碧の輝きは彼女のために

牛乳紅茶

それぞれの告白


翌日の朝早く、セイクはリヴィラがやってくるのを待たずに支度を整えると自室を後にした。
そうしてまっすぐ両親がいるであろう広間へと向かう。

途中、ちょうどセイクの部屋に来ようとしていたのだろう、リヴィラに会ったが、挨拶もそこそこにセイクは広間へと続く扉を勢いよく押し開けた。

「お話があります!」

広間には父親と母親、そしてオークレイ嬢が揃っていた。
彼らは突然のセイクの登場に驚いたのか、目を丸くしてセイクをじっと見つめた。

三人の視線を受け止めながらセイクは迷いなく父親の前に進み出た。
部屋に籠もるようになって数年。こうして改まって父と顔を合わせるのは随分と久しぶりだ。

「父上。申し上げにくいことですが、今回のオークレイ嬢との結婚、今一度、考え直してはいただけませんでしょうか?」

セイクが淀みなく、そうはっきりと告げると父親は最初よりも更に目をむき出して眉を上げた。

「なにを言ってるんだ、お前は!!」
「オークレイ嬢とは結婚できません」

父親の剣幕をよそに、セイクがそう続けると背後から食器の割れる音が響き渡った。

セイクが振り向くと、そこにはリヴィラが愕然とした表情で立っていた。その足下には、粉々に砕け散った皿やカップの白い破片が広がっている。
セイクの部屋に持ってこようとしていたお茶の用意なのだろう。

「も、申し訳ございませんっ」

リヴィラは深く頭を下げると、すぐさま広がった破片を拾うためにその場にしゃがみ込んだ。
それを見たセイクは慌ててリヴィラへと駆け寄る。

「大丈夫か? 怪我は?」
「どうぞお話を続けてください。私は平気ですから……。――あの……。先ほどのお言葉、本当ですか?」
「……ああ。俺は彼女とは結婚したくない」
「どうして…………?」

破片を拾いながら小さく呟いたリヴィラの言葉に耳にしながら、セイクは改めて父親をまっすぐ見ると、ゆっくりと口を開いた。

「――……一生を共にしたいと思える女性に出逢いました。だからオークレイ嬢と結婚はできません。侯爵家の跡取りとして許されることではないとわかっています。父上のお気持ちに沿わぬのなら勘当でもなんでもしてくださって結構です」

そう言い終えた直後、強い衝撃が左頬に走った。

思わず一歩後ろに下がったセイクだったが、目の前で父親が右拳を握りしめて立っているのを見て、衝撃の正体は殴られたからなのだと理解した。同時に、それほどまでに自分の言葉は父親の逆鱗に触れてしまったことを実感する。

「部屋に籠もりがちかと思えば、今度はそんな自分勝手なことを言いおって! なにが勘当だ!! お前のような軟弱者が独りで生きていけると本気で思っているのかっ!!」

怒声をあげた父親を呆然と見つめながら、セイクはきつく拳を握りしめた。

まったくその通りだ。
貴族たちからの追従口に耐えられなくなって屋敷から出なくなった自分では、外の世界でも同じことになるかもしれない。まして、無一文になってリヴィラを幸せに出来る保証もない。

勢いだけで口にした発言に恥ずかしさを感じながらも、セイクは父親から決して目を背けはしなかった。


そのままじっと黙り込むこと数瞬。

「あの……」

戸惑いがちに口を開いたのはオークレイ嬢だった。

「セイク様がそこまで想いを寄せている女性とはどなたなのですか? その方がセイク様にふさわしいのなら、わたくしは身を引いてもかまいま――」
「だめです!!」

今度は唐突にリヴィラが声を上げた。
それまで室内に満ちていた緊迫した空気がぱちんと弾けるような、鋭い声音だ。

「リヴィラ?」
「セイク様、申し訳ございません。私はあなたをずっと偽っておりました」

そう言って頭を下げたリヴィラの言葉の意味がわからず、セイクは小首を傾げた。
その場にいた父親や母親も同様に、一介の召使いの突然の発言にきょとんと目を丸くしている。

「お前、なにを言って?」
「私はリヴィラ・メルストではありません。本当は――」
「お嬢様!! 考え直してください。この方は別に想いを寄せる方がいるのですよ! このままではあなた様が不幸になるのは目に見えています!!」

