碧の輝きは彼女のために
プロローグ
「会ったこともない人との結婚なんて絶対にいやっ!!」
リヴィラ・オークレイは手元にあった羽根枕を壁に向かって力一杯投げつけた。
「お嬢様。どうか落ち着いてくださいませ」
「落ち着いてなんていられないわ! 聞けば、ここ何年も部屋に閉じこもりっぱなしの陰気な男だって噂じゃない!」
リヴィラは怒鳴り、慌てて枕を拾い上げる侍女フィリアを見た。リヴィラのその菫色の瞳にははっきりとした怒りがたたえられている。
「そんな人の元に嫁ぐなんてまっぴらごめんよ!!」
この秋、リヴィラの縁談がまとまった。
リヴィラの父であるオークレイ伯爵はルギーレイド侯爵家が治める領地の東の一角を任されており、数年ほど前から互いの子供を結ばせようと相談が交わされていたらしい。
突然の結婚話ではあったが、リヴィラも最初は喜んだ。
相手は広大な領地を治めている侯爵家のご子息だ。それはもう素敵な人なのだろうと明るい未来を思い描いていたリヴィラだったのだが――。
昨日、給仕係たちがひそひそと交わしていた密談を聞いてしまったため事態は一変した。
〝ルギーレイドのご子息はほとんど部屋から出てこないそうだよ〟
〝そんな方と結婚とはお嬢様も気の毒に……〟
〝なんでも性格がすさまじく悪くて使用人が次々辞めていってるんだってよ〟
その話しを聞いたリヴィラはあまりの衝撃でその場に崩れ落ちてしまったほどなのだ。
「ただの噂に決まってますわ」
「噂通りだったらどうするのよ! いやったらいや!」
寝台のそばまで枕を持ってきたフィリアの手から枕を奪い取ると、リヴィラはそのまま寝台に突っ伏してわあっと泣き出した。
しかし、リヴィラのそんな行動には慣れっこなのか、フィリアは困ったように嘆息してリヴィラの背をさするだけだ。
「こればかりはお嬢様がなにを言っても変えることはかなわないと思いますよ」
諭すようなフィリアの言葉に、リヴィラは勢いよく顔を上げる。
「わかってるわ。だけど……なんとか破談にできないかしら」
「お嬢様ったら。ルギーレイド家はこの国でも有数の優れた魔術師を輩出している一族でいらっしゃいます。お嬢様が選ばれたことは名誉あることなんですよ」
まるで自分のことのように力を込めて語るフィリアをじっと見つめたあと、リヴィラは長いため息を吐き出した。
リヴィラが住まう、ここアーリア国は魔法大国だ。全てにおいて魔力が優先される。そのため、王家の血族をはじめとする貴族のほとんどが魔術師だ。
魔力の強さで身分の高さが決まると言っても過言ではないほど重要視されており、そのため高い地位にいる者はより強い血を求めた。
つまり結婚相手に強い魔力を有する者を迎え次代につなぐのだ。
中には庶民の中から魔力の保持者を捜し出し、養子にしたり妾にしたりする者までいた。
そうして魔力を有して産まれてきた子供たちは幼いうちに師のもとで力を扱う術を学ぶ。もちろんリヴィラも例外ではなく六年前の十才まで親戚筋のもとで魔術の勉強をしていた。
もって生まれた資質だったのか、彼女の魔力は成長とともに爆発的に強くなり、その噂は近隣を駆けめぐった。
その結果、ルギーレイド侯爵から息子の妻に、という話しがくることになったのだ。
「セイク・ルギーレイド様の噂は悪いものばかりではないんですよ。幼い頃から魔術に長け、誰に習ったわけでもなく大きな術を成功させたと聞きました」
「――やめて。今は名前を聞くのもいやなの」
フィリアの口から出た名にリヴィラは眉をつり上げる。
いくら魔力が強くても、そんなものにこだわっているのはリヴィラの両親と婚約者であるセイクの両親くらいだろう。リヴィラ自身はまったく興味のないことだった。
「なにか良い方法はないものかしらね……」
寝台の上で頬杖をつき、リヴィラは思考を巡らせた。
「では、式の前に一度お会いになってみたらいかがですか?」
フィリアは何気なくそう言ったのだろう。
「それだわ!」
しかし、リヴィラはその言葉に飛び起きた。そして、フィリアの手をぎゅっと握る。
「お嬢様?」
「フィリアはもちろん協力してくれるわよね?」
リヴィラがにっこりと笑ってそう告げると、フィリアはあからさまに顔をひきつらせた。
「今すぐ、セイク様とやらに会いに行くわ。噂がどこまで本当なのか確かめなくちゃ。悩むのはそのあとでも遅くないもの」
「なにをおっしゃってるんですか?」
「あなた、魔力はなかったわよね?」
「はい。ありませんけど……」
フィリアが頷いたのを見て、リヴィラはさらに笑みを深くした。
寝台から飛び降り、足早に文机に向かう。
引き出しの中から獣皮紙を取り出すと、慣れた手つきでペンを走らせた。
「これでよし」
できあがった書面を見て満足すると、それをフィリアの眼前につきだした。
「――……紹介、状……? お嬢様っ!?」
文面を見たフィリアの表情が見る間にこわばっていくのをじっと見つめ、リヴィラはにやりと笑った。
「さあ、行くわよ。支度してきなさい」
手際よく獣皮紙を丸め、リヴィラは容赦なく言い放った。
