痴漢されている美少女を助けたら一緒に登下校するようになりました

木嶋隆太

第十四話 手作り3





 気にいった文章、参考になるという描写を見つけては持っているペンで線を引くのが癖だった。


「大丈夫だ。ただ、その見づらかったら自分で買ったほうがいいかも」
「そんなことないよ。……これって全部、勉強みたいな感じ?」


 教科書に線を引くのに似ていると華恋は思ったのだろう。
 彼女の指摘に、浩明は頬をかきながら頷いた。


「……まあな」
「凄いね。こんなにたくさん勉強してるんだ」
「ずっと勉強し続けないと、だからな」
(文章にも、流行り廃りがある、しな)


 わかりやすい表現など、その時々にあったものをかいていく。
 物語に関しては個人の才能に大きく依存してしまうため、それ以外の自分にできることをやろうと思った結果だった。


「こんなに頑張れるのって、本当に好きなんだね」
「……ああ。最近は、書いてるのが好きなんだ」
「昔から、文章とか書くの得意だったの?」
「いや……そんなことはない」
(上手な人は、初めからうまいみたいだけど俺はそんなことなかった)
「慣れるまでは気にいった作者の模倣ばっかりしてたんだ」
「あっ、それなら聞いたことある。美術とかでも、まずは模写から、とかいうよね?」
「そう、だな。いくつかの作者の文章をそのままひたすら書いてみるんだ」
「一人じゃないの?」
「一人だと、言い回しとか似ちゃうからな。劣化コピーにしかならないんだ」
「なるほど……それで今はもうかなりできるようになったの?」
「それなりに、だな」
「凄いね。好きなもののに、こんなに頑張れるって」
(けど、まだやっぱり詰まることがある。そういうときは、もう本を読んだり、模写するしかないんだよな。って、こんなこと話しても華恋からしたらつまらないよな)


 華恋は楽しそうな笑顔を浮かべていたが、浩明は何か別の話題がないかと考えていた。


「……よく、凄い凄いっていうけど、さ。俺からしたら早水も凄いと思う」
「私が?」
「ああ。だって、交友関係とか広いだろ? ……俺には、そういうの絶対できないから」
(自分に持っていないものがあるから、憧れみたいなものなんだと思う)
「……周りに合わせるのが上手なだけだよ」
「それが、難しいんだ」


 浩明にとっては心からの悩みだった。
 どうにかしたいと思っても、どうにもできない。
 そんな浩明に、華恋は口元を緩めた。


「ある程度、練習すれば結構できるものだよ? 相手のテンションや口調に合わせて、みんなの好きなものとか、流行りの物とかを勉強しておくの。あの子は、あのテレビが好きだから、あの子はあの芸能人が好きだからこのニュースについて聞いてみよう、とか。確かあの子は、政治が好きだから、勉強が好きだから……そうやって色々な知識を入れておけば、話すときに困らないんだ。慣れてくると、それに近い話題を振ると盛り上がるってのもなんとなくわかってくるしね」
(……色々、考えてるんだな)
「そんなに考えているとは思わなかった」
「凄い人っていうのは、これを全部無意識にできちゃうんだよ。私はそこまでは無理かな」
「そうはいうけど、たぶん俺は早水の言っていることまでもできないと思う」
「それは……たぶん、私と戸高くんでどこに重きを置いているかが違うからだと思う。……私は交友関係、戸高くんは小説。……それだけなんじゃないかな?」
「……ああ、そういわれると、そうかもな」


 浩明の好きなものが友達を作ることだったら、今の華恋のようにもっと幅広くアンテナを伸ばしていたかもしれない。
 華恋は困ったように頬をかいてから、少し伏し目がちにいった。


「私も、戸高くんと同じで、結構人見知りだったんだ。人と関わるの苦手で、中学のときは結構苦労したんだ」
「……意外だな」
「もっと地味な感じだったんだけど、心機一転って感じ。高校デビューって奴?」
(ド派手なデビューだ)
「それで、今のようになれるんだな」
「うん、頑張ってみたんだよ」
「やっぱり、凄い。……俺も、中学元いえば小学校ののときから人と関わるのに苦労して、それで距離をあけようって思ったんだ。けど、早水は……もっとそんな人たちとの距離を縮めようとしたんだろ? それは、凄いことだと思う。苦手なことに挑戦するのって、難しいってわかるから」


 華恋はあはは、と誤魔化すように笑う。


「……そういわれると、結構嬉しいかも」
(うっ)


 彼女の頬を染めた笑い方に、浩明は思わず心臓がうなるのを感じた。
 時々見せる華恋の無防備とも思える笑顔。それが、浩明は苦手だった。慣れていない、ともいう。


 それからも二人は他愛もない話をしていた。
 初めは華恋の始めたテレビの話。しかし、浩明はそれほどテレビを見ていないこともあり、お互い話の分からない部分があり、それを華恋が丁寧に説明したり。


 二人で色々な話をしていると、部屋が薄暗くなってきた。
 そろそろ電気をつけなければと浩明は立ち上がり、部屋の時計を見て華恋へと視線を落とした。
 彼女はスーパーで買ってきたオレンジジュースをコップに注いでいた。飲む姿に見とれている場合ではないと浩明は首を振って、聞いた。


「……早水。そろそろ暗くなるけど、大丈夫か?」
「うーん、そうだね。そろそろ戻ろうかな。今日はさすがにあんまり遅くなると両親も心配するだろうし」
「そうか。送っていこうか?」
「まだ暗くなる前だから大丈夫だよ」


 夕日は地平線に落ちる寸前だ。今から帰れば陽が完全に落ちるまでには家に帰れるだろう。


「そうか。それなら、気をつけて、な」
「うん、今日はありがとね。楽しかった」
(……俺も楽しかった)
「……ああ、俺もだ」


 素直にそういえたことが、少しだけ嬉しかった。浩明の言葉に華恋は口元を緩める。
 浩明は彼女の笑顔を見れて改めて、自然に笑った。


(単純だな、俺)


 頭をかきながら、アパートの外まで見送る。
 振り返った華恋が不安げに首を傾げる。


「明日からも、また一緒に登下校してもらってもいい?」
「……ああ、大丈夫だ」
「……そっか」


 ほっとしたように華恋は胸元に手を当て、それから笑った。


「ありがとね」
「……別に、お礼言われるようなことはしてない」
「ううん、ありがとう」


 ばいばい、と華恋が手を振って去っていく背中を見て、浩明はアパートに戻った。


「……落ちつかないのは、これが原因か」


 華恋がそれまで部屋にいたというのが、まだ部屋に匂いとして残っていた。
 それは近くにいたときのふわりと香るものではなかったが、自分以外の何かの匂いがある、という程度にはわかった。


(……今まで、この部屋が静かだ、とかは思わなかったけど――怖いくらい、静かだったんだな)


 浩明はそれを誤魔化すように、スマホを取り出し音楽を鳴らす。
 好きな曲が流れだし、浩明は少しだけそれに耳を傾けてから、椅子に座り、パソコンの電源をつけた。







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