夜をまとう魔術師
36 魂の契約
「うるさいな。僕の勝手だろ」
テオの反論に、ゲルトがすっと瞳を細め、つかつかとテオの前まで歩み寄った。
「言葉に気をつけよ。いかに塔の魔術師として恐れられていても、対人間攻撃魔術が使えぬお前など怖くもない。今のお前に出来ることと言ったら他の媒体を利用しての術だけだろう。動けぬ身体では魔法陣も描けまい」
「やめてっ!」
テオの髪を鷲づかみにしてゲルトが怒鳴った。
視界の端でそれをとらえたトゥリカは必死で身をよじろうとするが、身体は動かず徒労と終わってしまう。
「無駄話などしてないで早くしろ!」
オルフの怒鳴り声を合図にしたかのように、ゲルトはテオから手を離し身体の向きを変えた。そして、アヒムとオルフの側まで戻っていく。トゥリカたちに残す命の期限を弄ぶように、無駄に緩慢な歩き方だ。
再びこちらを向いたゲルトが薄い唇の片端だけを引き上げて笑い、両の手の平を玉を持つような形にし、胸の高さまで上げた。次いで、ぶつぶつと呟き始める。
「くそ……。あんな大それた術を使ってくるか」
テオが短く舌を打ったのを聞きながら、トゥリカはゲルトの様子を伺い続けた。
次第にゲルトの手の中に光りが集まっていくのがわかる。その光りは白から黄色へと変わっていく。
危険だ。
そう本能が伝えてくる。
「ちょ! ホントにまずいって! 方法ないのっ?」
フランツも切迫した状況に焦っているのだろう。どうにか身体を動かそうとしている。
「核をあなたに返すことはできないのっ? 力さえ取り戻せば、どうにか出来るのでしょう」
トゥリカはそう訴えたが、テオはなにも答えない。しかし垣間見えたテオの表情に変化があったのを見逃さなかった。
「……出来るのね? あなたが力を取り戻す方法があるのね?」
「無理だよ」
「嘘だわ」
「テオっ! 方法があるなら試してみなよ」
「不本意だが、この状況を打破できるのは貴様だけなのだろう」
「うるさいっ! 僕には出来ない!」
「どうせ、このままじゃみんな死んでしまうのよ! だったら――」
「その方法は死と同じ重荷を君に背負わせる」
「っ!」
テオの声が静かにトゥリカの鼓膜を震わせた。
「それでも試す? そんな危険な方法をとらなくても、君だけならギリギリ助けられるかもしれない」
テオがそう言ってトゥリカをじっと見つめた。その瞳の真剣さが選択の重みを物語っている。
トゥリカは無意識に口内の唾液を嚥下した。
「自分だけ助かるなんていやよ」
「そう言うんじゃないかと思ってた。――君が僕と魂の契約をすれば、君の中の核は僕の自由になる。けれど、それは君の意志を奪うことに等しいんだ」
「どういう意味?」
「君の魂と僕の魂は離れられなくなる。僕は普通の人間とは少し違うから、常人よりも長く生きる。途方もない長い時間をともに過ごし、どちらかが死ぬとき、もう一方も久遠の眠りにつくんだ。君に耐えられる? 親しい人たちが当たり前に年老いて人生を全うしていくなか、君はこの先ずっと僕の命を背負っていくことになるなんてこと」
「途方もない長い時間……」
テオの言葉を反芻して呟く。
その長い時間が何十年後なのか、もしくは何百年後なのか想像もできない。
ぞくり、と背筋に戦慄めいたものが走った。
しかし、ゆっくり悩んでいる時間はないのだ。
見ればゲルト手の中に生まれた光りの玉は灼熱の炎のように真っ赤な色に変わっている。
耐えられるだろうか?
そう自身に問いかけてみると、存外早く答えは出た。
想う相手と一生を添い遂げることが出来るのならなにを厭う必要があるだろうか。
テオが傍にいてくれると言うなら――。
「望むところよ。あなたにだって死ぬまで後悔なんてさせないわ」
テオを真っ直ぐ見返して、トゥリカははっきりと答えた。対するテオは一度小さく笑みをこぼしたあと、ゲルトの方にちらりと視線を投げた。
「頼もしいね。わかった。じゃあ、始めるよ」
「ええ」
「我は夜を旅する者。彼の者は昼を旅する者なり。彼の者の名はトゥリカ――」
テオがそこまで言った瞬間、トゥリカは初めて名を呼ばれたことに息を呑んだ。
しかし、テオはトゥリカの反応を別の意に取ったのだろう。
「大丈夫だよ。暗示はとっくに無効になってる。――名はトゥリカ・リーゼロット・ロワナ」
そう言葉を続けた。
トゥリカは違うと言いたかったが、テオが再び契約のための呪文を唱え始めたので、仕方なく黙ることにした。
「我の名はテオドール・アルヌルフ・クルト・ヴェッツ。我が真の名のもとに彼の者と魂の契約を結ばん!」
テオがそう言い放った直後、ぱんっ! とトゥリカは目の前でなにかが弾けたような気がした。
しかし、瞬きしてみても視界に何の変化も見られない。
術が完了しなかったのか、と不安に駆られテオを見ると彼は微かに頬笑んでいた。
「契約の呪文はあくまでも補助に過ぎない。君が本気で契約してもいいと思ってなかったら失敗していたよ。――ありがとう」
「つまり……成功、したってこと?」
恐る恐るそう訊ねると、テオは静かに頷き、パチンと指を鳴らした。
途端、身動きが取れなかった身体が自由になる。
トゥリカはほっとしたのち、フランツとフェリクスの方へ目をやった。
