痴漢されている美少女を助けたら一緒に登下校するようになりました

木嶋隆太

第二十話 打ち上げ2



「それで、斎藤くんとはどうなったのー?」
「告白されたんだよね?」


 華恋はそう言われ、頬を染めながら頷いた。


「ま、まあね……ていうか、みんな知ってたんだね」
「当たり前じゃんっ。そりゃあもう学校の有名男女なんだから」
「そういわれるの苦手だからやめてよー」


 苦笑しながらそう答える。


「それでどうなったの? まあ聞かなくてもわかってるけど――」
「断ったよ?」


 そうはっきりといった。
 華恋の言葉にぱちくりと女子たちが目を丸くして、それからえぇっと目を見開いた。


「えぇ!? だってあの斎藤くんだよ!? あ、あれ華恋って誰かと付き合ってたっけ!?」
「ううん、そうじゃないけど……私の好みってわけじゃなかったからかな?」
「そうなの!? 斎藤くんで好みじゃないってもっと上のレベルがいいってこと?」


 「華恋上を目指すねー!」なんて冗談がとび、華恋はぶんぶんと首を振った。


「そういうわけじゃないよ! 斎藤くんも凄い魅力ある人だと思うけど、私は違うの」
「うへー、マジでー? 男子連中よかったじゃん」


 女子たちが冗談めかしてそういった。もうそれ以上斎藤の話はしない、という空気を一瞬で作り出す。
 男子たちもそれを察して、すぐに曲を入れ始める。


「ちょっ、初っ端からそんな歌入れるなし」
「いーじゃんいーじゃん、俺の十八番なんだからよ!」


 カラオケで盛り上がり始める彼ら。
 浩明も聞いたことはある曲だ。楽しそうに歌っている彼らを見て、浩明はほっと息を吐いていた。
 その安堵の息に、浩明は少し嫌な気分になった。


(人の告白が失敗して、それで安心するって。嫌な奴だな俺は)


 そう思ったところで浩明はぽりぽりと頬をかく。
 浩明はここ数日感じていた違和感にようやく気付いてしまった。
 ちらと視界の隅に移る華恋を見て、浩明はもう一度ため息をついた。


(……勘違いしちまったんだろうな俺は)


 それは自分の胸の痛みの理由。
 浩明はぐっともう一度胸を押さえる。華恋の笑顔を思い出した胸が、どくどくと高鳴る。


(毎日一緒に登下校して、それで俺は――早水を女性として認識してるんだ)


 バカだな、と自嘲気味に笑う。
 決して届くはずのない彼女に恋心を抱いてしまったという自分に、嘆息もでなかった。


(……そんな気持ち、持っちゃダメなのにな。……早水はあくまで、電車に乗れないから俺を誘っているだけだ。……そんな彼女の期待さえ裏切ることになる。まったく、誠実な男じゃないな、俺は)


 華恋の弱々しく震えていた肩を思い出す。
 怯えていた彼女を思い出し、浩明は首を振る。


(早水にまた、あんな思いをさせたくはない。今なら、はっきりとそういえる。……もしかしたら、早水は痴漢の一件もあって男が苦手になっているかもしれないんだ。今、俺が彼女の敵側になるような行動は……ダメだ)


 浩明の中に浮かんだが疑問に、しかし別の問いも生まれる。
 その考えもきっと正しいのだろうと、浩明は自分が改めて嫌になる。


(それは――言い訳かもしれない。俺は、自分の気持ちを伝えたその先で、彼女に否定されることを恐れている。……情けないな)


 浩明はぐっと唇をかんだ。何より、斎藤でさえ告白を断られたという事実が浩明にとっては驚きだった。
 斎藤でさえ無理ならば、一体どれほどの男ならば告白を許可してもらえるのか。
 そもそも、同じ年齢の人は恋愛対象外ということも考えられた。年上好き、年下好き。オタクとしてその程度の知識は当然ある。


(手の届かない人だ。だから……今はただ、一緒にいられる時間を大事にしたい)


 登下校だけでも、時々遊ぶだけでもいい。
 それ以上の関係は希望しない。ただ、今は彼女に頼られる今の立場がよかった。


(この気持ちは、底に沈めておくんだ。絶対に、誰にも気づかれないように――)


