悪役令嬢を目指します!

木崎優

第十三話 幼女誘拐犯

 騎士に催眠魔法をかけてアンリ殿下の部屋で寝泊まりしていたことを怒られたりもしたが、無事アンリ殿下の側から離れない権利を手に入れた。そうしないといけないのだから権利はおかしいかもしれないけど。


 話を終えた私は、部屋に置いてきたアンリ殿下のもとに戻り、何がどうなったのかを説明したりもした。
 ルシアンに本当に大丈夫なのか何度も心配されたりとか色々ありながらも、王城滞在七日目――返事をする日になった。




 クロエたちを見送り、必要最低限の人だけ残した王城で私はアンリ殿下とルシアンと一緒に過ごしている。本当は私たち以外全員引き上げてほしかったけど、魔王がいつ来るかわからないので生活するための使用人は必要だと押し切られてしまった。


「本当に大丈夫?」
「大丈夫よ。魔王も見境なく暴れはしないでしょうから」


 心配そうに私を見るルシアンに力強く頷いて返すが、ルシアンの表情は変わらない。
 それに和平の交渉や災厄の対処とか色々あるので、大丈夫じゃなくてもやらないといけないのだから心配するだけ無駄だ。


 昼食を食べ、夕食を食べ、中々来ないな、クロエたちのところは大丈夫かなと考えていたときに――ようやく、やって来た。


「大人しく待っているとはな」


 そう言って突然目の前に現れた人物に、ルシアンは驚きで目を見開き、次に警戒の色を浮かべ、それから戸惑うように私を見た。
 私も正直戸惑っている。


 魔王の手には縄でぐるぐる巻きにされた幼女が抱えられている。まるで荷物を運ぶかのように。これでは完全に不審者だ。幼女誘拐の真っ最中にしか見えない。
 もう少し威厳とか色々大切にしてほしかった。


「今日は眼鏡をかけていないのね」


 背中に流れる輝くような金色の髪は陽の光がなくてもきらきらと輝いて見え、精巧に作られた人形のような顔には宝石のような紫色の瞳が二つ並んでいる。
 親に処分を望まれた、双子の王――自身のことを滑稽な話だと語った彼のかけていた眼鏡はどこにもない。


「ああ、あれか。我の目は目立つだろう? 誤魔化すためにかけていたものだからな」
「あら、そうだったの。道理で神父さまの目の色が思い出せないはずだわ」


 私は自分で言うのもなんだが人の目を見る傾向にある。ましてやそれが二人だけで話すのなら尚更だ。
 それなのに私は神父さまの目の色だけがどうしても印象に残っていなかった。


 違和感に初めに気づいたのは、サミュエルが神父と名乗るのはおかしいと指摘したとき。変な人だなと思って話したときを思い出そうとして――その顔がおぼろげなことに思い至った。


「パルテレミー様が気づかれないことを祈るしかないわね」
「あれは実に滑稽だったな」


 魔王の前で告白したと知ったら、パルテレミー様は何を思うのだろう。陰険魔族のせいとはいえ、中々恥ずかしい思い出になりそうだ。


「……シモンも彼を知っているの?」
「あー、いえ、魔王だとは知らないと思うわ」


 正常な状態で摩訶不思議な眼鏡があれば、異常なまでの魔力に気づいたかもしれない。だけど保健室で相まみえたときのパルテレミー様は正常でなく、合宿で対面したときのパルテレミー様は眼鏡をかけていなかった。
 だから多分、気づいていないだろう。そう祈るばかりだ。


「さて、せっかく待っていたのだからお茶の用意ぐらいはあるんだろうな」
「いつ来るかわからない人に用意しているはずないじゃないですか」


 抱えられている勇者さまが呆れたように言った。
 その状態で普通に話せるということは、こういう風に扱われたのは初めてではないのだろう。勇者さまの境遇を思うと涙を禁じ得ない。


「まあいい。我は借りを返しにもらいに来ただけだ。御使いと仇敵を渡してもらおうか」


 魔王の目が私と私の背に隠れるアンリ殿下を捉える。魔王のもとに向かうのは望むところなのだが、こちらにはこちらの事情がある。それについては少し待ってもらうとしよう。


 ルシアンが私の前に一歩進み出て、魔王と対峙した。


「私はルシアン・ミストラル、この国の王弟です。私の兄であるミストラル国王はあなたとの和平を望んでいます」
「ほう、和平ときたか。一方的に戦いを挑んだ者と和平を結ぼうと望むとは、人の王は愚鈍なのか豪胆なのか」
「一方的に挑まれるのはあなたが初めてではありませんから。その程度のこと、王は気にされません。それよりも、今回の損失を埋められるほどの益を求めています」


 興味深そうに魔王の目が瞬く。紫色の瞳が細められ、見る者を魅了するほどの妖艶な笑みを浮かべた。


「お前の差し金か?」
「いいえ。王自ら望んだことよ」


 即座に否定しておく。実際に私は何も言っていない。のんびり過ごしていたらいつの間にか決まっていた。
 私がしたのはアンリ殿下が災厄だと明かしたことと、魔王の人となりを話したぐらいだ。


