痴漢されている美少女を助けたら一緒に登下校するようになりました

木嶋隆太

第六話 どうすればいい



 浩明が教室について、真っ先に目についたのは華恋だった。
 入り口近くにいた華恋は、友人たちと楽しそうに話をしている。
 一瞬だけ視線があう。華恋は柔らかく目を細めたが、それも一瞬で、また友達の会話に戻っていった。


 微笑みかけられたような錯覚を感じてしまい、浩明は前髪をいじりながら席に向かう。


(俺としては別に何の問題もないが、向こうからしたら色々あるだろうしな)


 隠したがっているのだから無理に浩明からアクションを起こすつもりはなかった。
 浩明が席につくのにあわせ、幸助が近くに来ていた。


「よ、浩明。今日も相変わらずやる気のない顔してるな」
(朝の学校で元気な奴がいるか? ……目の前にいた)
「……まあそんなもんだろ?」
「そんなんじゃ、一日乗り切れないぜ。今日は球技大会の球技決めもあるんだぜ?」


 浩明の言葉に、あぁと短くうめくように返事をする。
 浩明の通う上下坂じょうげざか高校では五月に球技大会が行われる。
 うっすらと去年の記憶を思い出していた浩明は、首を振った。


「今年は何にするんだ?」


 二人は去年も同じクラスで、選択した競技はサッカーだった。
 人数が多い競技であればあまり周りに迷惑をかけることもないだろうという判断から浩明はそれを選んでいた。


「おまえサッカーだろ? そんじゃオレもそれでいいかなーって」
「そう、だな」
(……自分の参加した競技が終われば、あとは空き教室でのんびりできる一日だ)


 その時間は執筆にあてられる。他のクラスの面々に聞かれれば、仲間を応援しろと怒られるかもしれないが、あいにくとそれを指摘するような人間はいなかった。
 浩明も美咲も、そんな小さなことを気にする性格ではなかった。


「浩明、どうせまた去年と同じで休める一日、とか思ってるだろ?」
「思ってない」


 指摘内容がずばりそうだったので、浩明は顔をしかめた。
 それで、幸助は自分の考えが正しいと確信したのか、楽しそうに笑っている。
 浩明の視線が教室入り口に向いた。美咲がちょうどあくびを片手で隠しながら入ってきたところで、浩明はさっと席を立った。


「ちょっとトイレ」
「あーっ、今私が入ってきたから逃げようとしたなー!」
(……おまえら、朝だといつも以上にイチャイチャするからな)


 美咲はクラスメートたちへの軽い挨拶を終えたところで、すぐに浩明へと指を向けた。
 幸助が苦笑しながら美咲に声をかけ、浩明はその脇を逃げるように抜けた。


 教室を出る一瞬、くすくすと笑っている華恋を見て、浩明は何とも言えない表情を浮かべるしかなかった。




 〇




 浩明のクラスでの立ち位置は、幸助と美咲に絡まれる奴、程度だ。
 決して目立つわけでもなく、かといって空気というわけでもない。
 幸助も美咲もいなければ、空気同然になっていたのは容易に想像できたが。


 放課後になり、駅へと向かう。
 目的の電車前のベンチには、華恋が腰かけていた。


 すっと背筋を伸ばし、手には本が握られている。周りを拒絶するようなどこか冷たい空気のようなものさえまとっていた彼女は時々前髪を弄っていた。
 そんな華恋は、浩明の視線に気づいたのだろう。ぴくりと浩明を見た。


(さすがにこっち側で駅前集合、となると結構学校の人に見られる可能性があったからな)


 駅前には遊び場も多くある。だからこそ、駅構内での合流となっていた。
 同じクラスであり、終わった時間も一緒だったが、華恋のほうが先に来ていたのは幸助、美咲に絡まれて抜け出せなかったからだ。


「悪い、待ったか?」
「ううん、私もさっき来たところだから」
(……さっき、なら本を取り出して読むほどじゃないと思うが)


