痴漢されている美少女を助けたら一緒に登下校するようになりました

木嶋隆太

第九話 掃除2





 掃除のあと宿題に取り組んだが、華恋の頭の良さにただただ驚かされることになった。
 ともに問題を解いていくのだが、基本的に浩明が分からず華恋に教えてもらうことばかりであった。
 浩明は頼ってばかりで申し訳がなかったが、それでもあまり長く時間をかけるわけにもいかなかった。


 そうして、三十分程度でプリントは終わり、十九時少し前に宿題は終わった。


「……本当、何から何までありがとな」
「別にいいって。色々新鮮で楽しかったから」


 時計を見た浩明は表情をしかめる。すでに夕陽も落ちている。
 洗濯物の心配ではなく、華恋のことだった。


「……家は大丈夫か? あんまり遅くなると親も心配するんじゃないか?」
「そのあたりは大丈夫かな? 共働きで帰り遅いんだ」
(そういうものなんだな)


 浩明は考えたあと、どうその言葉を切り出すか迷った。


「……そろそろ、帰るか?」
(なんか、早く帰れ、って言っているみたいな言い方になってしまった……)
「うーん、そうだね。結構もう夜遅いし……そういえば、戸高くん夕食は?」
「夕食? まあ、コンビニで買おうと思っていたけど」
「掃除してて気づいたんだけど、キッチンだけは綺麗だったんだよね。……普段料理とかは?」
(カップラーメンくらいは作るぞ)
「あんまりしないな」
「あんまりなんだ?」
(……まったくだな)
「そんなにしない、感じだな」


 浩明が言い直すと、彼女はくすりと笑った。


「そうなんだ……ちゃんと料理しないと体調崩しちゃうよ?」
「案外、どうにかなってる」
「今大丈夫でも、将来どうなるか分からないよ。気を付けたほうがいいよ」
(そんな心配そうに言わないでくれ。……気にしないと悪い気がしてくるから)
「わかった。これからは、料理も……検討する」
「する気ないでしょ?」
「……」


 苦笑した彼女に、浩明は視線をそっぽに向けることしかできなかった。
 ずばり心情を言い当てられ、浩明はあれこれと浮かぶ言い訳をぐっと喉の奥に留めた。


「今度、料理作ってあげようか?」
「……いや、それは悪いって」
「ううん、別に大丈夫だよ。休日とか、お昼とか暇なときにでもね。週に一日くらい、しっかり健康を意識しないと」
(そこまでは、さすがにな。お礼の範囲を超えてる……申し訳なさで食事が喉を通らないかもしれないから)
「いや、それはさすがに悪いから」
「……そう? えっと、まあ気が向いたら言ってよ」


 華恋は少しばかり頬を染めてそういった。
 今のこの状況でさえ、クラスの、学校の男子生徒に見られたらナイフで刺されても文句のいえない状況なのだ。
 彼女に手料理をお願いするなんてことは絶対にできなかった。
 学校ではまったく関わりがないのに、こうして話していること自体が、浩明からしたら現実感がなかった。


「それじゃあ、私そろそろ帰るよ。今日はいきなり押しかけてごめんね」
「……いや、感謝はあっても嫌とかそういうことは一切ないから」
「優しいね」
「……優しいのは、そっちもだ」
(……やべ)


 浩明はつい、といった様子で心で思った言葉をそのまま口に出してしまった。
 華恋の頬が僅かに朱色に染まり、微笑む。その笑みに見とれてしまった浩明は誤魔化すように立ち上がる。


「近くまで送ろうか?」
「いやいや、いいよ」
「……何かあったら、学校に通いづらくなる。近くまででいいから送らせてくれ」
「……そういう言い方ずるいな。うん、それじゃあお願い」


 浩明は軽く家の鍵と財布だけを持って、彼女とともにアパートを出た。
 外はすっかり暗くなり、月明かりと街灯の明かりだけが頼りだった。
 今は五月半ば。昼間はぽかぽかと暑いとさえ思える日も出てきたが、夜になるとまだ風は冷えていた。並んで歩く二人の間を風が吹き、それに華恋は髪を押さえていた。


