碧の輝きは彼女のために
なぜの答え
翌日、リヴィラは慣れない早起きのせいで眠い目をこすりながらも、セイクの部屋にお茶とお菓子を乗せた台車を運び入れた。
「今日のお菓子は空苺のパイです。お好きなんですよね」
長椅子で本を読んでいたセイクが顔を上げた。
リヴィラは笑顔を絶やさないまま、テーブルの上にお茶を支度した。
我が家にいたときはいつもやってもらう側だったので、いまいち勝手がわからなかったのだが、やり方だけは事前にフィリアから教えてもらっていた。
「――珍しいな。空苺はこの時期あまり採れないはずだが」
「オークレイ様からの贈り物ですよ」
リヴィラが家から持参したものだ。嘘ではない。
オークレイの名を出して、セイクがどんな反応をするか見てみたかった。
「オークレイ、か……」
リヴィラがじっと見つめていると、セイクはそう小さく呟いた。顔のほとんどが前髪で隠れているためその表情までは伺えない。
「なにか問題がありましたか?」
リヴィラはもう少し押してみようとそう問いかけた。
「いや……。なんでもない」
しかし、セイクは小さくかぶりを振るだけだった。そして、彼は座っていた長椅子から立ち上がりお茶の支度が調ったテーブルへと移動してきた。
「来春……」
これ以上なにか聞き出すのは無理かと思っていたリヴィラだったが、お茶の席に着いたセイクが小さく呟いたため、はっと目を見開いた。
そのままセイクの次の言葉を待っていると、彼はそっとため息をこぼし、紅茶に口を付けた。
顔の上半分が長い前髪で隠されているため、その表情までは窺い知ることはできなかったが、リヴィラは辛抱強く待った。
「お前も既に聞いているだろが、来年の春、オークレイ家の一人娘が嫁いでくることになっている」
静かに紅茶のカップを置き、セイクがそう続けた。
「はい。お聞きしております。お嬢様のご両親もそれはとてもお喜びですよ」
「そうか。そのお嬢様が俺との顔合わせのために五日後にやってくるんだ」
知っている。
リヴィラはそう心の中で呟き、セイクに頷いて見せた。
五日後の顔合わせにフィリアを替え玉として送り込むことが、リヴィラの計画なのだ。
「セイク様は一度もお会いになったことのない方とのご結婚をどう思ってらっしゃるんですか?」
リヴィラはちらりとセイクの顔を見てそう問いかけた。
もしもセイクもこの結婚に乗り気でないのなら、リヴィラとしても婚約破棄に罪悪感を持たなくて済むと思ったのだ。
「別に……。これといってなにも思ってないな」
しかし、セイクから返ってきた答えはリヴィラの望むものではなかった。
「公爵家の長子として生まれたからには仕方のないことだ」
そうあっさりと言ったセイクの言葉に、リヴィラは内心がっくりとした。
「そうですか……」
「だが、伯爵令嬢は気の毒にな……」
カップを口に運びながらセイクが呟いた。
その言葉にリヴィラはきょとんとする。
「どうしてそう思われるんですか?」
リヴィラが素直に疑問を口にすると、セイクはその口元に緩い笑みを浮かべた。
リヴィラの目から見ても、その笑みが楽しい気持ちから出たものではないということがわかった。
束の間の沈黙ののち、セイクはおもむろに立ち上がった。
「伯爵令嬢は俺の一つ年下の気立ての良い人物だと聞いている。――まったく、俺にはもったいない相手だ」
セイクはそう言って長いため息を吐き出した。
そんな彼の様子にリヴィラは驚き、大きく瞳を見開く。まさかセイクがそんな風に考えてるとは思いもしなかったからだ。
「婚約者が部屋に籠もりがちな根暗な男だなんて嫌がるだろうな……」
自嘲ともとれる笑みを浮かべたまま、セイクがそう続けた。
リヴィラはなんと答えればよいかわからず、沈黙を守るほかなかった。
公爵家の跡取りである、セイクがここ五年ほど、屋敷から――いや、自分の部屋からほとんど出ずに生活していることは、リヴィラも噂で耳にしていた。
この屋敷にやってきて、実際に自分の目で見て驚いたのも事実だ。
「あの……。セイク様はどうしてお部屋からあまり出ないんですか?」
リヴィラはからになったカップに新しい紅茶を注ぎながら、思い切ってそう訊ねてみた。
もう紅茶のおかわりはいらないのだろう、セイクは最初に座っていた長椅子に移動し、ぞんざいに足を組み、肘掛けに置いた右手で頬杖をついた。
その態度から、まずいことを訊いてしまったかとリヴィラは小さく肩をすぼめる。
「社交場に赴くようになってわかったんだ……」
セイクがそう小さく呟いた。
その声に、リヴィラはじっとセイクを見つめる。
長い前髪の隙間からわずかにではあったが、透き通る水面を写し取ったかのような碧い瞳が垣間見えた。
その目にはどこか遠くを見つめているような、そんな色が滲んでいた。
リヴィラたちが暮らすアザンナ大陸では、女子は十歳、男子は十二歳で成人として扱われるようになる。
平民の子は大人として仕事を持つようになり、貴族の子は頻繁に開か
れる舞踏会や祝いの席に正式に招待されるようになるのだ。
