お隣さんの可愛い後輩が俺にだけ滅茶苦茶優しい

木嶋隆太

第十話





「先輩、今日の二人はいつもより素直になれた感じですかね?」
「……そうだな」


 それに関しては間違いなかっただろう。
 帰り道。いつものように一緒に歩いていた。


「それにしても……あそこまで恥ずかしそうにしていた部長もアキ先輩も可愛かったですね」
「アキが可愛いかどうかはわからんが、部長は確かに可愛かったな」
「二人とも本当素直になれませんよね」
「どっちかがあと一歩近づけたら、この関係も終わると思うんだがな」


 できれば、もう少し今の関係の二人を見ていたい気持ちもあるんだがな。


「明日は、アキ先輩が何かゲームを持ってくると言っていましたね」
「何持ってくるんだろうなあいつ。ちょっと企んでいる感じがしたんだが」


 そのときだった。アキからメッセージが飛んできた。
 中身を確認してから、ナツに見せる。


『部長ってホラーゲーム苦手なのかな? 怖がっているところとか絶対可愛いし見てみたいんだけど……さりげなーく、ナツにきいてもらえないかな?』
「さりげなく?」


 ナツが首をかしげる。


「事情を知っているんだから別にいいだろ。それで、どうなんだ?」
「このメールをそのまま部長に見せてあげたいですね」
「喜ぶのか? それとも怒るのか?」
「たぶん前半部分で怒りを覚え、後半には照れて怒りが抜けてると思います」
「……それは見てみたいな」


 ただ、アキの好意までばれてしまうので却下だ。


「部長はホラー苦手ですよ。……けど、それをやらせようとするとは 意地悪ですね」
「あいつの精神はたぶん小学校のときで止まってるんだ。好きな子に悪戯したいんだろ」
「先輩もそうだったんですか?」
「どうだろうな。小学校の頃は――」


 そもそもそんな風に関わる女子はいなかったな。
 俺に声をかけてくる女子は、みなアキの好みとか聞いてくるだけだったし。


「すみませんでした」
「まだ何も言ってないのに謝るんじゃねぇ」


 とりあえず、ホラー苦手らしい、と連絡をしておいた。


「先輩。今日はスーパーでくじ引きがありますから、行きましょう」
「あれか。千円以上購入で一回引ける奴だよな? どうせ当たらないんだしいいだろ」
「一等は遊園地のペアチケットです。もしも当てたら、部長たちを行かせるのはどうでしょうか?」
「……おお。もしもあたったら面白そうだな」


 というか、自腹を払ってでも二人にぜひともお出かけさせたい。
 あの二人がどんなデートをするのか、後ろからこっそりつけたいものだ。
 スーパーに向かい、その日の夕食を買っていく。


「先輩、今日は何食べたいです? 肉? 魚?」
「肉」
「魚にしましょう。やすいですし」


 なら聞くんじゃない。


「アキ先輩。なにのホラーゲーム持ってくるんですかね」
「……たぶんVRホラーだな。あいつクリアできなかったゲーム持ってたし」
「アキ先輩ができないってかなりの難易度ですよね」
「別に。俺はクリアできたぞ」
「それじゃあどうして?」


 俺が答えようとしたときだった。
 ナツの視線がある方を向いていた。


「先輩……私、天ぷらが猛烈に食べたくなりました」
「いやまあ別にいいがな」


 俺も魚料理を出されるよりはうどんなりそばなりで天ぷらを食べたい。
 というわけで、天ぷらとうどん、そばを購入した。
 それらを担いだ俺は、ナツとともにくじ引きに来ていた。
 一等はまだ残っているようだ。本当にあたりが入っているのかと疑いたくなるのは、俺が捻くれているからだろうか。


「とりあえず、五回回せますね」


 これまで購入してきたレシートを彼女が取り出した。
 ……よくもまあきちんととってあるな。


「俺は運はないほうなんで、お前に任せる」
「外しても文句言わないでくださいよ」
「おう」


 なんて言おうかな、なんて考えていると。
 からんからんっと、あたりを告げるベルが響いた。


「大当たり! 一等の遊園地ペアチケットです! 学生のカップルさんですか? 楽しんできてくださいね!」


 誰がカップルじゃ。
 彼女は結構ガチで驚いていて、そんな顔を見るのは初めてだった。


「やったな」
「は、はい……」


 そのあとはすべてハズレ。ポケットティッシュだけもらって帰ってきた。


「……まさか、本当に当たるとは」
「どうせなら宝くじでも当ててほしかったがな」
「もー、文句言わないでくださいよー。ほら、先輩やりましたよ、ほめてください」


 自慢げに彼女がチケットをこちらに向けてくる。


「凄いな。それで? どうするんだ?」
「部長にあげようと思います」
「いいのか?」
「はい。二人が楽しんでくれたらそれで私は満足ですね」


 とかいいながら、ちょっと名残惜しそうな顔である。


「行きたいのか?」
「……わりかし」
「それならチケット代くらい奢ってやろうか?」


 俺が言うと、彼女は目を見開いた。


「……ど、どうしたんですか? なにか悪いもの食べました?」
「別に。今月は色々世話になってるからな。その礼だ。一緒に行きたい奴でも誘って行ってきたらどうだ」
「それじゃあ先輩行きますか」
「……他にいねぇのか?」
「はい」


 案外、交流関係浅いな。


「わかったよ。そんじゃ……二人に渡して、俺たちもその後でもつけるか?」
「いいですね。楽しそうです」


 にやり、と彼女の口元が緩んだ。
 俺たちがアパートに帰っている途中だった。
 不意にナツが俺の顔を覗き込んできた。


「今、ふと思い出したことがあります」
「なんだ?」
「先輩、今日のゲーム中私のこと褒めましたっけ?」
「褒めたろ」
「褒めてないです」


 そんなことないはずだ。
 俺は記憶を探るのをやめた。


「褒めてくれませんか先輩。私、わりかし褒めていたと思いますが。今日の計画が成功したのも私の努力がかなり大きいと思います」
「わかったよ」


 褒める。褒めるね。
 ナツは欠点もいくつかあるが、それ以上に褒めるべき部分はたくさんある。
 これほど楽なことはないな。


「家事全般できて、面倒見がいい。おまけに人付き合いもうまくて、友達も多いんだよな?」
「知ってますか先輩。友達というのは褒める褒めないの対象外なんですよ?」
「出来て当然みたいにいうのやめてくれる? 部長泣くぞ」


 この場にいたらきっと半泣きである。姿が容易に想像できた。


「何より可愛いし、声もキレイで、男性諸君からさぞかしモテる」
「そ、そうですね」
「正直いって、これほど優秀な後輩なかなかいないな。ゲーム部の未来は明るいな」
「ええ、もちろんですよ」


 ふふん、とナツが自慢げに胸を張る。
 素直に褒めてやったら、ちょっと照れているようだ。可愛げのあるところもあるな。
 アパートの二階にあがるための階段をあがる。これまでは彼女をよく知る人なら誰でも評価出来る部分を伝えた。


 だから最後は、俺の感想を言おうか。


「何より一緒にいて楽しいし、落ち着く奴だな」


 そういったところで、階段を上がる音が一つ減る。
 俺が振り返るとナツは立ち止まっていた。


「どうした?」
「……なんでもないですよ」


 そういったナツの表情はこれまで見たどの笑顔よりも輝いているようにみえた。





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