痴漢されている美少女を助けたら一緒に登下校するようになりました

木嶋隆太

第二十一話 自覚1







 それから、カラオケでのクラス会は本格的に始まっていった。
 普段、こういった場所に顔を見せない浩明は、想定以上の盛り上がりに頬を引きつらせていた。


 苦痛、とまではいかないが、まだやはり慣れない感覚を抱いた浩明は、それでも周りの空気を壊さない程度には合わせようと努力した。
 といっても、わざわざ浩明を狙って声をかける人はいない。
 だから、じっとしていれば静かに過ごせた。


「ほら、次歌うぞ浩明」
「は?」


 幸助に腕を掴まれ、無理やりにマイクを握らされる。
 場の空気は少しおかしい部分もあり、普段後ろにいるような浩明が前に出てもがんばれよーといった気さくな声が飛ぶ。


(人前で歌うなんて、想定してないぞ)


 恨むように幸助をみたが、幸助からの返答はウィンクだけだった。
 その態度に浩明は諦め、羞恥に潰されないようにしながら懸命に歌い抜いた。


 いつもの倍はカロリーを消費しただろう。
 華恋の笑顔を見ることになり、好意とか抜きの恥ずかしさを覚え、浩明はドリンクをとりに向かうように逃げた。


 それから何度か幸助とのデュエットをやらされた。三回目ともなると、さすがに慣れてきた部分もあり、その前の二回に比べれば気楽に歌えた。


「戸高くん、意外と色々知ってるんだね」
「……幸助に無理やりオススメされた曲だけだ」
「なんだよー、悪くないだろー?」


 クラスメートに声をかけられ困っていた浩明のもとに、幸助が肩を組んで隣に座る。
 人見知りを発揮しながらも、どうにか幸助の方に視線を向けることで、それらを乗り切る。


「おまえ、クラスメートに人見知り発動すんなよー」
「うるさい、慣れないんだから仕方ないだろ」
「戸高くん、人見知りなんだ」
「……まあ、そうだな。人見知りだ」
「そんなことはっきり言う人は初めて聞いたよ」
(そういうものなのか? 人見知りだから、っていっておけば予防線にもなると思うんだが)


 幸助のおかげもあり、比較的浩明は問題なく話をすることができた。


(幸助と美咲には助けられっぱなしだな。……俺の前でいちゃついても多少は見逃してやろうか)


 そんなこんなで無事にクラス会は終わった。さすがにあまり遅くなりすぎてもということで、時間は8時。それでも、浩明にとって十分遅い時間であった。


(こんなに遅い時間に外にでたのはこれが初めてだな)


 心中でそんなことを考えながら、カラオケ店の外に出た。
 もちろん、太陽はすでに沈んでいる。
 浩明は夜空に浮かぶ月をみていた、こういった印象に残る風景をみると、すっと頭の中に知っている作家の描写がいくつか浮かんでくる。


 今日は学校以外ではほとんど書き進めることができなかった。
 けれど、悪い1日ではない。最近の若い子の話している内容も聞けた。


 浩明が軽く伸びをしていると、クラスメートたちが分かれていく。


「あれ、そういえば華恋って電車じゃなかった? こんな時間に大丈夫?」
「えっ、マジで!? こんな時間に一人で帰らせるわけにはいかん! 俺が送っていくよ!」
「ばか、おまえの方が危険でしょ。……大丈夫、華恋?」


 華恋と話していたクラスメートが心配そうに彼女を見ていた。
 華恋は小さく首を縦に降る。


「うん、大丈夫。ちょうど兄さんが近くまで迎えにきてるから」
「そうなの? え、華恋のお兄さんってことはめちゃくちゃかっこいいんじゃない?」
(ああ、そうなのか。もともと兄が迎えにくるからクラス会に参加しても大丈夫だったのか?)