リヴィラの言葉を遮って高い声を上げたのはオークレイ嬢だ。
なにが起きているのかさっぱりわからず、セイクはリヴィラとオークレイ嬢を交互に見つめた。

「あなたは黙っていなさい、フィリア」
「っ――」
「私の本当の名はリヴィラ・オークレイです。あなたのお世話係としてこのお屋敷に潜り込みました」

そう言ってリヴィラは深く頭を下げた。
再び顔を上げたリヴィラの目はしっかりと前を見ていて、嘘をついているようには見えなかった。

「では、お前が本当の伯爵令嬢だったということか……?」
「はい。出自を偽ったことお詫びのしようもございません。どのような処罰も受ける所存です」

再び深く頭を下げたリヴィラに対し、セイクは言葉を失ってただ見つめることしかできなかった。
真相を知った今ならば、リヴィラと名乗っていた彼女の行動が不可解だったことにも納得が出来る。ただ気になるのは動機だ。

「――どうしてこんなことを……?」
「……あなたが貴族嫌いということを噂で聞きました。だから、使用人のふりをしてそばにいれば、あなた様のお人柄がわかると思ったのです。私も、顔も見たことのない方との結婚が不安だったので……」

リヴィラはそこまで言うとそっと睫を伏せた。

「ですが、お会いして確信しました。あなた様となら一生を過ごしても後悔しないと。――こうなってしまった今、それも叶わぬ夢でしょうが。今更信じて欲しいとは言えません。でも、私はあなた様を心からお慕いしております。たとえあなたに想い人がいようとも……」

にっこりと頬笑んでリヴィラはそう続けた。しかし、それはセイクにとって見慣れたはずの笑顔ではなかった。いつもとは違うどこか寂しそうな表情。

「リヴィ――。いや、オークレイ嬢……」
「今まで通りリヴィラとお呼びください」
「――……お、俺が先ほど言った一生を共に過ごしたい女性というのはお前のことなんだ。だから、叶わぬ夢なんかじゃない」
「っ――」

セイクがそう告げると、リヴィラは驚いたのか漆黒の瞳を大きく見開いた。

「父上。先ほどの発言取り消させてください。ですが、跡取りとしての役目はこれからきちんと果たします。――俺は彼女と結婚する」

しっかりとリヴィラの手を握り、セイクは大きく声を張った。

それを受けた父親と母親はなんとも複雑な顔で、それでも小さく頷くのだった。翌日の朝早く、セイクはリヴィラがやってくるのを待たずに支度を整えると自室を後にした。
そうしてまっすぐ両親がいるであろう広間へと向かう。

途中、ちょうどセイクの部屋に来ようとしていたのだろう、リヴィラに会ったが、挨拶もそこそこにセイクは広間へと続く扉を勢いよく押し開けた。

「お話があります!」

広間には父親と母親、そしてオークレイ嬢が揃っていた。
彼らは突然のセイクの登場に驚いたのか、目を丸くしてセイクをじっと見つめた。

三人の視線を受け止めながらセイクは迷いなく父親の前に進み出た。
部屋に籠もるようになって数年。こうして改まって父と顔を合わせるのは随分と久しぶりだ。

「父上。申し上げにくいことですが、今回のオークレイ嬢との結婚、今一度、考え直してはいただけませんでしょうか?」

セイクが淀みなく、そうはっきりと告げると父親は最初よりも更に目をむき出して眉を上げた。

「なにを言ってるんだ、お前は!!」
「オークレイ嬢とは結婚できません」

父親の剣幕をよそに、セイクがそう続けると背後から食器の割れる音が響き渡った。

セイクが振り向くと、そこにはリヴィラが愕然とした表情で立っていた。その足下には、粉々に砕け散った皿やカップの白い破片が広がっている。
セイクの部屋に持ってこようとしていたお茶の用意なのだろう。

「も、申し訳ございませんっ」

リヴィラは深く頭を下げると、すぐさま広がった破片を拾うためにその場にしゃがみ込んだ。
それを見たセイクは慌ててリヴィラへと駆け寄る。

「大丈夫か? 怪我は?」
「どうぞお話を続けてください。私は平気ですから……。――あの……。先ほどのお言葉、本当ですか?」
「……ああ。俺は彼女とは結婚したくない」
「どうして…………?」

破片を拾いながら小さく呟いたリヴィラの言葉に耳にしながら、セイクは改めて父親をまっすぐ見ると、ゆっくりと口を開いた。

「――……一生を共にしたいと思える女性に出逢いました。だからオークレイ嬢と結婚はできません。侯爵家の跡取りとして許されることではないとわかっています。父上のお気持ちに沿わぬのなら勘当でもなんでもしてくださって結構です」

