痴漢されている美少女を助けたら一緒に登下校するようになりました

木嶋隆太

第八話 掃除1



「うわ、酷い」


 玄関をあけての第一声がそれだった。玄関からリビングに向かって見える廊下。
 それだけを見て、ゴミ屋敷認定を下したようだ。
 部屋はそれほど大きくはないが、足の踏み場がないほどの物であふれていた。


「とりあえず、まずゴミ袋は全部捨てないとね」


 嫌な顔一つせず、彼女は腕をまくった。


「……わかってる」


 まとまっていたゴミ袋をひとまず片づけると、玄関周りはスッキリとした。
 それでもまだ、物であふれた足場を華恋はじっと見ていた。


「とりあえず、いらないものは全部捨てちゃうよ?」
「……ああ、そうだな」


 ゴミ袋を用意し、二人はまとめていらないものを捨てていった。


「こういうの、毎日気を付けるだけで綺麗になっていくものだよ?」
「……分かってる」
「ていうか、やっぱり意外。こういうのしっかりしてそうなのに」
「……悪い」
「ううん、別に。私もお礼したくてやってるだけだから」


 華恋の表情と声に、嫌そうな空気はなかった。
 浩明も必死に手と足を動かしていく。


「……これって」


 そんなとき、華恋は一枚のプリントを拾い上げた。
 華恋がじっと見ていたそれを見て、浩明は思わず顔をしかめてしまった。


(……しまった。新人賞に関する紙だ――っ)


 それは、一年の間で応募できる新人賞をまとめたものだ。
 小説大賞の名前と、応募締め切りが一枚の紙にまとまっていたものであり、勘の良い人ならすぐにそれがどのような意味を持つかわかるようになっている。


「あーそれは」


 何かうまい言い訳はないかと声をかけようとして、華恋がじっと浩明を見た。


「これって、小説とかの新人賞ってこと?」
「……まあ」
「応募とかしてるの?」
「…………」
(誤魔化せるかもしれないけど、もう無理か)


 沈黙が長すぎたことを、浩明は後悔する。
 視線を落としがちに浩明はうなずくしかなかった。


 あまり人に自分の趣味を明かしたくはなかった。浩明はぐっと唇を噛んで、それから視線を華恋から外した。


「……凄いね」


 呟くようにいった華恋に、浩明は驚いて顔をあげた。


「……そうか?」
「私……すきなことに、こんな一生懸命は……無理だったから。……凄い」
(……それは、別に凄いことじゃない)


 浩明は首を少し振る。華恋がじっと見てきた言葉を否定したかった。


「取り組むだけなら、誰にだって……すぐに出来ると思う。……大事なのは、結果なんだ」
(年に小説100本書けるような才能があったとしても、それらすべてが人の読めるようなものじゃなかったら意味ない。……入賞できないっていうのは、そういうのと同じだ)


 中々前に進まない自分への、苛立ちもあった。
 華恋はその紙の日付を見て、苦笑する。


「これ、去年のだから今はもう捨てちゃっても大丈夫?」
「……ああ」
「……よく見たら、パソコンのところに貼ってあるんだね」


 パソコン近くの壁に、テープで張り付けてある。
 現在応募を目指している小説大賞には丸印も入っていて、それを見られたことに浩明はさらに恥ずかしくなっていた。
 真っ先に隠すべきものだったのに、浩明はそれに気づけていなかった。
 ゴミを片付け終えたところで、華恋が洗濯かごをつかんだ。


「とりあえず、洗濯機に入れてきちゃうね、この辺りの服」
「あ、ああ」


 困っていた浩明の脇を抜けるように、華恋は洗濯かごにまとめて入れた衣服を持っていく。
 浩明は軽く息を吐いてから、足元に転がっていた本などを棚にしまっていく。


(……このライトノベルの山も、まずいな)


 付箋が貼ってあるものもあるし、気に入った文章にはすべてマーカーが引かれている。
 ぱっと見て、普通の本好きではないことが一目瞭然となっている。
 洗濯機の稼働音が響いてすぐ、華恋がリビングに戻ってきた。


「戸高くん、とりあえずあとはこの床に転がっている本とかだね」
「……そうだな」
「全部必要なものだったら、棚にしまっていくしかないけど……棚もちょっと厳しいかも?」
「とりあえず、あとで何か入れ物でも買ってそこに入れる」
「うん、それがいいと思う」


 華恋とともに本をしまっていく。
 華恋はその本たちを見ながら、くすりと笑った。
 隣同士、非常に距離が近いことをそれで嫌でも自覚してしまった浩明は少しだけ頬が熱くなるのを感じていた。


