お隣さんの可愛い後輩が俺にだけ滅茶苦茶優しい
第九話
今回用意したゲームは人生ゲームのようなものだ。
プレイヤー全員がサイコロを振って、全員が振り終わったところでミニゲームが始まる。
今回俺たちは、チームを組んで、必ず二対二になるようにしている。
ゲームが始まったとたん、二人はなかなかしゃべらない。
「あっ、先輩。サイコロ振る番ですよ」
ナツの言葉に反応して、俺はすぐにサイコロを振る。
サイコロは1から10までの数字が書かれている。アイテムを使うことでさらに上の数字まで出せるが、今回はそれほど意識する必要はないだろう。
出た数字は1。基本的に先に進めば進むほど良いイベントが起こるので、この数字はクソである。
ちなみに、サイコロは目押しができる。俺は今わざとやってみた。
ナツの褒め力を確かめるためにな!
「……先輩」
「褒めるんだぞ」
ナツは顎に手をあて、眉間を寄せた。
「先輩って……あれですよね。アキ先輩という素晴らしい友達がいて、凄いですよね!」
「それは俺を褒めてるんじゃなくてアキだぞ」
「先輩はあれですね。……いつも一人でいますね。じゃなくて……あっ。一人でいて、話しかけるのに躊躇わなくていいですね!」
「それ若干褒めてるのかどうかわからないんだが」
「えー、褒めてますって。ささ、次はアキ先輩の番ですよ」
誤魔化しにかかったな。
アキがサイコロを振ると10の数字が出た。
おっ、これは褒めやすいな。
「中々やるじゃない。その調子よ」
「……何か上から目線な感じがするのは気のせいかな」
「そう? 気のせいよ」
ふんっと部長は髪をかきあげ、どこか女王様という空気をまといだした。
そんな部長の耳は赤い。……おいおい、あのくらい褒めるのでも恥ずかしがっているのかよ。
こんなんで例えばアキ本人を褒めたらそりゃあもう顔真っ赤になるどころの話ではないだろう。気絶するんじゃないか?
ちなみにアキは、それでも褒められたと認識しているようで口元が緩んでいる。部長には見えていないようだが。
ゲームは進んでいく。……アキも何度か部長を褒めようとするが、こっちはこっちで滅茶苦茶恥ずかしそうである。
「まっ、上出来じゃない、キミにしては」
そういわれて部長は少々不服そうであるが、嬉しそうである。
アキも部長の顔なんて一切見ていない。お互い、相手の顔を見る余裕はないようだ。
それを見ていた俺とナツはひそかに癒される。
この二人の恋愛模様を見守っているだけで、一日つぶせるな。
ゲームは終盤に差し掛かる。
最後……俺たちが逆転するには、サイコロで4を出すしかない。
「ユキ先輩。頼みますよ」
「わかってるって」
俺は軽く息を吐き、ちらとアキと部長を見た。
彼女たちも、このゲームで目押しができることには気づいているようだ。まあ、その成功率は80%くらいか。
実は、このゲーム、目押しといっても少しのズレがある。
俺はそのズレを狙い、4の数字を引き当てた。
「やっぱり、ここ一番の集中力は凄いね。微妙なズレまで完璧に調整するんだから」
はぁ、とアキが肩をすくめる。負けた姿も爽やかでかっこいいんだからイケメンというのはずるい。
これで部長と口汚くののしりあうことさえしなければ、欠点などまるでないんだが。
「私もほぼ成功できるところまではいけたけれど、まだ100%は無理ね」
「……おまえらが一度やっただけでそこまで気づけてることに俺は驚いているがな」
というわけで、ゲーム自体の勝負は俺たちの勝ちで終わりだ。
ただ、そもそも勝ち負けが重要じゃないからな。
ゲーム機を片付けていると、部長とアキが俺の方に来た。
「ごめんね、ユキ」
「……ごめんなさいね。たしかに、いつも編集とかその他諸々任せておいて、その邪魔をしてしまって」
二人がすっと頭を下げてきた。
……そ、そこまで深く反省されると困る。
俺とナツは顔を見合わせる。お互い心を小さく針でつつかれた気分だ。
だって、俺たちは部長たちが困ったり、照れたりしている姿を楽しんでいただけなんだからな。
とはいえ、それをそのまま伝えるわけにもいかない。
「別に俺も本気で怒ってるわけじゃねぇよ。ただ、いつまでも今が続くわけでもないからな。一日一日、大切にしていきたいと思ったんだよ」
ふーと俺は息を吐く。気分的には窓ガラスに体を預け、たばこでも吸っている感じ。
ハードボイルドを意識していると、三人が口元を緩めた。
「ユキってほんと、時々年寄りじみた言い方するよね」
「大人びたといえ」
「まあ、あなたの言い分もわかるわ。……今この一瞬を大切にしていきたいわね」
「はい……そうですね」
よし、結果的にいい感じにまとめられたな。
俺がゲーム機を片付け始めたときだった。
「そういえば、アキ。あなた三つ目のミニゲームのとき、私の頭を踏み抜いたわよね?」
操作キャラクターのことを言っているのだろう。
「それなら僕も言わせてもらうけどね。二つ目のゲーム。残り時間五秒のとき、さりげなく僕の操作キャラクターを殴りつけたよね?」
「あのミニゲームは勝ったから構わないじゃない。けれど三つ目のは――」
「勝てたからとかじゃないよ。僕はあれで随分とストレスがたまってね。ルールがなければコントローラーを投げつけていたところだったよ」
「あらそう。けどあなたのようなへっぽこ投擲なら、私蹴り返せるわ」
「へ、へぇそれならやってみようか、今ここで!」
二人はちらと俺を見る。
喧嘩していい? という目である。
「ファイッ!」
「散々、ゲーム中あたしに嫌味言いやがって!」
「それはこっちのセリフだよ!」
ゲームを片付けたところで、ナツが隣に来る。
「いいんですか? 何も変わっていませんよ?」
「これもうちの部の日常だからな」
「そうですね」
俺とナツは二人の喧嘩を眺める。
けど、こいつら、内心では好きあってるんだもんな。
そうみるとなんだか可愛く見えてきた。どっちも素直になれない奴らめ。
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