夜をまとう魔術師
18 もうひとりの青年
「うっわぁ……。君、すっごく綺麗な色の瞳してるんだね! 薄い緑にも見えるし、淡い茶色にも見える。なんだよ。こんな可愛い恋人がいるなら早く紹介してくれればよかったのに」
「こっ! ちがっ――! 返して」
トゥリカはすぐさまフランツの手からベールを奪い返し、再び顔を隠す。
「えー。隠したらもったいないって。折角の美人さんなのにさ。ね、ね。名前訊いてもいい? 俺はね、フランツ。フランツ・アーレっていうんだ」
トゥリカは頑なに無言を貫いて、フランツに背中を向ける。
一応は褒められたようだが嬉しくはない。
自分の外見が美人と言われる部類でないことは自分がよく知っている。現にフランツが最初に称えたのは顔立ちではなく瞳の色だ。これまでも何度もあった。初対面の人が社交辞令で言う言葉は瞳と髪に関することだけ。なぜなら他に取り立てて称えるところがないから……。
ティルダとは違う。自分はごく平凡な顔立ちなのだ。
(比べても仕方ないのに……)
トゥリカは思って、自嘲気味に首を振った。
「フランツ。そういうのやめた方がいいんじゃないかな」
「えっ! あっ! そうだよね。慣れ慣れしかったよね。怒っちゃったかな? ごめん。テオ以外の人に会うのが久しぶりだから、つい嬉しくてさ」
フランツはトゥリカの前に回ると、心底申し訳なさそうな顔をしてそう言った。
それでもトゥリカはフランツと目を合わせないようにしてふいとそっぽを向く。
「あー。嫌われちゃったか。――そうだ! お詫びにテオの秘密を一つ教えてあげるよ」
フランツの言葉に、トゥリカはぱっと顔の向きを変えた。
テオの秘密――ということは、もしかしたらなにか弱みを握ることが出来るかもしれない。
トゥリカはフランツをじっと見つめて、彼から次の言葉が発せられるのを待った。
「君はテオの本当の名前って知ってる?」
「え?」
「【テオ】っていうのは愛称みたいなものなんだってさ。正式な名前があるらしいんだけど、訊いても教えてくれないんだよねー」
あはは、と笑ったフランツにトゥリカは呆れ顔を浮かべた。
てっきり凄いことを聞かせてもらえるのかと思っていたのに、と眉を寄せる。
「あの……それと秘密とどういう関係が……?」
そう問いかけると、フランツは不敵とも言える笑みを浮かべた。
「教えてくれない理由ってのが秘密なんだよ。それがさ――」
「フランツ」
テオの厳しげな声がフランツの言葉を遮った。
途端、フランツはばつの悪そうな顔をして両手を軽く挙げた。
「そうだよね。こんなところで無駄に時間取らせちゃいけないよね。…………あのさ、こういうときはやっぱり外で待ってる方がいいのかな? 終わったら声かけてもらえると嬉しいけど、それじゃ雰囲気ぶちこわしかあ」
ぶつぶつと呟きながら玄関扉の方向へと、フランツが向かう。
トゥリカはフランツの言っていたことが気にはなったのだが、役に立ちそうな情報ではないと思い、それ以上訊くことは諦めた。
テオの正式名やそれを教えない理由を聞いたところで、ティルダを救う手だてになるとは思えなかったのだ。
トゥリカが考え込んでいる横で、テオが大きくため息をつき外へ出て行こうとするフランツに声をかける。
「それはあとでいいから、彼女を奥の部屋に連れて行ってあげてくれるかな? 怪我してるんだ」
「えっ! うっわ。全然気づかなかった。ごめん、大丈夫?」
フランツは勢いよく振り返り、トゥリカの元へと駆け寄ってくる。そして、トゥリカを案内するためなのか手を伸ばしてきた。
しかし、
「くれぐれも彼女には触れないように。無駄話もほどほどにね。頼むよ、フランツ」
すかさず入ったテオの声にフランツの身体が止まった。
トゥリカが何気なくテオの様子を伺うと、彼はにっこりと優美な微笑みを浮かべていた。
* * *
案内された部屋は上品な調度品が置かれた、広い部屋だった。
洋卓にしても寝台にしても、王宮にあった物と比べれば多少見劣りはするが、充分な値打ちがあるように見えた。
トゥリカはフランツのすすめで部屋の中央に置かれた長椅子に腰掛けた。
テオについての話を聞こうと思ったトゥリカだったが、フランツは用を済ませるとさっさと部屋を出て行ってしまった。
別れ際にテオが言っていたことを忠実に守っているようだ。
広い部屋の中、特にすることも見つけられずトゥリカは一つ息をつき窓から見える風景を眺めた。
何の変哲もない鬱蒼とした森の景色。
どこまでも樹しか見えない。奥の方は日差しが届かないのか、暗く、まるで果てがないようだ。
ここが深い森の中なのだと実感する。
(私にあの男の説得なんて出来るのかしら? いいえ。しなければならないのよ)
トゥリカは自分を奮い立たせるため、決意を込めて心の中で呟いた。
丁度そこへ、トントンと背後の扉が叩かれる。
トゥリカが返事をするよりも早く、テオが扉を開けて入ってきた。
その手には、両手で持てるくらいの大きさの木箱がある。
「待たせてごめんね」
テオはそう言ったあと、トゥリカの真横に腰を下ろした。
待ったとは感じていなかったが、トゥリカは特になにも言わないことにした。
そのかわり、近すぎる距離を離そうと座っている場所をずらす。
「指、見せて」