(……慣れない。こんな美少女が、今自分の部屋で掃除してるとか、夢とでも言われたほうが信じられる)
「戸高くんっていつも真剣に本を読んでたけど、こういう理由だったんだ」
「……あんまり言わないでくれ。恥ずかしいんだ」
「別に恥ずかしがる必要もないと思うけど……戸高くんが新人賞に送っているのって、こういうジャンルの本なの?」


 浩明が持っている本のおおよそ八割はライトノベルだった。それゆえに、華恋に可愛らしい少女が全面に押し出された表紙を指さされ、頬が熱くなる。


「……まあな」
「私の友達も結構好きで、私も勧められたことがあるんだ。だから、ちょっと知っているんだけど、なんて言ったっけ……えーとら、ライト――」
「……ライトノベル」
「あっ、うんそれだ! 面白いよね!」
「……そうだな。まあ、軽いタッチの文章で、活字に慣れていない人が読むのに適している感じだな。だから、本に慣れていない中高生に向けてってものが多い」
(最近は少し年齢層があがったとも聞くが)
「そうなんだね。私もそんなに本読まないけど、私にも向いてる感じかな?」


 ちらちらと華恋が本の山を見ている。


「俺が持っているのは男向けばかりだしな……」
(……どうだ? 基本的に男向けの作品ばかりだぞ? ていうか、今その早水がしまおうとしているのなんて、18禁ギリギリの表現もバリバリ出てくるようなのなんだが……)


 彼女が付箋の貼られたページを開かないことを祈るしかなかった。
 そのまますっと本棚にしまわれ、ほっと息を吐いていたが、置き方が悪かったのか、滑り落ちる。


(おい踏ん張れ!)


 転がり落ちたライトノベルは、閉じたままだった。
 ライトノベルを拾い上げた浩明が、しまいなおしてほっと一息をついた。


「それじゃあ、あとで何か読みやすそうなのがあったら教えてもらってもいい? 戸高くんの好きな本とか読んでみたいし」
(俺の好きな本か……好きな場所から、少しずれたものじゃないととてもじゃないがオススメはできないんだよな)
「わかった。探しておく」
「ほんと? ありがとう!」


 床に落ちていた本もほとんど片付けが終わった。
 華恋が部屋の奥で埃をかぶっていた掃除機を動かし、部屋を掃除していく。
 その間に浩明は止まった洗濯機からものを取り出し、ベランダへと干しておいた。


「あっ、暗くなる前に部屋に入れたほうがいいよ?」
「……そうなのか?」
「うん。服とかに虫が卵産みつけたりするから」
「……」
(知らなかった。虫は別にいいんだが、想像したら気持ち悪いな)


 まだ夕陽が差し込んでいたので、その間だけは干すことにした。
 部屋の掃除はそれで終わり、綺麗なフローリングが姿を見せた。
 入居時に購入したリビングで使うための腰ほどの四角テーブル。


 荷物置き場としてか使われていなかったそれが、今いつでも使える状態に戻った。
 すべての掃除を終えた華恋が額をぬぐう。彼女は一仕事を終えた晴れ晴れとした表情を浮かべていた。


「これで、だいたいは終わりかな? あとは、休日とかにちゃんと布団とか干しなよ?」
「……ありがとな、なにからなにまで」
「私も色々助けられてるから。恩返しできてよかったよ」


 屈託なく笑う彼女に、浩明はほっと息を吐いた。


「よかった。力になれてるようで」
「もちろんだよ。一緒に登下校してくれて、すっごい助かってる」
「そ、そうなんだな。その、嫌がられてないかと少し心配だったんだ」
「え!? なんで!?」


 心底驚いたような声をあげた彼女に、浩明は言うかどうか迷っていたが、ゆっくりと口を開いた。


「いや、その、電車おりたらすぐ別れていたから。いや、もちろん、俺と一緒にいるの見られると嫌なんだろうなってのは分かってるけど」
「違うよ!」


 華恋が声を荒らげ、浩明は驚いた。


「そ、その……一緒に見られるのは、別に、そのいいんだけど。戸高くんに迷惑かけちゃうかもしれないし」
「迷惑?」
「あんまり戸高くんって目立つの好きじゃないと思って。だから、私と一緒にいたら悪目立ちしちゃうかなぁって思ったんだよね」
「そう、だったのか」
「私は別に一緒にいるところ見られてもいいっていうか。あっ、べ、別に変な意味はなくてね?」


 顔を真っ赤にしている華恋に浩明も恥ずかしくなって頰をかいた。お互いにだんまりとしてしまい、浩明はそれを打破するように口を開いた。


「そ、それじゃあ、宿題やっていこっか」
「……うん、そうだね!」


 浩明はカバンから必要なものを取り出し、座布団の上に座った。









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