お隣さんの可愛い後輩が俺にだけ滅茶苦茶優しい

木嶋隆太

第二十七話





「ナツ? おまえこそ一人か?」


 いつも誰かといる彼女が一人というのは珍しい。
 特に彼女の場合、放っておいても周りに人があつまる。
 一人でいることのほうが難しい人間なのだ。


「いえ、私は友達とですね。今友だちの分の食券を買いに来たところです」
「いじめられてるのか?」
「じゃんけんに負けました」


 残念がるようにグーを作る。


「そうか」
「先輩は一人で食事なんですか?」
「まあ、似たようなもんだな」
「ってことは……アキ先輩と一緒ですか?」


 濁した言い方をしたからすぐに当てられてしまった。
 こいつの名探偵力は凄まじい。
 別に隠す必要もないので、こくりとうなずく。


「まあな。あんまり待たせてもあれなんで、また放課後にな」
「はい」


 そう返事をしたナツだったが、何やらその顔は思案している様子だった。
 なんだろうな? それからは一言も話さなかったので、俺としても特に関わることはなかった。


 二人分の食事を購入し、トレーを使って運ぶ。
 戻ってくると……事前に話されていたとおり、アキとエリの間に入れられた。
 ……マジで勘弁してほしいんだが。ほら、他の男子生徒もどこか伺うように見ているから。


 普通に昼飯を食べ始める。わりと静かに食事できているなと、と思った数秒後。


「秋とユキくんって幼馴染なんだよね?」
「うん、ああそうだよ」


 アキが答えると、エリが俺を見てきた。


「アキって昔からこんな感じだったの?」
「まあ、そうだな」


 俺の返事にアキが苦笑する。


「そうなった原因がよく言うよ」
「だから俺は何もしてないだろ」
「え? なになに? 二人だけの秘密はずるいよ、話してよ」


 エリがすかさず割り込んでくる。
 過去の話はあまりしたくないのさ。俺、未来のことだけ考えて生きてるから。
 ナツにだったらこんな調子で話せるが、リア充グループに囲まれたらやっぱり口にできないな。


「別にそう話すってことでもないけどね……話していいかな?」
「できれば話してほしくないな」
「わかったよ。じゃあできない」


 アキがぺろっと舌を出して笑う。
 そんないたずらっ子な様子に、周りの人達が驚いていた。


「あ、秋ってそんな風に笑うことあるんだ……」
「え? あー、まあそうだね。ていうか、みんなが思ってるほど、僕って大人じゃないよ?」


 そうだ。今度部長と放送室で喧嘩してみるといい。
 みんなの評価が百八十度変わるだろうな。


「いや、それはないない。秋の対応っていつも凄いじゃん」


 ……アキが大人、という言葉に吹き出しそうになる。
 部長と一緒に喧嘩している姿を思い出す。
 あんな姿を知っているのもゲーム部の人たちくらいなんだろう。


「そうそう。秋とほら……秋が所属してるゲーム部の部長さん。春雪しゅんせつひめと並んでうちの学校の代表みたいなところあるじゃん?」


 そういった男子生徒にぷっと吹き出しそうになった。
 そういえば、そんな呼ばれ方してたな。うちの部長は。
 部長の名前は桜だ。桜といったら春をイメージするが、彼女の対応は氷のように冷たい。
 冬を連想するといえば雪。だから春雪。春に降る雪というのが、部長の通称である。


 ちなみにアキは王子様。特にひねりもないが、外のアキを示すにはぴったりの言葉だと思う。
 俺的にはお子様でもいいけどな。


「まあ、今は僕も部長もいいでしょ? 昔の話をエリは聞きたがってたよね?」


 お。に、逃げるように俺の話題に戻るんじゃない。俺はしてほしくないの。


「そうそう。二人ってあんまり関わることがないようなタイプじゃん? だから気になってたんだよね」


 はっきり言うな。陰キャの俺と陽キャのアキは普通に見たら接することはないだろう。
 まあ本人の言い方は引っかかるようなものはない。むしろ、そういう直接的なことを聞いてきたにもかかわらず、まったく不快さはない。


 勝手にあれこれ考えているのは俺くらいじゃないだろうか。


「小学校のときに僕はユキとあったんだよね。それから、ずっと一緒かな」
「へぇ、幼馴染なんだね。それだけずっといるってよっぽど息があったってことだよね」
「初めはそうでもなかったよ。僕はユキを敵視してたしね」
「敵視……? アキくんもそういうことするんだね」
「そりゃあもちろんね」


