欺瞞~あの日、心が溶けるまで~

あんどうあいこ

第1話 嫌われる理由

5月も終わりの金曜日。梅雨入り前とも思えない汗ばむような快晴。

「よーし!準備体操終了ー!
次は2人組になれー!」

まただ。
中学校で終わりじゃない、大嫌いな「2人組」または「好きなもの同士」でっていう先生の指示。

高校1年生の如月きさらぎ詩音しおんはただいま体育の合同授業中。

詩音には2人組になるような相手なんかいない。
そもそもいらないし。
めんどくさい。
人間なんか、嫌いだ。

詩音はできるだけ人目を避けて生きてきたつもりだ。
話しかけられても、返事を最低限にして、にこりともしなければそのうち相手はあきらめる。

「とっつきにくい」
「変な子」
「あの子はそういうタイプ」

そう思わせることが大事。
いっぺんそう思わせれば、煩わしいこともあまりない。
高校でも4月の入学式以来、そうしてきた。

この世には『彼』以外、信じられる人なんかいないし、そもそも他の人間と付き合うなんてムダだとも詩音は思っている。
人間は嫌いだし、興味もない。

でも。

学校が大事なのはわかる。
詩音が唯一、大好きだった『彼』ーー
大事な『彼』のアドバイスだから。

『集団の中で学ぶことは大切だよ。詩音はまだ若いんだ。可能性は無限大。

失敗しても、間違えてもいいんだ。
いろんな人と出会って、いろんな経験をすればいい。

人は人の中で、生きていくんだよ。
何かをして後悔するより、しなくて後悔する方がよっぽど後悔の度が強い。俺はそう思うよ』

思い出せば、甘く。ただ甘くーー、そして苦く、痛い記憶。

心の中の奥底に大切に蓋をした、記憶。
『彼』とのこと。約束。
それがなければ、自分なんてよくも悪くも、今頃どうなっていたのか。

「けいちゃーん一緒にしよーよ!」
「うん!」
「のりちゃん、あ…」
「ごめん、けいちゃんと約束しちゃった」
「じゃ、じゅんちゃん、一緒にいい?」

要領のいい子達はあっという間に競争するように相手を見つけ、要領の悪い子達があちこちでお互いあぶれた相手を探していく。
早く相手が見つかった子は、ニコニコ安心している。
バカみたい。

そういう詩音も、いつも通り当然ちゃっかりあぶれている。
こういう時は、最後まであぶれた子と一緒にさせられるか、生徒が奇数で相手がいない時は詩音は先生としたりもする。

どうでもいい。相手は誰でも。
待っていればいいだけ。
居心地は悪いけど、
ホントに、どうでもいいこと。



「如月さん」

相手が決まるのを待つ間、居心地が悪くて地面に目を落とした詩音が、靴紐が緩んでいたのに気付いたふりをして、しゃがんで結び直していると、上から声をかけられた。
詩音はにこりともせず、睨むように見上げるーー

「一緒にしない?」

は?男?誰ーー?

「俺、一ノ宮いちのみや耀よう
いちお、如月さんと同じクラスなんだけど…わかる?」

詩音は目を少し細めて耀を見つめた。
スラッと背が高い。筋肉質だ。涼やかな、顔立ち。さらふわの、髪の毛。
切れ長の瞳はほんの少しだけ、『彼』に似ているーー

入学してから1ヶ月。
周りの観察もせず、他人と没交渉の詩音にはまったく見覚えがなかった。

今日の体育はバドミントンだ。
合同とはいえ、男女でペアを組むのは普通は見ない。

詩音が立ち上がって膝の土を払うと、耀はにこっと笑った。

「一緒にしよ?」

「…」

なんで?
わざわざ?
私?

詩音が何も言わないでいると、体育教師の佐伯が通りかかった。

「お。如月と、一ノ宮か。
組み合わせは男女でもいいぞ!

…一ノ宮、お前、女子には手加減しろよ?」

「はい、もちろんです」

耀はにっこりと微笑んだ。

「よーし!みんな組めたな。
ぶつからないように広がって!

10分間、打ち合いしろー」

耀は嬉しそうに詩音をにこっと見ると、グラウンドのはしっこを指して、詩音を誘った。

「あっちでしようよ」

「…」

詩音は何も言わずに無表情でついていった。

ぽん!
羽がちょうどいい場所に落ちてくる。耀は上手くて、ほんの少し打ち合うだけで詩音にも運動神経のよさがわかった。

この人…わざわざ打ち返しやすいところに…
ニコニコして…変な人…!