二人もトゥリカ同様、拘束から解き放たれていた。
テオの反論に、ゲルトがすっと瞳を細め、つかつかとテオの前まで歩み寄った。
「言葉に気をつけよ。いかに塔の魔術師として恐れられていても、対人間攻撃魔術が使えぬお前など怖くもない。今のお前に出来ることと言ったら他の媒体を利用しての術だけだろう。動けぬ身体では魔法陣も描けまい」
「やめてっ!」
テオの髪を鷲づかみにしてゲルトが怒鳴った。
視界の端でそれをとらえたトゥリカは必死で身をよじろうとするが、身体は動かず徒労と終わってしまう。
「無駄話などしてないで早くしろ!」
オルフの怒鳴り声を合図にしたかのように、ゲルトはテオから手を離し身体の向きを変えた。そして、アヒムとオルフの側まで戻っていく。トゥリカたちに残す命の期限を弄ぶように、無駄に緩慢な歩き方だ。
再びこちらを向いたゲルトが薄い唇の片端だけを引き上げて笑い、両の手の平を玉を持つような形にし、胸の高さまで上げた。次いで、ぶつぶつと呟き始める。
「くそ……。あんな大それた術を使ってくるか」
テオが短く舌を打ったのを聞きながら、トゥリカはゲルトの様子を伺い続けた。
次第にゲルトの手の中に光りが集まっていくのがわかる。その光りは白から黄色へと変わっていく。
危険だ。
そう本能が伝えてくる。
「ちょ! ホントにまずいって! 方法ないのっ?」
フランツも切迫した状況に焦っているのだろう。どうにか身体を動かそうとしている。
「核をあなたに返すことはできないのっ? 力さえ取り戻せば、どうにか出来るのでしょう」
トゥリカはそう訴えたが、テオはなにも答えない。しかし垣間見えたテオの表情に変化があったのを見逃さなかった。
「……出来るのね? あなたが力を取り戻す方法があるのね?」
「無理だよ」
「嘘だわ」
「テオっ! 方法があるなら試してみなよ」
「不本意だが、この状況を打破できるのは貴様だけなのだろう」
「うるさいっ! 僕には出来ない!」
「どうせ、このままじゃみんな死んでしまうのよ! だったら――」
「その方法は死と同じ重荷を君に背負わせる」
「っ!」
テオの声が静かにトゥリカの鼓膜を震わせた。
「それでも試す? そんな危険な方法をとらなくても、君だけならギリギリ助けられるかもしれない」
テオがそう言ってトゥリカをじっと見つめた。その瞳の真剣さが選択の重みを物語っている。
トゥリカは無意識に口内の唾液を嚥下した。
「自分だけ助かるなんていやよ」
「そう言うんじゃないかと思ってた。――君が僕と魂の契約をすれば、君の中の核は僕の自由になる。けれど、それは君の意志を奪うことに等しいんだ」
「どういう意味?」
「君の魂と僕の魂は離れられなくなる。僕は普通の人間とは少し違うから、常人よりも長く生きる。途方もない長い時間をともに過ごし、どちらかが死ぬとき、もう一方も久遠の眠りにつくんだ。君に耐えられる? 親しい人たちが当たり前に年老いて人生を全うしていくなか、君はこの先ずっと僕の命を背負っていくことになるなんてこと」
「途方もない長い時間……」
テオの言葉を反芻して呟く。
その長い時間が何十年後なのか、もしくは何百年後なのか想像もできない。
ぞくり、と背筋に戦慄めいたものが走った。
しかし、ゆっくり悩んでいる時間はないのだ。
見ればゲルト手の中に生まれた光りの玉は灼熱の炎のように真っ赤な色に変わっている。
耐えられるだろうか?
そう自身に問いかけてみると、存外早く答えは出た。
想う相手と一生を添い遂げることが出来るのならなにを厭う必要があるだろうか。
テオが傍にいてくれると言うなら――。
「望むところよ。あなたにだって死ぬまで後悔なんてさせないわ」
テオを真っ直ぐ見返して、トゥリカははっきりと答えた。対するテオは一度小さく笑みをこぼしたあと、ゲルトの方にちらりと視線を投げた。
「頼もしいね。わかった。じゃあ、始めるよ」
「ええ」
「我は夜を旅する者。彼の者は昼を旅する者なり。彼の者の名はトゥリカ――」
テオがそこまで言った瞬間、トゥリカは初めて名を呼ばれたことに息を呑んだ。
しかし、テオはトゥリカの反応を別の意に取ったのだろう。
「大丈夫だよ。暗示はとっくに無効になってる。――名はトゥリカ・リーゼロット・ロワナ」
そう言葉を続けた。
トゥリカは違うと言いたかったが、テオが再び契約のための呪文を唱え始めたので、仕方なく黙ることにした。
「我の名はテオドール・アルヌルフ・クルト・ヴェッツ。我が真の名のもとに彼の者と魂の契約を結ばん!」
テオがそう言い放った直後、ぱんっ! とトゥリカは目の前でなにかが弾けたような気がした。
しかし、瞬きしてみても視界に何の変化も見られない。
術が完了しなかったのか、と不安に駆られテオを見ると彼は微かに頬笑んでいた。
「契約の呪文はあくまでも補助に過ぎない。君が本気で契約してもいいと思ってなかったら失敗していたよ。――ありがとう」
「つまり……成功、したってこと?」
恐る恐るそう訊ねると、テオは静かに頷き、パチンと指を鳴らした。
途端、身動きが取れなかった身体が自由になる。
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