 浩明は何度か息を吸って、それからいつもの表情を浮かべた。


「なあ、浩明。まさか早水が断るなんて思わなかったよな?」


 幸助の質問に、浩明はびくりと肩をあげた。
 覗きこんできた彼に、浩明はすぐに苦笑を返した。


「そうだな」
「……それにしたって、まさかなぁ。誰か意中の相手でもいるのか?」
「かもしれないな」
「じゃないと、斎藤からの告白断らないよな? 別に悪い噂とか聞かないしさ」


 幸助の言葉に美咲もうなずいていた。


「華恋って一年生のときから思ってたけど、結構芯のしっかりしている子だからね。たぶん本命で気になる人とか好きな人がいるんだと思うよ? じゃないと、あんなにすっきりした顔できないだろうし」
(確かに、いつも通り堂々としてるよな)


 浩明も華恋がいつものようにふるまっていることに違和感はなかった。
 幸助が立ち上がりながらコップを掴む。


「そんじゃ飲み物でも取ってくるか」
「何かお茶系で頼む」
「私、レモンスカッシュで!」
「おまえらっ! なに人に任せてんだ! ジャンケンだ!」


 幸助に頼もうとした浩明たちは仕方なくジャンケンをする。
 そして浩明は三人分のコップを持って部屋を出た。


(二人ならまだしも、三人分だと運びにくいな)


 ドリンクは飲み放題のセルフサービスとなっている。
 浩明はドリンクコーナーにいき、幸助の飲み物に何を混ぜるかを思考錯誤していた。
 少しくらいならばれないだろうという考えのもと、彼が求めたコーラにお茶でも入れようかと思っていたときだった。


「あっ、二つ混ぜようとしてる」


 びくっと浩明は肩を跳ね上げ、そちらを見た。
 その声で、誰かは分かっていたが、それが二重で浩明を驚かさせた。


「早水、どうしたんだ?」
「私も飲み物取りに来たの。ジャンケンで負けたわけじゃないけどね」
「見てたのかよ」
「一瞬だったね」
「掘り返さないでくれ」
「入れないの?」


 ちらとコーラの入ったコップを彼女は見る。
 浩明は悪戯がばれてしまったことに妙に恥ずかしくなって、それを外した。


「外で話しかけるの、珍しいな」
「今は他に見ている人いないしね。見られたら、変な誤解させちゃうでしょ? ……戸高くん、そういうの嫌いそうだし」
「確かに、そうだな」


 浩明は先ほど一人で考えていたことを追いやるように息を吐いた。


「今日、まさか来てくれるとは思わなかったよ。ありがとね」
「……帰りどうするのかと思ってな」
「心配してくれたの?」
「一応な。何かあったら寝覚めが悪い」
「そんな死ぬようなことでもないよ?」
(……それでも、心配なんだよ。わからないと思うけどさ)


 浩明はすっと、そんな気持ちを胸に押し込んだ。


「けど、そうやって思ってもらえたの嬉しいかも」
「へ、変な勘違い、しないでくれよ」
(さっき、隠しておくっていったのに、いきなりこんな風に言うなんて俺はバカか)
「えー、しないしない。戸高くん、そういうの……意識してくれる人じゃないだろうし」


 彼女の評価に浩明は苦笑する。そうみられている間はきっと変な誤解はされないだろう。
 今の関係がなくなるときは、華恋が浩明の気持ちに気づいたときか、あるいは華恋が電車に慣れた時、あるいは華恋を守る別の人が現れたときだ。


(その日が、来ないことを祈ろうか)


 そんなことを考えながら、浩明は三人分のドリンクを確保する。


「持ちづらそうだね」
「……まあな」
「くすぐったらどうなるかな?」
「派手に……こぼすと思う」
「そうだよね。それじゃあ気を付けてね。それと、今日も帰り一緒にいい?」
「……ああ」


 笑顔でいう彼女に浩明は小さく頷いた。
 去っていった彼女の背中を見て、浩明は唇をぎゅっと噛んだ。


(……からかうなっての)


 鼓動の早くなった心臓を落ち着かせるように深呼吸をしてから、浩明は部屋へと戻っていった。







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