俺(私)のことが大嫌いな幼馴染と一緒に暮らすことになった件

木嶋隆太

第21話 俺は幼馴染に接触する


夏希は上に軽く服を羽織っていた。部屋着とほとんど変わらないはずなのだが、それだけで一気におしゃれになって見えた。

俺も一応は上着を羽織っていた。春とはいえ、今日は風が冷たかったからだ。
夏になれば、もっと気楽に服を着れるのだがな……。そもそもそんなにおしゃれに興味がないので、夏希と一緒にいる今はかなり負担である。

俺の押し入れにある服は三着程度。それをどうにか組み合わせて、誤魔化しているに過ぎなかった。
高校生なめるなよと言いたい。基本制服でいいし、休日は外に出ないのでジャージで良い。なんなら、面倒な時は体育で使うジャージで済ませてしまっていることさえあるほどだ。

夏希とともに家を出る。それからファミレスを目指して歩く。
お互い、会話は特にない。ただ、俺は少し懐かしさを感じていた。
……こうして、二人で出かけるのなんて、小学生のときが最後じゃないだろうか?

たまに家族ぐるみで一緒に出掛けることはあったが、その時は基本話さなかったしな。
こんな幸せは、今後もうないかもしれない。今をかみしめていようか。

ファミレスは僅かに混んでいたが、ちょうどいくつかのグループが出ていった。
あとはテーブルの片づけでも終われば座れるだろう。
俺は名前を書くときに僅かに緊張してしまう。家族でもないのに、俺は自分の苗字で二名と書くのか……。

そう思ったが、こんなところで立ち止まっていては後ろで待っている人にも迷惑になる。
岸辺、と書いてから席に座ろうとした。
……いや、結構混んでいて夏希の隣しかあいていない。彼女は荷物を置いて、俺の席を確保しておいてくれたのだろうか?

それとも単に、「おまえ座るの? 私のカバンのほうが価値は上ですけど」という意味があるかもしれない。
そちらに行ってアイコンタクト。……睨まれた後に、カバンをすっとどかした。
俺は隣に座る。……やばい。肘が少し当たる。

問題はもう一つあった。
俺の隣に座っている子どもは、左右に体をゆすっている。おい、親注意してくれ。頼むから。

左腕にはほのかに夏希の感触が。右側には子どもの頭が。子どもに押されるたび、夏希の肘をつつくように当たってしまう。

別に俺一人だならいい。ストレスにはならない。
ただ、夏希にまでストレスをかけるのだけは本気で勘弁したかった。

俺がちらと子どもを見た時だった。子どもが俺のほうに倒れてきた。
子どもとはいえ、不意に押されればさすがに俺も体勢を崩す。夏希のほうに体が傾く。

「え!?」
「わ、悪い!」

俺は慌てて体を戻す。夏希の顔を見る余裕もなく、俺は左腕にあたったふにょんという感覚を思い出していた。
……あ、当たったよな? 今……。
俺は顔が熱くなるのを必死に抑えながら、ちらと隣の子どもを見ていた。

「もう! 健太! 大人しくしなさい! ……すみません、本当に!」

親が健太くんに注意し、健太くんの親が健太くんの頭を押さえつけるようにして、何度も頭を下げてきた。

「き、気にしないでください。健太くんも、気を付けてね……」

俺はその程度で返しつつ、内心健太くんに僅かに感謝していた。
ありがとう健太くん。キミのおかげで合法的に触れることができたよ。
将来健太くんが困ったときは、お兄さんが助けてあげるよ……。

そんなことを思っていたが、いや、待て待て。
それは一瞬の快楽に過ぎない。
夏希の感触に喜んでいたのは一瞬だ。俺は隣をちらと見た。

「……」

ぶすっとしたような顔をしている夏希。……不可抗力ではあっても、それですべてが許されるわけではない。
彼女は明らかに不機嫌そうで、俺はなんと声をかければいいか分からなかった。

「二名様でおまちの岸辺様ーいらっしゃいますかー」

それからしばらくして、名前を呼ばれた。俺が立ち上がると、遅れて夏希も立った。
若干不機嫌そうである。……あれか、やはり苗字は泉山にしておくべきだっただろうか? 俺が婿入りするべきだったか? ……それはそれで、勝手に名前を使ったってぶち切れられそうである。

にこっと微笑んだ店員の営業スマイルに、俺は少し緊張した。
なぜか、カップルさんご案内しまーすと言われた気分になったからだ。違う、俺たちはただの幼馴染。
おまけに向こうは俺を超嫌っているんです……という自己弁護を内心でしながら席へと向かった。

「どっち座る?」

昔父に教えてもらったことがある。デートするときは女性に聞いてから座った方がいいと。
父のそんな教えが正しいのかはともかく、まあ俺もこれ以上怒られたくないしな。

案内された席は椅子とソファに分かれている。奥がソファで手前が椅子。
たまに椅子は硬いものとかあるし、夏希の座りほうに行かせたほうがいいだろう。

「すみません、奥に座ってもいいですか?」
「気にすんな」

夏希が奥に座り、俺は椅子へと座った。
店員が水を持ってきて、俺はそれに口をつけながら、メニュー表を開いた。
……とりあえず、ここまで何とかなったな。


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