そう促され、トゥリカは素直に右手を差し出した。
「こっ! ちがっ――! 返して」
トゥリカはすぐさまフランツの手からベールを奪い返し、再び顔を隠す。
「えー。隠したらもったいないって。折角の美人さんなのにさ。ね、ね。名前訊いてもいい? 俺はね、フランツ。フランツ・アーレっていうんだ」
トゥリカは頑なに無言を貫いて、フランツに背中を向ける。
一応は褒められたようだが嬉しくはない。
自分の外見が美人と言われる部類でないことは自分がよく知っている。現にフランツが最初に称えたのは顔立ちではなく瞳の色だ。これまでも何度もあった。初対面の人が社交辞令で言う言葉は瞳と髪に関することだけ。なぜなら他に取り立てて称えるところがないから……。
ティルダとは違う。自分はごく平凡な顔立ちなのだ。
(比べても仕方ないのに……)
トゥリカは思って、自嘲気味に首を振った。
「フランツ。そういうのやめた方がいいんじゃないかな」
「えっ! あっ! そうだよね。慣れ慣れしかったよね。怒っちゃったかな? ごめん。テオ以外の人に会うのが久しぶりだから、つい嬉しくてさ」
フランツはトゥリカの前に回ると、心底申し訳なさそうな顔をしてそう言った。
それでもトゥリカはフランツと目を合わせないようにしてふいとそっぽを向く。
「あー。嫌われちゃったか。――そうだ! お詫びにテオの秘密を一つ教えてあげるよ」
フランツの言葉に、トゥリカはぱっと顔の向きを変えた。
テオの秘密――ということは、もしかしたらなにか弱みを握ることが出来るかもしれない。
トゥリカはフランツをじっと見つめて、彼から次の言葉が発せられるのを待った。
「君はテオの本当の名前って知ってる?」
「え?」
「【テオ】っていうのは愛称みたいなものなんだってさ。正式な名前があるらしいんだけど、訊いても教えてくれないんだよねー」
あはは、と笑ったフランツにトゥリカは呆れ顔を浮かべた。
てっきり凄いことを聞かせてもらえるのかと思っていたのに、と眉を寄せる。
「あの……それと秘密とどういう関係が……?」
そう問いかけると、フランツは不敵とも言える笑みを浮かべた。
「教えてくれない理由ってのが秘密なんだよ。それがさ――」
「フランツ」
テオの厳しげな声がフランツの言葉を遮った。
途端、フランツはばつの悪そうな顔をして両手を軽く挙げた。
「そうだよね。こんなところで無駄に時間取らせちゃいけないよね。…………あのさ、こういうときはやっぱり外で待ってる方がいいのかな? 終わったら声かけてもらえると嬉しいけど、それじゃ雰囲気ぶちこわしかあ」
ぶつぶつと呟きながら玄関扉の方向へと、フランツが向かう。
トゥリカはフランツの言っていたことが気にはなったのだが、役に立ちそうな情報ではないと思い、それ以上訊くことは諦めた。
テオの正式名やそれを教えない理由を聞いたところで、ティルダを救う手だてになるとは思えなかったのだ。
トゥリカが考え込んでいる横で、テオが大きくため息をつき外へ出て行こうとするフランツに声をかける。
「それはあとでいいから、彼女を奥の部屋に連れて行ってあげてくれるかな? 怪我してるんだ」
「えっ! うっわ。全然気づかなかった。ごめん、大丈夫?」
フランツは勢いよく振り返り、トゥリカの元へと駆け寄ってくる。そして、トゥリカを案内するためなのか手を伸ばしてきた。
しかし、
「くれぐれも彼女には触れないように。無駄話もほどほどにね。頼むよ、フランツ」
すかさず入ったテオの声にフランツの身体が止まった。
トゥリカが何気なくテオの様子を伺うと、彼はにっこりと優美な微笑みを浮かべていた。
* * *
案内された部屋は上品な調度品が置かれた、広い部屋だった。
洋卓にしても寝台にしても、王宮にあった物と比べれば多少見劣りはするが、充分な値打ちがあるように見えた。
トゥリカはフランツのすすめで部屋の中央に置かれた長椅子に腰掛けた。
テオについての話を聞こうと思ったトゥリカだったが、フランツは用を済ませるとさっさと部屋を出て行ってしまった。
別れ際にテオが言っていたことを忠実に守っているようだ。
広い部屋の中、特にすることも見つけられずトゥリカは一つ息をつき窓から見える風景を眺めた。
何の変哲もない鬱蒼とした森の景色。
どこまでも樹しか見えない。奥の方は日差しが届かないのか、暗く、まるで果てがないようだ。
ここが深い森の中なのだと実感する。
(私にあの男の説得なんて出来るのかしら? いいえ。しなければならないのよ)
トゥリカは自分を奮い立たせるため、決意を込めて心の中で呟いた。
丁度そこへ、トントンと背後の扉が叩かれる。
トゥリカが返事をするよりも早く、テオが扉を開けて入ってきた。
その手には、両手で持てるくらいの大きさの木箱がある。
「待たせてごめんね」
テオはそう言ったあと、トゥリカの真横に腰を下ろした。
待ったとは感じていなかったが、トゥリカは特になにも言わないことにした。
そのかわり、近すぎる距離を離そうと座っている場所をずらす。
「指、見せて」
そう促され、トゥリカは素直に右手を差し出した。
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