痴漢されている美少女を助けたら一緒に登下校するようになりました
第十三話 手作り2
「それじゃあ、私作ってるから、戸高くんはいつも通りにしてていいからね?」
短く返事をしたところで、華恋がさっそくといった様子でエプロンを取り出した。
自分の部屋で学校のアイドルがいるという状況だけでも驚きなのに、さらに料理も作る。
浩明はすっかり頭が爆発しそうだった。
とはいえ、そのままぼーっと眺めているわけにはいかなかった。
「俺も何か手伝えることはないのか?」
「うーん、けどキッチンも狭いしさすがに二人でってなると動きにくいと思うから」
「……そう、だな」
浩明の提案は、華恋のもっともすぎる指摘に撃沈させられる。
何かあったら呼んでくれ、と言って浩明はパソコンを起動して、しばらく向き合っていた。
近くでは包丁が何かを切る音であったり、水道水が流れる音などが響いていた。
いつもは静寂に包まれていたこの部屋に自分以外の音があるというのが、なんとも落ち着かなかった。
それが幸助と美咲、あるいは真奈美であれば浩明にとっても慣れたものであったが、今部屋にいるのは学校の誰もが憧れる華恋だ。
(……集中、できないな)
とはいえ、まったく何もしないというのも時間の無駄になる。
書きたいことや今後の展開、それらを箇条書き、あるいはかける部分、すっと思いついた部分だけをメモしていく。
それは漫画でいえばネームのようなものだ。
セリフしかない部分、あるいは地の文をまったく書かず、書きたい内容だけを書きなぐるようなやり方。
ひとまずそうやって、できる範囲で書いていき、少しずつ集中していく。
「戸高くん」
びくっと、浩明は肩が跳ねた。
はっと時計を見ると、作業を開始してから一時間半が経過していたのだ。
「声かけるか迷ったけど、ごはんも炊けたし、そろそろ食べない?」
「え? ああ……」
かぁあと浩明は顔が熱くなる。
急いで手を洗ってきて、部屋の中央に置かれたテーブルに視線を向ける。
「……すご」
彼女が言っていた通り、肉の混ざった野菜炒めを中心に、カボチャの煮物とホウレン草、目玉焼きと並んでいた。
すっと華恋がご飯をよそう(もしくはよそい)、みそ汁を置いた。
「いただきます」
「いただきます」
二人手をあわせてから、視線を向ける。
どれから手をつければいいのか迷ってしまう。しかし、華恋が浩明の動きをうかがうようにいまだ箸を持たずに見てくるのだから、浩明もすぐに食事を始めた。
口に運んだのは、恐らくはメインである野菜炒め。一口含むと肉汁を含んだ野菜がじゅわりと口の中に広がった。
しゃきしゃきとしたキャベツの食感、たっぷりと肉汁を含んだもやし、ニンジン、ピーマンがそれぞれの持つ味を出し、それらがバランスよく広がる。
「うまい……俺の親よりもうまいかも」
「あはは、それはさすがに言いすぎだよ。けど、口にあったみたいでよかった」
「……完璧だ。しょっぱすぎず、薄すぎず……すごいな」
「お口に合ったみたいで何よりだね。そういう加減って家ごとに違うと思ったけど、我が家と戸高家はちょっと近い感じみたい?」
「みたい、だな」
ぱくぱくと食べていく。カボチャの煮物はカボチャが持つ甘味を存分に引き出し、目玉焼きはシンプルながらも半熟の卵がご飯によく合った。
みそ汁も口によくなじみ、ますます白米がすすむ。
普段、弁当ばかりの生活をしていた浩明にとっては涙がこぼれそうなほどの料理の数々についつい口が緩んだ。
「戸高くん、笑顔のほうが似合ってるよね」
「……い、いきなりなんだ」
「いや、バイトしてるときも思ったけど、笑顔、凄いいいと思って」
彼女の言葉にかぁと顔が熱くなる。浩明はそれをごまかすように笑うと華恋がそのタイミングで微笑む。
「その困ったように笑ってる姿もいいと思うけど」
「……からかわないでくれ」
「からかってないよ」
(からかってるじゃんか)
くすくすと笑う華恋に、すっかりペースを乱されてしまった。
浩明は何度かご飯をおかわりし、そのほとんどを食べてしまった。
「……ごちそうさま、滅茶苦茶うまかった」
「そういってもらえると作った甲斐があるってものだね」
華恋は先に食べ終えていたこともあって、すでに食器の片づけをはじめていた。
立ち上がった浩明がキッチンへと向かう。
「さすがに、食器くらいは自分で洗うから」
「できる?」
「舐めるなって」
浩明の言葉に、じゃあお願い、と華恋が場所を譲る。
「……そういえばなんだけど」
「うん?」
「この前、言っていた何かオススメの本って話。いくつか、俺のベッドにおいてあるから、見てみて」
「え? 用意してくれたの? 嬉しい、ありがとね!」
目を輝かせ、華恋が部屋へと向かう。
キッチンで食器を洗いながら、浩明の思考は用意した本たちに向かっていた。
(……誰かに何かをオススメするのって、緊張するんだけど、俺だけなんだろうか? 自分の好きなものが、相手に受け入れられるかってこととかな。……相手がそれを選んで読むんだけど、なんというか俺からしたら相手の貴重な時間を奪うような気がして、苦手だ)
昔から、誰かと話をするときに自分の好きなものを推薦することができなかった。
例えば好きな作品の好きなキャラクターがいたとき、相手に合わせてしまうことが多かった。
別に相手を否定するわけではないとわかっていても、自分の好きなキャラクターを言う行為がなんとなく憚られてしまった。
(大丈夫、だよな)
食器を洗い終え、水を止める。
タオルで手を拭いてから、部屋に戻る。
座布団をしいて座っていた彼女は、真剣な様子で本に目を通していた。
ざっと、という感じでとりあえず最初の数ページを読んでいるようだった。
「あっ、ありがとね洗い終わったんだ?」
「ああ」
(ありがとうって……一から十まで俺が感謝することはあっても彼女が感謝することはないと思うんだがな)
「ど、どうだ?」
少し離れた場所に座って、華恋を見る。
華恋はこくこくと頷いて、浩明が用意した本を三つとも掴んだ。
「全部、面白そう! 少なくとも、序盤読んだ感じこの先も読みたいって思えた!」
「……そうか? それならよかった」
(一つは異世界要素のある女性ものの作品だったけど、どうやら問題ないようだった)
少しオタクよりの中身であったが、華恋の様子を見て安堵した。
「これ、借りちゃってもいいの? 色々マーカーとか入っていたけど……」
「……あっ」
そういわれて、浩明は思い出す。
小説を書くための練習としていくつもの本を読んではマーカーを引いていたことを。それを思い出して、顔が熱くなっていた。
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