悪役令嬢を目指します!

木崎優

第三話 『縄を切るのならば、鋏だろうか』

「魔王さま」


 うきうきと弾んだ声で帰宅の挨拶をしている友を横目に、思い思いの位置で待機する友人たちの様子をうかがう。
 友人たちの表情もまた様々だ。仏頂面の者もいれば、寝ている者、あくびをしている者、真剣に本を読んでいる者、蝋燭の火を点けては消して遊んでいる者――何がしたいのやら。
「いやはやまったく、俺の友人たちはみな協調性がなくて困る。建設的な会話をしようなどと誰も思わぬのが何よりも嘆かわしいことだ」
 しかも友が友ならば、それを従える王も困った男である。約束を一体なんだと思っているのか。


 後一年――勇者の卒業までは放っておいてくれる約束だった。
 だというのに、事情が変わったなどという些細なことで俺を学園から連れ出した。休校になったのでのんびりと過ごしていた昼下がりに突然連れ攫われる方の身にもなってほしいものだ。
 王に俺の所在を教えた友もまた、俺のことは黙っていると約束したのに半年もせず王にすべてを明かしたのだから救えない。


 俺の友人たちと王は気紛れだ。約束など交わすものではないと身に染みているのだが、まさか破らぬだろうと高を括ってしまうのは、もはや俺の性分だろう。
 何よりも対話を重んじ、会話を重要視する俺としてはたとえ口約束であろうと結んでしまうし、守ってしまう。いやはや我ながら困った性分だ。


「人の王はどうだった」
「魔王さまのことをご存じない様子でした。失礼な話ですよね」


「そもそもとして、当時生きていた者の記憶から抹消された存在を知っている方が無理のある話だ。だが王を敬愛する友としては、記憶を操作されようと覚えていろと主張したいのだろう。無茶苦茶な理論だということを理解していないのが実に嘆かわしい」


 しかし、友が知っているかどうかは定かではないが、俺が何かする前に記録を残していた者は多々存在していた。その内の一部は別の友の手によってこの世から消え去ったが、耳のよい友が見逃した相手や、ばれぬように秘匿することに成功した者の記録は残されている。


 だからといって人の王の末裔である者たちも知っているとは限らないのだが。


「ならば一週間は性急すぎたか」
「だから、そもそも侵略行為をやめなさいと……!」


 王の足元に転がっている勇者が何やら騒いでいる。騒がしいからと縄でぐるぐる巻きにされても諦めぬ姿勢には敬服するしかないが、王と知り合ってから百年も経っているのだから、いい加減諦めればいいものを。
 俺は出会って一年で諦めた。


 王に喧嘩を売った友人たちとは違い、俺は王に対して何もしていない。
 この身は直接的な戦いには向いていないのだから、むざむざ殺されるような真似をするつもりなどなかった。だというのに、俺の話を聞いた王はわざわざ俺のもとに出向き、俺を追い詰めた。実に傍迷惑な話である。
 この世界に生きとし生けるものすべてをぶつけていれば話は違ったのかもしれないが、そんなことをしてこちらが壊滅状態に陥っては目も当てられない。


 愛を歌い愛を伝えることこそが使命の俺が、愛を語るものを捨て駒のように扱えるはずがない。
 俺ほど平和的で穏便な者もいないというのに、何故かどいつもこいつも俺を危険視する。操ったところでそうと認識できなければ当人の意思と変わりないのだから気にしなくてもいいものを、操られているという事実が気に食わないとのたまうのだから手に負えん。
 いやはやまったく、この世に生きるものたちはみな自分勝手で困る。


「まあいい。与えられた短い時間でどうあがくかを見るのもまた一興。あちらには勇者と聖女と魔女がいるのだから、打てる手はあるだろう」
「そういえば、教会は私たちの存在を知っていたようですよ。他にも知っている人はいるそうですが……聞き出したほうがよかったですか?」
「いや、構わん。どうせ此度のことで広まるだろうからな」


「団らんに勤しむのも結構なことだが、王を名乗るのであれば今にも殺り合いそうな友をどうにかしてほしいものだ」
 どうやら蝋燭の火を消したり点けたりしていたのは、視界をちらつかせて苛立たせるという地味な嫌がらせだったようだ。いい加減我慢の限界がきたのか、部屋の温度が下がりはじめている。


