お隣さんの可愛い後輩が俺にだけ滅茶苦茶優しい

木嶋隆太

閑話





 ユキ先輩はまったく私のことを覚えていないようだけど、私は違う。
 私がユキ先輩とあったのは、中学三年生のときだった。
 当時の私は今以上に地味で、勉強ばかりしかしていなかった。


 唯一の趣味はオタク的なものだ。休日、息抜きに近くのアニ〇イトに行くのが私の唯一の楽しみだった。
 地元にはないので、駅を一つ経由しての移動になる。


 その帰りだった。
 お気に入りだった作品の限定グッズが購入できたこともあって私はウキウキしていた。
 信号に気づかず、そのまま歩いて行ってしまった私の眼前に車が近づき――。


 あっ、死んだわこれ。と思った次の瞬間に体に衝撃が襲いかかる。
 だが、痛みはなかった。
 車に轢かれたわけではなく、誰かに抱きかかえられ、横に跳んでいたのだ。


 ちらと見ると、制服姿のユキ先輩がいた。


『……土曜課外でテンション下がってるところに、これとかマジついてねぇなおい』


 私は彼に抱えられるようにして、倒れていた。
 ユキ先輩は私の体を優しくどけてから、体を起こす。


『だ、大丈夫ですか!?』


 車の運転手が下りてきた。
 私は呆然と、その状況を見守るしかできなかった。
 心配よりも、申し訳なさが大きかった。
 信号無視して飛び出して、それでひかれそうになった。自業自得の極みである。


『ああ、俺は問題ない。ただ、車を軽くけりつけたから、傷つけちゃったかも……』


 確かにあの瞬間、がんっという音が響いていた。
 それは、ユキ先輩は私を抱え、車を蹴って跳躍してかわしたのだ。
 ……正直言って、どんな身体能力だよとツッコみたくなったが、私の口からその言葉は出てこなかった。


『そんなことはいいんです! 怪我はそちらのお嬢さんは!?』
『お嬢さん、だってよ。大丈夫か?』
『……は、はい』
『なら、まあいいか。って、やべ。制服の膝破けてるなこれ……新しいの買うしかねぇか』


 ユキ先輩は正直この場でもっともどうでもいいことを悩んでいた。
 そんなユキ先輩は、私を少し強くにらんできた。


『よそ見して歩くなよ。おまえだけじゃなくて、運転手さんにも迷惑かかるんだからな』
『ま、待ってくださいっ! そ、その……ありがとうございます』


 私はユキ先輩の腕をつかみ、それだけの言葉をかけることしかできなかった。
 彼は一度私を見て、気にするなとだけ残して……そうして、去っていった。










 これが私とユキ先輩との出会いだ。
 私は惚れた。だから、ユキ先輩と同じ学校に通おうと思った。着ていた制服で、三橋高校の生徒だってのはわかっていたし。


 だから私はユキ先輩と仲良くなりたい。
 そこで私が立てた計画は、ユキ先輩の家近くに引っ越すことである。
 そのため、私はユキ先輩の下校時につけ――偶然帰り道が一致し、アパートに住んでいることを把握した。


 そのアパートで一人暮らしすることを決め、できれば、隣の部屋がいいと考えた。そっちのほうが自然に足を運べるだろうと。
 そこまではスムーズにいった。問題は、ユキ先輩と同じ部活動に所属するということ。


 それまで趣味だったゲームもガチで頑張った。
 その結果が今である。
 入学式を終えて一か月と少し。ようやく、ユキ先輩とも自然な距離を保てるようになった。
 ……あとは、そこから踏み込んだ先に行きたい。


 ……けど、恥ずかしくて、とてもじゃないが冗談以外でそんな気持ちを伝えることはできなかった。
 ていうか、ちょっとくらい先輩も察してくれたらいいのに――そんな文句をつけながら、隣の部屋をじろっと睨んでいると、スマホが鳴った。


 クラスの誰かから電話かな? と思ったら部長だ。


「はい、もしもしーどうしたんですか?」
『ナツ……ちょっと、その相談したいことがあるんだけど――』
「え、なんですか?」


 私が首を傾げると、向こうが沈黙した。
 ……部長が言いよどむ状況に、私は困惑する。


 いつもずばずばと物事を口にできる部長が、これほど悩んでいるということに、私も不安を感じる。


『私……あの、好きな人がいるの』
「誰ですか?」
『………………アキ』


 恥ずかしそうに、消え入りそうな声で部長はそういった。
 ……それに思わず変な声をあげそうになった私だが、何とか声を抑えた。





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