第二十四話

　ナツが一緒に持ってきたタオルを俺のほうに渡してくれた。
　それを腰に巻き付ける。
　ナツもすぐ近くのシャワーのお湯を出していく。


「ちなみに、私は間違えて入ってきたわけじゃないですよ?」
「故意にかよ?」
「はい。先輩をからかおうと思いまして。その反応を見るに……大成功だったようですね」


　……だとしても、だ。


「おまえ、人をからかうのが好きっていうが……自分をもう少し大切にしたほうがいいんじゃないか?」


　さすがに男がいる風呂に入ってのからかいというのは異常ではないだろうか?
　シャワーを浴びながらの彼女は、温度なのか照れなのかわからないが頬が赤らんでいた。


「大切にしていますよ?　だからこそ、今こうして入っている感じですね」
「意味がわからないんだが?」
「えー、なんでですかぁ。ちょっとくらいわかってくれないと私泣きますよ?」


　よくわからないことを言ってくるナツ。
　俺は湯へと移動し、体を温めることにする。


　ナツは胸はないんだし、遠目に見ればカワイイ男のようなものだ。
　うん、そう思えば別に特に気になることもないな。
　俺だけ意識しているのも馬鹿らしい。肩までつかっていると、しばらくしてナツがこちらにやってきた。


「それじゃ、そろそろ出るな」
「逃げるんですか?」
「のぼせるから出るだけなんだが?」


　逃げるとかいう表現に悪意を感じる。


「風呂のふちに座っていてもいいですから、もう少し話ししませんか?」
「……何かここで緊急的に話すようなことがあるのか?」


　風呂からでても構わないだろう。


「はい。ほら、今の私を見て先輩って何かこう感じるものありませんか?」
「……とうとう頭のネジが吹っ飛んだか?　くらいには思ったが」
「ほら、こんな魅力的な美少女が一緒のお風呂にいるんです。どきどきしません?」
「確かに。ここで悲鳴あげられたら確実に俺が加害者になるもんな」
「……先輩が出るというのなら悲鳴をあげましょうか」


　ぶすっとナツがいじけた顔になる。


「……よくわからん奴だな。俺だからいいものを、他の誰かにこんなことしたら変な誤解されても仕方ないんだぞ?」
「先輩は誤解してくれないんですか?」
「ご、誤解って……」


　そ、それって……なんだ?
　俺がどきどきしていると、ナツが口元に手をあてた。


「あれ、誤解しました?」


　相変わらずウザイ奴だなっ!


「……馬鹿、してねぇよ。俺がそんくらいで怯むかよ。……とにかく、先輩として一つ忠告しておく」
「なんですか?」
「おまえはカワイイんだ。だからこういうことをする相手はきちんと選ばないとだぞ?」


　俺の言葉にナツは片手を口元に充てる。


「どうした」
「いえ、カワイイと褒められ嬉しくて口元が緩んでしまったので隠しているところです」
「そいつは可愛らしい反応だことで」


　正直に話しができている以上嘘だろうな。
　俺の言い方が親みたいだったから笑っているんじゃなかろうか。
　少しして、ナツは考えるようにうなずいた。


「わかりました。それじゃあまた次の機会があればお世話になりますね」
「聞いてた?　人の話?」
「先輩こそ、自分の発言に責任を持ってくださいね?」
「あれ?　なぜ俺が怒られてる?」


　今の流れからしておかしくないか?
　俺が首を傾げていると、ナツがぱしゃっとお湯をかけてきた。


「先輩はしているようですが、今のようなこと、先輩以外には決してしませんよ?」
「……そいつはどうも」


　男としてまったく見られていないんだろうな。
　俺も彼女のことは妹のような存在だと思っているが。


「向こうの二人はどうなっているんですかね?」
「さあな。気になるなら突撃してきたらどうだ?」
「いくらアキ先輩でも私の裸をお披露目するわけにはいきません。そんな安くはないんです」
「俺に見せている時点でかなり安くない?」
「先輩以外には見せていませんから、安くないんです」


　そう聞くと確かにやすやすと見れるものではないのだろう。


「アキも部長も、裸の付き合いでちょっとは自分の気持ちを話せばいいんだがな」
「そうですね。それじゃあ私たちも隠し事なしで話をしてみますか?」
「わりと俺たち結構あれこれ話してるだろ?」
「いえいえ、私先輩に大きな隠し事をしているんです」
「隠し事……?」


　なんだ?　俺が首をかしげていると、ナツが少しだけ色っぽい表情を作った。
　どこか緊張した様子にも見える。……なんだろう。


「おまえどうした。ギャルゲーの告白シーンみたいな表情して……」
「私今一枚絵ですか?」
「あ、ああ……そういっても過言じゃない……が」


　どんどん距離をつめてくるナツ。
　俺は逃げようと思ったのだが、すっと近づかれて動けなかった。


「私、ずっと先輩に隠していたことがあるんです」
「……なんだ?」


　彼女の憂いを帯びた表情。
　どこか泣き出しそうに瞳をうるうるさせている。
　そんな彼女は口をゆっくりと開き、


「……部室の冷蔵庫にあったプリン。私が食べました」
「はああ!?」
「どうですか。告白と勘違い――なぜいま私の頬を引っ張っているのですか?」
「てめぇのせいで俺、部長に怒られたんだが?」
「たまに食べたくなるときありません?」
「だったらあのとき言えや!」


　ゲーム部でプリンが好きなのは部長と俺だけだからな。
　最終的にいじけてうるさかった部長とアキが喧嘩をして、俺がなぜかその仲裁をしていたのだ。
　……そういえば、あのときナツはだんまりを決め込んでいたな。


「あとで部長に謝っておけよ」
「はい」


　ぴちゃんとナツは風呂に戻る。
　それからからかうようにこちらを見てきた。


「今先輩、凄い顔赤いですよ?　もしかして、本当に告白と勘違いしました?」
「いや、そんなわけねぇだろ。しょうもないことだってのは予想してたぜ」
「それでは、もしも本当に告白だったらどう返事しますか?」
「そんなの拒否だ拒否」


　というとナツが本気で悲しそうにこちらを見てきた。
　な、なんだその表情は。


「……先輩、もしかして私先輩に嫌われています?」
「……いや」


　なんだよこいつ。そういう顔するんじゃないっての。
　ああ、くそ。頭をかいてから、俺は立ち上がる。


「悪いが俺は嫌いな人間と一緒に遊びにも飯を食べにも行かない。そんなできた人間じゃないからな。嫌いな奴には嫌いとはっきり言えるんだよ」
「好きな人に好きとは?」
「普通言えるか?　そんなこっぱずかしいこと」
「そうですか。ちなみに私も好きな人以外にこうして接することはしませんからね」
「そうかよ」


　また人をからかうようなことを言って。ちらとみるとナツは嬉しそうにこちらを見ていて、ちょっと調子が狂った。
　そのまま風呂を出て、佐藤さんが用意してくれたフルーツ牛乳をもらった。