痴漢されている美少女を助けたら一緒に登下校するようになりました
第二十五話 華恋の友達3
「あの、ちょっといいですか?」
花の瞳はふるふると震えていた。それは、他人に対しての僅かな怯えのようにみえた。
彼女と少ししか話していないが、それほど積極的になれるタイプの人ではないのだと、なんとなく察していた。
そんな彼女が、それでもなお浩明に声をかけてきたという事実に、今は驚いていた。
浩明の中で、この辺り一帯の地図が浮かびあがる。
花と別れたあとの、花の行動を想像してみて、ぐるりと回って先回りしたのは想像できた。
そこまでして、二人きりになって話がしたいという結論についた浩明は、色々と考えていた。
(早水がいない状況でしたい話といえば、早水に聞かれたくない話、か)
だからこそ、浩明は花に少し警戒していた。
「別にいいけど、何の用事なんだ」
「先ほど華恋ちゃんがいる前では聞けなかったことがあります。それを、教えてくれませんか?」
華恋に直接聞けない内容という言葉に、否が応でも浩明は体は硬直する。
「一つ目、です」
ためるようにそういった花に、浩明はごくりと唾を飲み込む。
「実は付き合っているんですか?」
「付き合ってない」
花の質問にがくりと肩から崩れそうになったのは、心にとどめた。
花の、「あれ?」という顔に、浩明も同じ心境だった。
「……そんな話か? 俺たちはあくまで一緒に登下校だけしている仲だ。事情は、早水から聞いているんだろ?」
「そ、そうですけど……とにかく、わかりました。そちらはまあ、あくまでジョークみたいな質問でして、聞きたいのは別のことですから」
(それでまた、さっきみたいな質問だったら無視してアパートにでも向かおうか)
そんなことを考えていた浩明だったが、
「華恋ちゃん学校では大丈夫ですか? ……馴染めて、いますか?」
その本気で心配するような言葉に、浩明は改めて口を閉ざした。
二人の電車での会話、中学時代の華恋について。いくつかの情報がぐるぐると頭の中をまわり、おおよその答えを導き出した。
「クラスの中心にいるような子、だ。……馴染めてる、とかの問題じゃないぞ」
(むしろ、俺のほうが馴染めてなくて心配される側だ)
浩明はじっと花を見ていた。
花はほっとしたように胸をなでおろす。
「それなら、よかったです。……私も華恋ちゃんも地味な側の人間でしたから。リア充な人とうまくやれてるのかなって思いまして」
「……そうなんだな」
(早水はオタク趣味を持っていなかったから、違うと思っていたけど……これ、ただの偏見だな。別に、オタク趣味なくても、クラスのカースト下位側の人間には普通になるよな)
華恋が以前話していた高校デビュー、という言葉がちらと浮かんだ。
「もしかしたら華恋ちゃんは話してないかもしれないですけど、話していなかったら内緒にしておいて下さい」
(いいのか、そんな話をしても)
浩明が困って花を見ると、花はじっと浩明を見つめ返した。
「華恋ちゃんに近い人には、知っていてほしいと思ったんです」
「それなら、俺は適任じゃない。……さっきも言ったけど、登下校を一緒にしているだけの相手なんだ」
「そこは私の目で判断して、大丈夫だと感じました」
(……度があってないんじゃないか?)
浩明は嘆息をついていると、花はちらとスマホの画面を向けてきた。
可愛らしい美少女や美男子の絵が描かれていた。
それは一般的なものよりも、どちらかといえば二次元を良く好む人にウケるような絵であり、浩明はそれに驚いていた。
「私と華恋ちゃん、中学のときは美術部に所属していました。私はまあ、こういう絵が好きで絵が得意だった華恋ちゃんにもよく描いてもらっていました」
「……ああ、そうなんだな」
(オタク趣味はないけど、こういう絵は描けるんだな……つーか本当に上手だな。……そういえば、早水は絵が好き、みたいなことも話していたっけ)
花に見せてもらった絵を見て、浩明は改めて感嘆の息をついた。
(……本気でできるものがない、みたいに言っていたけど、絵があるじゃないか。けど……今の華恋は美術部には所属してないよな?)
「もう、絵は描いてないのか?」
(それを仕事にしたいくらいの情熱まではなかったか、あるいは別の理由があるのか)
「はい……中学のときから描けなくなっちゃったみたいで」
「……描けなくなった?」
「華恋ちゃん、コンテストとかによく応募してたんです。それこそ、絵で仕事ができるならなんでもいいって、投稿サイトとかにも描いたものをあげていたんです。あっ、私のアドバイスでですけど」
「……そうなんだな」
(……確かに、絵で仕事をするっていうなら、今時はそういう系のほうが多いよな)
浩明も絵に関しては詳しくなかったが、うっすらとそんなことを思っていた。
「華恋ちゃん、大好きなイラストをいつも描いていて、将来はイラストレーターになるんだって言ってたんです」
「……言っていた? 今は、もう違うんだよな?」
「はい」
花はぐっと唇をかんで、悔しそうに拳を固めていた。
その震えた拳を浩明はじっと見つめる。
「けど、そのクラスの目立つ子たちに私たちの描いている絵とか全部ばらまかれて……馬鹿にされて」
浩明はその事実に驚くしかなかった。
「……いじめられた、ってわけか?」
「……はい。私も華恋ちゃんもすっごい悔しくて。けど、言えるような強さはなくて。そんなのに負けないんだって華恋ちゃん笑ってたけど、けど――最後には描けなくなっちゃったみたいで」
(精神的な部分での、話なんだろうか。……少しわかるかも)
「だから、その。戸高くんには、知っておいてほしくて。華恋ちゃんはきっと自分からは話さないと思って……」
(確かに、話をされたことはないな。……そもそも、早水のそんな過去を知っている人はいるんだろうか?)
「華恋ちゃんがここまで戸高くんと仲良くしているのが、なんだかちょっと嬉しかったんです。華恋ちゃん、中学のときは男子と話をするのも苦手で距離を置いていましたから」
「……そうか」
今からは考えられない華恋の姿に、浩明は苦笑する。
そして、どうして華恋がこれほどまでに気にかけてくるのかも少しだけわかった瞬間だった。
「もしかしたら早水は、一生懸命に見える俺の姿を見て、話しかけてくれているのかもしれない」
「え?」
「……俺は小説を書いているんだ。それで、もしかしたら早水は気にしてたのかもしれない」
(だから、華恋は凄いって俺のことを言っていたのかもしれない。俺も昔、自分の作品が似たような状況にあって、それでもまだ書いているから)
「……そうだったんですね。だから、華恋ちゃんも戸高くんを見て、影響されたのかもしれないですね。戸高くん、優しい人ですからね」
浩明は花の言葉に首を振った。
「別に優しくないと思うけど」
「……今の戸高くんの怒った目を見れば、優しい人だってわかります」
そういった花のほうが優しい子だと浩明は思った。
「知らなかったな、早水のこと。……色々話してくれてありがとな」
「は、はい……けど、その私が話したってことは内緒にしておいてください」
「わかってる」
ぺこりと頭を下げて去っていった彼女を見て、浩明は頭を掻いた。
(どうするかな……?)
そんなことを考えながら、アパートへと戻る。
そして、浩明は思わず声をあげそうになる。喉の奥がきゅっとしまり、心臓を鷲掴みにされたような感覚。
華恋が、アパート近くで待っていたのだ。
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