 聖人君子と思われているからな。
 そんなアキの意外な面が見れて、彼女たちは楽しそうである。


「けど、じゃあなんで今はこんなに仲いいの?」
「喧嘩して……仲良くなったって感じ? 河原で殴り合って友情が芽生える奴みたいな」
「あは、なにそれ」


 アキの冗談めかした言い方にその場が笑いに包まれる。
 そんな激しいことをした覚えはないんだがな。
 アキがちらと俺を見た。話したそうにアキが目を輝かせている。こいつ、俺のことやたらと周りに話したがるんだよな。
 俺のこと好きなのかよ、と前に言ったら、親友を誤解されたくない、と真面目に答えられた。


 ……それから、この目をされると俺も否定できない。
 俺の沈黙をアキは肯定ととらえたようだ。


「ユキって昔は何でもできたんだよ。運動も勉強も、全部学年で一位をとれるくらい凄くてね」
「え、そうなの?」
「ま、小学生くらいのときはそういうのもあるんじゃないか?」


 驚いた様子のエリに、俺はそう返事をしておいた。
 神童って奴だな。ただ、年齢がたてばどんな天才だってただの人、みたいなことわざ通り、今の俺はそこらにいる高校生と変わらない。


「そうなんだ。ユキくん、何かあるなーって思ってたけどやっぱりすごかったんだね」
「そうだよ。ユキはやる気さえあれば凄いんだけどね……やる気ないから」
「うっせ。おまえみたいに四六時中頑張れるような才能がなかっただけだ」


 それは事実だ。
 長い時間努力するというのも才能の一つだろう。
 俺はたぶんそれなりに才能があったんだろう。ただ、努力というのが嫌いだった。


 毎日ひたすらに取り組むようなことはできなかった。アキはそれができる。
 アキは本気を出せば俺のほうがすごいというが、それは短期的に見ての話しだ。
 恐らく、何をやっても長期的に見て俺がアキを超えることはないだろう。


「それでそれで? 秋とユキくんはそこからどうなったの?」
「いつも僕はユキに勝負を挑んで、返り討ちを食らってたんだよね。けど、あるときユキが僕に勉強やら運動やらを教えてくれたんだよね?」
「まあな」


 俺は親に強制されてなんでもやらされてきた。
 それが嫌だった。親の言いなりになって何でもやっていた俺は、親に言われたことをすべてこなし――そして、アキに負ける道を選んだ。


 そのために徹底的にアキに教えた。
 勉強でいい点を取る方法を、スポーツで活躍する方法を。
 父、母から教えられ、それを自分なりに研究し、子どもに合わせて指導した。


 アキは俺の教えた通りに、いやそれ以上の才能を持って俺を超えてくれた。
 そのあたりのことは、アキも話すつもりはないようだ。俺たちの関係はそんなところだ。


 アキのように友達と遊びながらでもなんでもできる子どもを見た俺の両親はそれから、俺にも自由をくれるようになった。
 そうしたらぼっちになった。あれ? 両親育成失敗してね?


 当時のことをアキも思い出しているようだ。こちらを見て、小さく微笑んだ。


「楽しそうだね、秋」
「まーね。こんなところかな僕とユキの出会いは」
「そうなんだ。とにかく、秋とユキくんが組んだら負けないってことだね!」
「もちろん。ね、ユキ」
「いやそれはどうだろうな?」
「またまたー! 期待してるぜ、ユキくん」


 ばしんっとエリが俺の背中を叩いてきた。
 ……とりあえず、話はこんなところだろうか。
 リア充の集団は過剰に俺へと関わってくることはなかった。思っていた以上に落ち着いた人たちだ。


 本当のトップ層というのはみんなに優しくできるんだな。ていうか、俺が思っている以上に、彼らはぼっちとかリア充とか、そういうのを気にしている様子はなかった。
 スクールカーストは大きくわけて四つにわけられると俺は考えている。
 誰もが羨むリア充的グループ、それに近いけどリア充になりきれないキョロ充、可もなく不可もない普通のグループ、そしてぼっち。
 四つ目に属している人は少ないはずだ。俺の知っている限りでは、俺と部長くらいだけどな。


 本当のトップ層というのは周りに嫉妬する暇があったら、自分を磨くような真のリア充しかいないんだろう。
 たぶん、アキと一緒にいるのがそのレベルの人たちなんだろう。


 だからこそ、俺も特に気おされることはなかった。
 昼休み、食堂を出るときだった。
 ナツたちの集団を見つけた。ナツと目が合うと、彼女は少しだけ不服そうにこちらを見てきていた。
 なんだ?

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