「あ」

余計なことを考えていたら力が入ったらしく、詩音の打った羽が変なとこに飛んだ。

「お!」

羽が空高く遠くまで飛ぶ。
耀が大きくジャンプした。
軽く膝を曲げ、反る、しなやかなカラダ。
大きく延びた手足。
体操服がぴらっとめくれて、お腹が少し見えた。
よく鍛えられている、美しい筋肉。
一瞬、『彼』の肌を思うーー

届かなくて、耀は遠くに転がった羽を追って走り出した。

…ごめん。
小さく思うけど、詩音は言葉には出さない。

ニコニコとバカみたいに笑いながら耀が取りに走っている。

「耀、いいなーお前!うまくやったな!」
「ははっ、まーな」

男子生徒になにやら声を掛けられている。
詩音には聞こえない。

「ごめんごめん」

耀が笑いながら戻ってきた。
バカみたいに
ホントにバカみたいに楽しそうにへらへら笑ってーー

詩音はやっぱりにこりともせず無表情で耀と打ち合った。

10分間打ち合って、少し休憩が入る。
汗ばむ肌をタオルで拭い、お茶を飲んだ。

「如月さん。
なんか、運動してた?」

隣に座ってくる耀。
部活なんて縁のない詩音。
黙って首をふる。

「そっか。
結構運動神経よさげだけどな」

『詩音はやわらかいな』

『彼』の言葉がよみがえるのはきっと、耀の目がほんの少し似てるからーー

詩音はまた首をふった。

「如月さんはN中出身だったよね?」

お茶をごくっと飲んで、耀の唇が濡れている。太陽の光に反射して、きらっと光る。

詩音はちょっと困った。
さりげなく距離を取ろうとしているのに、耀はぐいぐいと、詩音が離れただけ、近づいてくる。

答えない詩音。
それでも耀はバカみたいにニコニコと笑う。

体育の時間の間、ちょくちょく声をかけられた。

変な人ーー




放課後。

誰よりも早くサッと教室を出た詩音は、下駄箱で忘れ物に気づく。
いつも置き勉をしている日本史の資料集。あれがないと宿題ができないことに気づいてーー

これまた人目を避けてすっと教室に戻った。
中から、話し声ーー

「お前とんでもないMだな!」

「は?俺はSだぞ」

「ははっ

あんだけの塩対応…ニコニコしてんのは正真正銘のドMだろ」

「あの子、変わってんな」

「中学の時からあんなだよ?」

「お前らは彼女のよさがわからんかねぇー」

「まあ、よく見ればクールビューティーだよな

前髪が長くて顔が見えないから
髪形とか変えたら美人なのにな」

「多分、ツンデレだな

付き合ったら可愛いかもな」

「笑わないし、返事しないし、とりつく島もないよな

普通にしてたらもてんだろーに」

詩音はスタスタと教室に入る。

一瞬、静まりかえる、空間。

ん?

チラッと視線を送ると、そこにいた男子生徒5人全員が詩音を見ていた。

は?
何?
今の…あたしの話…?

5人の男子たちが思い思いに机の上に座ったり壁に寄りかかったりして、話していた様子なのに、焦ったみたいに詩音を見ていた。

…まあ、いい。
噂話なんて慣れてる。
したけりゃ、すればいい。

詩音はスタスタと机に向かうと、リュックをおろし、机の中から目的のものを出した。

ふっと影が落ちる。

「!」

前髪がーーあげられて
目の前が明るくなった。

なに?
なにをーーー

「如月さん」

顔をあげると目の前にはかがんだ耀。
にっこり笑う。

「ほらやっぱり!前髪上げたら幼くなる」

「!」

詩音の長い前髪は耀の指で上げられる。
詩音は戸惑った。

「やっぱり顔も可愛い」

小さく言われ、とっさに耀の手を振り払う。

『詩音は可愛いな…』

心の片隅によみがえる『彼』の声

「触らないで」

小さく言い、詩音は逃げるように教室を後にした。

「おまっ…おまっ…すげーことすんな」

「やっぱり可愛かったよ」

「俺も見たかった」

走り去る詩音の背中に話し声が聞こえた。




次の日

「おはよー!」

詩音が登校するなり、門のところで馴れ馴れしく隣に来たのは、やっぱり耀で。

「…」

詩音はちらっと視線を送ると黙ったまま歩く。

「如月さん、やっぱ可愛いな」

耀は、やっぱりバカみたいに笑って、ぺったりくっつくように隣を歩く。


「一ノ宮君が…」
「なんであんな女と…」

気づかないフリはしていても、刺さる視線と女子生徒たちの声。

「あの子、中学の時から男好きでさ」
「ええ!」
「どこがいいのか」
「簡単にさせてくれる・・・・・・、とかじゃないの?
男子バカだから」
「じゃないとあんなに色んな男に言い寄られないよね?」

そうなんだ。
目立たないように、没交渉であるように、していても…
反感を買う。
あることないこと、言われる。
嫌われる。
詩音は中学の頃も、女子には嫌われていた。

だから、いらない。
友達なんて、いらない。
人間との付き合いなんて、しなくていい。


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