 気を遣われたのだろうと浩明は申し訳なさを抱いていた。


「美咲たちに絡まれてたよね」
「……まあ、な」


 放課後のことだ。華恋は視線を少し伏せた。


「遊びに行く予定とかあった? ごめんね、無理に頼んじゃって」
「別にそうじゃない。今日出た課題、一緒にやらないかって」
(俺よりもむしろ、そっちのほうじゃないか? 早水も、誰かに誘われていたみたいだけど、しばらくは帰りが遅くになるようなことはしたくないか)


 特に電車は十八時以降が混む。仕事を終えたサラリーマンたちによって、一気に乗客が増える。


「課題? あー、そういえばあったね。英語のプリントだよね?」
「ああ」
(確か早水は、頭良かったよな? たぶん、悩むことなくできるんだろうな)
「戸高くんって勉強は得意だったっけ?」
(中の下から上をさまよってるくらいか?)
「普通くらいだ」
「あっ、そうなんだ? 今日のはちょっと面倒そうだったね」
(早水で面倒ってことは俺だと一時間以上かかるかもしれないな……)


 普通に高校生活を送ったうえで、小説家を目指す。
 学業をおろそかにするわけにはいかなかった。


「あっ、そうだ。戸高くん……そのわざわざ私のために断らせちゃったのもアレなんだけど、この後時間あったら一緒に課題やってから帰らない?」
(一緒に、って……悪くない提案だ。たぶん、ほとんど俺が教えてもらうことになるんだろうけど……)
「別に、いいけど……どこでやるんだ?」
「うーん、近くに図書館でもあればいいんだけど……ちょっと離れちゃうよね。どうしよっか?」
(適当な店でやるのもいいんだろうけどな。……例えば、俺のバイトしている喫茶店とか? ただ……あそこに連れて行ったら店主にはもちろん、他のバイトにも色々突っ込まれるよな)


 次の勤務日が憂鬱になったので、その提案はやめた。


「思いつく場所がないな」
「うーん……確かに。家近いから、どっちかの家でもいいけど……どう?」


 華恋の伺うような視線に、浩明は顎に手をやる。


(俺相手でも恥ずかしいとは思うんだな。……いや、恥ずかしいというか、犯罪の危険でも感じているんじゃないか?)
「どっちにしろ、うちは難しいと思う」
「え、そうなの? あっ、もしかして変なものとか置いてるとか?」


 からかうように視線を細めた華恋に、浩明は慌てて首を振った。


「……部屋が汚いんだ」
(だんまりしたらそれはそれで彼女の発言を肯定することになるし、かといって部屋が汚いなんて言いたくなかったんだがな)


 羞恥で顔を赤くしてしまった浩明に、華恋が目をぱちくりとして笑った。
 その姿が可愛らしく、浩明は華恋の笑顔から視線をそっと外す。


「あはは、ちょっと意外。そういうのしっかりしてそうなイメージだった」
(どこから来たんだ?)
「悪い、そういうわけで難しい」
「どのくらい酷いの?」
「……ゴミ袋にまとまっているものがいくつか。あとは本とかも全部床に置きっぱなしだ」
「へぇ、そんなに?」
「ああ」
(もう、煮るなり焼くなり好きにしてくれ)


 電車が浩明たちの前でとまり、入り口が開いた。


「ゴミの日っていつなの?」
「明日の朝回収だな」
「家近いし同じだと思ってたけど……それならこれから戸高くんの家に行ってもいい?」
(ゴミの話をした後に、それって……早水がよっぽど性格の悪い奴じゃなかったら、まさか――)
「片付け、手伝ってくれる、とか?」
「うん、お礼。私、色々迷惑かけちゃってるから、このくらいでよかったらね」
(手伝う、というか……たぶん、早水がメインで、俺が手伝う形になりそうだが……)
「早水がいいって言うなら、別にいいんだけど……結構本気で酷いぞ?」
「大丈夫大丈夫。家の掃除とかしてるし」


 華恋はぐっと二の腕に片手をあてる。
 そんな華恋とともに電車に乗り込んだところで、浩明ははっと衝撃の事実に気づいた。


(……女性を自分の家に招くとか、初めてだ。どうすればいいんだ……)



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