なぜかウザカワ後輩美少女に惚れられました
第十話 心の動き
その日の放課後。俺はいつもどおり藤村に捕まっていた。
一応、下校デートだ……デートっていうかあれだな。もうすでに、お嬢様と召使い、みたいな関係だと俺は思っている。
昼休みに気付いた事実に、今も彼女は呆然としているようだ。
「そう落ち込むな。最近、告白が増えているんだったか? まあいいじゃないか。人に好かれるってのは、その人が魅力的でないとダメなんだ」
俺はありったけの言葉で彼女を元気づけていく。優しい彼氏だろう。
「ああ、でもみんなおまえの外面に騙されている男たちだな。ってことは、中身までは見てないか」
そういうと、彼女はひくっと頬をひくつかせた。
しまった、褒めるつもりだったのに。俺の口はなんて意地悪なんだろうか。反省してほしい。
「元気出せ。そうだ、帰りはラーメンでも食いに行こうか。たまにはおご――……割り勘ってのも悪くないだろ?」
俺は財布を見てからすっと言葉を変えた。
ぴくりと彼女が反応した。お、ラーメン食いたいのか?
「先輩の価値があまりにも低すぎるから、こんな事態に陥ったんです」
いきなりの罵倒だが、復活したようだ。
先ほどの俺に対しての反撃といったところだろう。
「そういえば、なんか藤村のいい噂が出ていたな。どんな相手でもチャンスはある……みたいな? よかったんじゃないか?」
「そのせいで、告白が増えたんです。地味な男よりも、僕と! って人がたくさん!」
彼女が怒鳴りながら俺の胸倉をつかんで揺すってくる。
「私の学校での評価もこのままだと下がってしまいます! 先輩、どうにかできませんか!」
最近わかったことだが、こいつって結構馬鹿なのでは?
「……俺にはどうにもできんな」
藤村は愕然とした様子で肩を落とした。
学校の評価なんて別にいいじゃないか、というのが俺の意見だが、彼女にとってはそうではないらしい。
「先輩。もう少しリア充力をあげてはくれませんか? さすがに、今の先輩ではレベルが低すぎます」
「何その造語。初めて聞いたんだけど」
「その人が持つリア充度を表す力です。私は基本的に100段階で人を評価しています」
わかりやすいな。俺が腰に手をあて、彼女を見る。
「俺のリア充度はどんくらいだ?」
「0ですね。ノミと同じくらいです」
酷い。ノミにだってリア充とぼっちはいるんじゃないか?
「確かに人とのかかわりは少ないが、俺は非常に充実しているんだぞ? 毎日好きなゲームをして、好きな本を読んで、好きなように寝て――どうだ、充実してるだろ?」
「私が評価しているのはそんな個人の価値観ではなく、世間一般でいうリア充です。先輩はどう考えてもリア充からはかけ離れた存在です」
「人を見るとき、一つの方面からみるのは、考えを狭めることになるんだ。人というのは様々な顔を持っているだろ? 相手に合わせて、態度を変えるなんてのはよくあることだ。例えば俺の後輩の話をしようか? 普段は天使のように笑うが、裏では人に焼きそばパンを買わせに行くような酷い奴でな。この前の焼きそばパンの代金そろそろ返せよ」
「かわりにタコ焼き奢ったじゃないですか。そっちのほうが高かったんですけど?」
「知らぬ」
「とにかくです。私がこんな状況になったのは、先輩が思っていた以上に評価が低かったからです! もっと評価をあげてください!」
「……どうやって?」
「まずは友達を増やしてください。話はそれからですっ」
まずは? それエンディング手前並みのミッションなんだが?