 フィーネが何か言った可能性はあるけど、それは私の知ったことではない。


「和平と一言で言うが、それを結んだとして我になんの得がある。ただ益を与えるだけの存在に成り下がるつもりはないぞ」
「それについては追々詰めていく予定です。まずは和平を結ぶ意思があるのかどうかをお聞かせください」


 もしもここで魔王が断った場合は、即座にアンリ殿下が転移魔法を使ってモイラに報告しに行くことになっている。私とルシアンは置き去りになるが、まあなんとかなるだろう。
 魔法の利かない私は転移できないので置いて行くように言ったら、何故かルシアンまで残ることを希望した。自分の立場というものをルシアンはいまだにわかってくれない。


「失うものなんてないんですから乗ってあげればいいじゃないですか」
「お前が口を出すようなことではないだろう。大人しくしていろ」
「口出ししますよ。巻き込まれるのは私なんですから」


 魔王が人並みに――というのは少しおかしいが――気兼ねなく生活するには勇者を側に置いておく必要がある。つまり、魔王がどこに行くにも勇者の同伴が必須となる。
 地下空洞や森で会ったときはいなかったが、あれは魔力を吸収するのが目的だったからだろう。


「さあて、どうしたものか。我はこれでもこいつが可愛いからな。できるなら望みを聞いてやりたいぐらいには思っている」
「一度も聞いてもらったことないですけどね」
「できぬ望みばかり口にするからだろう」
「縄をほどくのができない時点で、できることなんてないじゃないですか」


 二人のやり取りにルシアンがまたもや戸惑った視線を私に向けてきた。仕方ないので曖昧に笑って誤魔化すことにしよう。


 魔王は緊張感も何もなく、良識に欠けた人物だ。そう言っておいたはずなのだが、どうやらルシアンには伝わっていなかったらしい。よく考えてみたらクロエにしか言っていないので、伝わるはずもないか。


「ならばそうだな、ひとまずは持ち帰って、それから考えるとしよう」


 魔王の指が動き、一瞬で目の前に広がる光景が変わった。


 品の良い調度品の並ぶ部屋にいたはずが、必要最低限の燭台が並べられた薄暗い広間に立たされている。ルシアンとアンリ殿下も驚いて視線をさまよわせていた。


「……無茶苦茶だわ」


 勇者の身に魔法は効かない。女神と魔力は相反するものなので、加護がある限り魔法を使うことも、使われることもない。そういう風にできている。
 それなのに、目の前にいる魔王は易々と勇者である私ごと転移させた。


 勇者を抱えた状態で転移してきたのだから、必ずしも不可能ではないと気づくべきだった。書置きも何も残していないので、心配されないか不安だ。


「その身に効かないだけで影響は受ける。氷で閉ざされた空間にいれば体が冷えるのと同様にな。何、原理は簡単なものだ。ただ空間ごと転移させただけのこと」
「それがまず無茶苦茶なのよ」


 モイラは触れている相手にしか影響を及ぼせなかった。魔族も同様だろう。
 百年も経ったせいなのか、魔王の魔力や技術が頭がおかしいとしか思えないほどになっている。


 アンリ殿下が弱い災厄なのは、魔王のせいなのかもしれない。適当に魔力を吸収する、災厄をやめた災厄。
 それと同化する前に作り上げた急ごしらえの肉体と魔力は、魔王の足元にも及ばないものだった――その可能性は十分にありえる。


 勝手な推測にすぎないが、あながち外れていなさそうなのが怖いところだ。


「あなたを放っておくだけでこの世界の魔力がなくなる気がしてきたわ」
「生憎だったな。我は目に余るほどの魔力以外は吸収しないことにしている」
「それでそれなの? 頭おかしいわね」


 思わずつるりと口から滑り出たが、この程度の軽口なら魔王は見逃してくれるだろう。王と名乗るぐらいなのだから、寛大さも持ち合わせているべきだ。


「そこの……ルシアンと言ったか。お前に一つ、提案してやろう」


 ルシアンの肩がぴくりと跳ね、警戒するような目で魔王を見た。
 その視線を受ける魔王はとても楽しそうだ。魔族や勇者相手では呆れられることの方が多すぎて新鮮なのだろう。ルシアンが魔王に気に入られないことを祈るしかない。


「我の配下七人全員の了承を得られれば和平を結んでやろう。だが、もしも一人でも否と言えば……生きて帰れるとは思うなよ」


 生涯玩具宣告を受けたルシアンは、堂々と頷き、魔王の誘いを受けた。


 私の祈りも虚しく、ルシアンは魔王に気に入られてしまったようだ。
 傍迷惑で気紛れで緊張感がなく、良識すら持ち合わせない男の玩具がどんなものなのかは――勇者に対する扱いを見れば一目瞭然だろう。気の向くままに連れ回されるし付き合わされる。


 魔族との交渉は陛下が行っているので、すでに了承済みなら問題ないがそうでない場合はどう転ぶかわからない。
 面白そうだからという理由で否と答える者が絶対に出てくる。魔族はそういう連中だ。


「その話、私とアンリ殿下も協力していいのよね」
「……好きにしろ」


 勇者のじっとりとした視線を受けた魔王は、鷹揚に頷いた。

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