リヴィラ・オークレイは手元にあった羽根枕を壁に向かって力一杯投げつけた。
「お嬢様。どうか落ち着いてくださいませ」
「落ち着いてなんていられないわ! 聞けば、ここ何年も部屋に閉じこもりっぱなしの陰気な男だって噂じゃない!」
リヴィラは怒鳴り、慌てて枕を拾い上げる侍女フィリアを見た。リヴィラのその菫色の瞳にははっきりとした怒りがたたえられている。
「そんな人の元に嫁ぐなんてまっぴらごめんよ!!」
この秋、リヴィラの縁談がまとまった。
リヴィラの父であるオークレイ伯爵はルギーレイド侯爵家が治める領地の東の一角を任されており、数年ほど前から互いの子供を結ばせようと相談が交わされていたらしい。
突然の結婚話ではあったが、リヴィラも最初は喜んだ。
相手は広大な領地を治めている侯爵家のご子息だ。それはもう素敵な人なのだろうと明るい未来を思い描いていたリヴィラだったのだが――。
昨日、給仕係たちがひそひそと交わしていた密談を聞いてしまったため事態は一変した。
〝ルギーレイドのご子息はほとんど部屋から出てこないそうだよ〟
〝そんな方と結婚とはお嬢様も気の毒に……〟
〝なんでも性格がすさまじく悪くて使用人が次々辞めていってるんだってよ〟
その話しを聞いたリヴィラはあまりの衝撃でその場に崩れ落ちてしまったほどなのだ。
「ただの噂に決まってますわ」
「噂通りだったらどうするのよ! いやったらいや!」
寝台のそばまで枕を持ってきたフィリアの手から枕を奪い取ると、リヴィラはそのまま寝台に突っ伏してわあっと泣き出した。
しかし、リヴィラのそんな行動には慣れっこなのか、フィリアは困ったように嘆息してリヴィラの背をさするだけだ。
「こればかりはお嬢様がなにを言っても変えることはかなわないと思いますよ」
諭すようなフィリアの言葉に、リヴィラは勢いよく顔を上げる。
「わかってるわ。だけど……なんとか破談にできないかしら」
「お嬢様ったら。ルギーレイド家はこの国でも有数の優れた魔術師を輩出している一族でいらっしゃいます。お嬢様が選ばれたことは名誉あることなんですよ」
まるで自分のことのように力を込めて語るフィリアをじっと見つめたあと、リヴィラは長いため息を吐き出した。
リヴィラが住まう、ここアーリア国は魔法大国だ。全てにおいて魔力が優先される。そのため、王家の血族をはじめとする貴族のほとんどが魔術師だ。
魔力の強さで身分の高さが決まると言っても過言ではないほど重要視されており、そのため高い地位にいる者はより強い血を求めた。
つまり結婚相手に強い魔力を有する者を迎え次代につなぐのだ。
中には庶民の中から魔力の保持者を捜し出し、養子にしたり妾にしたりする者までいた。
そうして魔力を有して産まれてきた子供たちは幼いうちに師のもとで力を扱う術を学ぶ。もちろんリヴィラも例外ではなく六年前の十才まで親戚筋のもとで魔術の勉強をしていた。
もって生まれた資質だったのか、彼女の魔力は成長とともに爆発的に強くなり、その噂は近隣を駆けめぐった。
その結果、ルギーレイド侯爵から息子の妻に、という話しがくることになったのだ。
「セイク・ルギーレイド様の噂は悪いものばかりではないんですよ。幼い頃から魔術に長け、誰に習ったわけでもなく大きな術を成功させたと聞きました」
「――やめて。今は名前を聞くのもいやなの」
フィリアの口から出た名にリヴィラは眉をつり上げる。
いくら魔力が強くても、そんなものにこだわっているのはリヴィラの両親と婚約者であるセイクの両親くらいだろう。リヴィラ自身はまったく興味のないことだった。
「なにか良い方法はないものかしらね……」
寝台の上で頬杖をつき、リヴィラは思考を巡らせた。
「では、式の前に一度お会いになってみたらいかがですか?」
フィリアは何気なくそう言ったのだろう。
「それだわ!」
しかし、リヴィラはその言葉に飛び起きた。そして、フィリアの手をぎゅっと握る。
「お嬢様?」
「フィリアはもちろん協力してくれるわよね?」
リヴィラがにっこりと笑ってそう告げると、フィリアはあからさまに顔をひきつらせた。
「今すぐ、セイク様とやらに会いに行くわ。噂がどこまで本当なのか確かめなくちゃ。悩むのはそのあとでも遅くないもの」
「なにをおっしゃってるんですか?」
「あなた、魔力はなかったわよね?」
「はい。ありませんけど……」
フィリアが頷いたのを見て、リヴィラはさらに笑みを深くした。
寝台から飛び降り、足早に文机に向かう。
引き出しの中から獣皮紙を取り出すと、慣れた手つきでペンを走らせた。
「これでよし」
できあがった書面を見て満足すると、それをフィリアの眼前につきだした。
「――……紹介、状……? お嬢様っ!?」
文面を見たフィリアの表情が見る間にこわばっていくのをじっと見つめ、リヴィラはにやりと笑った。
「さあ、行くわよ。支度してきなさい」
手際よく獣皮紙を丸め、リヴィラは容赦なく言い放った。
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