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碧の輝きは彼女のために

牛乳紅茶

陰気なやっかいもの

もちろんセイクも例外ではなく、十二歳になったとたん、侯爵家の子息として社交場に赴いたり、己の屋敷で宴を開く機会が増えていった。

大広間の長いテーブルには豪勢な食事が並べられ、雅やかな旋律が奏でられる中、美しく着飾った貴人たちが我も我もとセイクに声をかけた。

彼らが私利私欲にまみれた視線を自分に向けていることに気づいたのはそのときだった。
誰もがにこやかな表情で美辞麗句を連ねる。しかし、その本心は広大な領地を持つ一族の跡取りに取り入ろうと必死だったのだ。

他人からのあからさまな世辞は、まだ若いセイクにとって苦痛以外のなにものでもなかった。

そのことがきっかけになり、セイクは次第に人を信用できなくなっていた。そして、伯爵令嬢との結婚話を聞かされたとき、ついには両親までも信じられなくなってしまったのだ。

以来、セイクは人との接触を極力避けるようになったのだ。

「――と、まあ。そういった理由だ」

簡潔にリヴィラに説明してやると、セイクは読みかけの本に視線を戻した。

「食事は使用人たちが運んでくれるし、そこの奥には小さいながらも浴室がついている。特別不便だと思ったことはなかったな」

本から視線は上げずにセイクはそう続けた。
リヴィラはこんな自分のことをどう思っただろうか。
長い前髪の隙間からちらりとリヴィラの様子を窺う。
と、そこでセイクはどきりとした。
リヴィラはまっすぐにこちらを見つめ、真摯に話を聞いていたのだ。
彼女のその態度は、セイクにとって予想外なものだった。
自分の状態を両親だけでなく、使用人たちですら快く思っていないことをセイクは知っていた。
重たい印象の黒髪で目元を覆い、部屋からほとんど出てこないセイクのことを、彼らは〝陰気なやっかいもの〟と密かに呼んでいたのだ。

これまでセイクの身の回りの世話をする者は次から次へと変更になり、今では誰もやりたがらない。そのため外から新しい使用人を迎えることが多々あるのだが、ほとんどの者が翌日には辞めている。

今日の朝まで、セイクはリヴィラも同じように辞めていくのではないかと思っていた。

「リヴィラ……その……――お前も休憩したらどうだ?」

しかし、彼女は嫌な顔一つ見せず、それどころか笑顔でお茶を運んできてくれた。
そのことに対する礼も含めて、セイクは何の気なしに言ってみたのだが、リヴィラは静かに首を横に振った。

「ありがとうございます。とても嬉しいのですが、私は使用人の一人、ご一緒するわけにはいきません」
「しかし朝から働き通しで疲れただろう?」

食い下がって訊ねるも、やはりリヴィラは頷かなかった。

「それが私の仕事ですから」
「……そうか。残念だ」

セイクは仕方なく諦めると、嘆息しながら本のページをめくった。
そんなセイクの態度がリヴィラの心に引っかかったのか、彼女は逡巡しているかのように宙を見つめ、そのあとほんの少し小首を傾げた。

「あの……。ご一緒に席に着くことはできませんが、セイク様が許してくださるなら、お茶のお時間が終わるまでこちらに控えさせていただきたいと思うのですが……。いかがですか?」

にこやかにそう言い改めたリヴィラの言葉にセイクはぱっと顔を上げた。

そこでリヴィラのまっすぐなまなざしとぶつかる。
彼女の菫色の瞳はとても美しく――。
セイクはそう思うと同時、リヴィラに自分の心情のなにもかもを見透かされているような気分になった。
そのまま視線を合わせていることは耐えられず弾かれるように下を向いた。

不愉快だったわけではない。
ただ、苦しかった。
今の自分の気持ちをどんな言葉で表せばリヴィラに伝えられるのか、人との関わりを避けてきたセイクにはわからなかった。

「あ、ああ……。ゆっくり休め」

リヴィラを正視できずにうつむいたまま、セイクは小さく頷いた。すると、リヴィラから「ありがとうございます」と返ってくる。
顔を見なくてもわかった。
きっと彼女はまぶしいまでの笑みを浮かべているはずだ。

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