 ホッとしたような悲しいような。同時に、お節介だったか、と浩明は華恋に話したことを思い出して少し恥ずかしくなっていた。
 話題はすでに兄の話に移っている。


「そうでもないよ」
「写真とかないの?」
「今はないよ。それに、彼女いるみたいだよ?」
「うわ、やっぱりっ。今度写真撮っておいてよ!」
「わかったわかった。それじゃあ、私はこれで」
「うん、じゃあね」


 華恋が駅の方に歩き出した。浩明はその背中を見送っていると、


「おまえも駅のほうだろ? 一人で大丈夫か?」
「大丈夫に決まってるだろ」
「送って行こっか?」
「ピンチの時はおいて逃げるんじゃないか?」
「そんなことないって、なあ美咲」
「幸助連れて行くくらいなら一人のほうがいいわよ。この前いっしょにお化け屋敷いったら私置き去りにされたから」
「ちょっ、美咲! その時の話はなしだろ!」


 二人のいつものやりとりが始まり、浩明は肩をすくめる。
 駅の方に歩き出した時だった。


「気をつけてねー」


 クラスメートたちの明るい声に、浩明はそっと頷いた。
 駅に向かうために角を曲がったところで、すっと華恋が現れ、浩明は心臓が止まる思いをした。


「早水……兄に伝えていたのか?」
「うん、帰ろっか、お兄さん」
「……俺か」
「ああ言っといたほうがいいと思って。正直に話した方がよかった?」
「いや……このほうがよかった」
(……今のめちゃくちゃ可愛かったな)


 浩明は思わずどきりとした心を押さえつけるように、息をすう。


「じゃあ、やっぱり迎えはいなかったのか?」
「うん。戸高くんが来ないなら連絡しようかな、って思ったけど。戸高くんがいるから大丈夫でしょ?」


 そんなに信頼されても期待に応えられるかどうかは怪しかったが、万が一誰かに襲われた時はすぐに110番ができるように準備だけはしておいた。


 幸い、駅に向かうまでの途中で、何か大きな事件に巻き込まれることはなかった。
 二人は駅内に入ると、思ってもいなかった人の多さに目を見張った。


「……人多いね」


 普段の下校時間よりも駅はひとであふれていた。
 というのも、食事をして帰る人が一斉に帰り始める時間でもある。
 下手をすれば帰宅ラッシュのときよりも混んでいることがある。


「……満員電車、覚悟しないとだな」
「うん」


 華恋が少し表情を引き締めたところで、浩明はホームに入ってきた電車に共に乗り込む。
 なるべく、華恋が壁際になるように人を動き、目論見通りにうまくいく。


 電車が動き出し、浩明は周囲を見る。
 高校生くらいの人もいたが、それよりも社会人が多い。人によっては酒を飲んだのか顔を赤くしている人もいた。


 走り出してしばらくして、電車が大きく揺れた。
 それによって、浩明は華恋のほうに倒れるように向かった。
 華恋にわずかに肩がぶつかり、浩明は思わず顔をしかめる。


「……悪い、痛くなかったか?」
「うん、このくらい大丈夫だよ」


 浩明は華恋の顔が間近にあったことに驚愕する。
 先程、首元にかかったのは彼女の吐息だったか、そんな思考が頭の片隅によぎりながらも、それ以上の緊張が全身を支配していた。
 早く離れなければと思ったにもかかわらず、しかし、彼の背後も先程とは随分と人の動きがかわり、戻るに戻れなくなった。


「……うしろ、かなりつまっちゃってるよ」
「……みたいだな。悪い」
「ううん、だ、大丈夫」


 浩明は謝罪をして、目を閉じる。華恋を視界に入れているのが精神衛生上に良くないからだ。


 浩明は呼吸さえも制限したいほどだった。
 鼻から入ってくる香りはきになる。かといって口呼吸であれば、自分の吐息が彼女にかかってしまう可能性がある。気持ち悪がられる可能性もあって、浩明は一時的に生命活動を止めたい主にさせられた。


 ようやく電車がついたが、全く人はおりないどころか、さらにぎゅうぎゅうと押し込むように入ってきた。


 そんなこんなで、さらに華恋との距離がちかづく。
 吐息がぶつかり合う距離。華恋のきめ細やかな肌がほんのりと赤らんでいるのが嫌でも見えた。


 華恋がせめて反対側をむいていたら、顔をこうしてつきあわせることもなかっただろう。
 彼女の整った綺麗な睫毛がやけに印象に残った。







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