そう言い終えた直後、強い衝撃が左頬に走った。

思わず一歩後ろに下がったセイクだったが、目の前で父親が右拳を握りしめて立っているのを見て、衝撃の正体は殴られたからなのだと理解した。同時に、それほどまでに自分の言葉は父親の逆鱗に触れてしまったことを実感する。

「部屋に籠もりがちかと思えば、今度はそんな自分勝手なことを言いおって! なにが勘当だ!! お前のような軟弱者が独りで生きていけると本気で思っているのかっ!!」

怒声をあげた父親を呆然と見つめながら、セイクはきつく拳を握りしめた。

まったくその通りだ。
貴族たちからの追従口に耐えられなくなって屋敷から出なくなった自分では、外の世界でも同じことになるかもしれない。まして、無一文になってリヴィラを幸せに出来る保証もない。

勢いだけで口にした発言に恥ずかしさを感じながらも、セイクは父親から決して目を背けはしなかった。


そのままじっと黙り込むこと数瞬。

「あの……」

戸惑いがちに口を開いたのはオークレイ嬢だった。

「セイク様がそこまで想いを寄せている女性とはどなたなのですか? その方がセイク様にふさわしいのなら、わたくしは身を引いてもかまいま――」
「だめです!!」

今度は唐突にリヴィラが声を上げた。
それまで室内に満ちていた緊迫した空気がぱちんと弾けるような、鋭い声音だ。

「リヴィラ?」
「セイク様、申し訳ございません。私はあなたをずっと偽っておりました」

そう言って頭を下げたリヴィラの言葉の意味がわからず、セイクは小首を傾げた。
その場にいた父親や母親も同様に、一介の召使いの突然の発言にきょとんと目を丸くしている。

「お前、なにを言って?」
「私はリヴィラ・メルストではありません。本当は――」
「お嬢様!! 考え直してください。この方は別に想いを寄せる方がいるのですよ! このままではあなた様が不幸になるのは目に見えています!!」

リヴィラの言葉を遮って高い声を上げたのはオークレイ嬢だ。
なにが起きているのかさっぱりわからず、セイクはリヴィラとオークレイ嬢を交互に見つめた。

「あなたは黙っていなさい、フィリア」
「っ――」
「私の本当の名はリヴィラ・オークレイです。あなたのお世話係としてこのお屋敷に潜り込みました」

そう言ってリヴィラは深く頭を下げた。
再び顔を上げたリヴィラの目はしっかりと前を見ていて、嘘をついているようには見えなかった。

「では、お前が本当の伯爵令嬢だったということか……?」
「はい。出自を偽ったことお詫びのしようもございません。どのような処罰も受ける所存です」

再び深く頭を下げたリヴィラに対し、セイクは言葉を失ってただ見つめることしかできなかった。
真相を知った今ならば、リヴィラと名乗っていた彼女の行動が不可解だったことにも納得が出来る。ただ気になるのは動機だ。

「――どうしてこんなことを……?」
「……あなたが貴族嫌いということを噂で聞きました。だから、使用人のふりをしてそばにいれば、あなた様のお人柄がわかると思ったのです。私も、顔も見たことのない方との結婚が不安だったので……」

リヴィラはそこまで言うとそっと睫を伏せた。

「ですが、お会いして確信しました。あなた様となら一生を過ごしても後悔しないと。――こうなってしまった今、それも叶わぬ夢でしょうが。今更信じて欲しいとは言えません。でも、私はあなた様を心からお慕いしております。たとえあなたに想い人がいようとも……」

にっこりと頬笑んでリヴィラはそう続けた。しかし、それはセイクにとって見慣れたはずの笑顔ではなかった。いつもとは違うどこか寂しそうな表情。

「リヴィ――。いや、オークレイ嬢……」
「今まで通りリヴィラとお呼びください」
「――……お、俺が先ほど言った一生を共に過ごしたい女性というのはお前のことなんだ。だから、叶わぬ夢なんかじゃない」
「っ――」

セイクがそう告げると、リヴィラは驚いたのか漆黒の瞳を大きく見開いた。

「父上。先ほどの発言取り消させてください。ですが、跡取りとしての役目はこれからきちんと果たします。――俺は彼女と結婚する」

しっかりとリヴィラの手を握り、セイクは大きく声を張った。

それを受けた父親と母親はなんとも複雑な顔で、それでも小さく頷くのだった。

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