痴漢されている美少女を助けたら一緒に登下校するようになりました
第三十話 本当の気持ち
家につき、本を近くに置いてから、浩明は彼女の好きなオレンジジュースをコップに注いだ。
リビングに戻った浩明はそれをテーブルに置いた。ことんという音とともに、華恋は視線をこちらに向けてきた。
「ありがとう」
「……ああ」
浩明は軽く返事を返して、彼女の様子を改めてみた。
いつものように微笑んでいたが、それでも彼女の指先が震えているのに気づいた。
華恋にどのように声をかけようか浩明が考えていると、
「さっきの、話なんだけど」
切り出したのは華恋だった。
浩明は頭をかいてから、華恋の前に座った。
「私、中学のとき美術部に所属していたんだ」
「……そうなんだな」
驚いているように浩明はふるまった。
花との約束もあったからだ。
「うん、それで色々な絵を描いてて、あとは漫画みたいな感じの軽いタッチの絵とかも好きで。……あとは、花ちゃんに描いてって頼まれて今のライトノベルみたいな感じの絵とかもね」
「なるほど、な」
「それで、まあその……私色々な絵をノートに描いてたんだ。本当に描くのが好きで、将来は絵に関わるような仕事をしたいって思ってた」
「……思っていた。今は、もうないのか?」
「花ちゃんと一緒に絵を描いているときに、あの二人に見られて、ばらまかれた。クラスの人たちを巻き込んで、みんなで私を馬鹿にしてきたんだ。あの二人、クラスじゃ目立つ人たちだったから、誰も逆らえなかったんだよ」
「……」
コップを置いた華恋は、唇をぎゅっと噛んだ。
ぽたぽたと、目から涙がこぼれ、浩明はそれをじっと見ていた。
「私は好きな絵を描いていただけなんだ。なのに、なのに……」
そのときの情景がありありと浮かんだ。浩明もまた、似たような体験があったからだろう。
ぐすぐすと泣く彼女に、浩明は小さく息を吐いた。
「俺も」
つぶやくようにいって、華恋が顔をあげるのを待ってから続ける。
「似たような経験があるからわかる。ノートにたくさん小説のネタとか、いいなって思った言葉とか浮かんだこととか、たくさん書いてた。休み時間も気にせずに周りの目なんて気にせずにやってて、それを見られて、バカにされたことがある」
「……けど、今もつづけられるんだね」
「だって、好きだから」
浩明がそうはっきりといいきると、華恋は目を見開いた。
それから、視線を外に向けた。
「私は無理だったよ。……なにか描こうとするたびに、周りの人の馬鹿にした笑い声が聞こえてくる気がして。体が勝手に震えてくるんだ。今だって、絵を描くような機会があると、怖いんだ」
「なんで……好きなことやってるのに、バカにされなくちゃいけないんだ? みんながゲームを好きでやるように、俺はライトノベルを書いているだけなんだ。みんなが、友達と遊ぶのが好きな以上に、俺は小説を書くのも、読むのも好きなんだ。好きなものがある、っていうだけでみれば、みんな同じじゃないか?」
「……そう、だけど」
「好きなんだから別にいいだろ、って俺は思ったんだ。……好きなことをやってる自分を、俺が否定したらもうダメだ。好きなんだから、それだけは曲げずにやっていきたいって……そこでやめたら、周りの馬鹿にしている奴らを肯定するみたいで、嫌だった」
「強いね……凄いよ戸高くんは。私は駄目だったよ」
「早水は、別の生き方を見つけたんだろ? それが、今のように生きるってことだろ?」
「……そうだよ。バカにされたくないから」
「それはそれで、出来ることじゃない。……俺は周りから興味をなくすことで、周りを気にしなくなった。……逆に早水は周りに興味を持つことで、周りの声を気にしないようになった。……俺には絶対できない」
浩明ははっきりとそういって、できる限りの笑顔を向けた。
「……そうじゃないよ、私は怖かっただけだから」
「俺は怖くて、誰かと仲良くなろうとは思わなかった。早水は、そういう意味でも俺にとってはちょっと特別だ」
そういってから、恥ずかしくなって浩明は頬をかいた。
「気にしなくていいだろ、あんな何もやってない奴らなんか。……わかるわけがないんだ。本気で好きなものがないから、そういう人を見て、バカにするんだ。自分は何もしていないから、勝手に不安がって、勝手に嫉妬しているだけなんだ。……気にする必要なんてないだろ」
「……」
浩明ははっきりと言ってから、華恋に微笑んだ。
浩明が言いたかったことは伝えた。
華恋はこくこくと小さな頷きを繰り返したが、その両目から涙がこぼれ落ちる。
華恋は必死に手で涙をぬぐっていたが、それでも止まらない。浩明は近くにあったティッシュを持ってきて、彼女に渡す。
そうして、赤い目で近くのティッシュで鼻をかんでいた華恋を見て、浩明は質問した。
「早水は好きじゃなかったのか?」
絵を描くこと、とは言わなくても、華恋は分かったようで深く頷いた。
「……楽しかったかな。何も考えずに花ちゃんと色々なものを描いているのは。私、あんまり詳しくなかったけど、花ちゃんの好きなものとかよく書いて、それで喜んでもらって。それが嬉しかった。……誰かに喜んでもらえるの、誰かに評価されるのって凄い嬉しかった」
「……そうか」
赤くなった顔で、それでもそうやって言い切った華恋が美しく、浩明は気づけば口を飛来地得た。
「またいつか、楽しんで描けたらいいな」
「……うん」
華恋はぐしぐしと目を拭ってから、首を振る。
「また、助けられちゃった。ありがとね」
「……いや」
(助けられたのは、俺もそうだ)
彼女と出会ってから、浩明の生き方が少し変わった。
そういった意味では、浩明も華恋にたくさん助けられていた。
だから、浩明は笑みとともに、感謝の言葉を伝える。
「俺もありがとう」
「え、何が?」
「まあ、色々だな」
華恋は首を傾げていた。
それから彼女は思い出したように口を開いた。
「ごめんね、部屋にお邪魔しちゃって。私、そろそろ帰るよ」
「……そうか。近くまで送っていくよ」
「いいの? ありがとう」
そういうと華恋は困った様子で微笑んだ。
頬をわずかに染めた彼女の笑顔に、浩明は頬をかくしかない。
(もう少しだけ、一緒に登下校したいな)
改めてそう強く思うのであった。
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