「今日のお菓子は空苺のパイです。お好きなんですよね」
長椅子で本を読んでいたセイクが顔を上げた。
リヴィラは笑顔を絶やさないまま、テーブルの上にお茶を支度した。
我が家にいたときはいつもやってもらう側だったので、いまいち勝手がわからなかったのだが、やり方だけは事前にフィリアから教えてもらっていた。
「――珍しいな。空苺はこの時期あまり採れないはずだが」
「オークレイ様からの贈り物ですよ」
リヴィラが家から持参したものだ。嘘ではない。
オークレイの名を出して、セイクがどんな反応をするか見てみたかった。
「オークレイ、か……」
リヴィラがじっと見つめていると、セイクはそう小さく呟いた。顔のほとんどが前髪で隠れているためその表情までは伺えない。
「なにか問題がありましたか?」
リヴィラはもう少し押してみようとそう問いかけた。
「いや……。なんでもない」
しかし、セイクは小さくかぶりを振るだけだった。そして、彼は座っていた長椅子から立ち上がりお茶の支度が調ったテーブルへと移動してきた。
「来春……」
これ以上なにか聞き出すのは無理かと思っていたリヴィラだったが、お茶の席に着いたセイクが小さく呟いたため、はっと目を見開いた。
そのままセイクの次の言葉を待っていると、彼はそっとため息をこぼし、紅茶に口を付けた。
顔の上半分が長い前髪で隠されているため、その表情までは窺い知ることはできなかったが、リヴィラは辛抱強く待った。
「お前も既に聞いているだろが、来年の春、オークレイ家の一人娘が嫁いでくることになっている」
静かに紅茶のカップを置き、セイクがそう続けた。
「はい。お聞きしております。お嬢様のご両親もそれはとてもお喜びですよ」
「そうか。そのお嬢様が俺との顔合わせのために五日後にやってくるんだ」
知っている。
リヴィラはそう心の中で呟き、セイクに頷いて見せた。
五日後の顔合わせにフィリアを替え玉として送り込むことが、リヴィラの計画なのだ。
「セイク様は一度もお会いになったことのない方とのご結婚をどう思ってらっしゃるんですか?」
リヴィラはちらりとセイクの顔を見てそう問いかけた。
もしもセイクもこの結婚に乗り気でないのなら、リヴィラとしても婚約破棄に罪悪感を持たなくて済むと思ったのだ。
「別に……。これといってなにも思ってないな」
しかし、セイクから返ってきた答えはリヴィラの望むものではなかった。
「公爵家の長子として生まれたからには仕方のないことだ」
そうあっさりと言ったセイクの言葉に、リヴィラは内心がっくりとした。
「そうですか……」
「だが、伯爵令嬢は気の毒にな……」
カップを口に運びながらセイクが呟いた。
その言葉にリヴィラはきょとんとする。
「どうしてそう思われるんですか?」
リヴィラが素直に疑問を口にすると、セイクはその口元に緩い笑みを浮かべた。
リヴィラの目から見ても、その笑みが楽しい気持ちから出たものではないということがわかった。
束の間の沈黙ののち、セイクはおもむろに立ち上がった。
「伯爵令嬢は俺の一つ年下の気立ての良い人物だと聞いている。――まったく、俺にはもったいない相手だ」
セイクはそう言って長いため息を吐き出した。
そんな彼の様子にリヴィラは驚き、大きく瞳を見開く。まさかセイクがそんな風に考えてるとは思いもしなかったからだ。
「婚約者が部屋に籠もりがちな根暗な男だなんて嫌がるだろうな……」
自嘲ともとれる笑みを浮かべたまま、セイクがそう続けた。
リヴィラはなんと答えればよいかわからず、沈黙を守るほかなかった。
公爵家の跡取りである、セイクがここ五年ほど、屋敷から――いや、自分の部屋からほとんど出ずに生活していることは、リヴィラも噂で耳にしていた。
この屋敷にやってきて、実際に自分の目で見て驚いたのも事実だ。
「あの……。セイク様はどうしてお部屋からあまり出ないんですか?」
リヴィラはからになったカップに新しい紅茶を注ぎながら、思い切ってそう訊ねてみた。
もう紅茶のおかわりはいらないのだろう、セイクは最初に座っていた長椅子に移動し、ぞんざいに足を組み、肘掛けに置いた右手で頬杖をついた。
その態度から、まずいことを訊いてしまったかとリヴィラは小さく肩をすぼめる。
「社交場に赴くようになってわかったんだ……」
セイクがそう小さく呟いた。
その声に、リヴィラはじっとセイクを見つめる。
長い前髪の隙間からわずかにではあったが、透き通る水面を写し取ったかのような碧い瞳が垣間見えた。
その目にはどこか遠くを見つめているような、そんな色が滲んでいた。
リヴィラたちが暮らすアザンナ大陸では、女子は十歳、男子は十二歳で成人として扱われるようになる。
平民の子は大人として仕事を持つようになり、貴族の子は頻繁に開か
れる舞踏会や祝いの席に正式に招待されるようになるのだ。
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