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夜をまとう魔術師

牛乳紅茶

10 計画

ティルダを助けるためにテオとの直接交渉を決意したトゥリカだったが、早くも問題にぶつかった。

一人で塔に出向くなど、ダグマルやイルゼ、そして王宮の者たちが許すはずがない。となると、秘密裏に宮殿を抜け出さねばならないのだが、ティルダの一件があったため警備は普段以上に厳重になっている。宮殿内の空気ですらぴりぴりと張り詰めているくらいだ。
昨日もティルダの部屋からの帰り、何気なさを装ってリタとともに内門の近くを通りかかったら衛兵に部屋に戻るよう促されてしまった。
正直なところ、テオはどこから現れるかわからないのだから、門ばかりに重点を置いても仕方ないのに、とトゥリカは思ったがそれは口に出さなかった。

そういった経緯で、トゥリカは朝から食事もそこそこに宮殿を抜け出す方法ばかりを考えている。

(秘密の通路があればいいのに……)

軽めの昼食後、リタが片付けのために部屋を出た隙に、蔵書室から拝借してきた見取り図を洋卓の上に広げる。

(それにしても……。なんて書いてあるのかすらわからないわ)

眉を寄せじっと見取り図を睨んでみても地図に書いてある文字を読み解くことは出来なかった。
長い年月で茶色く変色したのだろう見取り図には、所々に文字らしきものが記されているのだが、トゥリカがこれまで学んできた文字とは全く違う崩した字体のため理解不能であった。

(これでは使い物にならないわね。別の方法を考えなくては)

トゥリカは大きくため息を吐き出して、見取り図をくるくると巻いた。
外に出られそうな通路に関してなにも記されていない以上、読めないものと格闘していても仕方ない、と思ったからだ。
と、そのときだ。扉を叩く音がトゥリカの耳に届いた。
きっとリタが戻ってきたのだろう。

「どうぞっ」

トゥリカは慌てて丸めた見取り図を背中に隠すと、声を張り上げた。

「ただいま戻りました。――姫様?」
「ありがとう。戻ってきたばかりで悪いのだけれど、この本を返しに行きたいの」
「はい。わたくしが片付けてまいります」
「い、いいのよ。これくらい自分でするわ。たまには身体を動かさないと」
「そうですか? ではご一緒いたします。お持ちしますね」
「……ええ。ありがとう」

トゥリカは後ろ手に見取り図を握ったまま、内心ハラハラしてリタに本を渡した。

* * *

蔵書室に向かう途中、頭巾型の被り物をした女性たちと何度かすれ違い、トゥリカは首をひねった。
リタを含めた宮殿内で働く女性たちも似た物を被り髪をまとめているが、リタのそれとは少し形が違ったからだ。
女性たちは皆一様に巻物状になった大きな布を肩に担いで運んでいる。
目をこらすと、それはドレスなどに使われる生地なのだとわかった。

「ねえ、彼女たちがなにをしているのか知ってる?」

トゥリカはなんとなく気になってリタに訊ねた。
するとリタは、ああ、と言ったあと、少し憂いを帯びたような表情を浮かべた。

「あれは、陛下がティルダ様の花嫁衣装をお仕立てになる際に、他にも何着かとご所望になられた物です。ティルダ様にお好みの物を選んでいただく予定だったのですが……」

リタはそこまで言って、一度言葉を切った。
その行動にどんな意味が含まれているのか大体察し、トゥリカは余計なことは言わずに相づちだけ打った。
現状ではティルダが生地を選ぶことなど無理な話だ。

「今までティルダ様の衣装部屋に全て置いてあったのですが、王妃様が代わりにいくつか選ばれたようで、必要なものだけあちらの小部屋に、残りは生地屋に引き取ってもらうようになったそうです」

リタの説明を聞きながら、トゥリカは生地屋の女性たちがいそいそと働く姿に目を細めた。
本当ならイルゼではなくティルダが選ぶはずだったのだ。
瞳を輝かせて色取り取りの生地を選ぶティルダの姿を想像して、トゥリカはひどく悲しくなった。

「ティルダの目が覚めるまで待ってもらうのは無理だったのかしら?」

そう口にすると、リタが小さくかぶりを振って声をひそめる。

「ティルダ様がご病気というのはあくまでも表向きの延期理由です。長い期間、都の者が王宮にとどまることを良しとされなかったようです。魔術師の剣が都中に知れ渡ったら大騒ぎになるでしょうしね」

ティルダは都の者たちにとても慕われている。事実が公になれば彼らは悲しむだろう。そして、それは次第に怒りへと形を変えるはずだ。
もしかしたら怒りの矛先を塔の魔術師に向け暴動を起こす者も出てくるかもしれない。都を治める王宮側の者たちからすれば避けたい事態である。
もっともなリタの話しに頷きながらも、トゥリカは別のことに思考を巡らせていた。

都へと帰る生地屋に紛れ込んで、自分もどうにか王宮を抜け出すことはできないものか、と考えたのだ。

「彼らはいつ頃までここにいるのかしら?」
「明朝、引き上げてもらう運びとなっているそうですよ」

疑問を素直に口にすると、すんなりとリタから答えが返ってきた。
トゥリカは、そう、と頷きながら、回廊を行き来する女性たちを盗み見た。
女性たちはトゥリカの横を通り過ぎるときに深々とお辞儀をして、失礼しますと言って去っていく。
こうして見ているだけでも随分とたくさんの生地を運んでいるように見受けられる。きっと生地だけを運ぶ荷馬車があるはずだ。その荷馬車に忍び込むことが出来れば、都まで辿り着けるだろう。
また、幸いと言うべきかトゥリカが贔屓にしている生地屋とは別の生地屋だ。万が一見つかってしまっても王女だと気づかれず誤魔化すことが出来るかもしれない。

トゥリカはそこまで考えて、次にリタをちらりと見た。

現在の宮殿内の緊張に加え、これまでのトゥリカの度重なる逃走によりリタの警戒心は非常に強くなっている。片付けに出ても、あっという間に戻ってくるくらいだ。
リタの目を盗んでの行動に今回の計画の成否がかかっていると言っても過言ではない。

「姫様。どうかされました?」
「いえ。なんでもないわ。さ、本を片付けてしまいましょ」
「そうですね」

にっこりと笑顔で頷いたリタを見て、トゥリカの胸は罪悪感からちくりと痛んだ。
決行するならば皆が寝静まった夜が無難だろう。多少の危険は伴うが見つかる可能性は幾分かは低くなる。
トゥリカは決意を固め、リタに気づかれぬよう小さく頷いた。

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