友達というのは作ろうと思って作るものじゃないだろう。
仲良くしたいと思った時に、自然とできるもののはずだ。俺は別に誰かと仲良くしたいと、心から思ったことはない。
他者を観察して、その心の動きを見ているだけで満足だった。
藤村も冗談で言っているのではないだろうか。
そう思って彼女の顔を見てみたが、うん。こいつ目がマジだ。
「おまえ、結構酷なこと言っているのわかってるか?」
「友達作ることの何が……あっ、すみません。先輩、友達ができなくてぼっちだったんですもんね」
「いやいや。俺は一人が好きだからあえて選んでいるだけだから。選択制ぼっちだから」
学校の授業と同じだ。取捨選択した結果のぼっち。
必要最低限受けられればそれでいい。そう思っているだけだ。
ていうか、本気で申し訳なさそうな顔をするんじゃねぇ。こいつやっぱり悪魔だ。
「先輩のクラスに、リア充力の高い、『優秀生』がいるのは知っていますか?」
「ああ。五塚ちさとと、浅沼朱里、の二人だろ?」
「はい。その二人です。……先輩の話しやすいほうでいいです。どちらかと話をして、交流を深めてくれませんか?」
「なんでいきなりリア充力0の俺が100の二人に挑まないといけないんだ? もう少し弱い奴から攻めたほうがいいんじゃないか?」
どこかの戦闘民族だってそんな無茶しないだろ。
「簡単にいえば、リア充力って個人ではなく集団によって影響を受けやすいんです。例えば、サッカー部に所属しているだけでも、数値は30くらいまでは跳ね上げることができるんです」
なるほど……。それはちょっとわかるかもだ。
明らかにリア充ですっていう部活あるもんな。
大変失礼極まりないが、ゲーム部とサッカー部を比較すると、前者はオタクっぽい、と思ってしまう。
彼女のアホな理論に少しだけ納得してしまった。
「てっとり早く強化するにはそっちのほうがいいんです」
「けど、どっちも女子だぞ? 俺がいきなり声をかけるのは、な」
はずかちー。
俺がいやん、と照れたふりをすると、藤村も察したように顎に手を当てる。
「確かに……いきなり声をかけると事案になりかねませんね……」
「さすがにクラスメートに声をかけるだけでそんなことにはならないんじゃないか?」
「なりますよ、先輩なら」
謎の信頼である。本当にこいつ俺の恋人としてふるまうつもりあるのだろうか。
「それじゃあリア充力90くらいある藤村から何かいいアドバイスはないか?」
「そう、ですね……何か持ち物を忘れて、とか。物を拾って、みたいなタイミングで声をかけるのはどうですか? 私と距離を詰めたときもそうしたでしょ?」
あれは狙っての行動じゃなかったんだがな……。第一、一度の拾い物で勝手に距離をつめてきたのは藤村の方だ。あれは詰め寄られた、というのが正しいか。
「とにかく……先輩。お願いします」
「何かあったのか?」
真剣な顔で頼んできたので、思わず訊ねる。
告白が増えた、以外に俺が聞いていない情報が何かあるように感じられた。
しかし、彼女は首を振った。
「さっきいった通りですよ。これ以上、告白を増やさないために先輩の価値をある程度まで、あげてほしいんです。やりすぎはダメですよ。それはそれで、今度は女子たちの相手が面倒なので」
無茶な要求をしやがるな。
また、女子から睨まれたのかもしれない。
あのときの震えていた彼女を思い出し、頭をかく。
身勝手でわがままな奴だが、悪い子じゃないのは十分わかってる。まあ、口は悪いが。
助けられるなら、助けてやってもいい、くらいには親しくなってしまった。
「……了解だ。まあ、出来る範囲で協力はする」
何かあったのは明白。隠したいことというのもわかった。
彼女はにこっと天使の笑顔を浮かべていた。その笑顔は、すべてを隠すのに都合がいいんだろう。
別に藤村のすべてを暴きたいわけじゃない。
俺の言葉に藤村はにこりとはにかみ、隣に並ぶ。
「先輩ってあれですよね。なんだかんだ、色々協力してくれますよね? あれですか? 私のこと実は好きだったとか?」
からかうように彼女が目を覗きこんでくる。
「そういうわけじゃないな」
「ほんとですか?」
さらに見てくる。ああ、本当だ。可愛いとは思うが、別にそれ以上何か思うことはない。
人の感情の動きは、見ていて面白いものがある。藤村は、何かを抱えていて必死にそれをどうにかしようと動いている。
「怯えてる姿見ちまってるしな。おまえは否定するんだろうが、俺にはそう見えたからな。それを無視するのも、後味悪いし」
「……先輩。ありがとうございます」
驚いた。普通にお礼を言ってくるとは思わなかった。
「いつもそのくらい素直ならカワイイもんだがな」
そういうと、彼女は口元を一瞬緩め、すぐにそれをかわした。
「先輩、カワイイとかいきなりいうとあれですよ? 訴えられますよ?」
そういった藤村は、なんだかいつもよりも明るい笑顔である。
上機嫌だな。俺なんかにでもほめられると嬉しいんだろうか?
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