悪役令嬢を目指します!

木崎優

女神の目覚め

 命の月星の週に王都に戻ってきた数日後、王様崩御の知らせが舞い込んだ。
 なんでも、ここ最近体調が芳しくなく、公務のほとんどを王太子に任せ――元々らしいけど――安静にしていた矢先の話だったらしい。
 この世界に葬式とかはない。死ぬと教会がすぐに処理することになっている。そのため、死に目に間に合わないと墓の中に入ってしまう。
 王太子はこの半年諸国を回っていたため、王様の死に目に間に合わなかったらしい。ルシアンはギリギリ間に合ったとか。


 そして王様が死んだため、急遽王太子の戴冠式が行われることになった。
 だけど王太子は他国にいるので、最後の三週間が終わり次第戻ってきて、式に備えたり準備したりするらしい。そして式に備えるのは王太子だけではない。
 貴族も新しい王様の門出を祝わないといけないので、光の月に再開するはずの学園はしばらくの間お休みとなった。




 そして今は戦いの週が明けたばかりなわけだけど、王様が死んで以来ルシアンと会っていない。
 王城で病が流行っているとかなんとかの噂があるそうで、元々城に勤めていた人や城で暮らしている人以外の立ち入りが禁止されている。
 ルシアンが城に滞在したのは学園から戻ってきてからだけど、念のため城にこもっているらしい。城に勤めていたお兄様も体調に変化はないけど、念のため城に滞在している。




 ――ということを城勤めをお兄様に託していたお父様や城に修道士を派遣しているサミュエル、それからクロエに教えてもらった。


 クロエは王太子と連絡を取り合う手段を持っていて、王太子もルシアンと連絡する手段を持っているとかで、だいぶ遠回りな方法だけどルシアンからの伝言とか色々話してくれた。


「ルシアン殿下に不調は見られないそうです。病に関しては詳しいことは何もわかっていないそうですが、何も問題なく過ぎれば光の月中には城を解放できるだろう、と言っていたそうですよ」


 どうして王太子と個人的にやり取りできるのかとか、色々気になったけど、ルシアンが何をしているのかとか教えてくれたので何も聞かないことにした。
 下手に踏みこんで余計なことを知りたくないというのもある。


「派遣した修道士十名は城にそのまま滞在しています。治癒魔法によって多少の改善はみられるそうで、病以外の原因があるのではないかと思っています」


 職務に関することだと流暢に喋るサミュエルも、何故か私に色々教えてくれた。
 治癒魔法は怪我には効いても病には効かない。病には薬草などを煎じたものを服用するのが一般的だ。


「体を蝕む病をも治せる術があるといいのですが……女神様が新たな奇跡を授けてくださることを願うしかありませんね」


 病に効く魔法か。上手いこと魔力に干渉すればできるような気もするけど、魔法の開発は私の管轄外だ。
 そういうのに詳しいのはライアーなので、ついでに城で起きていることを聞こうと思って、何度もライアーの名前を呼んだ。


 ――でも来なかった。




 クロエも同様のようで、情報を集めるためにラストを呼んでも来なかったらしい。
 魔族側でも何か起きているのではと危ぶんでいた。






 そして、試しにルースレスを呼んでみた。普通に来た。




「なんだ」
「……来ると思わなかったから、ごめんなさい」


 とりあえず誠心誠意謝ることにした。情報を仕入れるのにこれほど向いていない人材はない。
 いや、でも魔族に関してなら何か知っているかもしれない。


「ライアーとラストは何をしているか知ってる?」
「知るか」


 あ、うん、そうだよね。
 そもそもルースレスはライアーを追っていた。もしも知っていたら、戦った後ということになる。その場合、どちらかは死んでいるかもしれない。


 ルースレスは来れるのに、ライアーとラストは来れない。
 それは一体どういう状況なのか考えて――候補がいくつも上がったせいで絞りこめなかった。


 悪だくみするにあたってルースレスほど向いていない魔族もそういない。面倒とかくだらないとか、そういう理由で一刀両断するのがルースレスだ。
 ライアーとラストからはぶられていても不思議ではない。


 三人以外の魔族が今どうなっているのかわからないので、呼ぶのはやめておくことにした。やばい人に成長していたら、王都が終わるかもしれない。


 それから、ディートリヒが一度だけ遊びに来た。
 遊びに、というか戴冠式についての話をしに来ただけだけど。


 ローデンヴァルト国の使者として戴冠式に参列することになったらしい。今回の戴冠式は少し特殊で、本来なら王城で行われるのが教会に変わったそうだ。
 そして王弟二人は参列しないことになっている。病だった場合に広がるのを恐れてのことだとかなんとか。


 だけど、実はこっそりと二人を教会に連れていく計画があるらしい。


「……病についてはいいの?」
「病ではないというのが教会の見解だそうだからね。教会がそう言うのなら、ローデンヴァルト側にはなんの不満もない。……まあそれでも念を入れるのは、他の国から批判を受けないように、なんじゃないかな」
「まあ、そうでしょうね。流行る病かもしれないなんて噂があったら避けたいのが普通よね」


 今回はそういう理由もあって、使者を送ってくる国も多いらしい。急遽行われる戴冠式なため、遠方の国からは文が送られてきているそうだ。
 ずいぶんと詳しいな、と思ったらローデンヴァルトもローデンヴァルトで信心深い協力者が色々な国ににいるらしい。


「戴冠式そのものに参列できるわけではないけど、その後に兄を祝う時間ぐらいは与えられるのでは――ということらしい」
「寛大ね。誰が言い出したことなのかしら」
「教皇だよ。サミュエルが口出ししたのかもしれないけどね」


 何故かディートリヒとサミュエルは少し仲良くなったらしい。意味がわからないけど、サミュエルに友人が増えるのはいいことだ。相手は選んでほしいとは思うが、この際多くは望まない。


「でもそれなら病ではないと大々的に公表すればいいのではないの? 教会が言ったことを誰も否定できないでしょう」
「それでもしも病だったらどうするんだ。病の可能性は低いが、ないわけではない」
「……ルシアンたちを城から出す時点でどうかと思うのだけど」
「まあ、少しなら問題ないってことなんだろうね。俺だって詳しいことはしらないけど……教皇とサミュエルの方針の違いだと思うよ」


 サミュエルは教会にそれなりの数の信者がいる。教皇以上の実権も持っているらしい。だけど教皇になりたくないので、表立って動くのは教皇に任せている。
 弱気で小心者なサミュエルはもうどこにもいない。


「……まあ、そういうわけだ。あー……だから、君があいつに会いたいなら、当日教会に忍びこめばいい」
「ものすごく物騒なことを言うのね」
「サミュエルも了承してのことだから、そこまで物騒ではないさ」


 どうしてもって言うなら、色々裏で手を回すと言い残してディートリヒは帰っていった。
 ルシアンを敵視していたのに、どういう風の吹き回しだろう。










 そして何も進展しないまま光の月に入り、王太子が戻ってきて戴冠式の準備が進められ――いざ戴冠式となった早朝。


 とてつもなく嫌な予感がして、目を覚ました。
 女神様の夢を見たような、見なかったような、変な感じだ。


 朝日によって照らし出される室内はいつも通り。不審者も特にいない。
 二度寝しなおす気になれず、私は本でも読もうと私室に向かう。


 そして、ふと視線を向けた姿見に映し出された自身を見て、言葉を失った。



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