「今日はちょっと風強いね」
「……そうだな」


 それでも、華恋に見とれてしまった熱が冷めていくようで、浩明としては悪くない風だった。


「それにしても、あんなに掃除も料理もできないのに、一人暮らししようと思うなんてすごい度胸だね」


 からかうような言い方に、浩明はむすっと頬を膨らませてみた。


「……まあ、その。いいだろ別に」
(正確に言うなら、逃げてきたっていうのが正しいんだ。……地元の中学では馴染めなくて、いじめられてるってわけじゃなかったけど、周りからは小説家を目指していることをからかわれて――それが嫌だったから)
「うん、別にいいと思うけどね。心配だから、また今度遊びに行ってもいい?」
「……それは、まあそっちが迷惑じゃないなら」
「うん、それじゃあ約束したからね」


 さりげなく約束を取り付けられたことに気づいたのは、会話が終わったときだった。
 華恋の人の内側にすっと入り込む技術の高さに、浩明はただただ驚くしかなかった。 


「小説家かー、どうしてそんなに本が好きになったの?」
(もともとは、現実逃避だったと思う)


 小学校の頃から人見知りが激しく、周りに馴染めなくなった浩明は、漫画から入りやがてライトノベルというジャンルにたどり着いた。
 そうして、元気をもらった。毎日が楽しくなって、どんどんのめりこんでいった。


(今は、少しだけ前向きになれた)
「色々な人の考え、世界に触れられる。普通に生活していたら得られないような知識とかだって、入ってくる。それが、楽しいんだ」
「……確かに、そうだね」
「……それに、本は読んだ人を楽しませられる。もちろん、人によって合う合わないはあると思うけど、百人読めば一人くらいは楽しんでくれる。笑顔に、できる……そういうのが、凄い好きで――」
(俺も、前向きになれた……だから、俺が世界の一人でも、笑顔にさせられるのならって思って――)


 浩明はそう思っていたが、驚いたような華恋の表情に慌てて首を振った。


「悪い、色々自分勝手に話しすぎた」
(……自分の好きなことになると、話しすぎちゃうんだ。そういうのダメだってわかってるのに、気づいたときには手遅れなんだよな)
「ううん、そんなことないよ」


 華恋の優しさがすっと浩明の胸に落ちた。
 華恋の表情から、気遣っての嘘をついたというものではないとわかった。


「……いいなぁ」
(いい? なにがだ……?)


 浩明が首を傾げると、それに気づいた華恋が首を振った。


「……一生懸命になれるものを、恥ずかしいって思わないなんて、いいな。凄いよ……」


 華恋の酷く元気のない顔が浩明は妙に気になった。


(けど、文武両道でなんでもできる。おまけに優しくて、可愛いんだ。社会的にみたら、彼女のほうがずっと立派だ。……もしかしたら、小説を書き始めたら俺より要領よく前に進むことだってできるかもしれない)
「私は、ずっと周りに合わせて生きてきたから、そういう何かに熱中しているのって……凄いと思う。結果とかは関係なしに、何かに打ち込んでいるっていうのが、私にはできなかった。私、今は何もしてないんだよね」


 高校二年生ともなれば、進路について家や学校が口うるさくなる時期でもあった。


(俺には好きなことだから、別にっていう感じだが、周りから見れば……普通じゃないのかもしれない。彼女の言葉を否定するつもりはない。ただ――早水は色々誤解しているんだ)
「無理に何かしなくても、気づいたら見つかってるものなんだと思う。……探すものじゃない。……今のままでも、毎日を楽しく生きられればそれでいいんじゃないか?」
(結局俺が小説を書くのだって……楽しいからだ)
「今のままでか……うん、ありがとね」
「……いや別にな」


 そのとき、華恋が足を止める。


「私の家、ここだから」


 確かに表札には早水と書かれていた。浩明は立派な家を一度見上げた。


「ありがとね、ここまで。それと、小説頑張ってね? 今度出来たら読ませてよ」
「……それは、ちょっと恥ずかしいんだけど」
「他の人に読んでもらうのも大事なんじゃない?」
(そう、なんだけどな……)


 風が吹き、華恋の髪が揺れる。
 からかうように笑う彼女が可愛らしく、浩明は思わず見とれてしまう。
 華恋が家に入ったのを見届け、浩明は火照った体を冷やすようにゆっくりと歩き出した。









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