痴漢されている美少女を助けたら一緒に登下校するようになりました

木嶋隆太

第二十九話 お出かけ3



 浩明はそんな彼女らをちらと見て、顔をしかめた。あまりにも悪意の張り付いた顔は、浩明も似たようなものを見たことがあった。


 それは、中学生のときに自分に向けられた視線と似たようなものだった。
 びくり、と肩をあげる華恋と、さきほどの彼女らの言葉から、花の話していた内容がぴんと浮かんだ。


(遊ぶ場所がそんなにないんだから、出会う可能性もあるか)


 華恋が絵をかくのをやめた原因。
 華恋が離れた高校に通うことにした原因の人間ではないだろうか。
 浩明はそんなことを考えながら、女性たちを見ていた。


「うは、デートなの?」


 ちらと彼女らは浩明を見て、ぴくりと眉尻をあげる。バカにするような、からかうような。そんな視線に浩明も嫌なものを感じて視線を外したくなった。
 だが、隣にいた華恋を見て、逃げることはやめた。


 ちらと女性たちは浩明を見て、それから華恋を見る。


「高校デビューおめでとう。昔はあんなに地味だったのにねー」
「……」


 華恋の怯え切った目。それでも、何とかしようと口を動かすが、彼女の口元はもごもごと言葉にならない動きしかできなかった。
 そんな華恋に、二人は一歩だけ近づいた。ますます、悪意のこめられた笑顔が近づく。


「まだあれ描いてるの? オタクっぽいう感じのやつー」
「そうそう、あんなのマジ書いているの気持ち悪いよねー」
「……やめて、よ」


 華恋の震えた声に、女子二人はますます楽しそうに顔をゆがめていた。


「え、いいじゃん別に。あれもしかして、彼氏さんに話してないの?」
「えー、マジでー? ねー、彼氏さん、この子、昔から気持ち悪い絵とか書いててね。なんていうんだっけ? あれ、オタクっぽいの」
「そうそう」


 ぶるりと、華恋が震え、背中を向けようとした。
 浩明は、そんな華恋の手を握り、それから女性二人を睨んだ。


「別に、いいだろ。好きなものに一生懸命なのは」
(……こんなに腹がたったのははじめてだな。それに――意外と俺も怒れるんだな)


 浩明は軽く息を吐いて、二人を睨んでいた。


「な、なに? いきなり睨んでくるとか、マジ気持ち悪いんだけど?」
「マジにならないでよ。冗談なんだから」
「いきなり絡んできたのはそっちだろ」
「はぁ? 何ムキになってんの?」
「ムキになってるのはどっちだよ」


 浩明は彼女らをじっと見て、言い放つ。


「何がムキになってるって?」
「どうでもいい奴の名前も顔も普通は覚えてないだろ」
(俺は中学の人たちの名前も顔も覚えていないんだ)
「そりゃあ、印象的だったからね。だって、華恋は気持ち悪い絵描いてたし」
「気持ち悪いかどうかはあんたたちの主観でしかないだろ」


 浩明ははっきりとそうい生きて、彼女らを睨んだ。


「好きなものを一生懸命やって、おまえたちに迷惑かけたのか? 勝手にそっちが絡んできて、勝手に好き勝手あることないこといって、バカにして笑ってるだけなんだろ? 裏でやってるのは勝手だけど、一生懸命な奴の邪魔するなよ」
(……少し、重ねてる。昔、自分が言えなかったことを、今こうして言っているんだ)


 俺の言葉を受け、女性二人は冷めたようにこちらを見てきた。


「は、はぁ? うわ、なんかマジな感じで気持ち悪いんだけど」
「そうやって、他人の本気をバカにして生きていきたいんだったら、勝手にしててくれ。そのかわり、二度と声をかけてくるなよ」


 浩明が声を強めて言うと、彼女らはびくりと肩を震わせた。


「……いこ」
「……う、うん」


 はっきりと彼女らにいうと、彼女らは露骨に怯えた顔をしていた。
 彼女らが完全に去ったところで、浩明は小さく息を吐く。


 まるで耳元に心臓があるかのように、鼓動はうるさかった。
 じんわりと手に汗がにじんでいたが、浩明はそれでも華恋の手を改めて握りしめ、歩き出した。


「服はどうする?」
「……ごめん、ちょっとどこかで休みたい」
「そうか」


 近くのコーヒーショップをみた浩明だったが、店内は人が多く難しい。
 今日、ゆっくりと休める場所はないだろう。
 それでも、浩明たちは席についた。周りの話し声がラジオのように耳から耳へと抜けていく。


(……どうしよう。な、なんて声をかければいいんだ?)


 動転していて浩明は飲めないのにコーヒーを注文してしまった。
 華恋は手にもったコーヒーをじっと見つめながら、まだ元気のない顔をしていた。
 浩明はコーヒーを口につけ、そのたびに、苦みに泣きたくなりながら、華恋に声をかけた。


「服は、また今度でいいか?」
「……うん」
「少し休憩したら、今日は帰ろうか?」
「……そう、だね」


 それから浩明はなんとかコーヒーを飲み終えた。
 そのころには、随分と落ち着くことができた。
 浩明は大きく息を吐いてから、華恋とともにショッピングモールを出た。


 それから浩明は彼女の手を握ったまま歩くことになった。時々、放そうか迷って力を緩めたのだが、そのたびにぎゅっと握り返される。
 浩明はその感触にドキドキしていたのだが、不安そうな華恋の表情を見て、その気持ちを落ち着かせる。


(……かなり、不安なんだろうな。だから、俺でもいいから頼ってくれているんだ)


 そうしてゆっくりと歩いていく。
 住宅街についたころには、華恋の表情もいくらか落ち着いていた。
 けれど、それでも浩明の手から感触は消えない。


 いつもの十字路についたとき。
 浩明がすっと手を離そうとしたのだが、


「ごめん。その、ちょっといいかな?」
「なんだ?」
「戸高くんの、家に、行ってもいい? そこで、色々と話したいんだ。今日のこと、とか」


 浩明も彼女の口から、話を聞きたかった。
 夕日の中で見た華恋の表情は、まだどこか不安げに揺れていた。
 だから、浩明は力を籠めるように、彼女の背中を押すように、そんな気持ちとともに改めて手を握り返した。


「……ああ。ゆっくりしていってくれ」


 浩明の言葉に、華恋は口元を緩めた。



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