 蝋燭のちらつきは止まらない。地味すぎる嫌がらせに関わってなるものかと、気づかれないように退室しようと心に決めるが、一歩踏み出すよりも早く王の声がかかった。


「どこに行くつもりだ」


 ――俺に。


 目敏いのなら、そこで今にも殺し合いをはじめそうな二人と止めてほしいものだ。こちらは命の危機を感じているというのに、王は気にもしていない。
 それもそうだろう。たとえ二人が何をしようと、王の身を傷つけることはできない。そして他の者も自己を守る手段を持っている。
 この中で防衛手段を持たない魔族など俺ぐらいなものだ。


 いや、もう一人いたか。


 魔力によって構成されていながら魔法を使えない軟弱者がいたはずだ。その友ならば俺の気持ちをわかってくれるだろう。そして共にこの部屋から出て、安穏とした日々を送ろうではないか。


「友同士の殺し合いの果てに別の者が倒れるなどという無様な話があってはならないのだからな。俺が一時撤退するのも、王の矜持を守り、彼の行う遊戯に備えるものなのだと進言してくれるだろう」
 俺が言えばそれはただの言い訳にしか聞こえないだろうが、他の者が言えば事実となる。


 さあ、存分に俺を庇うがいい。


 しかし、視線を向けた先では我関せずとばかりに王の椅子の横で待機し、何があっても巻き込まれない位置を陣取る友の姿があった。つい先ほどまで本を読んでいたというのに俊敏なことだ。その機敏さを別のことに活かせばいいものを。
 いやはやまったく、俺の友人たちはどいつもこいつも自分勝手がすぎるというものだ。俺の希少性がわかっているのなら、一人安穏と過ごすのではなく、俺を守る方向に動くべきだというのに、これだから頭に血の回りにくい者は困る。


 王の論にどこの組織も一枚岩ではないというものがあるのは、俺らが一枚岩どころか七枚岩ぐらいになっているのも一因だろう。
 もう少し協調性を持つべきだろうに、誰も他の者を省みようなとしない。実に嘆かわしいことである。


「別にさぁ、ボクが誰を殺そうとボクの勝手だよね」
「ついに嫌がらせだけでは飽き足らず言葉ですらも攻撃をはじめたか。対話というものは喧嘩を売るためにあるのではない。愛を語り、愛を伝えるためにあるというのに、俺の友人たちは誰も理解しようとしないのだから困ったものだ。だからこうして軽率に喧嘩を売り、俺を巻き込もうというのだから救えない」
「それにキミ、うるさいんだけど。なんでボクがわざわざ嫌がらせなんてしないといけないのさ」


 おっとしまった。俺としたことが考えていたことが口に出ていたようだ。考えるままに口を動かしてしまうのは俺の困った癖というものだ。言葉を何よりも重視する俺は、どうにも黙っているということが落ちつかない。
 だから意識せずとも思考が口から漏れてしまうのは、俺の性分とも言えるだろう。そこは長い付き合いなのだから友には諦めてもらうとしよう。


「そもそもとして、あれが嫌がらせ以外の何かに思えるのならば、友の頭も救えないというものだ。まさか蝋燭の火を点けたり消したりするなどという生産性の欠片もない趣味があるなどと言い張りはしないだろう。もしもそうだとしたら、一度死んで頭の中を初期化することをお勧めしたいところだ」
「キミが一度死ねばいいんじゃないの? そうすれば少しは静かになるだろうし」
「まったく、その短気なところはどうしたら治るのか、皆目見当もつかん。俺が死ねば困ったことになるのは俺ではない。俺の魔法を必要としている王が困ると思わんのか。死んで困らないのは燃やすしか能がないお前の方だろうに、どうしてそれがわからない」
「我はどちらが死んでも困らん。どうせしばらく待てば復活するのだろう」
「いやはやまったく、我らの王にも困ったものだ。人の命をなんだと思っているのか。復活するからといって、空白の時間ができることには変わりはない。その間に一体いくつの愛が生まれ、語り、伝えられるのか、それすらもわからんとは嘆かわしい。愛を伝えることが使命である俺は死ぬわけにはいかんのだよ」


 俺の友人たちは王も含めて短気で困る。そもそも、死んだところで初期化されないことはこの場にいる誰もが知っていることだ。
 性格も考え方も記憶すらも引き継いで生まれなおすのが俺らだ。一度死んだ友が実証してくれたのだから、それを疑う者はいないだろう。
 それなのに静かになるからというだけで俺に敵意を向けてくるとは、実に困った奴だ。


「……くだらん」


 くだらないと言いながらも部屋の温度を下げているのだから、この友も救えない。これではあれが友から逃げたところで誰も責めはしないだろう。
 そういえばあれは今はどうしているのだろうか。さすがにあれまでも俺との約束を破りはしないだろう。
 そのために意識すれば発動できる時限式の魔法までつけてやったのだ。きっと活用してくれていることだろう。


