちらを見た。


「……その、先輩」
「なんだ? 金なら貸さないぞ」
「いらないです。……私、それなりに、今の生活も嫌いじゃないんです」
「夏樹……」


 あらやだ。感動しちゃいそう。


「ですから、もう少し私のおもちゃでいてくださいね」
「人をおもちゃ扱いすんな」


 舌を出した彼女はそのまま外に出た。
 ……それは演技なのか、本心なのかはわからない。


 まあ、俺も今の生活は悪くないと思っている。
 なんだろうな……藤村といるのは、悪くないと思えた。


 よくはわからない感覚だ。
 だから、それがわかるまではこの関係を続けてもいいかもしれない。





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