 俺とて大人しく攫われてやるほど酔狂ではない。この身は愛を語り伝えねばならないのだから、悠長に王の茶番に構っているような暇などないのだよ。


「――さて、親交も深まったことだろう」


 王の目と耳は別の何かを捉えていたようだ。
 まさか王が幻覚に惑わされるとは思えないのだが、世の中は広い。王になんらかの攻撃を仕掛け、成功するものがいても不思議ではない。


「疑わしいのは足元に転がっている勇者だろうか。女神の加護のすべてを解明できたわけではない。もしかしたら女神が後から機能を付け加えたかもしれんな」
「そんな事実ないので、勝手なこと言わないでください」


 人間である勇者にまで辛辣な言葉を吐かれるとは、俺を労わってくれる者はこの場にはいないのだろうか。
 いるはずがないな。俺の友人たちはどいつもこいつも自分勝手だ。誰かを労わろうなどという気を持つはずがない。


「配置につけ。一週間後、返事が来るまで待機とする。攻撃してくるものがいれば、無力化するに留めておけ」
「お返事がもらえなかった場合はどうしますの?」
「好きにしろ」


 王の目がくだんの二人に向く。ようやく事態の収拾にあたることにしたようだ。
 遅すぎると思うが、この際文句は言わないことにしよう。俺が死なないのであれば、それに越したことはないのだからな。


「待機している間の死闘を禁止する。勝手な真似をするようなら、我直々にお前らがもっとも嫌がることをしてやろう」
「ふむ。それならば俺に対するお咎めはないということだな。俺が嫌がるのは、愛を語る者が失われること。だがしかし、王とてむやみやたらと人間を減らしたくはないだろう。人の営みにも興味を示している王のことだ。寛大な心で俺が持ち場を離れ愛を歌っていたとしても許してくれることだろう」
「お前を殺してやるから安心しろ」


 いやはやまったく、王は野蛮だ。なんでもかんでも殺せば解決すると思っている。
 俺とて王の配下。王の命に背くなど配下にあるまじき行いをするはずがないだろうに。いやしかし、今回は短絡的な侵略ではなく交渉が入っただけ、王も成長しているのかもしれんな。
「それもこれも勇者の存在のおかげか。今度差し入れの一つでも用意してやろう。縄で縛られている状態で食べやすいものだと何がいいだろうか。女児の好みそうなものなど俺は知らないので、愛の歌でも歌ってやればいいだろうか。ついでにそのまま王と愛を語り合い、愛の素晴らしさを王に教えてもらえれば僥倖だな」
「勇者に魔法が効かないのは知ってますよね。後、差し入れとかの前に縄をどうにかしてください」
「奇異なことを言う。そんなことをして王の不興を買えば俺が嫌がらせを受けることになる。どうして俺がお前の代わりに嫌がらせを受けねばならんのか。そもそもとしてお前が縛られているのは王の成すことに反論したからであろう。でなければ王とてお前を縛ろうとはしなかっただろうに、いい加減王とはこういうものなのだと諦めるべきではないだろうか」
「では、あなたは王から愛を伝えるなと言われたら従いますか? そういうことなんですよ、私がしているのは。だからつまり、私とあなたは同類だということです。共に歩む者として私に手を貸すのもありだと思いませんか?」
「ふむ、なるほど一理ある。さて王よ、勇者の縄をほどいてやってもいいのではないか? 多少煩くて騒がしかったとしても、所詮は子どもの身。何ができるわけでもあるまい」
「ではお前が代わりに縛られて持ち場に置かれても構わんと? それならば勇者を解放してやってもいいぞ」
「いやはやなんとも悩ましい選択だ。たとえ縛られていても愛を伝えることは可能ではあるが、身を守る術をもたない俺が縛られて転がっていては、丁度よい見せしめとして人間に蹂躙されてもおかしくはない。まあ近づく者がいれば愛を歌うだけではあるのだが――ふむ、そう考えると無防備な姿を晒して引き寄せるのもありかもしれんな」
「なしなので、いいからさっさと行ってください。私は私で頑張るので、気にしないでいいですよ」


 なんとも殊勝なことだろうか。これは今度差し入れの一つでも持ってきてやるべきだろう。
 そういえば暗器に精通している者がいたな。服にでも隠せて縄を切るのに丁度よいものを選んでもらうとするか。そうと決まればさっさとこの茶番を終わらせて、差し入れを吟味せねばならんな。

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